上 下
133 / 233
聖杯争奪戦編

長浜の戦い

しおりを挟む
村西秀夫は中華料理店を跡にしてから、長浜城近くの安ホテルに滞在することにした。村西がとった部屋は300年前から外見が変わっていないような部屋で、端の方に真っ白なシーツのかかった大きなベッドと身支度用の鏡台とテレビの置いてある長机に椅子。そして、こじんまりとした冷蔵庫とソファーが置いてあった。
村西は携帯端末を開いてから、ソファーに深々と腰を下ろす。
ソファーのクッションも良いものを使っていないらしい。尻に痛みを覚えた。
「くっ、まぁいいさ、夜になるまでの辛抱だ。それに木部の奴も井川くんも教団の事については何も語っていない、警察で敵となるのは、白籠市のアンタッチャブルだけなんだ、本当に忌々しい奴らだよ、トミー・モルテの一件以来、我々を敵視して……」
村西は現在精神病棟に閉じ込められていると思われるトミー・モルテの事を思い出す。
彼はイタリアにおいて、宇宙究明学会の教えが広まるようにしてくれる筈だったのだ。あの、忌々しい中村孝太郎に敗れさえしなければ。
村西は会ったこともない男に苛立ちが止まらない。どうして、あの男はいつも教団の邪魔ばかりするのだ。まぁ、幸いなことに藤村誠弁護士を宇宙に返した件だけはまだバレていないようだが。だが、それも彼にとっては教団の犯行だと見ているらしい。
が、村西としては中村孝太郎が何を言い張ろうが、関係ないと主張するしかない。
それこそ、イル・モストロ見えない怪物が犯人だと言い張ればいい。
村西は深いため息を吐きながら、ソファーに全身を預けた。あまり、良い座り心地ではなかったが、構わない。村西はこのまま眠りに落ちたい気分だった。一時間程も眠りこけていたのだろうか、心地良い気分で、彼は目を覚ます。すると、携帯端末からバイブル音が鳴り響く。しかも、知らない番号から。村西は何事かと通話アプリを開く。すると、電話の主から面白い話を聞かせてもらった。村西は電話を切り終えると、小さな部屋の中で大きな笑いを出す。


トニー・クレメンテは名古屋から、警察の監視の目をくぐり抜け、長浜へと来ていた。長浜のお洒落なイタリアンレストランで夕食を済ませてから、長浜城へと向かう。トニーは『聖杯の欠片』とやらには微塵の興味も湧かなかったのだが、そこに昌原道明が来る可能性を考慮すれば、十分に行く価値はあった。
トニーは深夜の長浜城で、誰にも見られないようにこの国ではご法度である葉巻を吸う。悪くは無い味だ。トニーは葉巻や楽器と言った嗜好品への拘りは人一倍あったので、自分の愛が強い物以外は絶対に吸ったり、使ったりはしない。
葉巻はキューバ王国産の葉巻以外吸わないし、楽器はヨーロッパの老舗メーカーで製造された物以外では、絶対に演奏を行おうとはしなかった。
トニーはそう考えていると、葉巻が無くなかった事に気が付いたらしい。急いで、ポケットの中に入れてあったジップロックを取り出し、その中に葉巻を捨てる。
これで、証拠は残らない。トニーが完璧な作戦に酔いしれている時だった。3人程の人影を発見する。宇宙究明学会の部隊だろうか。トニーは慌てて城の近くの雑木林に身を隠す。そして、木の陰から、様子を確認してみると……。
「どうやら、まだ村西秀夫と宇宙究明学会の奴らは来ていないようだ。オレたちは少し早かったかな?」
間違いない、あの一流の声優を思わせるような、感じの良い声。茶色のスーツにそこそこ整っている顔。そして、筋肉は付いているのだろうが、レスリングやプロレスの選手のように見た目で分かる程もないそこそこ着いた筋肉。何より、あのアパッチのような特徴的な赤銅色の肌。中村孝太郎だ。
彼の先ほどの呟きから捉えれば、村西秀夫及び宇宙究明学会の連中の逮捕に来たのだろう。どうやら、彼らの様子からすると、この場に昌原道明はいないらしい。
トニーが木に持たれかけたその時だった。
「動くなッ!貴様らッ!」
この深夜の2時つまり、草木も眠る丑三つ時とやらにこんな大声が響くという事は何か尋常ではない事が起こったのだろう。トニーは自分が先ほど目を離した一瞬のうちに何が起こったのだろうと目を凝らす。
どうやら、村西秀夫及び宇宙究明学会の連中が、中村孝太郎たちの背後に忍び寄り、銃を構えていたらしい。トニーは孝太郎が手玉に取られた様子など、見た事がなかったので、このまま様子を見守る事にした。面白い展開になってきたらしい。トニーは自分が出るタイミングを見計らいながら、武器保存ワーペン・セーブから、一丁のポンプ式ショットガンを取り出す。
準備はいつでも万端だった。


