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第三章

二仙山~文昌千住院(五)

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 大きめの寝台なので、二人でも充分に寝られるし、兄弟だという触れ込みで伝えてあるのでおかしなことではない。もちろん燕青にはやましい気持ちなどこれっぽちもないのだが、果たして同衾どうきんしてよいものか?
 
ふと目をやると、四娘しじょうはこだわりもなく道服を脱ぎ下着姿になっていた。薄紗うすしゃでまとめてあった髪の毛をほどき、長靴を脱ぐやいなや布団の中に潜り込み、やはり疲れたらしく大あくびをしている。

 (おれが考えるほど、小融のほうでは意識していないのかもな。とはいえ……)
 脳裏に、羅真人らしんじんが真っ赤な顔で禿頭とくとうに血管を浮かび上がらせている図が浮かび、少し怖気おぞけを感じて身を震わせた燕青は、部屋にあったとう(長椅子)の上で寝ることに決めた。

 寝台から枕と薄掛けを取り、とうに寝転がろうとすると、寝台の四娘が
「え?なんでこっちで寝ないの?」
 と問いかけてきた。

「そんなとこ堅いし寝づらいんじゃない?」
(まぁ確かにそうなんだけどね)と心の中で呟くも、
「やめとくよ、小融のいびきやら歯ぎしりやら寝言やらオナラやらで、寝られないと困るからな」
 
 聞いて四娘、真っ赤になって怒ることおこること。
「な、なにいってんのよ!あたしそんなことしないから!」
「あとおねしょも」
 ものすごい勢いで枕が飛んできた。笑いながらそれを受け止める燕青。
「しないってば。もう、子供扱いばっかりして。腹立つ!」

 布団を頭まで被ってねる四娘。燕青は立ちあがり四娘の枕を元の場所に戻しながら、
「あはは、からかってすまん。今日は初日だし、何かあったときすぐ動けるように榻に寝るだけだから気にすんな。それより明日も大変だからしっかり寝ておけよ」

「そうか……鏢師ひょうしも大変なんだね、ごめん」

「山で野宿するのと比べりゃ天国だ。気にしないで早く寝ろ」

 そう言って燕青は、背負ってきた行嚢こうのうから、黒の縫糸を取り出し、部屋の入口の取っ手に結びつけ、もう片端を輪にして軽く自分の左手の親指に通した。
 誰かが来て部屋の扉を開ければ、その瞬間に気づくはずである。   

 月明かりの差し込む部屋の寝台で、四娘が上を向いたまま話しかけてきた。
「……ねえ、今日はいいから、明日から一緒に寝てくれないかな?」
「なんだよ、やっぱり怖くて一人じゃ寝られないお子ちゃまか?」

「ちがうってば、あのね……男の人と一緒に寝ると、胸が大きくなるんでしょ?」
 聞いて燕青は思わず吹き出した。
「誰だよそんなこと言ったの」
紅苑こうえん姉さん」
(あの子か)
 燕青は、天竺生まれの肉感的な娘を思い出し苦笑いする。

「あのなぁ、男と一緒に寝たからって胸なんか大きくならないぞ。からかわれたんだよお前」
「え、うそなの?……おんのれぇえあいつぅ!」

「身長と同じさ。何もしなくても大きくなる時は大きくなるし、痩せてしまえば小さくなる。小融だって今は身長も胸も小さいけど、そのうち成長するって。心配すんな」
「そのうちっていつよ」

 月明かりの中で、むくりと上半身を起こした四娘の影が見えた。
「あせるなよ。少なくとも今より小さくなることはないんだ。伸びしろしかないじゃないか」
「なぐさめになってない!」

「それにな、男と一緒に寝るってのは、胸を大きくすることが目的じゃなんだぞ、そんなこと軽々しく言っちゃだめだ」
「わかってるわよそんなの。師姉《しし》からちょっとは聞いてるし」

「え?何を聞いたんだ?」
 さすがに気になって、燕青も榻の上に身を起こした。

「えっと、あの……房中術ぼうちゅうじゅつとか」
 自分で言っておきながら四娘、薄暗がりの中でもわかるくらいに真っ赤になっている。
(房中術って、男女の交合こうごうの技術か。まったく何を習ってるんだか)
 首を振りながら燕青、ついからかってしまう悪い癖が出た。

「あのなぁ小融、男と一緒に寝るから胸が大きくなるんじゃないんだ」
「そうなの?」
「胸が大きいから男が一緒に寝たがるんだ」
「えっ!」
 驚いた四娘、顔の紅潮は失せ、月明かりでもわかるほど真剣な面持ちになっている。

「でも紅苑姉さん、胸なんて男に揉まれればすぐ大きくなるって」
「それも違う。揉まれたから大きくなるんじゃない。大きいのを揉みたがるんだ」
「ふ、ふえぇぇ……」
 もううっすら涙目になっている。

