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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』
王の婚約者候補に脅されたのは優しき青年貴族
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「どうしたのだ?マチルダ嬢……顔が優れない様子だが」
フィンがお茶を片手に自身の真横に座るマチルダに向かって問い掛けた。
マチルダはぎごちない笑顔を浮かべながら首を横に振る。フィンはそれを見て安心したのか、特に気にすることもなくお茶を啜っていく。
マチルダは本日婚約者候補として王宮のディナーに招かれ、その後でフィンと給仕のメイドのみで開かれる小規模なお茶会を行っていた。
お茶会の場所は王宮の客間。時間は夕食過ぎである。
広い客間には大きな机とその上に大小のお菓子が並べられている。
お茶会のために王宮の厨房で働くシェフたちが腕によりをかけて作った工芸品のようなお菓子だ。見た目も味も完璧で庶民であるのならば一生口にすることはできない様な代物である。
二人は一般的な庶民ならば十分羨むようなお菓子に囲まれながらもどこか浮かない表情であった。
それはどちらも心に決めた思い人がいるからということが原因といえる。フィンにとって婚約者候補であるマチルダは今やバロウズ公爵家との繋がりを深めるために欠かせない存在となっていたのだ。
ハンセン公爵家のエミリーがフィンの中で婚約者候補として考えていないために婚約者候補としては最適の人物であるし、大臣たちのいうように結び付きを深めておきたい存在である。それにフィン自身もマチルダに憧れのような感情を抱いているのは否定できない。
一方でカーラに対する思いを捨てきれないというのも本音だ。そのためフィンは本心を隠して接していることを申し訳なく思っていたのだ。
それはマチルダも同じであった。マチルダはお忍びで市井を訪れた際に自身を守り、その我儘に付き合ってくれた一人の男に一目惚れをしていたのだ。
白馬に乗った王子様というのはあの人物のようなことをいうのかもしれない。
フィンには申し訳ないが、自分の本心を曝け出すのならばその男と付き合いたいというのが本音だ。
故に両者ともに本音を隠し、建前ばかりで話している二人の中に気まずい空気が立ち上るのも仕方がないといえた。
フィンはマチルダと同様のぎごちない笑みを浮かべながらマチルダに茶を勧める。
マチルダは背後に控えていたメイドから茶を淹れてもらったカップに口を付けたのであった。
二人の茶会に用いられる茶葉は国内でも評価の高い茶畑から採れた茶であり、一般人が口にするのは難しいと思われるほどのお茶である。
本来ならば美味しいと感じるはずなのだが、マチルダにはどうも美味しいとは感じられない。
それはフィンも同様であったらしい。顔から苦しそうな様子が滲み出ていた。
結局その日の茶会はなんの進展もないまま終了したのである。
その三日後ギルバート伯爵邸にて舞踏会が行われ、マチルダは父親であるバロウズ公爵と共に参加していたのだが、そこにはハンセン家の兄妹たちの姿が見えた。
バロウズ公爵の姿を見つけると、ロバートが近寄り、嫌味な笑顔を浮かべて言った。
「おや、これはバロウズ公爵閣下。ご機嫌麗しゅうございます」
「キミもな、ロバート卿」
バロウズ公爵はロバートを見下ろすように冷たい目を向けながら言った。
ロバートは公爵の態度に反感を持ち、微かな間その眉間に皺を寄せていたが、やがて怒りを引っ込め寛容な笑みをバロウズ公爵に見せた。
「そういえば閣下、まだ我が家に教える気にはならぬのですか?」
「というと?」
「おとぼけになられては困りますな。塩ですよ。あなた方のご領地で取られるという塩の製造法を我々に教えて欲しいのです」
「塩は我が一族が昔から特産品として売り捌いてきたものだ。おいそれと他家には教えられん」
バロウズ公爵はいつもと同様にキッパリと断ったのだが、そのことがロバートの怒りに触れたらしい。
ロバートは声を荒げながらバロウズ公爵の胸ぐらを掴み上げた。
「ふざけるなッ!いいからさっさとオレたちに教えろッ!」
