婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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番外編『血吸い姫現代版!現代のクライン王国にカーラたちの子孫が現れた!』

ええっ!?私のご先祖様も駆除人なんですの!?

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「なるほど、そんなことがねぇ」

自分の言いたいことを全て言い放ったこともあり、機嫌の戻ったレキシーは夕食にとカーラが作ったビーフシチューを啜りながら今日の出来事を聞いていた。

「そうなんですよ、酷いでしょ?大体国会議員なのにわざわざカラオケに来て、未成年を追い出すなんて……」

「確かにねぇ、それにハワードはあたしも好きじゃないよ。まさか、国会議員が医大とグルになって不正入学でどこかの病院のバカ息子を入れるなんて思いもしないじゃないか」

「それって……」

「大きい声じゃ言えないんだけどね」

と、レキシーは注意を行いながら医師しか知り得ないハワードの悪行を吐露していく。

なんでもハワードは医療業界の上役たちと太いパイプを持ち、自身のコネを使って医大に働きをかけ、上役の息子たちを不正入学させたのだという。
その見返りとして大量の献金をもらったのだそうだ。

「で、そのバカ息子たちはハワードに恩義を感じて勉強もせずに取り巻きやってんだってさ。全くふざけた話だよ」

どうやらあのチンピラたちは不正入学をした学生たちであるらしい。カーラの中で点と線が結び付いた。

「けど、どうしようもできないでしょう?」

「できないね」

レキシーは忌々しげに言った。それから自らの憂さを晴らすようにカーラが用意した白パンを勢いよく噛みちぎっていく。

「悔しいけれどそれで我慢するのが世の中だよ。昔から『世の中の善と悪とを比ぶるば恥ずかしながら悪が勝つ』って言葉があるだろ?」

「そんなの納得がいきませんわッ!」

カーラは拳を握り締めながら椅子の上から立ち上がっていく。

「こんな世の中だからこそ世直しが必要なのではなくて!?」

カーラは真剣な目で世直しを母親へと訴え掛けた。
たか、その返答は冷ややかなものである。

「……無茶だよ。第一どんなことをするっていうんだい?」

「そうですわね。例えばハワードのようなお方にはそれ相応の私的制裁を喰らわせるとか」

その言葉を聞いたレキシーの顔色が変わった。レキシーは難しそうな顔を浮かべて、

「私的制裁って?バカな人たちの流行に乗っかって警察ごっこでもするっていうのかい?そんで最後にはそれが行きすぎてハワードの家でも襲撃することになるってことだろ?嫌だよ、あたしは実の娘が犯罪者になるところなんて見たくないよ」

と、真っ向から否定の言葉を口にした。

「いいえ、それよりも上ですわ。私聞きましたの。お友達であるギークさんとヒューゴさんのご先祖が実は噂に知られる害虫駆除人だったという話を……」

「馬鹿な真似はやめな」

レキシーはカーラが全てを言い終える前に遮った。それから有無を言わさないと言わんばかりの鋭い眼光で釘を刺しながらレキシーは説教を続けていく。

「大体先祖が駆除人だったからって子孫であるあたしたちまで駆除人になる必要はないだろ?ご先祖の罪が今を生きる子孫たちの罪にならないようにさ」

「それでも世直しそのものは悪いことではありませんわ」

「そうだね。けど、同時にそれはバカなことではある。考えてもご覧よ、なんで世直しなんかのために関係がないあたしたちがわざわざ手間暇をかけて動かないといけないのさ」

レキシーはそう吐き捨てた後、険しい表情を浮かべたまま世直しなる行動の馬鹿げた点を挙げていく。
カーラとしては納得がいかなかったが、それでもレキシーの頑な態度の前に引き下がるしか他になかった。結局その日は夕食の皿を片付け、自室で勉学に励み、趣味に臨むといういつも通りの夜を過ごすことになったのだった。

いつもならば乗り気な復習も予習も手に付かない。母親から言われた言葉が頭の中で繰り返されていく。その度に先ほどまでの自分がいかに愚かなことをしようとしていたのかが思い起こされてしまうのだ。やはり世直しなどという馬鹿げた行動はやめにした方がいいだろう。

