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『番外編:悪役令嬢と悪役令息で悪の華道を進んでご覧にいれましょう』
あなたに会えるその日まで
怖い。歯の根が合わないほどに震えていく。
その振動は寝台に伝わり、まるで、地が揺られていくかのような感覚に襲われた。
クリストファーは目撃してしまったのだ。
自身の腹違いの兄と婚約者、そして父親である伯爵家の当主が遊び半分で人を殺し、あまつさえ「事業」として『幽霊葉』を生成し、人々に苦しみを与えている光景を。
当主と兄が遊び半分で使用人を殺し、婚約者と兄が手を組んで利権のために王都へと毒を撒き散らしている悍ましい光景を。
そんなことが許されてたまるものだろうか。いや、許されていいはずがない。
なんとしてでもこのことを伝えなくてはなるまい。
だが、リジーに伝えたところで彼女が悲しむだけなのではないだろうか。
いや、そもそも彼女は弱い。事実を伝えれば心が壊れてしまうのではないだろうか。
王都の警備隊に伝えるべきか。いや、王都の警備隊はすでにデボンジャー伯爵家と繋がっていると考えてもおかしくはない。
既に飼い慣らされているのであれば、訴えなど握り潰されてしまうに違いない。
となれば……。クリストファーの脳裏に浮かぶのは『駆除人』の存在。
(おれがまだ王都の市街地に居た頃……晴らせぬ恨みを晴らしてくれる駆除人がいるって聞いたことがある。噂を辿れば、王都の端にある酒場みたいだ……そこで彼ら彼女らに出会うことができれば……)
クリストファーは決意を固めていく。もはや居ても立ってもいられぬ状況だ。
こっそりと部屋の中に隠し持っていた象牙細工や金細工を集め、懐の中に隠し持つ。
たんまりと懐を重くした後で、クリストファーはそれを換金し、駆除人に依頼を出す予定であった。
だが、決死の覚悟で部屋の扉を開くと、目の前には死神のような微笑を浮かべたトーマスの姿が見えた。
トーマスはクリストファーが言葉を叫ぶ暇もなく、その腹へと自らの拳を叩き込む。
肺の中の空気を全て搾り出す。蹲るクリストファーの髪を強く掴み上げながらトーマスはその耳元で怒鳴り付けた。
「テメェ、噂に聞く駆除人におれたちを始末させようと目論んでいやがったな」
トーマスは両目を鋭くしながらクリストファーを牽制していく。
「ち、ちが……」
「じゃあ、懐の中にあるこれはなんだ!?」
トーマスはクリストファーの服の中を探ると、冷や汗をかくクリストファーの前に金細工や象牙細工が詰め込まれた袋を突き出す。動かぬ証拠だとでも言わんばかりに。
青ざめた顔を浮かべるクリストファーを前にトーマスはそのまま髪を掴み上げたまま壁へと叩き付ける。
鈍い音と共に視界が不安定になり、視界の中に火花が散った。
「ううっ」と唸り声を上げた腹違いの弟の髪を再度掴み上げ、その頬を勢いよく叩き付けた。
頬を摩りながら自身を見上げる腹違いの弟を見下ろしながらその腹を勢いよく蹴り付ける。
「気に食わねぇ! 父上の慈悲に縋って生きている分際でオレたちを始末しようだなんてな!!!」
罵倒と共に無慈悲な蹴りを浴びせていく。
しばらく蹴り続けているうちに満足したのか、泥のように動かなくなった弟に唾を吐きかけると、金細工の袋を手で弄びながら悠然と立ち去っていった。
その光景をクリストファーは絶望の色で両頬を染め上げながら見つめていた。せっかくの依頼料を取られてしまったのだ。それに加えてトーマスが奪い取った袋の中に詰め込まれていた金細工や象牙細工は彼にとっては唯一の財産と呼べるもの。
伯爵家で冷遇されている彼からすれば全ての財産を奪い取られてしまったことに他ならない。
自身の情けなさを前に自嘲しながら彼は部屋の中へと戻っていった。
「ダメだよ、義姉さん。おれ、ダメだよ……何をやったってダメなんだ……」
希望は、完全に踏み躪られたのだ。
誰にも聞かせるわけでもない言い訳を口にしながらクリストファーはベッドの上でシーツで自身の体を包み込む。まるで、この世へと這い出ることを拒む胎児のように。
同じ頃、義姉のリジーは孤独な戦いに身を投じていた。
『幽霊葉』のもたらす地獄を打ち消すための、未知なる特効薬。もしこれが完成すれば、闇に沈んだ多くの人を救い出すことができるのだ。
リジーは祈るような思いで乳棒を握り締め、乳鉢の上に置いている薬草をすりつぶしていく。
人差し指の上ですりつぶした薬草を掬い、自らの舌でその毒性を確認していく。舌の上で刺激が走る。痺れる感覚が舌を伝って全身を襲う。
正直にいえば辞めたい。多忙な養生所の看護や診察の合間に自らを痛めつけるような真似をするなどもはや正気の沙汰ではない。
それでもリジーの脳裏に苦しむ人々の顔が思い浮かぶ。その人たちの顔がリジーを奮い立たせた。
失敗を幾度も繰り返し、舌を何度も痺れさせていく。
数え切れないほどの嘔吐と眩暈。それらの過程を経てようやく神様が微笑んだ。奇跡が起きたのだ。ようやく『幽霊葉』に効く薬を開発したのである。
「できた!」
睡眠時間を削っていたこともあってか、落ち窪んだ目をしていたリジーはヘラヘラと疲れたような笑みを浮かべながら乳鉢に入れた薬を机の上に置いた。
満足気な笑みを浮かべて乳鉢を見下ろした後で、隣の部屋で患者の診断票を整理しているカーラを枯れた声を振り絞って呼ぶ。
「カーラちゃん来て! ようやく『幽霊葉』の効能を打ち消す薬ができたの!!」
カーラは慌てて診断票を机の上に置き、リジーが薬を調合している部屋の中へと駆け込む。
「本当ですの!?」
興奮のためか思わず身を乗り出しながら尋ねる。
「うん、これだよ」
リジーはカーラの前に乳鉢を突き出す。
「素晴らしい。本当に、本当に成し遂げられたのですね!」
カーラは素直な賞賛の言葉を贈る。それを前にリジーが照れ臭そうに頭を掻いてみせた。
カーラはリジーによる薬が出来たことを確かめ、そのまま患者の世話のため病室に詰めていたレキシーを呼びに向かう。
カーラに背中を押され、往診の部屋で合流した後、試しにリジーから手渡された乳鉢を受け取り、嬉しそうな顔で人差し指で薬をすくって見せる。
確かに舌はしびれたものの、その分、効果のほどは期待できそうだ。
乳鉢の中にあった深緑色の液体を人差し指ですくって舐めた後に力強く首を縦に動かす。
「いいねぇ、こいつは本物だ。幽霊の呪いも消えていくだろうさ」
「本当に素敵です。リジー先生」
カーラの素直な賞賛を前に、リジーはまたしても両頬を赤く染める。それ以上はやめてよとでも言わんばかりに。
クライン王国における医学を塗り替えるほどの快挙。それほどの偉業を前にしてもリジーは尊大な態度に出ることもない。
ただ照れくさそうに、充血した瞳を細めて笑うだけであった。
その謙虚で高潔な姿勢を前に、カーラとレキシーは顔を見合わせ、この小さな養生所の光を、全力で守り切ることを誓ったのである。
翌日、養生所は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。
これまで人々を蝕んできた『幽霊葉』の効能を打ち消す光。救いを求めた人々が次々と門を叩いたのだ。
養生所に現れた人々はこぞって薬を求めた。その盛況ぶりにカーラは、
「これでは落ち着いて食事を摂る暇もありませんね」
と、こぼしてみせたほどであった。
嬉しい悲鳴を上げつつも、カーラの手は止まらない。熱心に患者の話し相手となり、問診票をまとめ、薬を処方していった。
養生所に医師が二人しか居らぬという事実がカーラをここまで熱心に働かせた理由であるともいえるだろう。
多忙な時間が続いたが、それでも午後に一度だけ休憩の時間が設けられた。
ようやく訪れた短い休息の時間。カーラは二人にゆっくりと過ごしてもらうためお茶とささやかなお茶請けを用意しリジーとレキシーに手渡す。
用意したのはカーラが即席で仕上げた焼き洋梨と焼きリンゴ。
両者ともに皮を剥いて半分に割り、それぞれの芯や種を取り除いて、4~6に分けてスライスして切り分けたものである。
それにシナモンとグラニュー糖をまぶしただけのものであるが、疲れた体に甘いものは染み渡るらしい。
二人ともカーラの差し入れを前に満足気に笑ってみせた。
「ありがとう。カーラちゃん。本当に美味しい。あぁ、素晴らしい気分だよ」
リジーの顔に柔らかな笑みが戻る。その姿に釣られてカーラも笑ってしまう。
