ハプロック神話

アンジェロ岩井

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第5章 クローズイング・ユア

私のユートピア

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イーサカは再びドアがノックされる音を聞いて、ご注文の本が届いたなと目を光らせながらドアノブを回した。
「よし、ようやく来たようだな?」
「ええ…苦労して手に入れましたよカール・ジェームズの著書『私の理想郷』…これで良かったんですね?」
「間違いないぜ、ありがとよ」
イーサカはそう礼を言って目的の本を手に取ると、運んで来た助教授に下がるように言った。
イーサカは助教授が去るのを確認すると、ドアを閉め、届けられたばかりの本を読み始めた。
「やれやれ、オレが"殺した男"の本を読むことになるとはな…だが世界中の宗教家を魅了する本というのは興味があるぜ」
イーサカはそう言うと、目次が表示された一ページ目を開け、それから順に本を読み始めた。
『私の名はカール・ジェームズという…今1960年においては悪魔と契約した軍人として有名だろう、だが私は自分自身が身につけた力を悪魔のものとは思ってはいない、これは人間と精霊が契約して自分が死ぬまで尽くしてくれる、いわば終身警備員を雇ったようなものだ。何故私がこんな事を先に喋ったかというとだな、それは諸君らに対しての誤解を解くためだ。この本の主な読者となりうるアメリカ合衆国市民の大半はキリスト教徒とだからな、キリスト教は自分たち以外の神を絶対に認めようとはせず、他の神々を悪魔とレッテルを張るらしいな、まぁ…そんな事はどうでもいい。私が述べたいのはこの本を手にする読者が誤解を持ってこの本を途中で読むのを放棄しないために悪魔と契約した男の書籍としてな』
こんなキリスト教徒を挑発するかのような文で始める文は最初のページの大半を占めていた。
それからもイーサカはこの自身がかつて倒した男の手記を読み始めた。そしてイーサカはカール・ジェームズという男が何かの悟りを開いたと思われる文にたどり着いた。
『さてと…ここまで読んでくれた読者なら理解できるかもしれんが、私は神を…イエス・キリストの存在を信じていない。ここで謙虚なクリスチャンの者は、この本を読むのをやめたければそれでいいが、この後の私の言い分も聞いてほしいものだな…それはともかく私が何故神を信じていないかの理由を話そう。私はもし神が存在するのなら何故目覚めてから知ったベトナム戦争や東西冷戦を止めてくれないのか、或いは何故、ネイティブ・アメリカンへの残虐な行いを"西部劇"という形で美化するのか…それを私は問いたい、それから神に問いたいのは"野蛮な十字軍"の存在である…何故キリストとやらはあんな吐き気を催す残虐な行いを正当化するのか…それだけが私の神への疑問である。』
イーサカは更にページをめくる。
しばらくは神は何かを繰り返し問いたり、自分の極端な思想を述べているだけだったが、イーサカは最終章にこれまでのキリスト教徒の考えを根本的に覆すものを発見した。
『ここまで述べた通り、私は神は存在しないものだと言ってきた…最後に私が信じるものを諸君らに教えよう、それは"ユートピア"である…考えてみろ"天国"や"地獄"なんてものは死後には存在せんと、我々を支配するのはネイティブ・アメリカンの信じる"グレートスピリット"のみだと…人は死ねば精霊になるのだ…どうせ死ぬと分かっているのに、天国や地獄なんて死者を分けるものなんて信じられるのだ?更にイエス様とやらはこう言ったそうだ、『異教徒や神を信じないものは地獄行き』だと…では仏教やらイスラム教やらユダヤ教、更にはゾロアスター教なんかを信じるものは現世でどれだけ頑張っていても地獄行きなのか !イエス・キリストは身勝手という点では他の神を圧倒している…まぁ、それはともかくそんな人を区別するような"下衆"な思想を信じる義務がどこにあるのだ?考えみろ、死後に天国はないと…それだけで教会にあせくせと足を運ぶ必要はなくなり、己の一週間をワザワザ振り返り、つまらない事で懺悔する手間が省けるぞ、最後に私のいう事は極論かも知れないが、少なくとも私は天国や地獄なんて信じないし、死後に存在するのは死んだ人間の魂とグレートスピリットが浮遊する世界を信じている。それから、もうこの世界は終わりだと私は考えている、このままソビエトやアメリカが考えを改めなければ私は強硬な態度を取るかもしれん。1960年11月24日カール・ジェームズ』
最終章は天国否定で終わっており、このページは初版発行の際に削られたという話さえもある。いずれにせよ彼の思想がキリスト教徒の考え方とは絶対的に異なるのは間違いないとイーサカは苦笑した。
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