だが、ヒューゴやギークは乗り気だ。それに気持ちも分かる。二つの思いに悩まされたこともあり、結局その日は何も手が付かなかった。
カーラはモヤモヤとした思いを抱えたままベッドの上に寝転んで眠ることになったのだ。

このまましばらくの間は悶々とした思いを抱えたまま学生生活を送ることになるかと思われたのだが、事態は予想外の方向へと急転することになる。それは翌日セント・チャールズ学園の食堂での出来事であった。

学園の食堂はメニューを頼むスペースと、その背後に広がる広々とした長机が広がり、多くの椅子が置かれているという飲食スペースとの両方が存在している。
カーラは飲食スペースの手口側の端にある席へと腰を掛け、昼食として頼んだスパゲティを食べようとしていた時のことだ。

「隣いい?」

と、ハンバーガーセットが載ったお盆を抱えたヒューゴとギークが問い掛けてきた。
カーラは躊躇うことなく首を縦に動かす。それを見て二人も机の上にハンバーガーセットを置いてゆっくりと腰を掛けいく。

「どうしたんですの?昨日の今日で」

「実はあの後、おれの家でギークと話し合ったんだけど、やっぱりハワードの野郎を許せないって話になってさ」

「まさか、始末なさるおつもりで!?」

カーラは目を丸くしながら問い掛けた。
それを見たヒューゴが人差し指を唇の前に当てて、

「しっー、声が大きいですよ」

と、注意を喚起する。

「あら、ごめんあそばせ。それよりもさっきのことは本当なんですの?」

「うん。伊達や酔狂でこんなことを言ったりしないさ。二人であの後話し合ったんだけど、あいつは駆除人の話に出るような害虫って奴だって確信してね。それで二人で掃除してやろって思ったんだ」

ギークはハンズやレタスを豪快に取り入れたハンバーガーを片手に得意げな表情を浮かべて言った。

「それで肝心の計画に関してはどうお考えですの?」

「そこなんだけどさ」

ヒューゴはカーラの耳元で自身の計画遂行についてのことを囁いていく。
ヒューゴの計画としては彼自身が所有するモトラドいわゆるバイクを使って深夜に車で県外の娯楽施設へと足を運ぶハワード議員と学生たちを乗せた車を襲撃してそのまま谷底へと追い落とすというものであった。
しかし疑問が残る。ヒューゴとギークの二人は簡単にハワードやその一味を谷底へと落とすと言っているが、向こうも事故が起こらないように配慮しているだろう。

それに加えて害虫駆除人たちが活躍した中世の暗黒時代とは異なり、現在はインターネット全盛期の時代とも言われている。ちょっとしたことで証拠が見つかってしまうような駆除人やそれを目指す人たちにとっては住みづらい世の中に変わってしまっているのだ。
警察の捜査技術も暗黒時代はもとより一昔前と比較しても随分と進歩している。そんな稚拙なやり方ではすぐに足が付いてしまうに違いない。
カーラがそうした疑問点を口にすると、二人は口を尖らせてしまった。

「じゃあ、何か代案があるのか?」

と、二人から問われてしまわれたのならばカーラとしても返す言葉が出てこない。代わりに別の言葉を口に出した。

「よくよく考えればそれだけのリスクを負ってまで私たちがやらなくてはいけないことですの?」

カーラの鋭い問い掛けに二人は答えられず、顔を見合わせるばかりであった。
確かにハワードの所業には腹が立つし、カラオケ店での出来事は許せないが、それだけの理由でハワードやその取り巻きを仕留めるメリットなどどこにもない。
よくよく考えればそうなのだ。悩んでいた思いがようやく今一つに纏まっていったような気がする。
カーラの説得を受けて二人は不満げな顔をしながらも引き下がることになってしまった。

