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第4部 皇帝の帰還

嵐の予兆ーその⑤

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「では、女王陛下には我が正教会が誇る医師をお付けいたしましょう。それならば、女王陛下も安心して、会談に臨むことができるでしょう」
予想通りだ。アイザックは意味深な笑いを浮かべながら二人が想定していた最悪な言葉を口にする。
「ですから、女王陛下の体調にご考慮をしつつ、会談にも臨むことができる……一石二鳥の方法ではありませんか」
アイザックの思わず派が浮き出るような言葉が続く。
「ですが……」
孝太郎は口まで出そうになった言葉を引っ込める。この先の言葉を口にすれば、相手を挑発する事になるのは確実だから……。
「失礼だが、ロアン司教……あなたにそのような権利はない筈だ。女王陛下をこの場に拘束して、我々を国に返さなければ、どのような事態になるのかを考えていただきたいですな」
ヴィトは丁寧な言葉を使って反撃を試みる。もし、一般のマフィアならば、ここで口調が大きく変わる筈なのだが、ヴィト・プロテッツオーネという男は違う。
彼はあくまでも冷静に相手に接し続ける。
「ほう、我々を脅すつもりですか?」
アイザックは大げさに肩をすくめながら言った。まるで、教師の追求をのらりくらりと交わす劣等生のように。
「あくまでも私は一般外交における方法を選んだつもりですが」
「そうですが、ですが……私は非常に強い違和感を覚えるんです。あなたはフランソワ王国の宰相に過ぎない筈……なのに肝心の女王陛下を差し置いて、あなた個人がまるで王国の代表者であるかのように物事を語る。こうなると、誰が王国の統治者か分かりませんな」
ヴィトへの心無い言葉に孝太郎は思わず汚物でも眺めるかのような冷たい視線を向けてしまう。それが、どのような結果をもたらすのかも忘れてしまい。
「ほう、我々を睨むのですか?あなたの護衛は?」
ヴィトは背後に構えていた孝太郎の姿を見る。拳をプルプルと震わせている。
余程、頭にきたらしい。気持ちは嬉しいのだが、今はその気持ちを発散していい時ではないだろう。
ヴィトはアイザックに謝罪の言葉を述べてから、孝太郎を小突き、小さな声で、
「おい、お前何を考えているんだ……普段は冷静な顔つきのお前らしくもない、一体どうした?」
ヴィトの問いかけにも孝太郎は視線を下に向けたまま。
「まあ、いいさ……」
ヴィトは再びアイザックの方に向き直り、商業用の笑顔を向けながら、
「これは失礼致しましたな、最近の新入りは感情を抑えるという事を知らんようで……かくいう私も若い人材は仲間だと思い、特別扱いしてしまう部分があるのも事実……どうか、大目に見てはくれませんか」
「宰相閣下も気の毒ですな、短気な部下を持つなんて……心の底から同情致しますよ」
孝太郎はずっと視線を下に向けたままの聡子の手を握り、暴れないようにしろという念を送る。
念が通じたのだろうか、聡子はずっと視線を地面に向けたまま。
「とにかく、話は纏まりましたな、会談に向かいましょう。大司教閣下もお待ちしておりますから」
アイザックは笑ってはいたが、目そのものは笑っていない。
恐らく、この言葉に逆らえば、後はないと言いたいのだろう。
孝太郎は武器保存ワーペン・セーブから、直ぐにでも武器を使えるように手配しておく。
ポンプ式のショットガン。保存している中に2、3丁はあると思われる拳銃。
どれも、この世界には無いものだろう。彼らが魔法を使うよりも前に孝太郎が司教なり大司教の脚や肩を撃ち抜けば(孝太郎はまだ拳銃を相手の急所に向かって、撃つことはあくまでも最後の手段と考えている自分がいた)相手は拳銃の効果に怯えて、自分たちを解放するだろう。