 それを見て、
(さすがにからかいすぎたか)
 罪悪感を感じた燕青、慌ててなだめにはいった。
「あー冗談だよごめんごめん、男女が床を共にするのに胸の大きさなんて関係ないから」
本当ぼんどお?」
(ありゃ、涙声だし鼻まですすっているし、こりゃいかん)

 珍しく燕青は焦りだした。
「本当だって、たとえ胸が小さくても、一緒に寝ていて安らかな気持ちで過ごせた娘なんて、いくらでもいたぜ、安心しな」

 四娘は一瞬、安堵あんどの色を見せたが、その瞬間、あることに気づいてしまった。
「……いくらでも?胸の小さい娘に限っても『いくらでも』!いったいどんだけの女と寝たのよこのスケベ鏢師!」
 寝台からとび降り、枕をひっ掴んで頭と言わず体と言わず、燕青を無闇矢鱈むやみやたら殴りはじめた。

(しまった、しくじった!)
 やぶをつついて蛇を出したうえに、手負いの虎の尾を踏んづけてしまったことに気づいたので、あわてて取り繕おうとするが逆襲を食らってしまう。

「まて、違うそういうことじゃ」
「はぁはぁ、じゃぁ聞くけど、あたしと翡円ひえん師姉しし翠円すいえん師姉と、どっちかと寝るとしたらどっちを選ぶ?」

 腕組みをし、仁王立ちになった四娘に対して燕青、回答に困ってしまう。
(まったく女って、こういうことには子供でも知恵が回るんだな)
 心中ボヤきながら必死に答えを探す。

「えー、そりゃあお前だよ、かわいいし」
「よくもまぁそんな白々しいこと言えるわねぇ!」
 また枕でボカスカ殴り出す。

「やめろやめろ、わかった正直に言う、やっぱり歳も近いし翡円さんとかのほうが」
「結局おっぱいじゃんかぁ!」
 またボカスカ。

「ああ、そういえばおまえらに手を出したら羅真人に殺されるから両方無し、なっ!」
「どっちか、って聞いてるじゃんかぁ!」
 ボカスカボカスカ。

「あーやっぱりどっちも魅力的だから両方いっぺんに」
「誰でもいいのかやっぱりドスケベ鏢師めぇ!」
 ボカスカボカスカボカスカ

(王手飛車角金取りかよ、ええぃ実力行使で有耶無耶うやむやにするしかないなか)
 枕を奪い、一気に四娘の体をすくい上げ、もろとも寝台に飛び込んだ。
 いきなりの出来事に驚いた四娘は、目を白黒させ口を大きく開けたまま固まっている。燕青は四娘の頭の下に左腕を差し込み、右手で軽く腰を抱えた。

「さて、お望みの通りだが、どんな感じだい小融?」
「あ、あわわわ……」
 初めての体験である。たくましい男の両腕の中で、顔を紅潮させ、唇を戦慄わななかせ、身を縮めて震えるばかり。

「な、別にそんなにいいもんじゃないだろ?本当に好きになった男とでなけりゃ、暑苦しいだけだ。慌てることも、胸にこだわる必要もないぞ」

 左手を頭の下からゆっくりと抜き、枕を差し込んでからその手で頭を撫でる。腰から右手を離し、薄掛けをかけてからまた軽く腰に手を回す。
「ううぅ」

 四娘は薄掛けを引っ張り上げ、目だけ出して落ち着きなくキョロキョロ視線をあちこち散らしている。初めて身近に感じる、屈強くっきょうな男の体の熱気。

 ましてや月光に映える白い肌に、百花繚乱ひゃっかりょうらん彫物ほりものが鮮やかに浮かび上がっていて、この世のものとは思われない景色なのである。

「な、お前は小さいけど見た目は可愛らしいし、いずれ背も胸も大きくなって、言い寄ってくる男だってたくさんできるさ」
「そ、そんななぐさめなんかいらないよ」

「いや、なぐさめじゃないぞ。自分で言うのも何だが、おれもそこそこの数の女性と付き合いがあった。そんな中でもおまえは十分に魅力的だよ」
「ほ、ほんと?」
「ああ、ただし十三歳の子供にしては、だ。悪いけどな」
「うん。わかってる」

「そしておれは、おまえがどれだけ魅力的に成長しようとも、この旅の間におまえに絶対手を出したりはしない。おまえは妹のようなものだから」
「う、うん」

「そしてなにより、おまえに手を出すと羅真人さまに殺されるからな。それを承知のうえで、やっぱり寒いとか寂しいとか思ったときは、いつでも寝床に入ってこい」
「……おねがいします」
「で、今日は?」
「……このままで」

 頭の上まで薄掛けを引っ張り上げて隠れてしまった。
 それを見て微笑んだ燕青、糸を探して指に掛け直し、薄掛けの上から軽く四娘を叩きながら、大あくびをして肘枕で寝入った。
 健やかな寝息を聞きながら、薄掛けの中で緊張していた四娘もいつしか眠りに落ちた。
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