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漂流編
伝説の騎士と未来の学者と
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「なるほど、それで私に会いに来たというわけか?」
ルイーダは先ほど喫茶店のウェイトレスが持ってきた二杯目のコーヒーを啜りながらヒルダに向かって問い掛けた。
ヒルダはとはいえば追加で頼んだプリンアラモードに舌鼓を打っていた。プリンアラモードの甘さに舌を蕩かせているところを見るに、話を終えたことをいいことに彼女はルイーダよりもコーヒーと一緒に届いたプリンアラモードの方が大事であるらしい。
そのことに苛立ったのか、ルイーダはわざと舌を打って、こちら側に関心を向けさせた。
ヒルダは渋々と言わんばかりの表情を浮かべながらルイーダの方へと向き直っていく。
「せっかく、美味しいプリンを味わっていたところでしたのに」
「もうそんなことはどうでもいい……それよりも早く、そのドリスコレルという男に会わせてくれ」
いつになく取り乱した様子のルイーダに対してジードはすっかりと目を丸くしていた。彼からしても自分の妻がここまで取り乱すとは思いもしなかったようだ。
だが、夫の困惑を他所にルイーダは詰める勢いでヒルダの元へと身を乗り出す。
凄まじい勢いで詰め寄っていたこともあってか、ヒルダもプリンを食べる手を止め、明らかに困惑した表情を浮かべていた。
だが、構うことなく詰め寄ろうとするので流石のジードも止めざるを得なかった。元は静かな空気がゆったりと流れるような喫茶店。
いたずらに注目の目を浴びるようなことがあれば困惑するのはヒルダである。
身元が割れて彼女がいうドリスコレルがマナエ党やボルジアの警察に見つかってしまっては元も子もない。
そのことをジードに諭されてか、ようやくルイーダも落ち着きを取り戻したらしい。
自身に割り当てられた席の上で荒い息を吐き出しながらコーヒーをゆっくりと啜っていた。まるで、コーヒーの中に落ち着かせる効果のある薬でも混ざっているかのようだ。
ヒルダがプリンをゆっくりと口に運びながらそんなことを考えていると、落ち着きを取り戻したであろうルイーダがヒルダの前でゆっくりと一礼を行う。
「すまなかった。だが、どうしても過去に会った人物と一緒に思えてな」
「過去って……一千年前のことか?」
ジードの質問にルイーダはゆっくりと首を縦に動かす。その事を喋るためには水分が必要であったのか、ルイーダはカップの中に残っていたコーヒーを勢いよく飲み干していった。
口の周りについたコーヒーの水滴を紙のナプキンで拭い取るのと同時に物憂げな表情を浮かべつつ、どこか遠い目でかつて自身の身に何が起こっていったのかを語り出す。その姿は老人が過去のことを懐かしむかのようであった。
ルイーダの話によれば、その時のルイーダは今と同様に18歳。父の跡を継いで騎士となり、功績を打ち立てて騎士団を率いるようになった頃であったとのこと。
その頃ともなればルイーダの勇名がガレリア全土に轟いていた。誰もが知っている英雄となったのは邪竜ファヴニールを討伐してからのことであったが、それ以前からも騎士としての名声は高かったのだ。
それ故に面会を望む客も多かったが、ルイーダとしても鍛錬や勉強に時間を費やさねばならない。
貴族や同じ位の騎士ともなればそういった時間を削らなくてはならないが、職人や商人といった平民たちともなればどうしても鍛錬や勉強といった必要な時間に時間を割いてしまわないといけない。それ故に会いたくても会えないというのが実情というところだろうか。
それでも人々から見ればお高く止まっているように思えて見えるのも無理はない。たかだか騎士のくせに。人々がそう思うのも無理はない。
ルイーダが一人で苦い笑いを浮かべながら石と石畳のみで構成された鍛錬場で木剣を振っていた時のこと。
「キミがルイーダ・メルテロイだね?」
と、背後から声を掛けられたのだ。