結局そのままハワードや世直しの一件は忘れて三人は日常の中へと戻ることになった。
それでもヒューゴの中ではどこか煮え切れない思いが残っていた。
どうしてもハワードのような巨悪を放っておけなかったのだ。ヒューゴがカーラの協力を得なくてもハワードを仕留めてやろうと心に決めていたまさにその時だ。

「テメェ!生意気なんだよ!」

と、手洗いの方から大きな声が聞こえてきた。尋常ではないほどの大きさである。ヒューゴが急いで手洗いの場所へと向かっていると、すれ違う同級生たちの表情がひどく沈んでいることに気が付いた。

まるで、今すぐにこの世が終わるかのような顔である。嫌な予感がしてヒューゴが突き当たりにある手洗いの場所に駆け寄ると、そこには一人の傷付いた男子生徒を取り囲む数人の生徒たちの姿が見えた。

「ほら、虫だよ。お前の大好物だろ?」

男子生徒の一人が校庭から持ってきたと思われる虫を食べさせようとする光景が見えた。それを見たヒューゴは我を忘れて叫んだ。

「お前ら何やってんだッ!」

ヒューゴの声に気が付いたのか、取り囲んでいた男子生徒が声を荒げたヒューゴの方を振り返っていく。

「何って、こいつに飯をやろうとしてたんだよ」

男子生徒は悪びれる様子も見せず、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながら言った。

「飯?虫の間違いだろ?」

ヒューゴは危害を加えようとしていた男子生徒を睨み付けながら問い掛けた。

「ヘヘッ、どうやらこいつわかってないみたいだな」

「あぁ、分からないなら教えてやるよ。こいつの家はな、貧乏なんだよ。その癖にここに通ってる。だからおれらが制裁してやってるんだ」

「それは誰に頼まれてやってるんだ?」

「チッ、うっせーな。お前の知ったことかよッ!」

男子生徒の一人が拳を振り上げて殴り掛かっていく。ヒューゴはそんな男子生徒の拳を掴み上げたかと思うと、そのまま地面の上へと叩き付けていく。
地面の下へと叩き付けられた男子生徒の悲鳴がヒューゴの両耳に響いていく。

「テメェ!やる気か!?」

残っていた二人の生徒たちが拳を振り上げながらヒューゴに向かって殴り掛かっていく。
しかしヒューゴは慌てる様子も見せずに自分に向かって殴り掛かってくる生徒の腹部と頭部を勢いよく殴り付けて易々と倒したのである。
そうして完全に伸びてしまった三人を放置してヒューゴは端で蹲っていた男子生徒に向かって救いの手を伸ばしていく。
だが、男子生徒の反応はヒューゴが思っていたものとは異なる反応を示した。

「な、なんてことを……あぁ、きみまで虐められてしまう」

「なんでさ?悪いのはこいつらだろ?」

「違うッ!悪い悪くないのは関係ないッ!この学校で彼らの不興を買うというのは死を意味するんだッ!」

「死?」

ヒューゴはいじめられていた少年が発した言葉の意味が理解できなかった。先ほど殴り倒した三人はそこまで権威がある人物なのだろうか。
いや、ただのチンピラにしか見えない。身分があると主張する割にはそれ相応の品や権威があるようには到底思えなかった。

ヒューゴがいくらそのように伝えても男子生徒は全身を震わせながら首を横に振るばかりであった。
妙だと思いながら教室に帰ると、ヒューゴはすぐに校長室へと呼び出されることになった。

「そ、そんなッ!おれはいじめを止めただけですよッ!」

「しかし彼らはだけだと言っている」

革張りの椅子に腰を掛けた校長は尊大な態度でヒューゴを見下ろすように言った。

「じゃれあい!?無抵抗な子を殴り付け、虫を食わせることが校長先生にとってはじゃれあいに入るんですか!?」

溜まりかねたのはヒューゴの方である。ヒューゴは机を叩き、身を乗り出しながら校長に抗議の言葉を浴びせたが、肝心の校長は聞く耳を持っていない。そればかりか鬱陶しいと言わんばかりの表情でヒューゴを見つめていた。

