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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』
大雨に降られて
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不吉な日に大雨が降るというのは案外嘘ではなかったらしい。今日の朝ごろからしきりに大雨が降り続いている。
まるで、雨を司る神が憤っているかのような凄まじい振り方だ。
舗装された道路の上に土砂降りの雨が鞭のように跳ねて、道をゆく人々の顔に降りかかっていくし、舗装されていない道路の上では泥と雨水とが混じり合い、人々の裾を汚していた。
プラフティー公爵夫人イメルダはそんな雨の中を傘も刺さずに歩いていた。
片手に持った袋の中には詰められるだけの宝石を詰め込んだ小さな木製の宝石箱と自身の好物である林檎が一つあった。
他にも、苦労するだろうということで袋の中には金貨や銀貨といった現金の入った財布を入れていた。
王宮の警備隊に追われ、屋敷を出てからずっと走っていたためか、はたまた大雨の中を歩いていたためか息を切らしてきたことに気がつく。
このまま城下町の裏から逃げようかと考えたが、入り口の周りは兵隊が守っていることから通るのは難しいだろう。
イメルダは大きな溜息を吐きながらどこかの酒場の軒下で息を整えていた。
思えばこんな風に息が切れるまで走ったことなど初めてのことではないのだろうか。
イメルダが壁にもたれかかりながらハァハァと息を切らしていた時だ。
「プラフティー公爵夫人?」
と、声を掛けられた。イメルダが声がした方向を振り向くと、そこには雨に濡れ、ずぶ濡れになったカーラの姿が見えた。
「……あんた」
この時、イメルダの口から出てきたのは『人面獣心』といういつもの蔑称ではなく、『あんた』という誰かを指し示す際に用いる一般的な、それでいて少し乱暴な二人称であった。
「……そこで何をしているんですの?」
「……疲れたから休憩してるのよ。あんたこそ何か用事でもあるの?」
「私は休息に使われている酒場のマスターに用事があるんですの」
カーラのいう用事というのは昨日の駆除に関する報告である。
この駆除は誰からも依頼を受けていないいうならば自分たちの身を守るための駆除であったので、報酬などは出なかったのだが、カーラとしては報告を行う義務があったのだ。
しかし、目の前には憎い母親の姿がある。絶好の機会だ。このまま憎しみの感情に任せて袖の下から取り出した針を用いて母親を駆除してしまおうか。
駆除人の掟も忘れ、そんな思いを宿していた時だ。
不意にイメルダが声を掛けたのだ。
「よかったら、どこかの店で話し合いわない?この町を出る前にあんたと話したいなと考えていたの」
「……話したい?私は夫人とお話しすることなどございませんわ。お引き取りくださいませ」
「あんたにはなくても、私にはあるの。だいたい、あんた平民のくせに生意気よ」
身分制を用いられてはカーラとしても応じるより他にあるまい。
二人で雨に濡れたままどこかへと向かおうとした時だ。裏口の扉が開いてゴミを出そうとしていたヒューゴと鉢合わせてしまったのである。
「……あなたはどなたですか?どうしてこんなところに?」
イメルダと面識のないヒューゴは首を傾げながら問い掛けた。
「あら、あなた、ここの店の人なの?ちょうどいいわ。私、今日はこの店で呑みたい気分なのよ、店を開けて」
横柄な物言いにヒューゴも思うところがあったのだろう。カチンときたのか、両眉を顰めながら言葉を返した。
「冗談じゃないですよ。あんたみたいな横柄な人のためにどうして店を開けなくちゃいけないんですか?」
「お礼なら出すわよ」
イメルダはそういって小さな袋の中から金貨を取り出し、地面の上へと放り投げる。
だが、そのやり方はヒューゴの怒りという名の炎に油を注ぐ行為でしかなかったらしい。ヒューゴは無言でその扉を閉めたのだった。
「なによ、無礼な平民ね」
「……夫人、恐れながら申し上げます。もし、あなた様が同じ立場におられました場合、あのような態度を取られればどのような態度を取られますか?あのお方と同じ態度を取られるのではありませんの?」
イメルダはカーラの問い掛けに言葉を返すことができなかったらしい。カーラはイメルダが黙っているのを見て、大方の回答を予測したのであった。