核兵器によって、荒廃した世紀末の世界で、銃があればどんな拳法家でも容易に撃ち殺せるのと同じくらい確実な事なのだ。
孝太郎はしっかりと自分の相棒を握り締める。
(頼むぜ、相手は指輪物語に出てくるオークよりも凶悪そうな奴らなんだからな)
孝太郎は歩きながら、そう自分に言い聞かせていた。
すると、アイザックが豪邸の執事よろしく、宝物庫と冠されるだけ大きくそびえ立つ真っ黒な扉の前に立ち、
「ここが、大司教様の控えております、宝物庫剣の間です。例の初代皇帝陛下の剣も置いてありますし、落ち着いて話ができるかと……」
アイザックはそうは言いながらも、帰す気はないようだ。真っ白なキャンパスのように白い歯を見せながら、
「ここですよ。この部屋です。立派でしょう?初代皇帝陛下の剣をお守りしている部屋ですからね」
聞いてもないのにペラペラと解説をするアイザックを差し置いて、孝太郎は部屋を見つめる。
成る程、初代皇帝の剣の周りに乱雑に剣が置かれているという部屋ではないらしい。
小型の短剣やらは全てガラス製のケースの中に入れられ(この世界にも一応、ガラスを加工する技術はあるらしい)
博物館の小物のように丁寧に並べられている。
長剣も全て白色と金色を基調にした小綺麗な壁に飾られている始末。
孝太郎は予想とは違う光景に苦笑したが、部屋の一番奥石室の上に置かれている一般の剣だけは多少予想していた形とは違えども、ちゃんと飾ってあった。
石室の前に円卓のテーブルとテーブルを囲む長椅子。
円卓のテーブルの皇帝の剣の前に座るのは、帝国正教会の大司教。
その隣に通常の鎧よりは兜や甲冑が豪華な男が並び、出口に近い場所に孝太郎たちは座らされた。
孝太郎とヴィトは一番端のマリアの近くで、何とか安定はしているが、問題は聡子。
彼女の性格だ、何かしらの事をやらかす前に止めなくては。
孝太郎はそう誓っていた。最も、この会談が決裂し(というか、そうなる可能性が一番大きいのだが)たのなら、彼女の力は大きい。
一気に大司教を守る兵士や司教を片付けてくれるに違いない。
「では、始めようか……」
大司教ーサンドーラ・ニーチュは咳払いをしてから、自分の名前を名乗り始める。
ヴィトやマリアは知っていたが、孝太郎や聡子のような新参者は分からなかった事なので、有り難い。
次に司教のアイザック・ロアンが名乗りを上げ、大司教の側に座っていた兵士の男二人も彼に続いて名前を挙げる。
どうやら、クリフとニコラスというらしい。
続いて、ヴィトが名前を名乗り、次にマリアも名乗る。
孝太郎と聡子も名前を上げる。
すると、大司教は満足げな顔で、紙の資料を整理しながら、
「では、会談を始めましょうかな、今回の議題は世界審判教及びフランソワ王国の干渉をどこまでに留めるかという会議です」
サンドーラは一枚の書類を持ち出し、
「ここに市民からの声が届いております。フランソワ王国の騎士団による世界審判教の取り締まりは評価している。だが、騎士団の柄の悪さを実感せずにはいられない、まるで山賊が盗賊のようだ。性格が悪いわけではない、勝手に人のものを取るわけでもない、だが、あの顔付きだけはどうにかしてほしい」
「それが、市民からの要望ですか?」
ヴィトの言葉にサンドーラは首を縦に振る。
「勿論です。大多数の市民はフランソワ王国の騎士団が、この国に駐在する事で、他の犯罪集団や世界審判教に悩まされる心配はなくなっておりますし、騎士団の団員も好かれている人からは好かれています」
「なら、何が問題なんです?」
「問題点はたった一つ……一部の保守層からですよ。この騎士団の存在によって、帝国の誇りが失われるのではないのかとね……」
サンドーラは口元の端に大きな笑みを浮かばせて言った。まるで、もう勝利を掴んだかのようだった。
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