慌てて振り返ると、そこには得体の知れない男の姿。
蝋燭しかない小さな部屋なので、光だけに照らされて男の顔だけが浮かび上がっていた。突然現れて、人々を驚かせる幽霊のように。
だが、ルイーダは人々を守る騎士。幽霊のような存在が現れたからといって臆してはならない。普通の女の子とはそこが違うのだ。
そうはいっても足が震えるのは自然現象である。当たり前だ。幽霊ともなれば物理的な攻撃は通用しない。魔法による攻撃も一部のものを除けば大抵がすり抜けてしまう。除霊の術でも心得ていれば話は別であるが、自身は除霊師ではない。称号を与えられた騎士に過ぎない。
もし、自分が聖騎士と呼ばれる存在であり、それなりに除霊の術を心得ていたのであれば目の前の男のことを恐れる必要もなかっただろう。
彼女は彼女なりに騎士としての威厳を保つため虚勢を張ったに違いない。一生懸命に絞り出した声がブルブルと震えていたことがその証拠だ。
そんな彼女を安心させるかのように暗闇から現れた男は優しい声で言った。暗闇の中で泣きじゃくる我が子を慰める親のように。
「すまなかった。怖がらせるつもりはなかったんだ」
彼は申し訳なさそうに頭を掻きながら足を大きく前に突き出す。こうすることで、彼自身が生きた人間であることを証明したのである。
足があるのであれば少なくとも幽霊であるということはない。ルイーダは小さく「ふぅ」と溜息を吐き出してから鍛錬場の壁へと寄り掛かっていった。
「そうか、それを聞いて安心した」
「安心してくれ、私はキミの味方だ」
男はそう言った。それから男は服の胸元に歯付着したところから何やら紙に巻かれた小さな棒を取り出して口に咥えた。それから見知らぬ四角形の銀箱で火を出す。
「キミの魔法は火を扱う魔法なのか?」
ルイーダはその仕草を感心したように見つめながら問い掛けたが、暗闇の中にいる男はルイーダの疑問に黙って首を横に振る。
「いいや、違う。私は魔法は使えない」
それを聞いたルイーダの片眉が上がる。男は確実に火を使って得体の知れない棒の先端を燃やしたではないか。
訝しげに見つめるルイーダを他所に、男は得体の知れない棒を口に咥えながらルイーダに話しかけてきた。
「私が扱えるのは文明の利器だけだ。これはライターといってね。厚電素子を用いて、そのことを利用した物理的な衝撃で電気エネルギーを発生させるんだ。そして、そこで生じた電気エネルギーを用いて、ライターの中に含まれている、燃料に引火させる仕組みになっている」
ルイーダはこの時、男の説明が全く理解できなかった。無理もない。竜歴一千年にはライターは存在していないのだから。
ただ、彼女にとって未知の原理である言葉の中で唯一、『燃料に引火』という言葉だけは聞き取れたので、ルイーダはこの時は男が中に燃料を溜め込んで好きな時に火を起こせる魔法道具として解釈していた。
男はルイーダの沈黙を理解だと勝手に解釈したのか、それともこれ以上話しても話の腰が折れるばかりだと考えたのか、単刀直入に話を切り出す。国王の機嫌が悪い時によくない報告を行う愚かな臣下のように。
「キミに忠告しておこう。邪悪竜、ファヴニールを討伐するのはやめておきたまえ」
「な、なにぃ!?」
ルイーダは激昂した。先ほど感じていた諸々の感情も忘れ、眉間に皺を寄せながら腰に下げていた剣を引き抜く。
鋭い剣の中に込められたのは聖なる光。ルイーダが扱う聖なる光の剣であった。
同時に高速魔法を作動する準備も視野に入れる。高速魔法。それは選ばれし者のみが身に付けられる伝説の魔法。
一日に使える量には限りがあるものの、練習すれば習得できる擬似高速魔法とは異なり、誰でも習得できるものではない。
天賦の才がなければ手に入ることができない伝説の魔法なのだ。殆どの人間が扱えないもの。
ルイーダが剣を両手に構えて男の元へと突っ込んでいこうとした時のこと。
「まぁ、待て」
と、ルイーダの背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには先ほどの男の姿。