カーラは黙って雨粒に濡れた金貨を拾い上げ、イメルダに握らせてからもう一度扉を叩いて、ヒューゴを呼び出す。
カーラの大きなノックの音で呼び出されたヒューゴに無理を言って酒場を開けてもらうように相談を行ったのである。
酒場のあるスペースへとイメルダを招き、ギルドマスターに白い色の液体をした蒸留酒を頼み、イメルダを自身の横に招いたのだった。
カーラはイメルダの空のグラスへと注いでいく。イメルダはそれを当然という風に受け取り、カーラのグラスに酒を注ぎ返すなどという真似も行わなかった。
互いに無言で睨み合ってから両者は共に酒を飲み干していく。
一杯目を飲み干したことでアルコールが回ったということもあってか、カーラが最初に口を開いた。
「夫人、あなた様は先程休憩などと仰られましたが、それは嘘でしょう?」
確信を突かれたイメルダは言葉に詰まった。喉笛からいかに反論の言葉を絞り出そうとしても、一向にその言葉というものが出てこない。
カーラはイメルダが黙っているのをいいことに自身の思うことを話し続けていく。
「恐らく追っ手に追われて、逃走しているのでしょう?プラフティー公爵家の夫人ともあろうお方が従者も連れず、着替えも持たず、ほとんど着の身着のままで逃げていたんですもの。そう考えてもおかしくはありませんわ」
イメルダは沈黙していた。回答を拒否し、新たに自身のグラスの中へと酒を注いでいき、黙って酒に口をつけた。
その際に少しばかりグラスを持つ手が震えていることに気が付いた。
カーラはイメルダがほんの少しだけ狼狽した様子を見て自身の指摘が正しいのたと確信を得た。
カーラは特に慰めの言葉をかけることもなく、黙って自身のグラスの中へと酒を注いでいく。
二人はしばらく無言で酒を呑んでいたのだが、次第にイメルダは目から涙をこぼし、悲痛な声でカーラへと訴え掛けたのだった。
「ねぇ、カーラ。私たちはどこで壊れたのかしら?本当だったら私たちは母娘として仲睦まじく暮らしていたはずでしょ?」
ヒックヒックと涙を混じらせながらイメルダは堰を切ったかのようにこれまで彼女自身が思っていたことを口に出していく。
「私、死ぬのが怖い。嫌なの、絞首刑を命じられて、首元に縄を巻かれ、民衆に晒し者にされ、死んでいくのが……」
「恐れながら夫人はこれまで大貴族として大勢の方を葬っていらっしゃいましたわね?その方々も今の夫人のように死にたくないと訴えていたはずですわ。そのツケを精算するよい機会なのではなくて?」
カーラはあくまでも冷淡だった。実の母親が死の淵目に遭っているというのに哀れだなどと思いもしなかったのだ。
その姿を見たイメルダは涙を引っ込め、代わりにどこか壊れたような笑いを浮かべながら答えた。
「ハハッ、流石は人面獣心……実の親が殺されそうだというのによくもそんな平然としていられるわね」
「……その『人面獣心』に育てたのはあなた様でしょう?」
カーラの声は震えていた。ようやく絞り出したかのようなか細い声であったが、ヒューゴはその声から滅多に見られないカーラの怒りというものを感じ取った。
イメルダもそれを見て不味いと感じたのか、咄嗟に謝罪の言葉を述べた。
「そ、その悪かったわ……けど、これだけは覚えてほしいの。大貴族だって人間なのよ。死刑に震える時もあるわ。それに助命が叶わなければ最後に娘と和解したいと願うのも当然でしょ?どうして、あなたは私の言うことを聞いてくれないの?」
イメルダはまたしても両目から涙を溢し、同情を誘いながらカーラに向かって訴え掛けた。
「それは身から出た錆というものですわ。私とあなた様がこうなったのも、あなた様が死刑になるのも、全て……」
カーラの声は相変わらず淡々としていた。その姿を見てイメルダはもう一度乾いた笑みを絞り出した。
「そうね。全て身から出た錆だもの……でも、最期くらい『夫人』でも『あなた様』でもなく、『お母様』と呼んで」
イメルダは鎮痛な様子でカーラに訴え掛けた。
カーラはしばらく考え込んでいたが、やがてイメルダと目を合わせながら、
「では、あなた様も最期くらいは私のことを名前で呼んでくださいな」
「わかったわ。カーラ」
「ありがとうございます。お母様」
簡潔なやり取りだった。イメルダの方には微かな情が発せられたが、カーラからは何も感じ取られなかった。
ただ、口約束で行ったことを淡々と実行したという風にしか映らなかった。
それだけ、カーラにとってイメルダとの間にある溝は深かったのだ。
