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第4部 皇帝の帰還

史上最大の攻防戦

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スメウルグは今、目の前で自分の右手を受け止めている、人間の姿を見下ろす。
間違いない。あの時と服装や髪型や顔付き。いや、人格さえ違うのだろうが、間違いなく、彼はアランゴルン・ゴンゴールに間違いなかった。
スメウルグはそれを知り、思わず兜の向こうの唇を緩める。
(まさか、ここでアランゴルンに出会えるとはな……丁度いい、あの時の屈辱を晴らし、余の力を誇示し、再び全世界の統一に乗り出す事にしてやるわ)
スメウルグは密かに吐き出したが、目の前の男いや、アランゴルンはそんな事はお見通しだとばかりに、剣の力を強める。
不味い。これ以上の剣の力を強くされては、こちらの右腕に傷が入ってしまう。
スメウルグは急いで、アランゴルンの前から、下がり、今度は鞘から再び竜の爪と比喩される剣を取り出す。
「剣と剣で勝負という事か?」
「お前の考える通り」
その言葉を最後に、スメウルグはアランゴルンに向かって、剣を振り上げながら向かって行く。
それを自身の剣の刃で防ぐ、アランゴルン。
何度も打ち合う。その度に火花が飛び散る。
「な、なんて戦いのなの……」
絵里子はその光景にただただ圧倒されるしかなかった。
それは、弟も同じようで、呆然とした様子で、アランゴルン・ゴンゴールこと、ヴィト・プロテッツオーネと竜王スメウルグの戦いを眺めていた。





「ちくしょう! また、オークかよ! 」
石井聡子は夢中でオークの群れに向かって、スコーピオンを撃っていた。
「そう言うなよ、お前の銃撃のお陰で助かっているんだぞ」
と、発言したのはカヴァリエーレ・ファミリーの殺し屋にして、ヴィトの剣、アントニオ・グラント。
「そうは言うけどさ、いくらなんでも数が多すぎない?」
「恐らく、スメウルグの魔法により、無尽蔵に生み出されているのだろう。奴にはそれが可能だ」
夢中でオークに向かって、斧を振るうグラントの代わりに答えたのは、エルフの王レゴラウス。
レゴラウスは説明を続けながらも、エルフ製の矢を持っていた立派な弓に備え付けている。
「とんでもない奴の目が覚めちゃったんですね」
明美はレゴラウスに庇護を求めるような瞳で問いかける。
レゴラウスは明美の庇護を受け止める事は無かったが、代わりに質問には答えてやる。
「ああ、スメウルグは暗黒の帝王……この戦いで奴を殲滅する機会を失えば、恐らく奴はこの世界のみならず、もう一つの世界をも毒牙にかけるだろう」
「そうならないためにも、おれはコンシリエーレを送り出したんだぜ」
「コンシリエーレ?」
レゴラウスが眉を傾げているので、
「コンシリエーレっていうのは向こうの言葉の一つで、相談役という意味なんです。ヴィトさんはカヴァリエーレ・ファミリーのコンシリエーレも務めているんで、もう一つの世界の人たちにはそう呼ばれているんです! 」
明美の解説にレゴラウスは礼を言い、それから、再びグラントに真っ直ぐな汚れのない瞳を向ける。
「問題はアランゴルンが上手くやるのかどうかという事だ」
「心配はいらないさ、マリアもドンもあの人は残しているんだ。あの人はいつもそうだ。いつも勝てなさそうな戦いに向かって、たった一人で物事を解決しちまう」
「アランゴルンらしいな」
レゴラウスはグラントに向かって微笑みかける。
「ならば、もうひと暴れしようぜッ!まだまだ敵もいるだろうし、大聖堂に籠っているオークたちを引きずり出さなきゃあいけないしな! 」
聡子の言葉に全員が頷く。
そして、全員が新たに武器を構え、自分たちを包囲しているオークたちに向かって構え直す。




