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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

駆除人動く

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その日の酒はレキシーの気持ちを高めた。悪人を狩った後の酒というのは格別に心をよくさせるが、今日の酒は特に気持ちがよかった。
というのも、自分の仕事時の相棒であるカーラが自分の家で共に酒を楽しんでいたからだ。
レキシーはカーラに自身の特性のオムレツと魚を使った煮物をつまみとして差し出し、共に晩酌に付き合わせていたのだ。
先程酒を飲んでいる途中にカーラが扉を叩いた時にはひどく驚いたものだが、ここに至るまでの詳細を聞くと彼女の中で同情の念が強く湧き上がり、躊躇うことなく自分の家の中へと招き入れたのだ。
それ以降、彼女を晩酌に付き合わせている。晩酌の最中に彼女は意味深な笑みを浮かべて言った。

「ねぇ、レキシーさん。私、好物は最後まで取っておくタイプでしてよ」

「好物は最後……って、あっ、そっか、それって、あんた自分を嵌めたーー」

レキシーが最後の言葉を言い終える前にカーラは自身の唇の上に人差し指をあてていたずらっぽく笑って見せた。
その仕草を見て、レキシーはカーラの意図を察し、その後の言葉を押し留めさせたのだった。
その後はレキシーが祈願の成就を祝って酒の入ったコップを宙に掲げた。
以後はレキシーは酒を呑みながら、目の前で嬉しそうな表情を浮かべながらオムレツを摘んでいた、
レキシーは上品にオムレツを食べる令嬢を見ながら彼女と初めて出会った時の事を思い返す。

三年前の春のことだった。三年前の春、自身の上司であり、相棒であったリーバイのことを思い返して、憔悴しながら駆除人ギルドに向かったレキシーは見慣れない簡素な黒色のワンピースを着た金髪の美少女と出会ったのだ。
突然の出会いに呆然としているレキシーを他所に美少女は丁寧に頭を下げると、自分の名前を名乗った。

「お初にお目にかかります。カーラ・プラフティーと申します。普段は公爵家の令嬢として勉学に礼儀作法、ダンスなどに励んでおりますわ。ここには私の祖父の紹介で参りましたの」

目の前の少女が発した『祖父』という単語は十中八九、リーバイ・プラフティーのことだった。
だが、レキシーにはそのことが引っ掛かった。
リーバイは最後の仕事の時でさえ自身の後継者を示さなかったのだ。少なくともレキシーは最後の仕事でもリーバイから「後継者」に関する話は一切耳にしなかった。

ここまでレキシーはリーバイが後継者を選ぶつもりなどなかったと考えていたのだが、巧妙な彼のことだから敢えて言わなかったのだと思い直した。

リーバイはプラフティー公爵家の当主であるにも関わらず、表の仕事では俗にいう昼蝋燭の態度を貫いており、後継者であるはずの息子からも疎まれていたとされていたからだ。
しかし、その実態は彼に依頼を行えばどのような相手でも公爵という地位と自身の表向きの性格を利用して不意打ちで相手の命を奪う恐るべき駆除人であった。
その恐ろしい実態を巧妙に笑顔と酒で擬態して、役立たずの昼蝋燭を装っていたのだ。
『昼蝋燭』というのは蔑称であり、これは日中に蝋燭を灯すと、ぼんやりとしているということに由来する言葉で、ぼんやりした人や役に立たない人を言い表す言葉である。
しかし、そんな『昼蝋燭』の面というのは彼の上辺の姿でしかない。
実際は表の仕事の面でも失態を犯したことなど一度もない。息子や周囲の人間が表における素晴らしい業績を見抜けずに不当な評価を下しただけに過ぎない。
自分はそれらの人々異なりリーバイの思惑を見抜いていたつもりであったが、その自分さえもリーバイに欺かれていたのだ。

彼女が改めて亡くなったリーバイの凄さを思い知らされていた時だ。
そのリーバイの後継者である美少女が優しく微笑みながら言った。

「レキシーさん。そろそろ駆除に向かいましょう。私害虫駆除のお仕事は初めてですので、どうぞお手柔らかにお願い致しますわ」

目の前の美少女はこれから舞踏会に出掛けるかのような軽い口調で言った。
その口調と態度はまさしく公爵令嬢と呼ぶに相応しい気品溢れるものであった。
こんな態度で大丈夫かとレキシーは危惧したが、彼女の考えが杞憂であったことを知らされたのは駆除の時であった。