ただならぬ様子に集まった貴族たちの視線が集まっていく。貴族たちはお互いに耳打ちをし、両家の確執を噂し合っていく。
しかし、バロウズ公爵とロバートはそんな噂など気にすることもなく取っ組み合いを続けていく。
その様子を見てただオロオロするばかりであったエミリーに対し、マチルダは果敢にも暴れようとする両者を止めに入ったのだが、マチルダは二人のうちのどちらかによって突き飛ばされてしまった。
もはやこの喧嘩を止められる者はいない。貴族たちの中に諦めの感情が蠢き、諦めようという表情が見えた時だ。
青い髪をした立派な体格の青年が止めに入った。止めに入ったのは伯爵家の跡取り息子であり、この舞踏会で主人役を担っていたブルーノ・ギルバート卿だ。心優しく勇敢な若者は暴れようとする両者を力ずくで引き離し、落ち着くように指示を出したのである。
共に荒い息を吐きながらも引き離されたことで落ち着きを取り戻したのか、お互いに睨み合うだけで収まっていた。
ブルーノは二人を共に屋敷の控え室に案内し、引き剥がしてから舞踏会を再開させたのであった。
マチルダはブルーノという男に声を掛けようとしていた。その理由は恋焦がれた空ではない。勇気ある青年に敬意を表したという理由とマチルダの中にある一つの疑問を解消するためである。
マチルダはどこかの貴族の子弟と談笑するブルーノの元へと近付いていき、彼に一礼を行ってから親しげに話し掛けたのである。
「お初にお目に掛かります。私の名前はマチルダ・バロウズ。バロウズ公爵家の一人娘ですわ」
「あ、ありがとうございます。今回の舞踏会を主催させていただきました。ブルーノ・ギルバートです」
ブルーノはまさか公爵家の令嬢に話し掛けられるとは思いもしなかったのか、少しぎごちない様子で言葉を交わしていた。
「先程は父とロバート卿を止めてくださり感謝致しますわ。私はあなた様のような勇気ある方が好きですの」
「そ、そうですか」
ブルーノは照れているのか、マチルダから顔を逸らしながら言った。
マチルダはそんな純情な青年を揶揄うかのようにその手を取って、優しく摩っていく。
「れ、レディ……そ、そんな大胆な」
「大胆だなんて、これからお友達になるというのに……これは言うなればスキンシップのようなものです」
マチルダはクスクスと笑いながら言った。
「レディ、よろしければこの後で私と一曲踊っていただけませんか?」
「よくってよ」
マチルダは即答した。二人で手を取り合って体を寄せ合いながら音楽に合わせてホールの中を踊っていく。
二人のリズムは完璧で、他の参加者たちから目を惹くほどだった。
完璧な踊りを踊っている最中、マチルダはブルーノにこっそりと耳打ちを行う。
「そういえば少し前にあなたの家に聖女様がいらしゃいましたよね?あのお方が不慮の死を遂げたことであなたの家はようやく持ち直したのだとか」
それを聞いたブルーノは自身の心臓が高鳴ったことに気が付いた。心臓がドクドクと音を打っている。額からは冷や汗まで流れていく。
どうして、目の前にいる令嬢はそのことを把握しているのだろう。
ブルーノには目の前で自身と共にダンスを踊る凛とした姿の令嬢に恐怖を覚えていった。
突然目の前の令嬢が巨大な影に覆われ、自分よりも何倍もの大きさを誇る巨人のように思われていったのである。ブルーノは動揺し、思わずマチルダの足を踏んでしまったのだ。
マチルダから悲鳴が上がらなかったものの、バランスを崩してしまい二人は倒れ掛かった。
倒れる前にマチルダは足を踏ん張ってブルーノを支える。二人の密着した姿に貴族たちが注目の目を向けていた。
というのも、それまで初めてとは思えぬほどに息の合ったダンスを踊っていた二人が唐突にバランスを崩してしまったからだ。
人々の奇異の目にもマチルダは動じることなく、
「ご心配ありませんわ。ブルーノ卿は少し貧血を起こされたようで、私が自ら控え室まで連れて行きますので、ご安心を」
と、笑い掛けたのであった。
それからマチルダは他の貴族たちが見ている前で自らの肩を貸し、呆然とした様子のブルーノを控え室まで運んでいったのである。
女性とは思えないほどの凄まじい力にブルーノはますます動揺していく。
ブルーノの緊張がいよいよ頂点へと高まった時だ。マチルダがタイミングを見計らったかのように問い掛けた。