レキシーもそれに釣られて笑う。まるで、娘の幸福を喜ぶ母親のように。
しばらく笑い合った後で全員がお茶が冷えてきたことに気が付く。同時にリジーが席を立つ。
「お代わりを用意しますわ」と立ち上がろうとするカーラを制止して自ら立ち上がり、台所で新しいお茶を淹れてくれたのだ。
淹れ立てのお茶が入った取っ手付きの茶碗から湯気が立ち上がっていった。
「ねぇ、カーラちゃん。私、とっても幸せだよ」
リジーが不意に口を開いて言った。
「どうしましたの? 急に」
「ううん、言ってみただけ」
リジーはいつも通り優しい顔で微笑む。春の日の陽だまりそのものといっても過言ではない眩しい笑顔だった。
それからゆっくりと立ち上がり、往診の患者や入院患者の応対へと戻っていく。
それを見たのか、レキシーもゆっくりと立ち上がって言った。
「さて、あたしらもそろそろ仕事に戻らないとね」
「そうですね。せめて、リジー先生のお役に立つようにしないと」
レキシーに釣られ、カーラも静かに笑いながら席を立ち上がる。
患者の体を拭き、食事の介助を行い、診断票をまとめ上げる。そして、忘れてはならないのは薬の生産。リジーからどのようなものを作ったのかを知り、レキシーと自分とが調合を手伝う。全ては患者たちが円滑に入院生活を送ることができるように。
多忙ではあるものの、そこにやりがいという名の確かな熱がカーラの中に宿っていた。
だが、それも夕刻までのこと。正面玄関にはけたたましい車輪と蹄鉄の足音でカーラたちの幸福は打ち消されることになった。
カーラが出迎えに向かうと、玄関に現れたのは三人の侍女たちを引き連れ、傲慢な笑みを浮かべたジェニファーであった。
ジェニファーは養生所の下働きに過ぎないと思い込んでいるカーラを尊大な態度で見下ろした後で言い放つ。
「例の毒消しが出来たんですってね? さっさと見せてちょうだい」
「は、はい」
カーラは両肩を強張らせながら答えた。ここでジェニファーを怒らせてはろくなことになるまい。
そう考えていたのだが、無神経なジェニファーが放った次の一言はカーラの殺意を高めるのに十分であった。
「この建物、なんだか貧乏臭くて嫌なのよ。隅々にまで消毒の匂いで吐き気がしてくるし」
隅々にまで消毒の匂いが行き渡っているのはリジーや自分たちが心血を注いで掃除を行っているからだ。大切にしてきた壁や床を蔑む言葉に心底から腹が立って仕方がない。
よほど「あなたなんかに見せる必要はない」とカーラは言ってやりたかった。どうしてろくに医学書もめくったことがないような貴族令嬢にリジーが心血を注いだ薬を見せてやらなければならないのだろうか。
だが、見せないわけにはいかない。ジェニファーの機嫌を損ねれば養生所の存続自体が立ち行かなくなってしまうのだから。
カーラは喉元まで出かかった罵倒を鉄の意志で飲み込む。
それから、やむを得ないままジェニファーを診察室にまで案内し、リジーが心血を注いで作り上げた薬の小瓶を取り出す。
ジェニファーのことだからかんしゃくを起こして薬を壊してしまう可能性はある。
しかし既に薬そのものは生産体制には入っていたので、多少零れたとしても問題はない。
カーラは医療棚から小瓶の中に入った特効薬をジェニファーの手に渡す。まるで、神殿で神官に対して供物を注ぐかのような丁重な手つきで。
だが、ジェニファーは気にすることなく差し出された小瓶を宝石を愛でるかのような手つきで弄んだ後で、彼女自身の真っ赤な舌の先に一滴を垂らす。
「……ッ、ゲホッ、何よこれ!」
直後、顔を怒りで醜く歪ませながら地面の上へと勢いよく小瓶を叩き付けた。
ガシャーンと小瓶が砕ける音と共に破片や薬のかけら、そして、貴重な薬液が地面の上を無残に散らばっていく。
ジェニファーは地面の上に散らばった小瓶へ唾を吐き捨てるのと同時に傲慢な口調で言い放つ。
「なにこれ、苦すぎでしょ! 貴女たち、こんなのを患者に飲ませて楽しいわけ?」
「毒物? 何を言っておられますの? これはお薬ですけれども」
カーラは困惑した声で答えたが、ジェニファーは聞く耳を持たない。
ジェニファーは焼き菓子を欲しがって泣き喚く子どものような癇癪を起こしながら叫ぶ。
「言い訳はやめなさい。舌が痺れるほどの苦痛を浴びせるなんて『虐待』でしょ?私、何か間違ったこと言ってる?」
ジェニファーは喚き散らしながら、呆然とした姿で自身を見つめるカーラの襟首を掴む。カーラに対してジェニファーは恫喝するように耳を裂くような怒号を浴びせる。
「今すぐに患者への虐待をやめろ! さもないと、お前らを逮捕してやるぞ!!」
「た、逮捕?虐待?何を仰っておられるの?」
カーラは目を白黒させた。戸惑うのも無理はない。本当にジェニファーが何を言っているのかが理解できなかったからだ。
だが、ジェニファーはカーラの胸ぐらを掴み上げながら理不尽な恫喝を続けていく。
怒声を聞いて慌てたのか、リジーが診察室へと駆け込む。そして、部屋の真ん中で怒号を挙げ続けるジェニファーへと必死になって頭を下げた。
「申し訳ありません。全て私の不徳の致すところです! ジェニファー先生のお気に障ってしまったようで申し訳ありません!!」
結局、リジーの必死の謝罪で、即時の連行といった最悪の事態を免れることはできた。特効薬に関しては王宮が今後の処置を決めることになった。それまでは使用停止という残酷な命令が下されることになった。いうなれば事実上の使用停止であるといってもいい。
「ふざけるんじゃないよ!!」
レキシーが激情に駆られて椅子を蹴り飛ばして激高する。当然だ。彼女からすれば入院している患者たちを救う唯一の手段が奪われそうになっているのだから。
いや、下手をすればジェニファーの手回しで王宮が過酷な措置を与え、本当に薬が使えなくなってしまうかもしれない。
その一方でリジーは自らの努力が「虐待だと呼ばれたことで幽霊のように魂を奪い取られたような顔で頭を抱えて震えていた。
(違う。あなたは何も悪くない……)
カーラはそう言ってリジーを元気付けてやりたかった。
この世の終わりかのように落ち込む姿を前にかける言葉が見当たらなかったというべきだろう。全ては自尊心に駆られた愚かな貴族が妙な因縁を付けたというだけのこと。
あまりに深く傷付いた背中を前に、どんな言葉も上滑りしてしまいそうだった。
『自分が薬の開発者になれなかった』。たったそれだけの理由で、リジーが心血を注いで生成した薬を奪い、人々が救いの手を受け取れる機会を奪い取ったのだ。患者たちの希望を圧し折ったのである。
だが、理不尽が罷り通るというのが貴族社会。平民は耐え忍ぶことしかできないのだ。例え腹の底で煮え繰り返る苛立ちを抑えられなかった。
カーラが複雑な顔を浮かべながら地面の下へと視線を向けていた時のこと。
レキシーが神妙な顔を浮かべてカーラを手招きする。
レキシーはカーラを台所へと連れ出すと、かつてないほどの険しい顔を浮かべながら問い掛けた。
「ねぇ、カーラ。あんた、あいつがどうして特効薬の供給を止めさせたんだと思う?」
「それはあの方の自尊心からきたものでしょう? もしくはリジー先生への嫉妬ではないでしょうか」
カーラの問い掛けに対し、レキシーは真剣な顔を浮かべて首を横に振る。
「違うね。あたしの鼻にはもっと汚くて生臭い金の匂いがプンプンしてくるよ」
「と仰いますと?」
レキシーは声を潜め、獲物を狙う猫のような目で続ける。
「あいつが『幽霊葉』の元締め……あるいはその一味だとすれば可能性は考えられないかい?」
カーラは息を呑んだ。突拍子もない推測。だが、バラバラだった点と線が一本の糸で繋がっていくような感覚だ。
だが、同時にカーラは気がついた。レキシーの推理が全くもっての見当外れではないということに。
ジェニファーが『幽霊葉』の元締めであったというのであれば特効薬を生み出されては困るのだろう。『幽霊葉』の効果が切れるような真似をされては商売が上がったりになってしまうというのが大きな動機ではないだろうか。
特効薬が普及し、『幽霊葉』の毒から人々が解放され、正気に戻るようなことがあれば、誰が困るようになるのか。
カーラは頭を巡らせていく。
困るのは廃人を量産して莫大な利益を上げ、口を封じ、意のままに操る者たち。ジェニファーがその利権の真っ只中にいるのだとすれば、リジーの薬はこの世で最も邪魔な存在になることは間違いない。