いつの間に移動したのだろうか。ルイーダが慌てて剣を振ったものの、またしても空振りに終わってしまう。
「待て!」
ルイーダは激昂しながら男を追おうとしたが、既に男の姿はない。影も形もなくなっていた。まるで、最初からその場にそんな男など存在しなかったかのように。
煙をかき消したように消えたというのは今の時に用いるのかもしれない。
後に残ったのは誰もいない鍛錬場のみ。ルイーダがなんともいえない表情を浮かべながら後片付けをしていた時のこと。
「団長閣下」
と、暗がりの中から声が聞こえてきた。低く、透き通った声。間違いなく、自身の参謀、アーベルハルト・フォン・フォーゲンゲルダであった。
「アーベルハルトか、どうした?」
ルイーダは片付けの片手間にアーベルハルトの声に応えた。
「閣下、先ほど、閣下の元に妙な男が来ませんでしたか?」
「あぁ、来た。なんでも、ファヴニールを倒すのをやめろとな。無論、そんなことになってはならないのだが」
ルイーダはどこか悲しげな瞳でアーベルハルトの言葉に答えた。当然だ。邪竜、ファヴニールは人々を苦しめる魔竜。
その邪竜を討伐すればどれだけ大勢の人が救われるのかしれないのに、暗闇の男は無責任にも「討伐するな」と主張した。
到底許される言葉ではない。ルイーダからすれば苦しむ人々を前にして酒を煽っている行動に等しい。
てっきりアーベルハルトも自身の怒りに同調してくれるものだとばかり思っていた。
だが、帰ってきた言葉はルイーダの予想の斜め上をいくものであった。
「閣下、恐れながら私もあの男の意見に賛成です」
「何ぃ!」
ルイーダは片付けていたはずの木剣を勢いよく振り上げながら叫ぶ。拘束魔法は用いなかったが、木剣を突き付けながら向かっていく際の目は明らかに敵に対して向ける目である。
そのまま目の前で木剣を振り上げたのだが、木剣はアーベルハルトの目と鼻の先で止まった。寸分構わずにピタリと。
殺気を込めた目でアーベルハルトを見つめながらルイーダは問い掛けた。
「もう一度言ってみろ。苦しむ人々を助けるなと言いたいのか?」
「いえ、そういうことではありません。私が言いたいのはファヴニールを倒した後に裏切られるかもしれないということです」
「誰にだ?」
ルイーダは両頬をピクピクと動かしながら問い掛ける。その様子にアーデルハルトは僅かに怯えてみせたが、それでも一度口にした以上は言葉を出さざるを得ない。
「国王陛下にです」
アーベルハルトは淡々とした声で言った。
「まさか、国王陛下がそんなことをするはずがない」
ルイーダからすればそれはあり得ないことであった。これから過ごす以上は天と地がひっくり返ることが絶対に起こらないように。
当たり前だ。フリードリヒ王は主君であるのと同時に父と自分を見出してくれた恩人である。
もともと、身分の低かった父を取り立てたのはフリードリヒ王であるし、自身の功績を認めて騎士団長を率いさせてくれたのもフリードリヒ王だ。ルイーダからすれば神の次に偉い存在といってもいい。
だが、ルイーダに向かって語るアーベルハルトの目は真剣そのものだった。
もしかすればアーベルハルトの言葉は本当であるのかもしれない。
功績を妬んだ王が臣下を消した例は確かに世間には多く存在する。フリードリヒ王がその例外である保証などどこにもない。
こんなことを考えたくはないのに、心の中から次々と不安な予感が湧き出してくる。もがけばもがくほど抜け出せない底なし沼で溺れているかのようだった。
しばらくルイーダはその場で石像のように固まっていたが、木剣を引っ込めていく。
「ご理解いただけましたか? 閣下?」
「言葉の片隅には留めておいてやろう」
「では、ファヴニール討伐も」
「いいや、それはやる」
ルイーダは拳を握り締めながら言い放つ。その目に迷いはない。全てを決意した目だった。
「閣下!」
「……たとえ、お前やあの男の言葉通りに私が陛下にその身を害されることがあろうともファヴニールが人々を苦しめる存在であるには違いない。この任をやり遂げられるのは私しかいない。わかってくれ……」