「先程のお話の続きですけれども、あなた、もしかして駆除人にあなたの家に巣食っていた害虫を駆除してもらったのではなくて?」
ブルーノは死人かと思うほどの青い顔を浮かべており、無意識のうちに小刻みに首を縦に動かした。
その姿を見て確信を得たマチルダは不敵な笑みを浮かべてブルーノに向かって笑い掛けた。
「やはり、そうなのね。聖女アンナはやはり駆除人に殺されてしまったのね」
こうなってしまっては隠し通すこともできない。ブルーノはマチルダに全てのことを打ち明けることにした。
聖女と呼ばれたアンナが貴族の家でどのようなことを行なっていたのかを事細かに話していくと、マチルダは納得したらしい。フーンと感心したような相槌を打った。
「事情はわかりました。実は私もあなたのいう駆除人に依頼を行ったことがあるんですよ」
マチルダはブルーノが事細かに話してくれた礼だと言わんばかりに数日前に自身が駆除人ギルドへ対立するハンセン家の駆除を依頼したことを告げたのであった。
ブルーノはその言葉を聞いて両目と口を大きく開いてマチルダを見つめていた。
彼の心境は「信じられない」と叫びたいと考えていることがわかった。
だが、依頼の件は事実なのである。マチルダはブルーノの期待を裏切るように淡々とした口調でその経緯を話していく。
全てを語り終えたマチルダはブルーノの目を改めて見つめながらゆっくりとした口調で問い掛けた。
「さて、これで私は自分の秘密を全て打ち明けました。これでお互いがお互いの首根っこを掴んだことになりますね」
マチルダの言葉は本当である。どちらかが駆除人ギルドの件を暴露すれば、どちらの家もたちまち断絶に追い込まれてしまうだろう。
上手く考えたものである。ブルーノは恐る恐るマチルダに問い掛けた。
「レディ、私は……いや、ギルバート伯爵家はどのような態度を取ればよろしいのでしょうか?」
「日和見をやめ、バロウズ公爵家のお仲間についてくださらないかしら?」
ブルーノに逆らうことはできなかった。後で両親を説得する必要はあるが、下手を打てば自分の家が断絶に追い込まれてしまうかという瀬戸際にあるのだ。
ブルーノは黙って首を縦に動かした。マチルダはそのブルーノの頭を優しく撫でていく。
「ウフフ、いい子ね」
ブルーノはそのまま流されるように控えの間へと送られていき、部屋にある長椅子の上に座らされた。
フィンがお茶を片手に自身の真横に座るマチルダに向かって問い掛けた。
マチルダはぎごちない笑顔を浮かべながら首を横に振る。フィンはそれを見て安心したのか、特に気にすることもなくお茶を啜っていく。
マチルダは本日婚約者候補として王宮のディナーに招かれ、その後でフィンと給仕のメイドのみで開かれる小規模なお茶会を行っていた。
お茶会の場所は王宮の客間。時間は夕食過ぎである。
広い客間には大きな机とその上に大小のお菓子が並べられている。
お茶会のために王宮の厨房で働くシェフたちが腕によりをかけて作った工芸品のようなお菓子だ。見た目も味も完璧で庶民であるのならば一生口にすることはできない様な代物である。
二人は一般的な庶民ならば十分羨むようなお菓子に囲まれながらもどこか浮かない表情であった。
それはどちらも心に決めた思い人がいるからということが原因といえる。フィンにとって婚約者候補であるマチルダは今やバロウズ公爵家との繋がりを深めるために欠かせない存在となっていたのだ。
ハンセン公爵家のエミリーがフィンの中で婚約者候補として考えていないために婚約者候補としては最適の人物であるし、大臣たちのいうように結び付きを深めておきたい存在である。それにフィン自身もマチルダに憧れのような感情を抱いているのは否定できない。
一方でカーラに対する思いを捨てきれないというのも本音だ。そのためフィンは本心を隠して接していることを申し訳なく思っていたのだ。
それはマチルダも同じであった。マチルダはお忍びで市井を訪れた際に自身を守り、その我儘に付き合ってくれた一人の男に一目惚れをしていたのだ。
白馬に乗った王子様というのはあの人物のようなことをいうのかもしれない。
フィンには申し訳ないが、自分の本心を曝け出すのならばその男と付き合いたいというのが本音だ。
故に両者ともに本音を隠し、建前ばかりで話している二人の中に気まずい空気が立ち上るのも仕方がないといえた。