そういった薬の生み出す強い利益を受ける人物がジェニファーを唆し、動かしたとすれば違和感のない話ではない。
(しかし、虚栄心の強いあのお方のこと……動機の中にはリジー先生への嫉妬も必ずありますわ。どちらでしょうか……?いや、もしかすればその両方なのかもしれませんね)
どのような理由があるにしろ、ジェニファーの行動がここまで懸命に働いてきたリジーに対する侮辱であることに変わりはないのだから。
(なんにせよ、あの方が『毒』であるということに変わりはありませんけれど)
カーラはやり切れない思いを抱きながら窓の外を見つめる。
窓の外では突然、特効薬の供給を停止されて困惑する患者たちの顔が見えた。不安になって互いの顔を見つめ合う患者たちの姿を前に思わずため息を吐き出す。
こうなってしまっては仕方がないまい。カーラは患者たちに謝罪の言葉を述べるより他にない。
カーラは重い足取りで階段を降りていった。しかしその拳はリジーの真心を踏みにじった「毒婦」への静かな、けれど逃れようのない殺意で固く握られていた。
一方で、デボンジャー伯爵家の長男、クリストファーは『幽霊葉』の特効薬の供給が停止されたという非常な知らせを前に絶句していた。
「ば、バカな……!あの忌々しい薬に対抗できる唯一の薬だったというのに……」
「あの薬が苦すぎて、『虐待』に当たると、我が婚約者が慈悲深い判断を下したんだよ」
トーマスは『慈悲深い』という言葉を強調し、高圧的な態度でクリストファーに向かって言い放つ。
「し、しかし」
「そういえばあの薬を調合したのはお前の義姉だったな?やはり卑しい血の女だ。罪のない人々を虐げ、医師としての出世街道を歩もうとしたのか」
トーマスはどこまでも高飛車な態度を崩そうとはしなかった。鼻を鳴らして見下ろしていく。どこまでも人を足蹴にする姿勢を前にクリストファーは怒りで拳を震わせたものの、立場の違いから相手を睨むこともできない。
トーマスや伯爵家に逆らうような真似をすれば、火の粉が飛んでいくのは義姉。
クリストファーの脳裏に義姉が優しく「クリス」と愛称で呼んでくれる姿が思い浮かぶ。
あんな優しい義姉に迷惑を掛けることはできない。
だからこそ、クリストファーは歯を食いしばって耐えることに決めていたが、トーマスはそんな腹違いの弟の覚悟に対して追い討ちを掛けるように薄汚い笑いを浮かべて言った。
「フン、そうやっていても構わんぞ。おれは何一つ怖くないからな。そうだ、一ついいことを教えてやるよ」
「な、なんだよ」
「養生所は近々閉鎖してやろうと思うんだ」
予想外の言葉を前に固まるクリストファーとは対照的にトーマスは嬉々とした表情で語っていた。クリストファーの絶望した顔を見ることを心底から楽しんでいるようにさえ思えた。
「養生所は今や犯罪の温床。亡くなったティファニーやスコット、ランディの親たちからも苦情がきていたからな。あんな薬が出ると分かった以上、潰す方が自然っていうもんだろ?」
「や、やめてくれ」
クリストファーが体をふらつかせながらトーマスへと縋り付いた止めさせようとしていた。
だが、トーマスはクリストファーを足蹴にして振り払ったのである。まるで、足元の油虫を振り払うかのように。
クリストファーは両膝から崩れ落ちながら部屋の中に倒れ込む。
だが、同時にクリストファーの中で何かが音を立てて弾けた。それは最初、抱いた時には湧いてこなかった勇気だった。
(……やはり、こいつらは人間じゃあない。怪物だ……なんとしてでも駆除の依頼を出してやらないと……世のため人のためにはならねぇ)
クリストファーはようやく振り切れた。彼はカーラが取り返してくれたという母親の形見である青色のブレスレットを取り出した。
月光を吸い込んだような青い輝きを放つ自慢のブレスレットをこっそりと懐の中へと仕舞い込む。全ては母親の形見であるブレスレットを依頼の料金として活用するためだ。
これを使えば母親との繋がりはなくなってしまうだろう。けれど今生きている「家族」を救うためにはこれしか「道」がない。
クリストファーは夜の誰もが寝静まった時間帯を利用してこっそりと家を抜け出す。
ただの脱出ではない。見つかれば今度は命さえも落としかねないような危険が伴っている。
決死の逃避行の末に辿り着いたのは王都の隅にひっそりと佇む小さな酒場。
本来なら、ここは常連客が酒を飲み、愚痴を巻くだけの微睡むような小さな居場所。
だが、彼は市井に住んでいた頃、耳にしていた。ここがただの酒場ではないということを。
ここの小さな居酒屋こそが法の穴を抜け、人を虐げる「害虫駆除」のための専門機関であることを理解していたのだ。
意を決して扉を開く。クリストファーの視線を突き刺すのはまばらな客や黙々とグラスを拭く主人の鋭い視線。
だが、クリストファーは知っていた彼らが駆除人と駆除人ギルドのギルドマスターであるということを。
クリストファーは勇気を振り絞り、震える足でカウンター席へと向かう。
カウンター席の前で人差し指を立て、その「呪文」を口に出す。
「……『ブラッディ・プリンセス』を。一杯頼みます」
主人の両目が、獲物を定める猛禽類のように鋭く光った。針のように鋭い双眸に宿った青白い光がクリストファーの覚悟を試すように射抜く。
「お客様。どうぞ、奥へ」
クリストファーはギルドマスターの案内に従い、奥の部屋で話し合いを行う。
声を震わせながらこれまでの経緯を話していく。伯爵邸の黒い噂の真相と使用人を遊びで殺すような残虐性、そして彼らこそが世間を賑わせる『幽霊葉』の元締めであるという事実。
「以上が理由です」
「畏まりました。けど、後悔しませんね?」
ギルドマスターの両目がもう一度怪しく光る。
だが、それに対してクリストファーは迷うことなく首を縦に振る。
「えぇ、標的は私の兄と父、そしてその婚約者です」
クリストファーの目に迷いは見えない。
「……なるほど、畏まりました」
「報酬はこちらです」
クリストファーは青いブレスレットを机の上に差し出した。それはかつてカーラが横暴な伯爵夫人の手から取り返した母の形見。
ギルドマスターは青いブレスレットを受け取り、そのブレスレットの表面を愛おしむかのように指先で優しくなぞっていく。その重みを確かめると、重々しく首を横に縦に振った。
その後は全てを察したと言わんばかりに青いブレスレットを自身の懐の中へと仕舞い込む。
それから先ほどまでの寡黙な顔とは一変し、柔和な笑みを浮かべながら言った。
「畏まりました。お受け致しましょう」
「ありがとうございます!」
クリストファーは目を輝かせながらギルドマスターの両手を握り締めた。その手の震えを受け止めるように握り返す。
マスターの手は驚くほど硬く、数多の死線を超えてきた武人のものであった。あまりの硬さにクリストファーは思わず両目を丸くしたほどであった。
ギルドマスターは満足気に首を縦に動かし、クリストファーの手を握り締める。
訪れた時とは対照的なまでの晴れ晴れしい笑みを浮かべながらクリストファーはそのまま満足げな顔をして酒場を立ち去っていったのである。
もう迷いはない。これで、あの醜悪な薬売りたちに引導を渡すことができるという事実がクリストファーの気を大きく昂ぶらせていた。彼は王都の暗い夜道の中で、確かな勝利を確信したのである。
だが、夜の闇に紛れて帰宅したクリストファーを待ち構えていたのは安堵ではなく「死の静寂」であった。
兄のトーマス、そして脂ぎった目でクリストファーを睨む当主。そして、その姿を大道芸を見るかのような好奇の目で見つめるジェニファー。
三者三様がクリストファーの部屋に集まって、窓を登って帰還したクリストファーを睨んでいた。
どうやら部屋が空になっていたことで、クリストファーの外出に気が付いた、使用人の誰かが告げ口したに違いない。
嫌な予感がして、帰ってくるのを待ち伏せしていたというところだろうか。
「な、なんだ。お前たちは……おれの部屋で何を?」
「『お前』?兄に向かって随分と威勢がいいじゃないか。ドブネズミの分際で」
「そうよ。本当に汚い口ね。半分は賎民というだけのことはあるね」
トーマスの蔑む声に合わせ、ジェニファーは口元の端を緩めた後で懐から優雅な手つきで短剣を取り出す。
「……本当に、貴族の血を受け継いでいても卑しい賎民の血が混ざるだけで、礼儀も言葉遣いもここまで腐るものなのね」
ジェニファーは鞘を部屋の床に放り捨て、面白半分に短剣を突き出して突進していく。