駆除にあたる際に彼女は公爵令嬢から残酷て容赦のない駆除人へと顔を変えた。
祖父譲りの不意打ちはもちろんのこと、針を用いての殺しで次々と標的を仕留めていく。その手腕にはレキシーも脱帽するよりなかった。
それ以後駆除人たちからは彼女は『血吸い姫』と呼ばれすご腕の駆除人として認められるようになったのだ。
悪党を始末し終え、晴れやかな笑みを浮かべたカーラは元の公爵令嬢に相応しい軽やかな口調でレキシーに問い掛けた。

「これから酒場にでも寄りませんこと?駆除で疲れた体を休めようかと思いまして」

その言葉にレキシーは満面の笑顔で応じた。
この時レキシーは彼女の持つ二面性とやらに絆されたに違いない。
そうでなければ三年も組んでいなかっただろう。また、三年も共に害虫を駆除してきた仲間であるから、カーラの方でも貴族の身分を剥奪されていくところがなくなった後に躊躇なくレキシーの家を訪れたのだろう。
しばらくはお互いに無口であったが、やがて酒の入ったコップを片手にレキシーが問い掛けた。

「でもさぁ、あんたこれからどうするの?」

レキシーが酒を片手にオムレツを頬張るカーラに向かって尋ねた。
カーラはオムレツを食べる手を止めると、可愛らしい微笑みを浮かべて答えた。

「あら、レキシーさんが私を引き取ってくださるのではなくて?私が復讐のための資金を貯め終えるまで」

「あたしが?」

「えぇ、私を置くことで私はこの針を使った仕事もさせていただこうと考えておりますの。本業ばかりではなく、お針子の仕事などもしようかと考えておりまして」

レキシーはカーラの予想外の言葉に目をパチクリとさせていたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
それから自身の膝の上を強く叩いて豪快に笑う。

「もちろんだよ!これからはあたしを本当のお母さんだと思って頼りなッ!」

「流石はカーラさんです!では、私の役割を決めないといけませんね。お食事の腕前はレキシーさんに劣りますから、私は掃除とか洗濯とか、後は仕掛けの手入れだとか、駆除のお手伝いだとか、それくらいしかできませんもの」

「そんぐらいできりゃあ、十分だよ!というか、あんた公爵令嬢のくせに家事なんてできるの?」

「使用人の方々は仕事を放り出されてましたもの。自分のことなど自然と一人で出来るようになりましたの」

カーラは平然と言いのけたが、レキシーはその言葉を聞いて思わず片眉を動かした。
というのも、カーラの言葉はいじめの告発に他ならなかったからだ。
たまらなくなり、レキシーが聞き出すと実の両親や義妹、婚約者の王子ばかりではなく、使用人たちからさえも思わず耳を塞ぎたくなるようないじめを受けていたと言っていたのだ。
だが、カーラは悲劇のヒロインを装ってはいない。むしろ顔には笑みさえ浮かべていた。

その姿を見て、レキシーは改めてカーラの器の大きさを思い知らされた。
明日からは大変になるだろうが、せめて今日ばかりは骨を休めてほしいものだ。
レキシーが残り少なくなった酒を舐めながら食事を終え、食器を洗っているカーラの姿を見守っていた時だ。

不意に扉を叩く音が聞こえた。その瞬間にレキシーは懐に隠し持っている短剣を、カーラは服の中に隠し持っていた一本の鋭い針を取り出す。
二人の得物である。狙われた獲物を必ず仕留める百発百中の武器だ。
もし、扉を叩く人物が不審人物であるのならば、叩くのに飽きて扉を壊した瞬間に餌食になるだろう。
二人が武器を構えながら、扉の前へと近寄っていった時だ。
扉の向こうから二人の見知った声が聞こえてきた。

「おーい、私だよ。駆除人ギルドのマスターだ」

間違いない。二人にとっては聞き慣れた駆除人ギルドのマスターの野太い声だ。
レキシーは躊躇うことなく扉を開けて、マスターを迎え入れた。

「よく来てくれたね。マスター」

「いやぁ、なぁに、少し野暮用でね」

「野暮用?というには随分と火急の用らしいですわね」

カーラはマスターが小脇に抱えていた小さな宝箱を見据えながら言った。

「……流石はカーラ。見抜かれていたか」

マスターは公爵令嬢であるカーラがここにいる理由など聞きもしないで、宝箱を机の上に置き、中に入っている金貨と宝石を二人に見せた。

「これは?」

「とあるお方からの至急の用でね。我が家を脅かす害虫を駆除してほしいとのことだ」

マスターはその瞳を怪しく輝かせながら言った。
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