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天楼牛車決戦編

役者は揃った

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「……24魔将はあなたで最後?」
その言葉を聞いて頷くのはこの天楼牛車の操り主にして、元は彼女の侍女を務めていた妖鬼の牛女。
そばかすが残る美少女は首を縦に動かす。
「全て、向かわせましたが、誰もがみな、対魔師たちの前に敗れ去りました。時代は上は奈良時代から、下はつい十年以上前に妖鬼にした者から……全て全滅です」
牛女は明らかに不機嫌な顔を浮かべる主人に向かって告げる。だが、その顔には恐れの表情は見えない。
妖鬼の総大将、玉藻紅葉はその様が憎々しく思えて他ならない。
何故、この女は自分に対して喰らい話題をこんなにも嬉々として話すのだろう。
玉藻紅葉は無意識のうちに爪を噛む。今でかつて自分がここまで追い詰められた事があっただろうか。
いいや、ない。少なくとも、対魔師の連中が天楼牛車にまで迫ったのはこの昭和の時代が初めてだ。
彼女は最初から『昭和』という時代が嫌いだった。いい事など一つもない。時代が急速に進み、日本全体が最悪の結末を迎える事になったのが十数年前。
彼女が爪を噛んでいた時だ。襖が勢いよく蹴飛ばされて、二人で向かい合う部屋に対魔師たちが突入していく。
「ここに玉藻紅葉がいるぞ!討ち取れ!討ち取れ!」
真っ先に扇動するのは菊園寺和巳。彼は親の仇を見つけるのと同時に、仲間に居場所を伝えていく。
玉藻紅葉は十二単を下ろし、白の着物と赤い袴という現在の巫女が着る略服の様な格好になっていく。
「……いいわ。あなた達はそれ程までにあたしを殺したいわけなんでしょう?なら、私の本当の力を見せてあげる。対魔師お前たちは今夜潰すわ。私の手で皆殺しにしてやるの」
彼女はそう言うと、側に控えていた牛女に薙刀を借り、それを大きく振るっていく。
菊園寺和巳はいの一番に紅葉に飛び掛かったのだが、彼は刀ごと地面の上に弾き落とされてしまう。まるで、飛んでいる蚊を手で叩いて地面の上に叩き落とす様に。
続いて、他の対魔師たちが彼女の討伐に向かう。
だが、それも無意味。彼女は自身の魔獣覚醒を唱えると、周囲に紫色の液体を投げ飛ばしていく。
全員がそれを見て危機を感じ取り、逃げようとしたのだが、その前に一人が液体に掛かってしまう。
彼は悲鳴を上げるものの、着実に回っていく毒に対してはなす術がなく、悶え苦しみながら地面の上に倒れていく。
あまりの光景。あまりの恐ろしい表情に多くの人が逃亡しようとしたのだが、それでも、目の前に妖鬼の総大将が居るのをもう一度、確認して刀を構えて向かっていく。
玉藻紅葉は薙刀を構え、刀を構えてくる対魔師たちの攻撃を弾き、そのまま斬り伏せていく。
たちまち、彼女の周りには死体の山が積み重なっていく。
ここは天楼牛車の最奥。玉藻紅葉の寝室にして居室。部屋の広さは無限にさえ感じらる程に拾い。
奥の空間と天井はは極限まで広がり、今でも部屋ごと膨張されているかの様に広い。蹴破られた襖から見える廊下さえなければ、そこを部屋だとは認識しないだろう。
巨大な施設か何かかと勘違いする人間も居たかもしれない。
そんな空間だからこそ、彼女は存分に薙刀を、そして自身の魔獣覚醒を披露できた。
玉藻紅葉が操る魔獣覚醒の名前は『殺生槍』武器の中に致死性の猛毒を仕込み、相手を翻弄する最強の魔獣覚醒である。
掠っただけでも、致命傷を負うのは先程の対魔師が身をもって証明している。
なので、全員が怯えを隠しながら、彼女に立ち向かっていた。
だが、彼女はそんな対魔師の気持ちなど知る事なく、次々とその薙刀で彼ら彼女らを死神の元へと引き渡していく。
菊園寺和巳は彼女の狂気を見ていられず、思わず拳を震わせていく。
彼女が操る魔獣覚醒に比べれば、自身の幻覚を誘発する破魔式など酷く劣って見える。
彼が刀を握り締めながら、目の前の相手を睨んでいると、集まった人数が酷く少ない事に気が付く。
どうやら、側の桐生の目からは悲しいと言わんばかりの曇った表情が伺える事から、自分と彼女以外の仲間は全て玉藻紅葉の手で倒されてしまったらしい。
和巳が下唇を噛み締めていると、真後ろから二人の男女と二人の男。そして一人の男が合流する。
正妖大学、妖鬼対策研究会の面々とその大学で共に刀を並べで戦った三人の男女が揃う。
「どうやら、役者は揃ったようね?」
目の前の巫女の様な格好をした女が尋ねる。
「その通りだ。お前を殺すための人間は全てこの部屋に現れた」
和巳は死刑執行を前日に宣告する看守の様に厳かに告げる。
だが、罪人ならば青ざめる筈の顔も、彼女にとっては効果がないらしく、楽しそうな顔でクックっと笑う。
「フッフッ、何を言い出すかと思ったら、随分と大きく出たものね」
「お前はこの場で裁きを受けるんだッ!お前が殺した親父の仇をここで取らせてもらうぞ!」
「親父の仇?あなたは実の父親を嫌っていたんじゃあないの?学生運動をしていて、体制側の父親が憎かったんじゃあなかったの?」
和巳の命懸けの叫びを聞いても、言葉を聞いても、彼女は動じる様子は見せない。それどころか、彼を嘲笑う態度さえ見せていた。
彼女は人差し指を突き出して、それを左右に動かすと、
「いい。あなた。あなたに質問するわ」
「……なんだ?」
「もし、あなたの両親が病気に罹って死んだとするわね?あなたはその病気に復讐したいとか考えるの?考えないでしょう?」
「……何を言いたい」
「いい、私に殺される事は不可抗力だと思いなさい。不治の病を患って死ぬのと同じ事よ。誰だって病原菌や自然現象に復讐しようと思わないでしょう?それと同じよ」
それを聞いた対魔師たちの一同が言葉を失う。だが、紅葉はそれを見ても心底から楽しそうな笑みを込み上げながら自分の主張を話していく。
「私は私の土地を奪い、その土地の上に居直る老ぼれどもから自分の国を取り戻したたいだけよ。つまり、西洋の言葉を借りて言えば、私は亡国の女王よ。考えても見なさいよ。大金を持った財布をスリにすられたら、取り返しに行くでしょう?それと同じ、あなた達はそれを邪魔しようとしたから、殺しただけ。私は悪くないわ」
こいつはこの場でまだ居直るつもりなのか。はたまた、開き直ったつもりでいるのか。
いや、答えはそのどちらでもない。彼女は自分が正しいと思っているのだ。
同時に、被害者だとも思っているのだ。国を奪われた哀れな女王という様に語って。
一番奥で待機していた風太郎はそれを聞いた瞬間に、太刀を震わせながら彼とも思えない低い声で告げた。
「……玉藻紅葉。お前はここで死ぬべき生物だ。オレはお前を絶対に次の時代には行かさない。腐ったお前の因縁は断ち切る。そして、この場で地獄へと落としてやる」
彼は刀を握り締め、ゆっくりと剣先を紅葉に突き付けながら言った。
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