ハプロック神話

アンジェロ岩井

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第6章 ディスピアランス・サーガ

ヨゼフ・ローズマルドの回想録ーその⑤

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賛美歌をバックに他愛もない話をした後に奴のメイドが食事を運んで来る。
「ほぅ、今日の夕食はウィーン風のシュニッツェルカツレツかね」
わしは運ばれて来た料理を見て思わず両眉を上げる。
「えぇ、私は昔帝政ドイツの時代に留学していた経験がありましてね、その時の私の好物なんですよ」
カールはフォークとナイフを使い見事なカツレツを切り、それをゆっくりと口にする。奴は「うまい」と一言だけ呟く。
わしも口に入れてみる。……成る程見事な味だ。カツはサクサクとしていて、柔らかい豚肉を立派に引き立てており、豚肉はとろけるような味わい深さであった。するとわしの様子に気がついたのか、カールがニヤニヤとした目でわしを見つめたのだ。
「ふふふ、気に入りましたか?」
わしは黙って首を縦に動かすことで美味しかったという意思を表す。
「そうですか……気に入って何よりです」
「いやぁ、わしは中々の美食家だが……こんなうまいシュニッツェルは口にした事がない……一体誰が作ったのか知りたいところだな」
わしの満足げな顔を見て、奴は得意げな表情を浮かべ、メイドに命令し、コックを呼ぶように命令した。それからコックがやって来た。このコックを見て思いついた言葉は「大人しげ」という言葉と「優しそう」という言葉だ。わしの語彙力がないせいかもしれんが、他に適当な言葉が思いつかなかったので、そこは勘弁してもらいたいものである。
いずれにしろこのコックはこの男の元を離れたら、何か悪い奴に騙されそうな気がしてならない……。
そんな感覚がわしを襲う。そんな時だった。カールはわしが頼みもしないのにこのコックの名前やら経歴やらを語り始めた。
「このコックの名前はオットー・フォン・ブラウンシュバイク……かつて帝政ドイツ時代を動かしていた三大貴族の一つでしたが、第一次世界大戦後に爵位を剥奪され、いまは普通の市民と変わりません、ですが……」
ですが……だと。この男はもったいぶるな、さっさと言えばいいものを……。
わしはそう心の中で悪態を吐いたが、奴はこの悪態を察したのか、察していないのかは知らないが、クスクスと笑いだし、説明を続ける。
「ブラウンシュバイク家及びリッテンハイム家それにローエングラム家はドイツ屈指の名家として残りました。そして全員が貴族としての誇りを持っていますが、このオットーだけは、家を継ぐのを放棄し、アメリカに渡り、それから私のコックとなったのです」
「どうして君はコックになりたいと思ったんだね?」
ワシが尋ねてもオットーは微笑を浮かべているだけだった。カールはワシのグラスにワインを注ぎながら、彼がコックになりたいと思った経緯を話す。
「彼は昔家で雇われていたコックと仲が良かったらしく、彼に憧れて両親の反対を押し切り、料理人になったのです。実際彼はドイツで一二を争う名家の料理を小さい頃から味わって来ただけあって、味覚が鋭く、また料理技術も他のコックの比ではありません。わたしが何を言いたいか……つまり、彼こそが私の舌を満足させられる唯一の料理人だと言っても過言ではありませんね。それに私に危機が迫った時には私の子供を彼に預けてもいい……それくらい気に入っております」
オットーなる男はそれを聞いて、カールに深く頭を下げる。それからカールが「もういい」と呟くと、急いで部屋を跡にした。
ワシはカールに注いでもらったワインを味わい、それから夕食をのんびりと味わう。
「聞きそびれたが……彼は幾つかね?」
「年は18だと聞いております」
カールはわしの質問に静かに答える。それからグッとグラスのワインを飲み干し、再びシュニッツェルに取り掛かったのだ。
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