ハプロック神話

アンジェロ岩井

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第5章 クローズイング・ユア

バプテマス作戦前夜

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「それは本当なのか?」
ボブのその報告を受けたジョロキアは両眉を上げながら尋ねる。
「そうなんですよ、ジョロキアさん…最前線で大きな戦いが起こるらしいですよ」
ボブはジョロキアから差し出された紅茶を口につけながら答えた。
「…どうするつもりなの?このまま精霊のガーネットを運ぶだけの仕事を続けるべきなの?それともその大きな戦いに参加するべきなの?」
イザベラは優柔不断な男は嫌いよとばかりにジョロキアを決断を問うような鋭い目で睨みつけた。
「…オレとしてはこのまま自分たちに課せられた任務を続行するべきだと思う」
ジョロキアはもう異論は聞かんぞどうばかりに勢いよく自分の手に持っていた紅茶を飲み干した。
「…理由は?」
イザベラはジョロキアを横目で睨む。
「オレたちがその作戦に関わって何か影響が出るのか?仮に精霊のガーネットを持って参戦したとしてそれがアメリカに奪われては全てが台無しだ !これまでオレたちが敵の追撃から必死に戦ってきたことが全て無駄になってしまう…それだけは避けなければならないのだ」
「じゃあ、このまま手を出さずに黙ってろって事ですか !」
ジョロキアは残念そうに頷く。
「そんな…おれたちはせっかくこんな計画を知ったってのに何もできないなんて !ちくしょう !ちくしょう !」
ボブは一人称を変えるくらい激しく怒鳴った。
「全くだ…ここで何もできないのは敵が目の前にいるのにそれを撃たないのと同じくらいバカげた事だな」
ジョロキアは視線を下に向けながら呟いた。
「精霊のガーネットを運ぶのなら今がチャンスよ、確か父さ…いえ、メイヤーは作戦が終了するまで、あたし達を暫く追わないと言っていたから」
「分かった…他の奴らにはおれから伝えておこう、ワンブリウェス総司令官閣下の下へと向かうのなら今がチャンスだとな」
ジョロキアはそう決断すると別のテントに居るネーナと赤城にその事を伝えるべく自身のテントを跡にした。
ボブは心の中でどうして本当のことを話す気になったのかは自分にも分からなかった。

メル・メイヤーはこの信頼する少佐にある事を尋ねた。
「一つ気になったのだが、マーグレット少佐…君はどうやってその能力を手に入れたのだ?」
「わたしはこの能力を確か父が第一次ハプロック抗争の後に発生した"ハプロック族の虐殺"の時に持ち帰った指輪をはめてからですわ、その後に父は第二次ハプロック抗争においてその命を失いました」
「…そうか」
メイヤーが悲しそうに俯いていると、前の方からアメリカ陸軍の制服を着た人間がメイヤーとケイティを出迎えた。
「メイヤー中佐殿とマーグレット少佐殿でありますねッ!」
「その通りだ…君は?」
「申し遅れましたッ!ソロー中将閣下直属部隊のオズボーン軍曹でありますッ!」
オズボーン軍曹と名乗る老けた顔の白人の男性は敬礼しながらメイヤーとケイティを出迎えた。
「ご苦労…ところでソロー中将閣下はどこにいらっしゃるのだ?」
「ハッ!中佐の正面にある一番白くてデカイテントにおられます !」
メイヤーはそれを聞くとケイティを連れ、オズボーン軍曹と名乗る男が指定したテントに足を踏み入れた。
「アメリカ合衆国軍旧ローレンス中将閣下"仇討ち部隊"隊長メル・メイヤー中佐であります !」
「その部下のケイティ・マーグレット少佐であります !」
二人はテントの中央を陣取る大きな椅子の上に座る老練の熟将に敬意を示すために合衆国式に敬礼を取った。
「ふむ、せっかくの仇討ちを邪魔させて悪かったね…全くここは自由の国なのにやっている事はプロイセンだとかロマノフ家が支配する帝政国家と何も変わらんな、一人の人間の仇討ちに部隊を派遣させるなんて」
「それだけローレンス中将閣下が国民から支持されていたのですよ」
メイヤーがそう答えると、老練の熟将ミルトン・ソローは苦笑いを浮かべた。
「どうだかね、それより今後の作戦について話そうじゃあないか」
ミルトンは前の会議で大尉によって話された会議の事を二人に話す。
「…無謀だわ、計画性がないとはこの事を言うのじゃあないのかしら」
ケイティは思わず自分の意見を吐いてしまう。
「その通りだよ、少佐…そこで私はこの作戦を大規模に修正して行なおうと思っている」
「大規模とは?」
「ふむ、まずだな…奴らが我々と同様に正面に軍を置いたら我々も大規模な軍勢を置くのだ」
「それではその大尉が仰られた作戦と何ら変わりませんわ !」
「落ち着いて聞きたまえ…私が訂正したいのはここからさ…まず敵に見えないようにその大規模軍勢の後ろに数百から二千辺りの部隊を配置する、それから我々が攻勢に転じられると判断したら別働隊が動き、三方から殲滅するという作戦だ、別働隊の指揮者はもう決まっておるのでな、君らは前線で私と共に戦ってもらおう、異存はないな?」
異存などないとばかりに、ケイティはその作戦の鮮やかさや手際の良さに感嘆の意を表した。
「成る程…三方からの殲滅作戦…かつてカルタゴの武将ハンニバルはこれを得意として古代ローマを追い詰めたとも聞きますが」
「その通り…私はハンニバルの戦法をヒントにこの戦略を思いついたのだ」
そう誇らしげに胸を張るミルトンをメイヤーはジッと見つめていた。
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