イメルダはその様子を見て、自分たちの関係はどうあっても修復できないものだと察し、黙って椅子の上から立ち上がったのだった。
立ち上がった後に小袋から財布を取り出し、その中から金貨を数枚取り出して、机の上に置くと、そのまま酒場を立ち去っていく。
実の母親の寂しげな背中をカーラはいつまでも見つめていた。
もし、何らかの理由によって生じた確執がなければ自分とイメルダとは仲良くやれたのだろうか。
いいや、どのみちマルグリッタを養子に迎え入れた時点で対決していたに違いない。悲しいことであるが、対決というものは神々によって決定づけられていたのかもしれない。
カーラはそう考えると、少し切なくなった。グラスを片手に天井を眺めていると、酒場の建物へと向かって激しい雨が打ち付けていた。凄まじい勢いで降り注ぐ雨音がカーラの耳へと届いていた。
翌日、雨を司る神が激しく降らしていた雨が晴れ、雲一つない青空が広がる中で、仕事のためにレキシーと共に診療所を訪れると、診療所の前に警備隊の兵士が立っており、その周りを患者たちが囲んでいた。
「何かあったんですの?」
カーラの問い掛けに患者の一人が代表して答えたのだった。
「いやね、あんたのお母さん、イメルダ・プラフティーが昨日、自害したという話が舞い込んできてね。本人かどうか確認してほしいってことで兵士が来たのさ」
兵士の話によればプラフティー公爵家はハンセン公爵家の屋敷から見つかった国王暗殺計画のリストの中に載っていたという確たる証拠によって国王暗殺の咎のために家名断絶の上に一家全員の絞首刑が決まっていたということらしい。
捕縛のために兵士がプラフティー公爵家の屋敷を訪れた際には既に行方をくらませており、発見が困難であったということから逃亡を疑い昨日は城下町を大規模な警護によって固めていたということだった。
見つからないかもと諦めのムードが漂っていた翌日の朝に市民から訴えがあり、イメルダと思われる人物が路地裏で変死しているのが見つかったのだという。
手には不自然なまでに赤い林檎が握られており、林檎には齧った跡があった。
城の医者によれば、林檎の中に毒物を仕込んでいたということである。
どうやら、自身と別れた後に名誉ある自死を選んだらしい。
最後の最後で公爵夫人に相応しい死に方を見せたようだ。
カーラは見苦しい行いをすることなく、果てた母を素直に見直したのだった。
それから身元確認のために名乗り出て、兵士たちの後をついていくのだった。
本日も朝に投稿ができずに申し訳ありません。色々と準備がありまして、この時間に投稿というのが難しい状態にありました。
まるで、雨を司る神が憤っているかのような凄まじい振り方だ。
舗装された道路の上に土砂降りの雨が鞭のように跳ねて、道をゆく人々の顔に降りかかっていくし、舗装されていない道路の上では泥と雨水とが混じり合い、人々の裾を汚していた。
プラフティー公爵夫人イメルダはそんな雨の中を傘も刺さずに歩いていた。
片手に持った袋の中には詰められるだけの宝石を詰め込んだ小さな木製の宝石箱と自身の好物である林檎が一つあった。
他にも、苦労するだろうということで袋の中には金貨や銀貨といった現金の入った財布を入れていた。
王宮の警備隊に追われ、屋敷を出てからずっと走っていたためか、はたまた大雨の中を歩いていたためか息を切らしてきたことに気がつく。
このまま城下町の裏から逃げようかと考えたが、入り口の周りは兵隊が守っていることから通るのは難しいだろう。
イメルダは大きな溜息を吐きながらどこかの酒場の軒下で息を整えていた。
思えばこんな風に息が切れるまで走ったことなど初めてのことではないのだろうか。
イメルダが壁にもたれかかりながらハァハァと息を切らしていた時だ。
「プラフティー公爵夫人?」
と、声を掛けられた。イメルダが声がした方向を振り向くと、そこには雨に濡れ、ずぶ濡れになったカーラの姿が見えた。
「……あんた」
この時、イメルダの口から出てきたのは『人面獣心』といういつもの蔑称ではなく、『あんた』という誰かを指し示す際に用いる一般的な、それでいて少し乱暴な二人称であった。
「……そこで何をしているんですの?」
「……疲れたから休憩してるのよ。あんたこそ何か用事でもあるの?」
「私は休息に使われている酒場のマスターに用事があるんですの」
カーラのいう用事というのは昨日の駆除に関する報告である。
この駆除は誰からも依頼を受けていないいうならば自分たちの身を守るための駆除であったので、報酬などは出なかったのだが、カーラとしては報告を行う義務があったのだ。