「ひっ……!」
反射的に窓へ走り寄っていくクリストファーであったが、外へ身を乗り出そうとした寸前で、足のふくらはぎに短剣の刃を受けてしまった。焼けるような痛みがクリストファーに走る。
ジェニファーの刃が、逃亡を嘲るかのようにふくらはぎを抉り、足の力を奪い取ったのだ。
この世のものとは思えぬ絶叫が真夜中の部屋の中に響き渡っていく。
トーマスはクリストファーの負傷した右足を無慈悲にも掴んで引きずり、地面の上へと叩き付けたのである。
「ううっ」と悲鳴を漏らす。
だが、トーマスは容赦しなかった。
「この恩知らずの小倅め! よくもわしやトーマスに……我ら一族に刃を突き立てようとしたな!」
「ち、違う……おれはただ義姉さんを守りたくて……」
「黙れ!」
激昂した伯爵はクリストファーの前に勢いよく剣を振り下ろす。同時に月の光に反射した銀光が閃いた。言い訳の暇すら与えずに心臓部を容赦なく抉っていった。
「ガハッ……」
クリストファーは悲鳴を上げる暇もなく痙攣しながら崩れ落ちた。潰れたいちごの箱をぶちまけたかのような鮮血が、高級な絨毯をどす黒く汚していく。
同時に伯爵が手元の鈴を鳴らす。同時に衛兵が現れ、絨毯の上に横たわっていた息子の死体が部屋から運び出されていった。
「ふん、やはり平民の女に産ませたゴミなんぞを引き取ってやったのが間違いだった」
あまりにも賤民意識に見舞われた冷徹な言葉。その裏には彼のかつての妾やその息子を塵芥であるかのように扱う彼の傲慢さのようなものが現れていた。
彼は剣を振り払い、息子であったはずの死体が倒れた絨毯の染みを見下ろしながら忌々しげな口調で言い放つ。
「父上、次はこのドブネズミの依頼を受けて現れる『駆除人』の後始末ですな。我らの寝首を掻く前に、その根を断つべきかと」
トーマスの進言を前に伯爵は意地の悪い笑みを浮かべながら問い掛ける。
「決まっている。その次は我らの商売を邪魔する例の薬を調合した女をやる。準備が整い次第、養生所を包囲して、一人残らず生かして帰すな」
伯爵が剣を鞘の中に押し込みながら言い放つ。どこまでも迷いがない。敵対者に対しては厳格に振る舞うデボンジャー伯爵家の「家長」としての表情が垣間見えた。
「流石は義父様!」とジェニファーが嬌声を上げる。
それを聞いて満足げに喉を鳴らす当主。救いの一手が、最悪の悲劇として塗り替えられた瞬間であった。
暗い部屋には、ただクリストファーの無念が、血の匂いと共に淀んでいた。
翌日、養生所で汗に塗れて働くリジーに一通の手紙が届いた。それは義弟であるクリストファーの死を告げるもの。
リジーは信じられないと言わんばかりに両目を見開きながら手紙を見つめていた。
だが、脳の処理が追いついた時、リジーは思わず手紙を地面の上に落としてしまったのである。
「いやァァァァァァァ」
リジーの喉から人間とは思えぬほどの絶叫が迸る。床に這いつくばり、自らの顔を掻きむしり、髪を乱して狂ったように泣き叫ぶ。
そんなリジーを慌てて押さえ込んだのはカーラであった。必死になって細い体を抱きしめ、その耳元で「やめてください」と懇願する。
だが、リジーは義弟の死を受け入れることができなかったのだろう。
錯乱したかのように全身を震わせながら暴れ回っていた。
「いやぁ! いやぁ!」
騒ぎを聞きつけたレキシーが水を差し出そうとしてもそれを払いのけ、地面に落としたほどであったのだからよほどではないだろうか。
リジーはそのまま泣き疲れたのか、ぐったりと床の上へと座り込む。
カーラとレキシーは二人で泣き疲れ、今は昏睡状態に陥ったリジーをベッドの上へと運び、視線を交わしていた。
「……リジー先生があまりにも気の毒過ぎます。レキシーさん、もともとジェニファーはあの医者もどきたちの一人……裁いても構わないでしょう?」
カーラの瞳に宿ったかつてないほどの冷徹な暗殺者としての光を前にレキシーは頷くより他になかった。
「レキシーさん、早くあの悪の根城を取り除きましょう。早くあの城を掃除しなければ、多くの人が被害に遭いますから」
レキシー自身もまた深くうなずいた。今回の一件は「医者」として見過ごせる範囲を超えていたからだ。
だからこそ「医者」として動くよりは「駆除人」として動くべきだと判断したのだろう。
二人で顔を見合わせながら今後の計画を練っていた時のこと。
正面入り口から二人を呼ぶ声が聞こえる。カーラが入り口に向かうと、そこにはアルフィーが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「……往診希望でして、よろしければお手隙のレキシー先生に診てもらえませんかね?」
アルフィーの意図を察したか、カーラは無言でアルフィーを診察室へと通す。
そしてレキシーを呼びに向かった。
「なんだい? 言っておくけど、今は往診をできる状況じゃないのはあんたも知ってるだろ? リジーのことが心配で」
「いいから来てくださいな」
カーラに背中を押されて入った診察室で見た相手は同じ駆除人仲間であるアルフィーであった。
彼は口元を「へ」の字に歪めた。それを見届けたレキシーもニンマリと笑いながら目の前の椅子へと腰をかける。
「それで本日の診察は?」
「えぇ、先生、往診を頼みたくてね。どうも質の悪い病原菌が体を蝕んでいるんです……そいつを放っておくと体中が感染して、取り返しが付かなくなる……どうか、助けてもらえませんか?」
アルフィーは大げさに肩を鳴らしながら言った。
「……報酬は?」
レキシーの双眸に宿る青白い光がアルフィーを突き刺す。
「全員で金貨三枚。一人の若者が命を賭して預けたものでさぁ」
「私はお引き受け致しますわ。レキシーさんは?」
「あたしも受け取るよ。さっさと病原菌を取り除いて、この国を元気にしてやろうじゃあないか」
アルフィーは二人の回答を聞いてほくそ笑む。その後になって、無言で懐から皮の袋を取り出す。
それから二人をこっそりと近付け、その袖口の中へと重みのある三枚の金貨を滑り込ませるのである。
「出発は今夜だ。仕事が一段落したら来てもらいたい。今夜のうちだから遅れるなよ」
アルフィーはゆっくりと腰を上げた。そして、そのまま養生所を後にしたのである。
アルフィーを見送った後、カーラはベッドの上で憔悴しているリジーの手を優しく自らの手で包み込む。
眠っていても包み込まれた温かさを察したのだろう。夢の中でさえ、悪夢に魅入られているのか、両目から涙を零しながら「お母さん」と口に出す。
(リジー先生、ご安心なさいませ。本日、私があなたの優しさを踏みにじった者たちに対する相応しい処罰を与えて差し上げますわ)
カーラは決意を秘めながらリジーのベッドを後にした。
その夜は風が強く吹き荒ぶ夜であった。強い風が肌を撫でたか、反射的にカーラの全身を震わせた。
だが、寒さを理由に駆除を中断するわけにもいかない。
むしろ、その冷気が、復讐に走る三人の頭を冴え渡らせていたといっても過言ではない。
三人は決意を秘めながら夜の道を歩いていく。
「デボンジャー伯爵家の屋敷の目処はついているのかい?」
レキシーが短剣の鞘を撫でながら問い掛ける。
「問題ない。潜り込ませた仲間が今日、ギルドマスターに正確な見取り図を持って現れたんだ」
アルフィーが自信満々な様子で答えた。
「ジェニファーはいらっしゃいますよね? あの方を今度のうちこそ仕留めねば……」
「問題ない。今夜はデボンジャー伯爵家に泊まることになっている。婚約者と愛を誓うそうだ。絶頂のまま冥界王の元へと落とすには最適な夜だと思わないか?」
アルフィーは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「よろしい。これで決まりです。私はジェニファーを、レキシーさんは長男のトーマスを、アルフィーさんは当主を始末してくださいな」
その言葉を聞いて全員がうなずいていく。役割分担に異論はないらしい。
デボンジャー伯爵家の屋敷は郊外に聳え立つ威容を誇る赤煉瓦の大きな二階建ての屋敷。
巨大な邸宅を覆い隠すほどの塀に囲まれ、正面には交代で警備の兵士が立って侵入者が現れないのかを見張っている。
蟻の這い出る隙間もないほどの厳戒態勢というのはこの状況を指して言うのではないだろうか。
そんなことを考えながらカーラは袖の中に仕込んだ針を撫でる。
(さて、どうしたものかしら?)