フィンはマチルダと同様のぎごちない笑みを浮かべながらマチルダに茶を勧める。
マチルダは背後に控えていたメイドから茶を淹れてもらったカップに口を付けたのであった。
二人の茶会に用いられる茶葉は国内でも評価の高い茶畑から採れた茶であり、一般人が口にするのは難しいと思われるほどのお茶である。
本来ならば美味しいと感じるはずなのだが、マチルダにはどうも美味しいとは感じられない。
それはフィンも同様であったらしい。顔から苦しそうな様子が滲み出ていた。
結局その日の茶会はなんの進展もないまま終了したのである。
その三日後ギルバート伯爵邸にて舞踏会が行われ、マチルダは父親であるバロウズ公爵と共に参加していたのだが、そこにはハンセン家の兄妹たちの姿が見えた。
バロウズ公爵の姿を見つけると、ロバートが近寄り、嫌味な笑顔を浮かべて言った。
「おや、これはバロウズ公爵閣下。ご機嫌麗しゅうございます」
「キミもな、ロバート卿」
バロウズ公爵はロバートを見下ろすように冷たい目を向けながら言った。
ロバートは公爵の態度に反感を持ち、微かな間その眉間に皺を寄せていたが、やがて怒りを引っ込め寛容な笑みをバロウズ公爵に見せた。
「そういえば閣下、まだ我が家に教える気にはならぬのですか?」
「というと?」
「おとぼけになられては困りますな。塩ですよ。あなた方のご領地で取られるという塩の製造法を我々に教えて欲しいのです」
「塩は我が一族が昔から特産品として売り捌いてきたものだ。おいそれと他家には教えられん」
バロウズ公爵はいつもと同様にキッパリと断ったのだが、そのことがロバートの怒りに触れたらしい。
ロバートは声を荒げながらバロウズ公爵の胸ぐらを掴み上げた。
「ふざけるなッ!いいからさっさとオレたちに教えろッ!」
ただならぬ様子に集まった貴族たちの視線が集まっていく。貴族たちはお互いに耳打ちをし、両家の確執を噂し合っていく。
しかし、バロウズ公爵とロバートはそんな噂など気にすることもなく取っ組み合いを続けていく。
その様子を見てただオロオロするばかりであったエミリーに対し、マチルダは果敢にも暴れようとする両者を止めに入ったのだが、マチルダは二人のうちのどちらかによって突き飛ばされてしまった。
もはやこの喧嘩を止められる者はいない。貴族たちの中に諦めの感情が蠢き、諦めようという表情が見えた時だ。
青い髪をした立派な体格の青年が止めに入った。止めに入ったのは伯爵家の跡取り息子であり、この舞踏会で主人役を担っていたブルーノ・ギルバート卿だ。心優しく勇敢な若者は暴れようとする両者を力ずくで引き離し、落ち着くように指示を出したのである。
共に荒い息を吐きながらも引き離されたことで落ち着きを取り戻したのか、お互いに睨み合うだけで収まっていた。
ブルーノは二人を共に屋敷の控え室に案内し、引き剥がしてから舞踏会を再開させたのであった。
マチルダはブルーノという男に声を掛けようとしていた。その理由は恋焦がれた空ではない。勇気ある青年に敬意を表したという理由とマチルダの中にある一つの疑問を解消するためである。
マチルダはどこかの貴族の子弟と談笑するブルーノの元へと近付いていき、彼に一礼を行ってから親しげに話し掛けたのである。
「お初にお目に掛かります。私の名前はマチルダ・バロウズ。バロウズ公爵家の一人娘ですわ」
「あ、ありがとうございます。今回の舞踏会を主催させていただきました。ブルーノ・ギルバートです」
ブルーノはまさか公爵家の令嬢に話し掛けられるとは思いもしなかったのか、少しぎごちない様子で言葉を交わしていた。
「先程は父とロバート卿を止めてくださり感謝致しますわ。私はあなた様のような勇気ある方が好きですの」
「そ、そうですか」
ブルーノは照れているのか、マチルダから顔を逸らしながら言った。
マチルダはそんな純情な青年を揶揄うかのようにその手を取って、優しく摩っていく。
「れ、レディ……そ、そんな大胆な」
「大胆だなんて、これからお友達になるというのに……これは言うなればスキンシップのようなものです」
マチルダはクスクスと笑いながら言った。
「レディ、よろしければこの後で私と一曲踊っていただけませんか?」
「よくってよ」
マチルダは即答した。二人で手を取り合って体を寄せ合いながら音楽に合わせてホールの中を踊っていく。