しかし、目の前には憎い母親の姿がある。絶好の機会だ。このまま憎しみの感情に任せて袖の下から取り出した針を用いて母親を駆除してしまおうか。
駆除人の掟も忘れ、そんな思いを宿していた時だ。
不意にイメルダが声を掛けたのだ。
「よかったら、どこかの店で話し合いわない?この町を出る前にあんたと話したいなと考えていたの」
「……話したい?私は夫人とお話しすることなどございませんわ。お引き取りくださいませ」
「あんたにはなくても、私にはあるの。だいたい、あんた平民のくせに生意気よ」
身分制を用いられてはカーラとしても応じるより他にあるまい。
二人で雨に濡れたままどこかへと向かおうとした時だ。裏口の扉が開いてゴミを出そうとしていたヒューゴと鉢合わせてしまったのである。
「……あなたはどなたですか?どうしてこんなところに?」
イメルダと面識のないヒューゴは首を傾げながら問い掛けた。
「あら、あなた、ここの店の人なの?ちょうどいいわ。私、今日はこの店で呑みたい気分なのよ、店を開けて」
横柄な物言いにヒューゴも思うところがあったのだろう。カチンときたのか、両眉を顰めながら言葉を返した。
「冗談じゃないですよ。あんたみたいな横柄な人のためにどうして店を開けなくちゃいけないんですか?」
「お礼なら出すわよ」
イメルダはそういって小さな袋の中から金貨を取り出し、地面の上へと放り投げる。
だが、そのやり方はヒューゴの怒りという名の炎に油を注ぐ行為でしかなかったらしい。ヒューゴは無言でその扉を閉めたのだった。
「なによ、無礼な平民ね」
「……夫人、恐れながら申し上げます。もし、あなた様が同じ立場におられました場合、あのような態度を取られればどのような態度を取られますか?あのお方と同じ態度を取られるのではありませんの?」
イメルダはカーラの問い掛けに言葉を返すことができなかったらしい。カーラはイメルダが黙っているのを見て、大方の回答を予測したのであった。
カーラは黙って雨粒に濡れた金貨を拾い上げ、イメルダに握らせてからもう一度扉を叩いて、ヒューゴを呼び出す。
カーラの大きなノックの音で呼び出されたヒューゴに無理を言って酒場を開けてもらうように相談を行ったのである。
酒場のあるスペースへとイメルダを招き、ギルドマスターに白い色の液体をした蒸留酒を頼み、イメルダを自身の横に招いたのだった。
カーラはイメルダの空のグラスへと注いでいく。イメルダはそれを当然という風に受け取り、カーラのグラスに酒を注ぎ返すなどという真似も行わなかった。
互いに無言で睨み合ってから両者は共に酒を飲み干していく。
一杯目を飲み干したことでアルコールが回ったということもあってか、カーラが最初に口を開いた。
「夫人、あなた様は先程休憩などと仰られましたが、それは嘘でしょう?」
確信を突かれたイメルダは言葉に詰まった。喉笛からいかに反論の言葉を絞り出そうとしても、一向にその言葉というものが出てこない。
カーラはイメルダが黙っているのをいいことに自身の思うことを話し続けていく。
「恐らく追っ手に追われて、逃走しているのでしょう?プラフティー公爵家の夫人ともあろうお方が従者も連れず、着替えも持たず、ほとんど着の身着のままで逃げていたんですもの。そう考えてもおかしくはありませんわ」
イメルダは沈黙していた。回答を拒否し、新たに自身のグラスの中へと酒を注いでいき、黙って酒に口をつけた。
その際に少しばかりグラスを持つ手が震えていることに気が付いた。
カーラはイメルダがほんの少しだけ狼狽した様子を見て自身の指摘が正しいのたと確信を得た。
カーラは特に慰めの言葉をかけることもなく、黙って自身のグラスの中へと酒を注いでいく。
二人はしばらく無言で酒を呑んでいたのだが、次第にイメルダは目から涙をこぼし、悲痛な声でカーラへと訴え掛けたのだった。
「ねぇ、カーラ。私たちはどこで壊れたのかしら?本当だったら私たちは母娘として仲睦まじく暮らしていたはずでしょ?」
ヒックヒックと涙を混じらせながらイメルダは堰を切ったかのようにこれまで彼女自身が思っていたことを口に出していく。
「私、死ぬのが怖い。嫌なの、絞首刑を命じられて、首元に縄を巻かれ、民衆に晒し者にされ、死んでいくのが……」
「恐れながら夫人はこれまで大貴族として大勢の方を葬っていらっしゃいましたわね?その方々も今の夫人のように死にたくないと訴えていたはずですわ。そのツケを精算するよい機会なのではなくて?」