「いいかね、ヒューゴくん。キミの家が隣国オレルアンスの大財閥でキミが御曹司だからこうしてわざわざ説得の機会を与えてやっているんだ。普通の生徒ならば彼らにあんなことをした時点で退学処分だよ」

「そ、そんなおれは向こうが襲ってきたから追い返しただけで……第一、一体彼らは何者なんです!?」

「知らんのかね?」

ガマガエルのようにでっぷりと太った校長は革張りの椅子に背を預け、バターの塊のような体脂肪を含んだ自身の体で椅子に悲鳴を上げさせていた。
それから醜い表情で笑いを浮かべながら勤務中かつ生徒の前だというのにも関わらず、校長室の戸棚から取り出したブランデーの瓶を片手に生徒三人の家がどんなものであるのかを語っていく。

校長によれば男子生徒三名はそれぞれがクライン国における有力な企業の御曹司であり、うち一人の母親はハワード議員ともツーカーの仲で喋ることができるほどの有力者なのだという。
更にはその祖父は警察の重役だということもあって校長は特別に贔屓しているのだという。

「……信じられない。そんなことのためにあんな悪党どもを野放しにするなんて……」

「悪党?心外だな。彼らの親は立派な人たちばかりだよ。第一悪党というのは自分たちの身の丈も弁えずにこの学園に入学した彼の方じゃないかね?」

正気とは思えないような発言だ。頭の無事さえ心配したくなってしまう。
同時にヒューゴはこの時自分が人間であることを悔いた。もし自分が人間であり、耐えるという概念を知っていなければヒューゴはこの時確実に目の前にいるガマガエルのような醜い怪物へと殴り掛かっていただろう。

この時ヒューゴが耐えることができたのは仮にも自分が学園の生徒であり、その学園に金を払ってもらっている親のことを思えばこそであった。
ヒューゴは拳をブルブルと震わせながらもその場を後にした。

時刻は既に午後の授業が始まる時間帯となっていた。教場では既に数学の教師がホワイトボードに紫色のネームペンを使って方程式を記していることから数学のことについて語っている様子が見えた。
ヒューゴは煮え切らない思いを抱えつつも自身の席の上に腰を掛けた。数学の式が頭に入らないという困難が起きつつも無事に授業を終えることはできた。

授業が行われている間は無事に物事が過ぎたのだが、問題が起きたのは授業が終了してからであった。
休憩時刻が始まり、ヒューゴとカーラの二人で他愛もない話をしていると、突然教場の扉が開き、先ほどの生徒たち三人が血相を変えて現れたのである。

「おいッ!ヒューゴって奴がいるのはこの教室らしいな!?」

「そうですけれど、どうかしたんですか!?」

たまたま扉の近くにいた生徒が声を震わせながら問い掛けた。

「ちょっと面貸せや、屋上で話し合いたいことがあるんだよ」

「お前たちに貸す顔なんてないよ。さっさと尻尾を巻いて帰りなよ」

ヒューゴは席の上から立ち上がると毅然とした表情を浮かべたまま言い放った。
毒を含んだ一言は彼らにとって改心の一撃となったのだろう。彼らはもはや屋上に行くこともなく、その場で暴れ始めたのである。うちの一人がまた自分の元へと飛び掛かってきたので、ヒューゴは飛び掛かってきた男の胸ぐらを逆に掴み返してそのまま地面の上へと投げ飛ばしたのである。

もう二人には知能というものが存在しないらしい。ということ最初の男子生に倣って飛び掛かってきたからである。そして結果は同じであった。三人が三人とも地面の上に投げ倒され、のされてしまったのである。
目撃者たちの証言によれば事件は完全にヒューゴの正当防衛であったが、ヒューゴはまたしても校長室へと呼び出された。

「なんてことだッ!なんの罪もない生徒に暴力を振るうだなんて!?」

「じゃれあってただけです」

ヒューゴは先ほど校長が述べたことと同じことを繰り返したが、校長は聞く耳を持たずに一方的にヒューゴを糾弾するばかりであった。
生徒という反論できない立場の人間に対して烈火の如く怒り散らす校長であったが、それも来訪者のために一時的に止めなければならなかった。