兜の隙間から針を突き立てることはできるが、番人は無関係な相手。番人を始末するわけにはいかぬ。
かといって鍵を奪うには門番を寝かせる必要がある。だが、門番は頑丈な鎧に身を包んでいる。
どうしたものだろうか。カーラは思わず自嘲した。
すると、待ちかねたのか、アルフィーが先に動き出した。
彼は背後から影のように近づき、兜の縁のわずかな隙間を狙って指先で『点』を突く、あるいは柄頭で脳を揺らしていく。
哀れな衛兵たちには声を出す暇も与えず、まるで糸が切れた操り人形のように彼らを眠らせ、物陰へと引きずり込んでいった。
アルフィーはその様子を見た後で親指を立てて笑ってみせる。
その姿を前にカーラは苦笑するしかなかった。
そのまま引き摺っていった番兵から奪い取った鍵の束から鍵を選び、こっそりと裏口を回り、音もなく侵入していく。そして細心の注意を払ってこっそりと扉を閉めたのである。
忘れてはならないのは開いたはずの扉を閉めなければならないということ。
目覚めた兵士たちの合流を遅らせると同時に、屋敷の中で巡回を行う兵士たちに「異常なし」と思わせるためだ。
庭園の木々の影に身を潜めながら、静かに獲物を確認していく。その影が見えるのと同時にカーラは不敵な笑みを浮かべて屋敷へと進む。
(さて、今から少し痛いお仕置きをさせていただきます。覚悟なさった方がよろしいわよ)
月の光を反射する鋭い針を、彼女は慈愛に満ちた、けれど絶望的に冷たい微笑みで見つめた。
間違いなく、彼女こそデボンジャー伯爵家に破滅をもたらす死神の姿そのものであったというべきだろう。
あとがき
近いうちに出すといっておきながら、一週間も投稿が遅くなってしまい誠に申し訳ございませんでした。言い訳のしようもございません。
全ては私の不徳のなすところです。本当に申し訳ございません。
ここまで見捨てずに読み進めてくださる皆様に心の底から感謝をするのと同時に深くお詫びを申し上げさせていただきたいと思います。
その振動は寝台に伝わり、まるで、地が揺られていくかのような感覚に襲われた。
クリストファーは目撃してしまったのだ。
自身の腹違いの兄と婚約者、そして父親である伯爵家の当主が遊び半分で人を殺し、あまつさえ「事業」として『幽霊葉』を生成し、人々に苦しみを与えている光景を。
当主と兄が遊び半分で使用人を殺し、婚約者と兄が手を組んで利権のために王都へと毒を撒き散らしている悍ましい光景を。
そんなことが許されてたまるものだろうか。いや、許されていいはずがない。
なんとしてでもこのことを伝えなくてはなるまい。
だが、リジーに伝えたところで彼女が悲しむだけなのではないだろうか。
いや、そもそも彼女は弱い。事実を伝えれば心が壊れてしまうのではないだろうか。
王都の警備隊に伝えるべきか。いや、王都の警備隊はすでにデボンジャー伯爵家と繋がっていると考えてもおかしくはない。
既に飼い慣らされているのであれば、訴えなど握り潰されてしまうに違いない。
となれば……。クリストファーの脳裏に浮かぶのは『駆除人』の存在。
(おれがまだ王都の市街地に居た頃……晴らせぬ恨みを晴らしてくれる駆除人がいるって聞いたことがある。噂を辿れば、王都の端にある酒場みたいだ……そこで彼ら彼女らに出会うことができれば……)
クリストファーは決意を固めていく。もはや居ても立ってもいられぬ状況だ。
こっそりと部屋の中に隠し持っていた象牙細工や金細工を集め、懐の中に隠し持つ。
たんまりと懐を重くした後で、クリストファーはそれを換金し、駆除人に依頼を出す予定であった。
だが、決死の覚悟で部屋の扉を開くと、目の前には死神のような微笑を浮かべたトーマスの姿が見えた。
トーマスはクリストファーが言葉を叫ぶ暇もなく、その腹へと自らの拳を叩き込む。
肺の中の空気を全て搾り出す。蹲るクリストファーの髪を強く掴み上げながらトーマスはその耳元で怒鳴り付けた。
「テメェ、噂に聞く駆除人におれたちを始末させようと目論んでいやがったな」
トーマスは両目を鋭くしながらクリストファーを牽制していく。
「ち、ちが……」
「じゃあ、懐の中にあるこれはなんだ!?」
トーマスはクリストファーの服の中を探ると、冷や汗をかくクリストファーの前に金細工や象牙細工が詰め込まれた袋を突き出す。動かぬ証拠だとでも言わんばかりに。
青ざめた顔を浮かべるクリストファーを前にトーマスはそのまま髪を掴み上げたまま壁へと叩き付ける。
鈍い音と共に視界が不安定になり、視界の中に火花が散った。
「ううっ」と唸り声を上げた腹違いの弟の髪を再度掴み上げ、その頬を勢いよく叩き付けた。
頬を摩りながら自身を見上げる腹違いの弟を見下ろしながらその腹を勢いよく蹴り付ける。
「気に食わねぇ! 父上の慈悲に縋って生きている分際でオレたちを始末しようだなんてな!!!」
罵倒と共に無慈悲な蹴りを浴びせていく。
しばらく蹴り続けているうちに満足したのか、泥のように動かなくなった弟に唾を吐きかけると、金細工の袋を手で弄びながら悠然と立ち去っていった。
その光景をクリストファーは絶望の色で両頬を染め上げながら見つめていた。せっかくの依頼料を取られてしまったのだ。それに加えてトーマスが奪い取った袋の中に詰め込まれていた金細工や象牙細工は彼にとっては唯一の財産と呼べるもの。
伯爵家で冷遇されている彼からすれば全ての財産を奪い取られてしまったことに他ならない。
自身の情けなさを前に自嘲しながら彼は部屋の中へと戻っていった。
「ダメだよ、義姉さん。おれ、ダメだよ……何をやったってダメなんだ……」
希望は、完全に踏み躪られたのだ。
誰にも聞かせるわけでもない言い訳を口にしながらクリストファーはベッドの上でシーツで自身の体を包み込む。まるで、この世へと這い出ることを拒む胎児のように。
同じ頃、義姉のリジーは孤独な戦いに身を投じていた。
『幽霊葉』のもたらす地獄を打ち消すための、未知なる特効薬。もしこれが完成すれば、闇に沈んだ多くの人を救い出すことができるのだ。
リジーは祈るような思いで乳棒を握り締め、乳鉢の上に置いている薬草をすりつぶしていく。
人差し指の上ですりつぶした薬草を掬い、自らの舌でその毒性を確認していく。舌の上で刺激が走る。痺れる感覚が舌を伝って全身を襲う。
正直にいえば辞めたい。多忙な養生所の看護や診察の合間に自らを痛めつけるような真似をするなどもはや正気の沙汰ではない。
それでもリジーの脳裏に苦しむ人々の顔が思い浮かぶ。その人たちの顔がリジーを奮い立たせた。
失敗を幾度も繰り返し、舌を何度も痺れさせていく。
数え切れないほどの嘔吐と眩暈。それらの過程を経てようやく神様が微笑んだ。奇跡が起きたのだ。ようやく『幽霊葉』に効く薬を開発したのである。
「できた!」
睡眠時間を削っていたこともあってか、落ち窪んだ目をしていたリジーはヘラヘラと疲れたような笑みを浮かべながら乳鉢に入れた薬を机の上に置いた。
満足気な笑みを浮かべて乳鉢を見下ろした後で、隣の部屋で患者の診断票を整理しているカーラを枯れた声を振り絞って呼ぶ。
「カーラちゃん来て! ようやく『幽霊葉』の効能を打ち消す薬ができたの!!」
カーラは慌てて診断票を机の上に置き、リジーが薬を調合している部屋の中へと駆け込む。
「本当ですの!?」
興奮のためか思わず身を乗り出しながら尋ねる。
「うん、これだよ」
リジーはカーラの前に乳鉢を突き出す。
「素晴らしい。本当に、本当に成し遂げられたのですね!」
カーラは素直な賞賛の言葉を贈る。それを前にリジーが照れ臭そうに頭を掻いてみせた。
カーラはリジーによる薬が出来たことを確かめ、そのまま患者の世話のため病室に詰めていたレキシーを呼びに向かう。
カーラに背中を押され、往診の部屋で合流した後、試しにリジーから手渡された乳鉢を受け取り、嬉しそうな顔で人差し指で薬をすくって見せる。
確かに舌はしびれたものの、その分、効果のほどは期待できそうだ。
乳鉢の中にあった深緑色の液体を人差し指ですくって舐めた後に力強く首を縦に動かす。
「いいねぇ、こいつは本物だ。幽霊の呪いも消えていくだろうさ」
「本当に素敵です。リジー先生」
カーラの素直な賞賛を前に、リジーはまたしても両頬を赤く染める。それ以上はやめてよとでも言わんばかりに。
クライン王国における医学を塗り替えるほどの快挙。それほどの偉業を前にしてもリジーは尊大な態度に出ることもない。
ただ照れくさそうに、充血した瞳を細めて笑うだけであった。
その謙虚で高潔な姿勢を前に、カーラとレキシーは顔を見合わせ、この小さな養生所の光を、全力で守り切ることを誓ったのである。
翌日、養生所は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。
これまで人々を蝕んできた『幽霊葉』の効能を打ち消す光。救いを求めた人々が次々と門を叩いたのだ。
養生所に現れた人々はこぞって薬を求めた。その盛況ぶりにカーラは、
「これでは落ち着いて食事を摂る暇もありませんね」
と、こぼしてみせたほどであった。
嬉しい悲鳴を上げつつも、カーラの手は止まらない。熱心に患者の話し相手となり、問診票をまとめ、薬を処方していった。
養生所に医師が二人しか居らぬという事実がカーラをここまで熱心に働かせた理由であるともいえるだろう。
多忙な時間が続いたが、それでも午後に一度だけ休憩の時間が設けられた。