アーベルハルトはそれ以上何も言わなかった。ルイーダの気持ちを察したのか、黙って鍛錬場を後にした。
ルイーダは先ほど喫茶店のウェイトレスが持ってきた二杯目のコーヒーを啜りながらヒルダに向かって問い掛けた。
ヒルダはとはいえば追加で頼んだプリンアラモードに舌鼓を打っていた。プリンアラモードの甘さに舌を蕩かせているところを見るに、話を終えたことをいいことに彼女はルイーダよりもコーヒーと一緒に届いたプリンアラモードの方が大事であるらしい。
そのことに苛立ったのか、ルイーダはわざと舌を打って、こちら側に関心を向けさせた。
ヒルダは渋々と言わんばかりの表情を浮かべながらルイーダの方へと向き直っていく。
「せっかく、美味しいプリンを味わっていたところでしたのに」
「もうそんなことはどうでもいい……それよりも早く、そのドリスコレルという男に会わせてくれ」
いつになく取り乱した様子のルイーダに対してジードはすっかりと目を丸くしていた。彼からしても自分の妻がここまで取り乱すとは思いもしなかったようだ。
だが、夫の困惑を他所にルイーダは詰める勢いでヒルダの元へと身を乗り出す。
凄まじい勢いで詰め寄っていたこともあってか、ヒルダもプリンを食べる手を止め、明らかに困惑した表情を浮かべていた。
だが、構うことなく詰め寄ろうとするので流石のジードも止めざるを得なかった。元は静かな空気がゆったりと流れるような喫茶店。
いたずらに注目の目を浴びるようなことがあれば困惑するのはヒルダである。
身元が割れて彼女がいうドリスコレルがマナエ党やボルジアの警察に見つかってしまっては元も子もない。
そのことをジードに諭されてか、ようやくルイーダも落ち着きを取り戻したらしい。
自身に割り当てられた席の上で荒い息を吐き出しながらコーヒーをゆっくりと啜っていた。まるで、コーヒーの中に落ち着かせる効果のある薬でも混ざっているかのようだ。
ヒルダがプリンをゆっくりと口に運びながらそんなことを考えていると、落ち着きを取り戻したであろうルイーダがヒルダの前でゆっくりと一礼を行う。
「すまなかった。だが、どうしても過去に会った人物と一緒に思えてな」
「過去って……一千年前のことか?」
ジードの質問にルイーダはゆっくりと首を縦に動かす。その事を喋るためには水分が必要であったのか、ルイーダはカップの中に残っていたコーヒーを勢いよく飲み干していった。
口の周りについたコーヒーの水滴を紙のナプキンで拭い取るのと同時に物憂げな表情を浮かべつつ、どこか遠い目でかつて自身の身に何が起こっていったのかを語り出す。その姿は老人が過去のことを懐かしむかのようであった。
ルイーダの話によれば、その時のルイーダは今と同様に18歳。父の跡を継いで騎士となり、功績を打ち立てて騎士団を率いるようになった頃であったとのこと。
その頃ともなればルイーダの勇名がガレリア全土に轟いていた。誰もが知っている英雄となったのは邪竜ファヴニールを討伐してからのことであったが、それ以前からも騎士としての名声は高かったのだ。
それ故に面会を望む客も多かったが、ルイーダとしても鍛錬や勉強に時間を費やさねばならない。
貴族や同じ位の騎士ともなればそういった時間を削らなくてはならないが、職人や商人といった平民たちともなればどうしても鍛錬や勉強といった必要な時間に時間を割いてしまわないといけない。それ故に会いたくても会えないというのが実情というところだろうか。
それでも人々から見ればお高く止まっているように思えて見えるのも無理はない。たかだか騎士のくせに。人々がそう思うのも無理はない。
ルイーダが一人で苦い笑いを浮かべながら石と石畳のみで構成された鍛錬場で木剣を振っていた時のこと。
「キミがルイーダ・メルテロイだね?」
と、背後から声を掛けられたのだ。
慌てて振り返ると、そこには得体の知れない男の姿。
蝋燭しかない小さな部屋なので、光だけに照らされて男の顔だけが浮かび上がっていた。突然現れて、人々を驚かせる幽霊のように。