「は、はい。どなたかな?」

校長が扉の方に視線を向けると、そこには一人の女子生徒を伴った若い教師の姿が見えた。いや、教師というのは適切な表現ではない。正確には教育実習のために大学から派遣されてきた若者という表現の方が正しかった。

「失礼します。校長先生……」

若者は頭を下げると校長を強い視線で睨みながら言った。

「この女子生徒の証言によれば彼らは一方的に襲ってきたそうですが」

「ハハっ、またまた今回のことはここにいるヒューゴくんが一方的に彼らへと喧嘩を仕掛けただけのことですから」

「一方的?それは被害者側の生徒のことを指すのではないのですか?」

実習生である若い先生の瞳に青白い光が宿っていく。そのまま突き刺すような視線を校長へと向けていたが、校長はどこ吹く風と言わんばかりの顔でその実習生を嘲笑うように見つめていた。

「お言葉を返すようですがね、王子。彼らは有力者の息子たちだ……彼らの証言が正しいに決まっている」

王子と呼ばれた青年はそれを聞いて怒りに震えていた。彼は歯を軋ませながら校長の元へと向かっていったが、校長はどこ吹く風と言わんばかりの顔で王子を見下ろしていた。

「おやおや国民の守護者が国民に暴力を振るわれるので?」

「そんなはずがないでしょう?それよりも彼らが有力者だというのならば私はこの国の王子です。王子の証言があるのならばそれだけで彼らを刑務所送りにできるでしょう?」

「おやおや困ったお方だ。今は絶対王政の時代じゃないんですよ。王家なんて今やただのマスコットに過ぎない。そのマスコットが人間の真似をするのに協力してやっているのが我が校です。その我が校に対してそのような態度に出られるのはいかがなものですかな?しかも相手は未来ある未成年だ。とても彼らの未来を潰すような真似はできないなぁ」

校長の人を馬鹿にしたような態度に王子と呼ばれた青年は拳を震わせていた。それでも殴り掛からなかったのは人間としての理性が働いたためだろう。殴ってしまえば相手と同様の身に落ちてしまうということが耐えられなかったのだ。

舌を打ちながらも引き下がっていくのが見えた。
校長は悔しそうな王子の表情を見て愉快だと言わんばかりの顔を浮かべていた。

次は校長が反撃を行う番であった。王子と呼ばれた青年を部屋から追い出し、ヒューゴと目撃したカーラという女子生徒に説教を浴びせた上に平手打ちを喰らわせたのであった。
面白くないのはヒューゴの方であった。彼の中にある怒りの炎は腐り切った校長とあのような悪質ないじめを行う生徒たちの両方に向けられていた。

しかしヒューゴが怒りをぶつけたのは校長でもなければ生徒たちでもない。他ならぬ王子と呼ばれた若者であった。

「おいッ!あんたッ!教師だろ!?それに王子なんだろ!?それならばなんとかあいつらを警察に突き出せよッ!」

感情のままに怒りくる様子はまるで活火山のようであった。校長に怒られている間に溜まった怒りが堰を切ったように溢れ出ていく。理不尽な抗議に対してフィンも怒る権利くらいあるはずだった。
しかし彼は申し訳なさそうに項垂れるばかりであった。そして極付けには、

「すまない」

と、頭を下げてしまった。そんなフィンを見かねてか、隣にいたカーラが助け舟を出した。

「おやめなさい。ヒューゴさん。王子は……フィン先生は何も悪くありませんもの」

「フィン先生?あんたはいつからそんな親しくなったんですか」

ヒューゴはフィンを庇ったことが気に食わなかったらしい。あからさまに機嫌を損ねた様子で答えた。

「そういうわけじゃない。みんながそう呼んでいるからおれも呼ばせているだけなのだ」

フィンと呼ばれた若い実習生が困ったような顔を浮かべながらヒューゴの疑問に答えていく。しかしどこか言い訳じみているのは気のせいではあるまい。

「教師がそんないい加減なことでいいんですかね」

皮肉を吐き捨てるヒューゴをカーラは慌てて窘めたが、ヒューゴは聞く耳を持たない。
険悪な空気が流れるまま三人は教場に戻ったが、授業の時間はとっくに終了してしまっていたらしい。担任の教師によってその日は終了となった。