ようやく訪れた短い休息の時間。カーラは二人にゆっくりと過ごしてもらうためお茶とささやかなお茶請けを用意しリジーとレキシーに手渡す。
用意したのはカーラが即席で仕上げた焼き洋梨と焼きリンゴ。
両者ともに皮を剥いて半分に割り、それぞれの芯や種を取り除いて、4~6に分けてスライスして切り分けたものである。
それにシナモンとグラニュー糖をまぶしただけのものであるが、疲れた体に甘いものは染み渡るらしい。
二人ともカーラの差し入れを前に満足気に笑ってみせた。
「ありがとう。カーラちゃん。本当に美味しい。あぁ、素晴らしい気分だよ」
リジーの顔に柔らかな笑みが戻る。その姿に釣られてカーラも笑ってしまう。
レキシーもそれに釣られて笑う。まるで、娘の幸福を喜ぶ母親のように。
しばらく笑い合った後で全員がお茶が冷えてきたことに気が付く。同時にリジーが席を立つ。
「お代わりを用意しますわ」と立ち上がろうとするカーラを制止して自ら立ち上がり、台所で新しいお茶を淹れてくれたのだ。
淹れ立てのお茶が入った取っ手付きの茶碗から湯気が立ち上がっていった。
「ねぇ、カーラちゃん。私、とっても幸せだよ」
リジーが不意に口を開いて言った。
「どうしましたの? 急に」
「ううん、言ってみただけ」
リジーはいつも通り優しい顔で微笑む。春の日の陽だまりそのものといっても過言ではない眩しい笑顔だった。
それからゆっくりと立ち上がり、往診の患者や入院患者の応対へと戻っていく。
それを見たのか、レキシーもゆっくりと立ち上がって言った。
「さて、あたしらもそろそろ仕事に戻らないとね」
「そうですね。せめて、リジー先生のお役に立つようにしないと」
レキシーに釣られ、カーラも静かに笑いながら席を立ち上がる。
患者の体を拭き、食事の介助を行い、診断票をまとめ上げる。そして、忘れてはならないのは薬の生産。リジーからどのようなものを作ったのかを知り、レキシーと自分とが調合を手伝う。全ては患者たちが円滑に入院生活を送ることができるように。
多忙ではあるものの、そこにやりがいという名の確かな熱がカーラの中に宿っていた。
だが、それも夕刻までのこと。正面玄関にはけたたましい車輪と蹄鉄の足音でカーラたちの幸福は打ち消されることになった。
カーラが出迎えに向かうと、玄関に現れたのは三人の侍女たちを引き連れ、傲慢な笑みを浮かべたジェニファーであった。
ジェニファーは養生所の下働きに過ぎないと思い込んでいるカーラを尊大な態度で見下ろした後で言い放つ。
「例の毒消しが出来たんですってね? さっさと見せてちょうだい」
「は、はい」
カーラは両肩を強張らせながら答えた。ここでジェニファーを怒らせてはろくなことになるまい。
そう考えていたのだが、無神経なジェニファーが放った次の一言はカーラの殺意を高めるのに十分であった。
「この建物、なんだか貧乏臭くて嫌なのよ。隅々にまで消毒の匂いで吐き気がしてくるし」
隅々にまで消毒の匂いが行き渡っているのはリジーや自分たちが心血を注いで掃除を行っているからだ。大切にしてきた壁や床を蔑む言葉に心底から腹が立って仕方がない。
よほど「あなたなんかに見せる必要はない」とカーラは言ってやりたかった。どうしてろくに医学書もめくったことがないような貴族令嬢にリジーが心血を注いだ薬を見せてやらなければならないのだろうか。
だが、見せないわけにはいかない。ジェニファーの機嫌を損ねれば養生所の存続自体が立ち行かなくなってしまうのだから。
カーラは喉元まで出かかった罵倒を鉄の意志で飲み込む。
それから、やむを得ないままジェニファーを診察室にまで案内し、リジーが心血を注いで作り上げた薬の小瓶を取り出す。
ジェニファーのことだからかんしゃくを起こして薬を壊してしまう可能性はある。
しかし既に薬そのものは生産体制には入っていたので、多少零れたとしても問題はない。
カーラは医療棚から小瓶の中に入った特効薬をジェニファーの手に渡す。まるで、神殿で神官に対して供物を注ぐかのような丁重な手つきで。
だが、ジェニファーは気にすることなく差し出された小瓶を宝石を愛でるかのような手つきで弄んだ後で、彼女自身の真っ赤な舌の先に一滴を垂らす。
「……ッ、ゲホッ、何よこれ!」
直後、顔を怒りで醜く歪ませながら地面の上へと勢いよく小瓶を叩き付けた。
ガシャーンと小瓶が砕ける音と共に破片や薬のかけら、そして、貴重な薬液が地面の上を無残に散らばっていく。
ジェニファーは地面の上に散らばった小瓶へ唾を吐き捨てるのと同時に傲慢な口調で言い放つ。
「なにこれ、苦すぎでしょ! 貴女たち、こんなのを患者に飲ませて楽しいわけ?」
「毒物? 何を言っておられますの? これはお薬ですけれども」
カーラは困惑した声で答えたが、ジェニファーは聞く耳を持たない。
ジェニファーは焼き菓子を欲しがって泣き喚く子どものような癇癪を起こしながら叫ぶ。
「言い訳はやめなさい。舌が痺れるほどの苦痛を浴びせるなんて『虐待』でしょ?私、何か間違ったこと言ってる?」
ジェニファーは喚き散らしながら、呆然とした姿で自身を見つめるカーラの襟首を掴む。カーラに対してジェニファーは恫喝するように耳を裂くような怒号を浴びせる。
「今すぐに患者への虐待をやめろ! さもないと、お前らを逮捕してやるぞ!!」
「た、逮捕?虐待?何を仰っておられるの?」
カーラは目を白黒させた。戸惑うのも無理はない。本当にジェニファーが何を言っているのかが理解できなかったからだ。
だが、ジェニファーはカーラの胸ぐらを掴み上げながら理不尽な恫喝を続けていく。
怒声を聞いて慌てたのか、リジーが診察室へと駆け込む。そして、部屋の真ん中で怒号を挙げ続けるジェニファーへと必死になって頭を下げた。
「申し訳ありません。全て私の不徳の致すところです! ジェニファー先生のお気に障ってしまったようで申し訳ありません!!」
結局、リジーの必死の謝罪で、即時の連行といった最悪の事態を免れることはできた。特効薬に関しては王宮が今後の処置を決めることになった。それまでは使用停止という残酷な命令が下されることになった。いうなれば事実上の使用停止であるといってもいい。
「ふざけるんじゃないよ!!」
レキシーが激情に駆られて椅子を蹴り飛ばして激高する。当然だ。彼女からすれば入院している患者たちを救う唯一の手段が奪われそうになっているのだから。
いや、下手をすればジェニファーの手回しで王宮が過酷な措置を与え、本当に薬が使えなくなってしまうかもしれない。
その一方でリジーは自らの努力が「虐待だと呼ばれたことで幽霊のように魂を奪い取られたような顔で頭を抱えて震えていた。
(違う。あなたは何も悪くない……)
カーラはそう言ってリジーを元気付けてやりたかった。
この世の終わりかのように落ち込む姿を前にかける言葉が見当たらなかったというべきだろう。全ては自尊心に駆られた愚かな貴族が妙な因縁を付けたというだけのこと。
あまりに深く傷付いた背中を前に、どんな言葉も上滑りしてしまいそうだった。
『自分が薬の開発者になれなかった』。たったそれだけの理由で、リジーが心血を注いで生成した薬を奪い、人々が救いの手を受け取れる機会を奪い取ったのだ。患者たちの希望を圧し折ったのである。
だが、理不尽が罷り通るというのが貴族社会。平民は耐え忍ぶことしかできないのだ。例え腹の底で煮え繰り返る苛立ちを抑えられなかった。
カーラが複雑な顔を浮かべながら地面の下へと視線を向けていた時のこと。
レキシーが神妙な顔を浮かべてカーラを手招きする。
レキシーはカーラを台所へと連れ出すと、かつてないほどの険しい顔を浮かべながら問い掛けた。
「ねぇ、カーラ。あんた、あいつがどうして特効薬の供給を止めさせたんだと思う?」
「それはあの方の自尊心からきたものでしょう? もしくはリジー先生への嫉妬ではないでしょうか」
カーラの問い掛けに対し、レキシーは真剣な顔を浮かべて首を横に振る。
「違うね。あたしの鼻にはもっと汚くて生臭い金の匂いがプンプンしてくるよ」
「と仰いますと?」
レキシーは声を潜め、獲物を狙う猫のような目で続ける。
「あいつが『幽霊葉』の元締め……あるいはその一味だとすれば可能性は考えられないかい?」
カーラは息を呑んだ。突拍子もない推測。だが、バラバラだった点と線が一本の糸で繋がっていくような感覚だ。
だが、同時にカーラは気がついた。レキシーの推理が全くもっての見当外れではないということに。
ジェニファーが『幽霊葉』の元締めであったというのであれば特効薬を生み出されては困るのだろう。『幽霊葉』の効果が切れるような真似をされては商売が上がったりになってしまうというのが大きな動機ではないだろうか。
特効薬が普及し、『幽霊葉』の毒から人々が解放され、正気に戻るようなことがあれば、誰が困るようになるのか。
カーラは頭を巡らせていく。
困るのは廃人を量産して莫大な利益を上げ、口を封じ、意のままに操る者たち。ジェニファーがその利権の真っ只中にいるのだとすれば、リジーの薬はこの世で最も邪魔な存在になることは間違いない。
そういった薬の生み出す強い利益を受ける人物がジェニファーを唆し、動かしたとすれば違和感のない話ではない。
(しかし、虚栄心の強いあのお方のこと……動機の中にはリジー先生への嫉妬も必ずありますわ。どちらでしょうか……?いや、もしかすればその両方なのかもしれませんね)