二人のリズムは完璧で、他の参加者たちから目を惹くほどだった。
完璧な踊りを踊っている最中、マチルダはブルーノにこっそりと耳打ちを行う。
「そういえば少し前にあなたの家に聖女様がいらしゃいましたよね?あのお方が不慮の死を遂げたことであなたの家はようやく持ち直したのだとか」
それを聞いたブルーノは自身の心臓が高鳴ったことに気が付いた。心臓がドクドクと音を打っている。額からは冷や汗まで流れていく。
どうして、目の前にいる令嬢はそのことを把握しているのだろう。
ブルーノには目の前で自身と共にダンスを踊る凛とした姿の令嬢に恐怖を覚えていった。
突然目の前の令嬢が巨大な影に覆われ、自分よりも何倍もの大きさを誇る巨人のように思われていったのである。ブルーノは動揺し、思わずマチルダの足を踏んでしまったのだ。
マチルダから悲鳴が上がらなかったものの、バランスを崩してしまい二人は倒れ掛かった。
倒れる前にマチルダは足を踏ん張ってブルーノを支える。二人の密着した姿に貴族たちが注目の目を向けていた。
というのも、それまで初めてとは思えぬほどに息の合ったダンスを踊っていた二人が唐突にバランスを崩してしまったからだ。
人々の奇異の目にもマチルダは動じることなく、
「ご心配ありませんわ。ブルーノ卿は少し貧血を起こされたようで、私が自ら控え室まで連れて行きますので、ご安心を」
と、笑い掛けたのであった。
それからマチルダは他の貴族たちが見ている前で自らの肩を貸し、呆然とした様子のブルーノを控え室まで運んでいったのである。
女性とは思えないほどの凄まじい力にブルーノはますます動揺していく。
ブルーノの緊張がいよいよ頂点へと高まった時だ。マチルダがタイミングを見計らったかのように問い掛けた。
「先程のお話の続きですけれども、あなた、もしかして駆除人にあなたの家に巣食っていた害虫を駆除してもらったのではなくて?」
ブルーノは死人かと思うほどの青い顔を浮かべており、無意識のうちに小刻みに首を縦に動かした。
その姿を見て確信を得たマチルダは不敵な笑みを浮かべてブルーノに向かって笑い掛けた。
「やはり、そうなのね。聖女アンナはやはり駆除人に殺されてしまったのね」
こうなってしまっては隠し通すこともできない。ブルーノはマチルダに全てのことを打ち明けることにした。
聖女と呼ばれたアンナが貴族の家でどのようなことを行なっていたのかを事細かに話していくと、マチルダは納得したらしい。フーンと感心したような相槌を打った。
「事情はわかりました。実は私もあなたのいう駆除人に依頼を行ったことがあるんですよ」
マチルダはブルーノが事細かに話してくれた礼だと言わんばかりに数日前に自身が駆除人ギルドへ対立するハンセン家の駆除を依頼したことを告げたのであった。
ブルーノはその言葉を聞いて両目と口を大きく開いてマチルダを見つめていた。
彼の心境は「信じられない」と叫びたいと考えていることがわかった。
だが、依頼の件は事実なのである。マチルダはブルーノの期待を裏切るように淡々とした口調でその経緯を話していく。
全てを語り終えたマチルダはブルーノの目を改めて見つめながらゆっくりとした口調で問い掛けた。
「さて、これで私は自分の秘密を全て打ち明けました。これでお互いがお互いの首根っこを掴んだことになりますね」
マチルダの言葉は本当である。どちらかが駆除人ギルドの件を暴露すれば、どちらの家もたちまち断絶に追い込まれてしまうだろう。
上手く考えたものである。ブルーノは恐る恐るマチルダに問い掛けた。
「レディ、私は……いや、ギルバート伯爵家はどのような態度を取ればよろしいのでしょうか?」
「日和見をやめ、バロウズ公爵家のお仲間についてくださらないかしら?」
ブルーノに逆らうことはできなかった。後で両親を説得する必要はあるが、下手を打てば自分の家が断絶に追い込まれてしまうかという瀬戸際にあるのだ。
ブルーノは黙って首を縦に動かした。マチルダはそのブルーノの頭を優しく撫でていく。
「ウフフ、いい子ね」
ブルーノはそのまま流されるように控えの間へと送られていき、部屋にある長椅子の上に座らされた。
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