婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

第二王子の憂鬱な外交

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第二王子フィンの機嫌はすこぶる不機嫌であった。通常であるのならば王太子である弟が行わなければならないような公務に出席しなくてはならないということや本来の仕事である城下街の警備を放り出さなくてはならなかったこともそうであるが、一番の理由は目の前の侯爵とその一家から漂う腐った臭いであった。卵が腐ったかのような腐敗した香りは侯爵とその一家ばかりではなく使用人や私兵たち。それから雇い入れているとされるごろつきたちからも臭ってきていた。

王家とクライン王国の中でも屈指の有力貴族であるティーダー侯爵家との友好を取り結ぶためという目的で父である王から訪問を命じられていたが、そうでなければ和かな笑顔など保っていられなかっただろう。
目の前で我が物顔で来客にも構うことなく酒を浴びるように飲んでいる侯爵とその侯爵と共に下品な笑い声を上げている侯爵夫人。それから露骨な誘惑を見せるその娘。
どれをとっても不愉快であった。特に娘は自分の顔かそうでなければ地位を狙っているのだろう。そうでなければ誘惑など行わないはずだ。

自分の想い人ーーカーラであるのならばこんなことは絶対にしないだろう。同じく大貴族の娘だというのにどうしてここまで違っているのだろうか。
そんなことを考えながらフィンはその娘からお酌された赤ワインを飲んでいた。
その時だ。突然扉を蹴破る音が聞こえた。フィンが目を見張るとそこには槍を持った老婆の姿が見えた。
老婆の目は血走り、ひたすらに侯爵家の娘の名前を叫んでいた。
フィンが何事かと思い席を立った時だ。側でお酌をしていたダフネがフィンにそのまま椅子に座るように促したのであった。
「しかしだな」と抗議の言葉を上げるフィンに向かってダフネは歪んだ笑みを浮かべながら言った。

「まぁ、見ていてくださいませ。我が家に土足で踏み込むような無礼者がどのような目に遭うのかを」

ダフネが指を鳴らすと、床下や天井から無数の槍が現れて一斉に老婆を突き刺したのであった。
その顔を見て目を見開くフィンに向かってティーダー侯爵は自慢と思われる茶色の顎鬚を摩りながら言った。

「これが我が家の警備です。我々侯爵家はこの地にとっては王家のような存在でしてな。昔からその地位を奪おうとする者や我らに逆らう不届な輩から命を狙われておりましてな。その対処には手慣れたものなのですよ」

侯爵は腰に下げていた大きな剣を抜くと、虫の息となっていた老婆に向かって勢いよく剣を突き刺したのであった。
それを見て大きな声で笑う侯爵とその家族。フィンはどこまでも嫌悪させられた。侯爵家は人間ではない、と。
まさしく人の生き血を啜る害虫である、と。
顔を背けるフィンに対してダフネがその体に擦り寄りながら甘えるような声で言った。

「ねぇ、フィン様ぁ、これで我が家の力がお分かりになられましたでしょう?あなた様と私が夫婦になられればこの地はあなた様のもの……新たなティーダー侯爵として君臨できますのよ」

「ハハッ、それはいいッ!殿下どうでしょう?このまま我が愛しの娘と婚姻を結ぶというのは?」

「そうですわ!こんなに可愛い娘を嫁にできた上に次代の侯爵になるなんて!殿下は幸せ者ですわ!」

上機嫌な笑顔を浮かべる侯爵夫妻に対し、フィンは嫌悪感を抑えるのでいっぱいであった。
フィンは愛想笑いを浮かべた後で気分が悪くなったと述べて自身に与えられた客間へと戻っていったのであった。
フィンの頭の中はカーラで頭がいっぱいだった。カーラとの思い出だけが彼の苦しい現実を忘れさせていた。

しばらくは淡い思い出に浸っていたかったフィンであったが、ふと部屋の中に備え付けられているアルコールの入った瓶を見つけると、思い出からアルコールに逃げようと考えた。
だが、それはまだ早いと慌てて首を横に振って否定したのだった。
具合が悪いのは本当なのでアルコールを摂取するのは体によくないだろう。
フィンはそう思い直してベッドに横たわることにした。
その時だ。扉を叩く音が聞こえたので入室を許可すると水と薬が載ったお盆を持ったダフネがその姿を見せた。

「お可哀想なフィン様……あんな無礼な老婆にまで心を痛められるなんて……」

その姿や言葉を聞くだけで吐き気を催し、優れない体調がさらに悪化したが、親善のためであるので表向きは和かに接さなくてはならない。
それでも返す言葉に皮肉を交えたのはフィンによるせめてもの抵抗であったのかもしれない。