だが、ルイーダは人々を守る騎士。幽霊のような存在が現れたからといって臆してはならない。普通の女の子とはそこが違うのだ。
そうはいっても足が震えるのは自然現象である。当たり前だ。幽霊ともなれば物理的な攻撃は通用しない。魔法による攻撃も一部のものを除けば大抵がすり抜けてしまう。除霊の術でも心得ていれば話は別であるが、自身は除霊師ではない。称号を与えられた騎士に過ぎない。
もし、自分が聖騎士と呼ばれる存在であり、それなりに除霊の術を心得ていたのであれば目の前の男のことを恐れる必要もなかっただろう。
彼女は彼女なりに騎士としての威厳を保つため虚勢を張ったに違いない。一生懸命に絞り出した声がブルブルと震えていたことがその証拠だ。
そんな彼女を安心させるかのように暗闇から現れた男は優しい声で言った。暗闇の中で泣きじゃくる我が子を慰める親のように。
「すまなかった。怖がらせるつもりはなかったんだ」
彼は申し訳なさそうに頭を掻きながら足を大きく前に突き出す。こうすることで、彼自身が生きた人間であることを証明したのである。
足があるのであれば少なくとも幽霊であるということはない。ルイーダは小さく「ふぅ」と溜息を吐き出してから鍛錬場の壁へと寄り掛かっていった。
「そうか、それを聞いて安心した」
「安心してくれ、私はキミの味方だ」
男はそう言った。それから男は服の胸元に歯付着したところから何やら紙に巻かれた小さな棒を取り出して口に咥えた。それから見知らぬ四角形の銀箱で火を出す。
「キミの魔法は火を扱う魔法なのか?」
ルイーダはその仕草を感心したように見つめながら問い掛けたが、暗闇の中にいる男はルイーダの疑問に黙って首を横に振る。
「いいや、違う。私は魔法は使えない」
それを聞いたルイーダの片眉が上がる。男は確実に火を使って得体の知れない棒の先端を燃やしたではないか。
訝しげに見つめるルイーダを他所に、男は得体の知れない棒を口に咥えながらルイーダに話しかけてきた。
「私が扱えるのは文明の利器だけだ。これはライターといってね。厚電素子を用いて、そのことを利用した物理的な衝撃で電気エネルギーを発生させるんだ。そして、そこで生じた電気エネルギーを用いて、ライターの中に含まれている、燃料に引火させる仕組みになっている」
ルイーダはこの時、男の説明が全く理解できなかった。無理もない。竜歴一千年にはライターは存在していないのだから。
ただ、彼女にとって未知の原理である言葉の中で唯一、『燃料に引火』という言葉だけは聞き取れたので、ルイーダはこの時は男が中に燃料を溜め込んで好きな時に火を起こせる魔法道具として解釈していた。
男はルイーダの沈黙を理解だと勝手に解釈したのか、それともこれ以上話しても話の腰が折れるばかりだと考えたのか、単刀直入に話を切り出す。国王の機嫌が悪い時によくない報告を行う愚かな臣下のように。
「キミに忠告しておこう。邪悪竜、ファヴニールを討伐するのはやめておきたまえ」
「な、なにぃ!?」
ルイーダは激昂した。先ほど感じていた諸々の感情も忘れ、眉間に皺を寄せながら腰に下げていた剣を引き抜く。
鋭い剣の中に込められたのは聖なる光。ルイーダが扱う聖なる光の剣であった。
同時に高速魔法を作動する準備も視野に入れる。高速魔法。それは選ばれし者のみが身に付けられる伝説の魔法。
一日に使える量には限りがあるものの、練習すれば習得できる擬似高速魔法とは異なり、誰でも習得できるものではない。
天賦の才がなければ手に入ることができない伝説の魔法なのだ。殆どの人間が扱えないもの。
ルイーダが剣を両手に構えて男の元へと突っ込んでいこうとした時のこと。
「まぁ、待て」
と、ルイーダの背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには先ほどの男の姿。
いつの間に移動したのだろうか。ルイーダが慌てて剣を振ったものの、またしても空振りに終わってしまう。
「待て!」