どのような理由があるにしろ、ジェニファーの行動がここまで懸命に働いてきたリジーに対する侮辱であることに変わりはないのだから。
(なんにせよ、あの方が『毒』であるということに変わりはありませんけれど)
カーラはやり切れない思いを抱きながら窓の外を見つめる。
窓の外では突然、特効薬の供給を停止されて困惑する患者たちの顔が見えた。不安になって互いの顔を見つめ合う患者たちの姿を前に思わずため息を吐き出す。
こうなってしまっては仕方がないまい。カーラは患者たちに謝罪の言葉を述べるより他にない。
カーラは重い足取りで階段を降りていった。しかしその拳はリジーの真心を踏みにじった「毒婦」への静かな、けれど逃れようのない殺意で固く握られていた。
一方で、デボンジャー伯爵家の長男、クリストファーは『幽霊葉』の特効薬の供給が停止されたという非常な知らせを前に絶句していた。
「ば、バカな……!あの忌々しい薬に対抗できる唯一の薬だったというのに……」
「あの薬が苦すぎて、『虐待』に当たると、我が婚約者が慈悲深い判断を下したんだよ」
トーマスは『慈悲深い』という言葉を強調し、高圧的な態度でクリストファーに向かって言い放つ。
「し、しかし」
「そういえばあの薬を調合したのはお前の義姉だったな?やはり卑しい血の女だ。罪のない人々を虐げ、医師としての出世街道を歩もうとしたのか」
トーマスはどこまでも高飛車な態度を崩そうとはしなかった。鼻を鳴らして見下ろしていく。どこまでも人を足蹴にする姿勢を前にクリストファーは怒りで拳を震わせたものの、立場の違いから相手を睨むこともできない。
トーマスや伯爵家に逆らうような真似をすれば、火の粉が飛んでいくのは義姉。
クリストファーの脳裏に義姉が優しく「クリス」と愛称で呼んでくれる姿が思い浮かぶ。
あんな優しい義姉に迷惑を掛けることはできない。
だからこそ、クリストファーは歯を食いしばって耐えることに決めていたが、トーマスはそんな腹違いの弟の覚悟に対して追い討ちを掛けるように薄汚い笑いを浮かべて言った。
「フン、そうやっていても構わんぞ。おれは何一つ怖くないからな。そうだ、一ついいことを教えてやるよ」
「な、なんだよ」
「養生所は近々閉鎖してやろうと思うんだ」
予想外の言葉を前に固まるクリストファーとは対照的にトーマスは嬉々とした表情で語っていた。クリストファーの絶望した顔を見ることを心底から楽しんでいるようにさえ思えた。
「養生所は今や犯罪の温床。亡くなったティファニーやスコット、ランディの親たちからも苦情がきていたからな。あんな薬が出ると分かった以上、潰す方が自然っていうもんだろ?」
「や、やめてくれ」
クリストファーが体をふらつかせながらトーマスへと縋り付いた止めさせようとしていた。
だが、トーマスはクリストファーを足蹴にして振り払ったのである。まるで、足元の油虫を振り払うかのように。
クリストファーは両膝から崩れ落ちながら部屋の中に倒れ込む。
だが、同時にクリストファーの中で何かが音を立てて弾けた。それは最初、抱いた時には湧いてこなかった勇気だった。
(……やはり、こいつらは人間じゃあない。怪物だ……なんとしてでも駆除の依頼を出してやらないと……世のため人のためにはならねぇ)
クリストファーはようやく振り切れた。彼はカーラが取り返してくれたという母親の形見である青色のブレスレットを取り出した。
月光を吸い込んだような青い輝きを放つ自慢のブレスレットをこっそりと懐の中へと仕舞い込む。全ては母親の形見であるブレスレットを依頼の料金として活用するためだ。
これを使えば母親との繋がりはなくなってしまうだろう。けれど今生きている「家族」を救うためにはこれしか「道」がない。
クリストファーは夜の誰もが寝静まった時間帯を利用してこっそりと家を抜け出す。
ただの脱出ではない。見つかれば今度は命さえも落としかねないような危険が伴っている。
決死の逃避行の末に辿り着いたのは王都の隅にひっそりと佇む小さな酒場。
本来なら、ここは常連客が酒を飲み、愚痴を巻くだけの微睡むような小さな居場所。
だが、彼は市井に住んでいた頃、耳にしていた。ここがただの酒場ではないということを。
ここの小さな居酒屋こそが法の穴を抜け、人を虐げる「害虫駆除」のための専門機関であることを理解していたのだ。
意を決して扉を開く。クリストファーの視線を突き刺すのはまばらな客や黙々とグラスを拭く主人の鋭い視線。
だが、クリストファーは知っていた彼らが駆除人と駆除人ギルドのギルドマスターであるということを。
クリストファーは勇気を振り絞り、震える足でカウンター席へと向かう。
カウンター席の前で人差し指を立て、その「呪文」を口に出す。
「……『ブラッディ・プリンセス』を。一杯頼みます」
主人の両目が、獲物を定める猛禽類のように鋭く光った。針のように鋭い双眸に宿った青白い光がクリストファーの覚悟を試すように射抜く。
「お客様。どうぞ、奥へ」
クリストファーはギルドマスターの案内に従い、奥の部屋で話し合いを行う。
声を震わせながらこれまでの経緯を話していく。伯爵邸の黒い噂の真相と使用人を遊びで殺すような残虐性、そして彼らこそが世間を賑わせる『幽霊葉』の元締めであるという事実。
「以上が理由です」
「畏まりました。けど、後悔しませんね?」
ギルドマスターの両目がもう一度怪しく光る。
だが、それに対してクリストファーは迷うことなく首を縦に振る。
「えぇ、標的は私の兄と父、そしてその婚約者です」
クリストファーの目に迷いは見えない。
「……なるほど、畏まりました」
「報酬はこちらです」
クリストファーは青いブレスレットを机の上に差し出した。それはかつてカーラが横暴な伯爵夫人の手から取り返した母の形見。
ギルドマスターは青いブレスレットを受け取り、そのブレスレットの表面を愛おしむかのように指先で優しくなぞっていく。その重みを確かめると、重々しく首を横に縦に振った。
その後は全てを察したと言わんばかりに青いブレスレットを自身の懐の中へと仕舞い込む。
それから先ほどまでの寡黙な顔とは一変し、柔和な笑みを浮かべながら言った。
「畏まりました。お受け致しましょう」
「ありがとうございます!」
クリストファーは目を輝かせながらギルドマスターの両手を握り締めた。その手の震えを受け止めるように握り返す。
マスターの手は驚くほど硬く、数多の死線を超えてきた武人のものであった。あまりの硬さにクリストファーは思わず両目を丸くしたほどであった。
ギルドマスターは満足気に首を縦に動かし、クリストファーの手を握り締める。
訪れた時とは対照的なまでの晴れ晴れしい笑みを浮かべながらクリストファーはそのまま満足げな顔をして酒場を立ち去っていったのである。
もう迷いはない。これで、あの醜悪な薬売りたちに引導を渡すことができるという事実がクリストファーの気を大きく昂ぶらせていた。彼は王都の暗い夜道の中で、確かな勝利を確信したのである。
だが、夜の闇に紛れて帰宅したクリストファーを待ち構えていたのは安堵ではなく「死の静寂」であった。
兄のトーマス、そして脂ぎった目でクリストファーを睨む当主。そして、その姿を大道芸を見るかのような好奇の目で見つめるジェニファー。
三者三様がクリストファーの部屋に集まって、窓を登って帰還したクリストファーを睨んでいた。
どうやら部屋が空になっていたことで、クリストファーの外出に気が付いた、使用人の誰かが告げ口したに違いない。
嫌な予感がして、帰ってくるのを待ち伏せしていたというところだろうか。
「な、なんだ。お前たちは……おれの部屋で何を?」
「『お前』?兄に向かって随分と威勢がいいじゃないか。ドブネズミの分際で」
「そうよ。本当に汚い口ね。半分は賎民というだけのことはあるね」
トーマスの蔑む声に合わせ、ジェニファーは口元の端を緩めた後で懐から優雅な手つきで短剣を取り出す。
「……本当に、貴族の血を受け継いでいても卑しい賎民の血が混ざるだけで、礼儀も言葉遣いもここまで腐るものなのね」
ジェニファーは鞘を部屋の床に放り捨て、面白半分に短剣を突き出して突進していく。
「ひっ……!」
反射的に窓へ走り寄っていくクリストファーであったが、外へ身を乗り出そうとした寸前で、足のふくらはぎに短剣の刃を受けてしまった。焼けるような痛みがクリストファーに走る。
ジェニファーの刃が、逃亡を嘲るかのようにふくらはぎを抉り、足の力を奪い取ったのだ。
この世のものとは思えぬ絶叫が真夜中の部屋の中に響き渡っていく。
トーマスはクリストファーの負傷した右足を無慈悲にも掴んで引きずり、地面の上へと叩き付けたのである。
「ううっ」と悲鳴を漏らす。
だが、トーマスは容赦しなかった。
「この恩知らずの小倅め! よくもわしやトーマスに……我ら一族に刃を突き立てようとしたな!」
「ち、違う……おれはただ義姉さんを守りたくて……」
「黙れ!」
激昂した伯爵はクリストファーの前に勢いよく剣を振り下ろす。同時に月の光に反射した銀光が閃いた。言い訳の暇すら与えずに心臓部を容赦なく抉っていった。
「ガハッ……」
クリストファーは悲鳴を上げる暇もなく痙攣しながら崩れ落ちた。潰れたいちごの箱をぶちまけたかのような鮮血が、高級な絨毯をどす黒く汚していく。