「いや、カーラならばカーラ・プラフティー嬢であったのならばあの老婆に対して思うこともあったかもしれないと思ってな。カーラは優しい令嬢であったから」

「カーラ!?カーラですってッ!」

ダフネの中に嫉妬の炎が燃え上がった。ドス黒く辺り一面を焼き尽くさんばかりの炎だ。
彼女はお盆を机の上に置くと、相手が王子であるということも忘れて醜く歪んだ顔を近付けながら叫ぶ。

「ご冗談はおよしになってッ!カーラなんて既に身分もないただの小娘って聞いたわよ!そもそもあたし、あいつが公爵令嬢だった時から気に食わなかったのよね。宝石もドレスも地味だし、浮ついた話の一つもできないし……殿下は宝石の付け方もドレスの着こなしも完璧で、面白い話をたくさん知っている私よりもあんな地味な女の方がいいの?」

「お前よりは余程品性が身に付いているからな」と喉元にまで出かかった言葉をフィンは必死に押し込め、黙って首を縦に動かした。
ダフネはフィンを突き飛ばし、青白い炎で燃え上がった瞳でフィンを見つめながら宣言した。

「ならば、殿下……カーラが死ねば私と婚約を結んでいただけますか?」

この言葉を聞いてフィンの理性は一気に吹き飛んだ。
彼は声を荒げてダフネに向かって抗議の言葉を飛ばしたのだった。

「じょ、冗談ではない!カーラを殺したらオレも死んでやるぞ」

その言葉を聞いてダフネの顔が青く染まる。それから慌てて彼女は頭を下げて非礼を詫びて部屋を去っていった。
フィンは先程のダフネの言葉を思い返すたびに怒りの念が湧き上がっていたのだ。
そのため薬と水が載った盆を地面の上に叩き落とそうとしたが、罪のない薬と水に当たってもどうにもならないと思い直してお盆を机の上に戻し、部屋の窓から侯爵家の屋敷の中に広がる広々とした庭を眺めていた。

王家にとっても欠かすことができない大貴族の邸宅ということだけはあり、屋敷の庭には贅を尽くした飾りや植木の他に林を思わせるような木々が生え揃っていた。中央には噴水さえ置かれている。
この庭や今自分がいる邸宅にかかっている費用から侯爵家の力というものがわかった。
辺境侯ということもありこの土地に長年君臨し続けてきただけのことはある。
ティーダー侯爵家は下手をすれば王家よりも長い歴史を誇っている。
思えばクライン王家が最後まで手を焼いたのもティーダー侯爵家だったという話を聞いたことがある。
ある程度の自治権と引き換えに従属を時の侯爵が選んだという話も聞いたことがある。

だが、フィンの中で次第に思考よりも眠っていたいという本能が勝ち、彼は夢の世界へと落ちていった。
夢の中で彼は宮廷にいた。宮廷の中では兄の婚約者であったカーラと婚約を結んでおり第一王子として扱われていた。
真面目に仕事にも取り組む二人は次第に評価されていき、やがて正式な国王として認められるというものであった。
そんな幸せな夢はダフネによって強制的に遮られてしまった。
目を開けるとすぐにダフネがいるというのは不愉快だったが、外交の手前不愉快だというわけにもいかない。
歓迎の晩餐会に招かれるというお達しを受け、彼はすぐに身支度を整えた。
王族としての礼装に身を包んだフィンは晩餐会が開かれる会場へと向かった。
贅を尽くしたご馳走が並べられた会場では既に侯爵夫妻が酒を浴びるように呑んでいた。

「ハハッ、殿下。よくぞ参られた。さぁ、おくつろぎなさいませ」

顔を赤くした侯爵がろれつの回らない声で告げた。客人の前で酔い潰れる手前まで飲むなど考えられないが、侯爵家との関係を悪化させるわけにはいかないと、フィンは我慢しながら席に着いた。
その隣には上機嫌な様子のダフネが着く。
ダフネはフィンの前に用意されたグラスの中に酒を注ぎながら言った。

「どうでしょう?我が家の晩餐は楽しんでいただけまして?」

「えぇ、ですがこれ程の料理をどうやってご用意なされた?王宮でも難しいような料理なのに」

「ウフフ、これくらいの料理は平民たちから巻き上げればすぐにご用意できますわ」

「し、しかし自分たちの贅沢のためだけに金を巻き上げるなどーー」

「ハハッ、王族らしかねぬ発言を仰られのようで……いいですかな?殿下。我々はこの地を治める権利を持っているのです。先祖代々ね……我が一族は永久にこの地を統治する存在なのです」

「何が言いたいのか私には理解しかねますが……」

「つまり、旦那様はその由緒正しき王家の一員である我々が税を徴収すれば平民どもは喜んで従う……そういう仕組みになっておると言っておられるこですのよ。オホホホ」

侯爵夫妻が高笑いを始めるのと同時に娘までもが高笑いに加わっていく。
その不愉快な笑いの合唱をフィンは顔を顰めながら聞いていたのだった。
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