ルイーダは激昂しながら男を追おうとしたが、既に男の姿はない。影も形もなくなっていた。まるで、最初からその場にそんな男など存在しなかったかのように。
煙をかき消したように消えたというのは今の時に用いるのかもしれない。
後に残ったのは誰もいない鍛錬場のみ。ルイーダがなんともいえない表情を浮かべながら後片付けをしていた時のこと。
「団長閣下」
と、暗がりの中から声が聞こえてきた。低く、透き通った声。間違いなく、自身の参謀、アーベルハルト・フォン・フォーゲンゲルダであった。
「アーベルハルトか、どうした?」
ルイーダは片付けの片手間にアーベルハルトの声に応えた。
「閣下、先ほど、閣下の元に妙な男が来ませんでしたか?」
「あぁ、来た。なんでも、ファヴニールを倒すのをやめろとな。無論、そんなことになってはならないのだが」
ルイーダはどこか悲しげな瞳でアーベルハルトの言葉に答えた。当然だ。邪竜、ファヴニールは人々を苦しめる魔竜。
その邪竜を討伐すればどれだけ大勢の人が救われるのかしれないのに、暗闇の男は無責任にも「討伐するな」と主張した。
到底許される言葉ではない。ルイーダからすれば苦しむ人々を前にして酒を煽っている行動に等しい。
てっきりアーベルハルトも自身の怒りに同調してくれるものだとばかり思っていた。
だが、帰ってきた言葉はルイーダの予想の斜め上をいくものであった。
「閣下、恐れながら私もあの男の意見に賛成です」
「何ぃ!」
ルイーダは片付けていたはずの木剣を勢いよく振り上げながら叫ぶ。拘束魔法は用いなかったが、木剣を突き付けながら向かっていく際の目は明らかに敵に対して向ける目である。
そのまま目の前で木剣を振り上げたのだが、木剣はアーベルハルトの目と鼻の先で止まった。寸分構わずにピタリと。
殺気を込めた目でアーベルハルトを見つめながらルイーダは問い掛けた。
「もう一度言ってみろ。苦しむ人々を助けるなと言いたいのか?」
「いえ、そういうことではありません。私が言いたいのはファヴニールを倒した後に裏切られるかもしれないということです」
「誰にだ?」
ルイーダは両頬をピクピクと動かしながら問い掛ける。その様子にアーデルハルトは僅かに怯えてみせたが、それでも一度口にした以上は言葉を出さざるを得ない。
「国王陛下にです」
アーベルハルトは淡々とした声で言った。
「まさか、国王陛下がそんなことをするはずがない」
ルイーダからすればそれはあり得ないことであった。これから過ごす以上は天と地がひっくり返ることが絶対に起こらないように。
当たり前だ。フリードリヒ王は主君であるのと同時に父と自分を見出してくれた恩人である。
もともと、身分の低かった父を取り立てたのはフリードリヒ王であるし、自身の功績を認めて騎士団長を率いさせてくれたのもフリードリヒ王だ。ルイーダからすれば神の次に偉い存在といってもいい。
だが、ルイーダに向かって語るアーベルハルトの目は真剣そのものだった。
もしかすればアーベルハルトの言葉は本当であるのかもしれない。
功績を妬んだ王が臣下を消した例は確かに世間には多く存在する。フリードリヒ王がその例外である保証などどこにもない。
こんなことを考えたくはないのに、心の中から次々と不安な予感が湧き出してくる。もがけばもがくほど抜け出せない底なし沼で溺れているかのようだった。
しばらくルイーダはその場で石像のように固まっていたが、木剣を引っ込めていく。
「ご理解いただけましたか? 閣下?」
「言葉の片隅には留めておいてやろう」
「では、ファヴニール討伐も」
「いいや、それはやる」
ルイーダは拳を握り締めながら言い放つ。その目に迷いはない。全てを決意した目だった。
「閣下!」
「……たとえ、お前やあの男の言葉通りに私が陛下にその身を害されることがあろうともファヴニールが人々を苦しめる存在であるには違いない。この任をやり遂げられるのは私しかいない。わかってくれ……」
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