「怯まないの! あなた達は銃兵隊よ! あなた達の後方支援が、この戦いを左右すると言っても過言ではないわ! 」
カヴァリエーレ・ファミリーのドンにして、フランソワ王国の大公カリーナ・"ルーシー"・カヴァリエーレは怯える若い兵士に向かって檄を飛ばしている。
「ドン、あんたの教え方はちょっとキツイんじゃあないの?もっと、優しくだなぁ~」
マルロはそう口にしたが、ルーシーは敢えてその言葉を遮る。
「いいのよ! 今は丁寧に教えている時じゃあないわ! スメウルグを止めなきゃあ世界が滅んでしまうんでしょう!?」
「ああ、ドンの言う事は正しいよ」
マルロはスナイパーライフルの弾を詰め込みながら言った。
「それに、わたし達は本陣の護衛部隊でもあるんだから、わたし達が倒されちゃあ、マリアが殺されるのよ! マリアが殺されたら、フランソワは……」
「分かっているよ、終わっちまうんだろ?戦闘何つーのは大将の首を取って、なんぼのもんだからな」
マルロはそう言いながら、大聖堂の入り口で、エルフの兵士の首を狩ろうとしたオークの頭を撃ち抜く。
「ギャリアー上院議員というのは、人間のクズだったが、こいつらよりはマシだったかもしれんな、少なくともアイツは一応は話が通じる相手だったからな」
マルロはタバコを咥えながら、次の相手を狙う。





「怖い……」
マリアは思わずに左手を握り直す。
こんな恐怖は二年程前にギシュタルリア帝国のエドワード・デューダレア二世が攻めてきて以来だ。
エドワードは恐ろしい皇帝で、勝つためならば、どんな手だって使った。
そのせいで、自分の長年の理解者だったプイスは……。
マリアは頭を抱えて、目を瞑ってしまいそうになる。
あの時の恐怖が……。いや、それ以上の恐怖が自分を襲っているのだ。
相手は一応は講和や外交という手段の通じるエドワード・デューダレア二世ではなく、全てのものをこの手に握らんしている竜王スメウルグなのだ。
マリアも幼い頃から、両親から聞かされてきた神話の怪物の名前だ。
これ程、恐怖するのも当然なのかもしれない。
だが、マリアはもう一度魔法の杖を握り締める。
かつて、愛する人がトカゲの怪物に襲われかけた時は、この杖で彼の危機を脱する事が出来たのだ。
今回だって、出来る。マリアは自分に言い聞かせた。




竜王スメウルグとヴィト・プロテッツオーネとの戦いは激闘を繰り広げていた。
何度も何度も剣を打ち合い、たまに剣と剣がお互いの刃との間から、弾き出されたと思ったら、どちらかが方向を逸らして、攻撃を避ける。
「は、早い! まるで、獲物を狩る時のハヤブサのようだッ!」
孝太郎の比喩表現に絵里子は違和感はない。二人はハヤブサなのだ。
お互いに隙を狙い、隙があればくちばしで絶命させようとするハヤブサ。
一進一退の戦いは、ヴィトが攻撃を喰らうという事態で終了した。
ヴィトはスメウルグの剣によって、頰を傷付けられてしまったのだ。
「く、クソッタレ! 」
「どうしたのだ?アランゴルン?たった千年のブランクで、随分と弱くなったものだな?」
当然だろうとヴィトは心の中で吐き捨てる。記憶と技術をアランゴルンから受け継いでいるとはいえ、人格は『ヴィト・プロテッツオーネ』のままなのだ。
『ヴィト・プロテッツオーネ』はどこか弱いところがある、それがアランゴルンの認識だった。
だが、アランゴルンは自分にはないものがあると信じて、人格をそのままにしておいてやったのだ。
諦めのなさ。愛する人への思いと組織への忠誠心この三つだった。
「分かっているよ、アランゴルン……おれはどんな手段を使おうが、あのクソッタレのドラゴンをぶっ殺してやればいいんだろ?」
ヴィトの質問にアランゴルンは首を縦に振ったような気がする。
「よし、お前に教えてやろう。これはおれの考えなんだが……」
ヴィトは人差し指を立てて、ワザと焦らす。
そうする事で、スメウルグと周りの人々そして、アランゴルンに思いっきり言ってやろうと思ったのだ。
ヴィトは深呼吸をしてから、微笑を浮かべて言った。
「この世でたった一つ確かな事はどんな手段を用いてでも、相手の懐に潜り込めば、相手の首を切れるという事さ」
「ほう、ならばどうやって、おれの懐に潜り込む?」
「まあ、見てろって」
ヴィトは口元を緩めながら言った。
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