カーラはあくまでも冷淡だった。実の母親が死の淵目に遭っているというのに哀れだなどと思いもしなかったのだ。
その姿を見たイメルダは涙を引っ込め、代わりにどこか壊れたような笑いを浮かべながら答えた。
「ハハッ、流石は人面獣心……実の親が殺されそうだというのによくもそんな平然としていられるわね」
「……その『人面獣心』に育てたのはあなた様でしょう?」
カーラの声は震えていた。ようやく絞り出したかのようなか細い声であったが、ヒューゴはその声から滅多に見られないカーラの怒りというものを感じ取った。
イメルダもそれを見て不味いと感じたのか、咄嗟に謝罪の言葉を述べた。
「そ、その悪かったわ……けど、これだけは覚えてほしいの。大貴族だって人間なのよ。死刑に震える時もあるわ。それに助命が叶わなければ最後に娘と和解したいと願うのも当然でしょ?どうして、あなたは私の言うことを聞いてくれないの?」
イメルダはまたしても両目から涙を溢し、同情を誘いながらカーラに向かって訴え掛けた。
「それは身から出た錆というものですわ。私とあなた様がこうなったのも、あなた様が死刑になるのも、全て……」
カーラの声は相変わらず淡々としていた。その姿を見てイメルダはもう一度乾いた笑みを絞り出した。
「そうね。全て身から出た錆だもの……でも、最期くらい『夫人』でも『あなた様』でもなく、『お母様』と呼んで」
イメルダは鎮痛な様子でカーラに訴え掛けた。
カーラはしばらく考え込んでいたが、やがてイメルダと目を合わせながら、
「では、あなた様も最期くらいは私のことを名前で呼んでくださいな」
「わかったわ。カーラ」
「ありがとうございます。お母様」
簡潔なやり取りだった。イメルダの方には微かな情が発せられたが、カーラからは何も感じ取られなかった。
ただ、口約束で行ったことを淡々と実行したという風にしか映らなかった。
それだけ、カーラにとってイメルダとの間にある溝は深かったのだ。
イメルダはその様子を見て、自分たちの関係はどうあっても修復できないものだと察し、黙って椅子の上から立ち上がったのだった。
立ち上がった後に小袋から財布を取り出し、その中から金貨を数枚取り出して、机の上に置くと、そのまま酒場を立ち去っていく。
実の母親の寂しげな背中をカーラはいつまでも見つめていた。
もし、何らかの理由によって生じた確執がなければ自分とイメルダとは仲良くやれたのだろうか。
いいや、どのみちマルグリッタを養子に迎え入れた時点で対決していたに違いない。悲しいことであるが、対決というものは神々によって決定づけられていたのかもしれない。
カーラはそう考えると、少し切なくなった。グラスを片手に天井を眺めていると、酒場の建物へと向かって激しい雨が打ち付けていた。凄まじい勢いで降り注ぐ雨音がカーラの耳へと届いていた。
翌日、雨を司る神が激しく降らしていた雨が晴れ、雲一つない青空が広がる中で、仕事のためにレキシーと共に診療所を訪れると、診療所の前に警備隊の兵士が立っており、その周りを患者たちが囲んでいた。
「何かあったんですの?」
カーラの問い掛けに患者の一人が代表して答えたのだった。
「いやね、あんたのお母さん、イメルダ・プラフティーが昨日、自害したという話が舞い込んできてね。本人かどうか確認してほしいってことで兵士が来たのさ」
兵士の話によればプラフティー公爵家はハンセン公爵家の屋敷から見つかった国王暗殺計画のリストの中に載っていたという確たる証拠によって国王暗殺の咎のために家名断絶の上に一家全員の絞首刑が決まっていたということらしい。
捕縛のために兵士がプラフティー公爵家の屋敷を訪れた際には既に行方をくらませており、発見が困難であったということから逃亡を疑い昨日は城下町を大規模な警護によって固めていたということだった。
見つからないかもと諦めのムードが漂っていた翌日の朝に市民から訴えがあり、イメルダと思われる人物が路地裏で変死しているのが見つかったのだという。
手には不自然なまでに赤い林檎が握られており、林檎には齧った跡があった。
城の医者によれば、林檎の中に毒物を仕込んでいたということである。
どうやら、自身と別れた後に名誉ある自死を選んだらしい。
最後の最後で公爵夫人に相応しい死に方を見せたようだ。
カーラは見苦しい行いをすることなく、果てた母を素直に見直したのだった。
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