中村孝太郎としてはどうして、自分たちの背後に村西秀夫がいるのかが理解できない。商店街の人たちや近くのホテルには凶悪犯取り締まりのお願いをしておいた筈だ。それなのに何故。
「どうやら、分からないようだな、ならば、教えてやるよ、お前の信者がいたのさッ!信仰心と良心で悩んだが、無事に私に教えてくれたよッ!中村孝太郎は長浜城にいるとッ!ふふふ、私の魔法を使うまでもないな、この38口径リボルバーで宇宙に返してやるよ」
宇宙に返す。それは殺人を意味する言葉であり、孝太郎にとってはこの場の恐怖を増大させる悪魔の言葉でもあった。更に耳で聞こえる範囲内で、村西が引き金を立てた音も加わり、恐怖心は増していくばかりだ。どうすればいい、孝太郎は考えに考え抜く。と、孝太郎は足は自由だったのを思い出す。人間の急所を蹴れば、或いは……。孝太郎としても賭けであったが、村西に一瞬の隙を作らせるには十分だった。それに、姉は凶悪犯のような風貌の男に自分と同様に銃を突きつけられて、脅されているようだが、聡子と明美に至っては、一人の男がそれぞれに銃を突きつけられているという状態であったのだが、孝太郎は村西が怯めば、彼らも怯むのだと考え、計画を実行に移す事にした。
そうと決まれば、思い立ったが吉日。その日以降は全て凶日とばかりにすぐに村西の男としての急所を蹴った。それから、目にも留まらぬ早業と言われてもおかしくないようなスピードで、武器保存ワーペン・セーブから、リボルバーを取り出し、空中に向かって発砲する。
その音に二人に銃を構えていた二人も、思わず孝太郎の方を向く。
孝太郎はその瞬間を逃さなかった。彼はビリー・ザ・キッドよりも早く、二人の右足に銃弾を撃ち込む。二人は予想だにしない攻撃に悶絶した。
村西はその様子を急所を抑えながら、忌々しそうに眺めていた。どうして、全ては中村孝太郎の思惑通りに事が運ぶのだ。何故なんだ。村西は結局結論には至らなかった。その代わりに村西は孝太郎への憎悪を強める。奴の思惑通りに全て運ぶ筈がないんだと示したかったのだ。村西はリボルバーを捨て、自らの魔法で中村孝太郎を始末する事に決めた。村西の右腕に白色のオーラが出る。
「待てッ!」
村西はオーラが出た事により、得意げになったのか、孝太郎に向かって叫ぶ。
「私の魔法を見てみろッ!私の魔法はあの昌原会長も認めている魔法なんだッ!負ける筈がないッ!」
村西はそう言うと、右腕を地面に叩きつける。すると、どうだろう。村西の周りに大きな氷が発生した。
「やれやれだな、お前の攻撃は氷ってわけか?」
「イエスと言っておくよ、この氷で貴様の命を奪う事だって、できるんだ……」
「なら、あんたの魔法がどれだけ、凶悪か試してやるよ」
孝太郎は静かに呟いた。
しおりを挟む

処理中です...