同時に伯爵が手元の鈴を鳴らす。同時に衛兵が現れ、絨毯の上に横たわっていた息子の死体が部屋から運び出されていった。
「ふん、やはり平民の女に産ませたゴミなんぞを引き取ってやったのが間違いだった」
あまりにも賤民意識に見舞われた冷徹な言葉。その裏には彼のかつての妾やその息子を塵芥であるかのように扱う彼の傲慢さのようなものが現れていた。
彼は剣を振り払い、息子であったはずの死体が倒れた絨毯の染みを見下ろしながら忌々しげな口調で言い放つ。
「父上、次はこのドブネズミの依頼を受けて現れる『駆除人』の後始末ですな。我らの寝首を掻く前に、その根を断つべきかと」
トーマスの進言を前に伯爵は意地の悪い笑みを浮かべながら問い掛ける。
「決まっている。その次は我らの商売を邪魔する例の薬を調合した女をやる。準備が整い次第、養生所を包囲して、一人残らず生かして帰すな」
伯爵が剣を鞘の中に押し込みながら言い放つ。どこまでも迷いがない。敵対者に対しては厳格に振る舞うデボンジャー伯爵家の「家長」としての表情が垣間見えた。
「流石は義父様!」とジェニファーが嬌声を上げる。
それを聞いて満足げに喉を鳴らす当主。救いの一手が、最悪の悲劇として塗り替えられた瞬間であった。
暗い部屋には、ただクリストファーの無念が、血の匂いと共に淀んでいた。
翌日、養生所で汗に塗れて働くリジーに一通の手紙が届いた。それは義弟であるクリストファーの死を告げるもの。
リジーは信じられないと言わんばかりに両目を見開きながら手紙を見つめていた。
だが、脳の処理が追いついた時、リジーは思わず手紙を地面の上に落としてしまったのである。
「いやァァァァァァァ」
リジーの喉から人間とは思えぬほどの絶叫が迸る。床に這いつくばり、自らの顔を掻きむしり、髪を乱して狂ったように泣き叫ぶ。
そんなリジーを慌てて押さえ込んだのはカーラであった。必死になって細い体を抱きしめ、その耳元で「やめてください」と懇願する。
だが、リジーは義弟の死を受け入れることができなかったのだろう。
錯乱したかのように全身を震わせながら暴れ回っていた。
「いやぁ! いやぁ!」
騒ぎを聞きつけたレキシーが水を差し出そうとしてもそれを払いのけ、地面に落としたほどであったのだからよほどではないだろうか。
リジーはそのまま泣き疲れたのか、ぐったりと床の上へと座り込む。
カーラとレキシーは二人で泣き疲れ、今は昏睡状態に陥ったリジーをベッドの上へと運び、視線を交わしていた。
「……リジー先生があまりにも気の毒過ぎます。レキシーさん、もともとジェニファーはあの医者もどきたちの一人……裁いても構わないでしょう?」
カーラの瞳に宿ったかつてないほどの冷徹な暗殺者としての光を前にレキシーは頷くより他になかった。
「レキシーさん、早くあの悪の根城を取り除きましょう。早くあの城を掃除しなければ、多くの人が被害に遭いますから」
レキシー自身もまた深くうなずいた。今回の一件は「医者」として見過ごせる範囲を超えていたからだ。
だからこそ「医者」として動くよりは「駆除人」として動くべきだと判断したのだろう。
二人で顔を見合わせながら今後の計画を練っていた時のこと。
正面入り口から二人を呼ぶ声が聞こえる。カーラが入り口に向かうと、そこにはアルフィーが不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「……往診希望でして、よろしければお手隙のレキシー先生に診てもらえませんかね?」
アルフィーの意図を察したか、カーラは無言でアルフィーを診察室へと通す。
そしてレキシーを呼びに向かった。
「なんだい? 言っておくけど、今は往診をできる状況じゃないのはあんたも知ってるだろ? リジーのことが心配で」
「いいから来てくださいな」
カーラに背中を押されて入った診察室で見た相手は同じ駆除人仲間であるアルフィーであった。
彼は口元を「へ」の字に歪めた。それを見届けたレキシーもニンマリと笑いながら目の前の椅子へと腰をかける。
「それで本日の診察は?」
「えぇ、先生、往診を頼みたくてね。どうも質の悪い病原菌が体を蝕んでいるんです……そいつを放っておくと体中が感染して、取り返しが付かなくなる……どうか、助けてもらえませんか?」
アルフィーは大げさに肩を鳴らしながら言った。
「……報酬は?」
レキシーの双眸に宿る青白い光がアルフィーを突き刺す。
「全員で金貨三枚。一人の若者が命を賭して預けたものでさぁ」
「私はお引き受け致しますわ。レキシーさんは?」
「あたしも受け取るよ。さっさと病原菌を取り除いて、この国を元気にしてやろうじゃあないか」
アルフィーは二人の回答を聞いてほくそ笑む。その後になって、無言で懐から皮の袋を取り出す。
それから二人をこっそりと近付け、その袖口の中へと重みのある三枚の金貨を滑り込ませるのである。
「出発は今夜だ。仕事が一段落したら来てもらいたい。今夜のうちだから遅れるなよ」
アルフィーはゆっくりと腰を上げた。そして、そのまま養生所を後にしたのである。
アルフィーを見送った後、カーラはベッドの上で憔悴しているリジーの手を優しく自らの手で包み込む。
眠っていても包み込まれた温かさを察したのだろう。夢の中でさえ、悪夢に魅入られているのか、両目から涙を零しながら「お母さん」と口に出す。
(リジー先生、ご安心なさいませ。本日、私があなたの優しさを踏みにじった者たちに対する相応しい処罰を与えて差し上げますわ)
カーラは決意を秘めながらリジーのベッドを後にした。
その夜は風が強く吹き荒ぶ夜であった。強い風が肌を撫でたか、反射的にカーラの全身を震わせた。
だが、寒さを理由に駆除を中断するわけにもいかない。
むしろ、その冷気が、復讐に走る三人の頭を冴え渡らせていたといっても過言ではない。
三人は決意を秘めながら夜の道を歩いていく。
「デボンジャー伯爵家の屋敷の目処はついているのかい?」
レキシーが短剣の鞘を撫でながら問い掛ける。
「問題ない。潜り込ませた仲間が今日、ギルドマスターに正確な見取り図を持って現れたんだ」
アルフィーが自信満々な様子で答えた。
「ジェニファーはいらっしゃいますよね? あの方を今度のうちこそ仕留めねば……」
「問題ない。今夜はデボンジャー伯爵家に泊まることになっている。婚約者と愛を誓うそうだ。絶頂のまま冥界王の元へと落とすには最適な夜だと思わないか?」
アルフィーは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「よろしい。これで決まりです。私はジェニファーを、レキシーさんは長男のトーマスを、アルフィーさんは当主を始末してくださいな」
その言葉を聞いて全員がうなずいていく。役割分担に異論はないらしい。
デボンジャー伯爵家の屋敷は郊外に聳え立つ威容を誇る赤煉瓦の大きな二階建ての屋敷。
巨大な邸宅を覆い隠すほどの塀に囲まれ、正面には交代で警備の兵士が立って侵入者が現れないのかを見張っている。
蟻の這い出る隙間もないほどの厳戒態勢というのはこの状況を指して言うのではないだろうか。
そんなことを考えながらカーラは袖の中に仕込んだ針を撫でる。
(さて、どうしたものかしら?)
兜の隙間から針を突き立てることはできるが、番人は無関係な相手。番人を始末するわけにはいかぬ。
かといって鍵を奪うには門番を寝かせる必要がある。だが、門番は頑丈な鎧に身を包んでいる。
どうしたものだろうか。カーラは思わず自嘲した。
すると、待ちかねたのか、アルフィーが先に動き出した。
彼は背後から影のように近づき、兜の縁のわずかな隙間を狙って指先で『点』を突く、あるいは柄頭で脳を揺らしていく。
哀れな衛兵たちには声を出す暇も与えず、まるで糸が切れた操り人形のように彼らを眠らせ、物陰へと引きずり込んでいった。
アルフィーはその様子を見た後で親指を立てて笑ってみせる。
その姿を前にカーラは苦笑するしかなかった。
そのまま引き摺っていった番兵から奪い取った鍵の束から鍵を選び、こっそりと裏口を回り、音もなく侵入していく。そして細心の注意を払ってこっそりと扉を閉めたのである。
忘れてはならないのは開いたはずの扉を閉めなければならないということ。
目覚めた兵士たちの合流を遅らせると同時に、屋敷の中で巡回を行う兵士たちに「異常なし」と思わせるためだ。
庭園の木々の影に身を潜めながら、静かに獲物を確認していく。その影が見えるのと同時にカーラは不敵な笑みを浮かべて屋敷へと進む。
(さて、今から少し痛いお仕置きをさせていただきます。覚悟なさった方がよろしいわよ)
月の光を反射する鋭い針を、彼女は慈愛に満ちた、けれど絶望的に冷たい微笑みで見つめた。
間違いなく、彼女こそデボンジャー伯爵家に破滅をもたらす死神の姿そのものであったというべきだろう。
あとがき
近いうちに出すといっておきながら、一週間も投稿が遅くなってしまい誠に申し訳ございませんでした。言い訳のしようもございません。
全ては私の不徳のなすところです。本当に申し訳ございません。
ここまで見捨てずに読み進めてくださる皆様に心の底から感謝をするのと同時に深くお詫びを申し上げさせていただきたいと思います。
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