だが、問題が起きたのは翌日である。ヒューゴとカーラが教室に入ると、そこにはとんでもないものがホワイトボードの中央に貼られていたのである。

ビラの内容は『ヒューゴ・ド=ゴールは暴力主義者の女たらし!』という事実無根のものであった。ヒューゴはすぐにホワイトボードに貼られたチラシを破り捨てたが、学友たちは噂話を始めていた。

「ちっ、違う!おれはこんなことしていないッ!」

ヒューゴは声を高くして唖然としている生徒たちに向かって抗議の言葉を述べたが、返ってくるものはチラシを鵜呑みにした学友たちからの罵声のみだ。
理解できなかった。学友たちもあの場に居合わせてあの場面を目撃していたはずだというのにどうしてあの生徒たちではなく、自分に対して罵声を浴びせるのだろうか。

ヒューゴは理解できなかった。それからの学園生活というものは地獄であった。
あの生徒たちはド=ゴール財閥の御曹司であるヒューゴを表立っては攻撃することができないので中傷とでっち上げで対抗することにしたのだ。
結果的にその作戦は功を奏し、ヒューゴは学園で生活を行う中で孤立していく羽目になってしまった。いや、孤立はもともとであったが、さらには無視や陰口といった嫌がらせが加わったことも大きかった。

「お前あいつが居なくなったらどうする気だったんだよ!?」

「おれは色々と知ってるんだぞ。考えようによっては出るとこ出てやるよ」

あの男子生徒を始めとした生徒たちの罵声を浴びせながらの昼食もここまでくれば慣れたものだ。ヒューゴが侘しい昼食を終えて食堂から出ていくと、入り口で待ち構えていたギークがヒューゴを手招きしていく。

「なんのつもりだよ?おれと一緒にいたらお前まで危害がーー」

「この前言ってたこと実行しようか?」

ギークの目が怪しく光った。口元は「へ」の字に歪んでいる。ギークの企みというのはあの男子生徒たちを駆除するというものだった。
呆然としているヒューゴに対してギークは躊躇いもなく言い放った。

「別に構わないでしょ?あいつらは害虫駆除人の定義に合わせれば間違いなく駆除しないといけない人たちだよ。躊躇うことなんてないか」

「け、けど今はネット社会だし……」

「心配はご無用だよ。ぼくにいい考えがあるんだ」

ギークは辺り一帯の監視カメラを麻痺させ、警察の捜査網を麻痺させるハッキング技術を身に付けているのだそうだ。
これを使い、それ相応の武器を用意すれば間違いなくあの男子生徒三人を闇に葬ることができる。
そればかりではない。ハワード議員と懇意だという母親や警察の上役などもまとめて始末できるというお得な考えに基づくものであった。

「一週間に一度そいつらが集まる日があるんだ。それが子ども同士での交流に託けた飲み会なんだ。時間的にはちょうど今日から三日後かな……」

ギークの目に躊躇いは見えない。ヒューゴは恐ろしさを感じたが、同時に胸が熱くなっていたのを感じた。
『腹せぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す』。まさしく博物館で見た害虫駆除人の説明そのものではないか。
その日の放課後、善は急げとばかりに三人行きつけのカラオケボックス内にてカーラを交えての会議が行われた。

会議を始めた当初カーラは最初と同じで決行には反対していたものの、男子生徒の所業を聞いて腹を括ったようだ。
それでも反論の言葉は口に出した。だが、この一件を表沙汰にすればヒューゴの会社にも影響が出てしまう。不仲である兄はともかく両親には迷惑をかけたくない。

そうした思いから今回の駆除を決行するつもりでいるらしい。
それを聞いたカーラはようやく賛成の意思を表明した。
ギークによればパソコンを通してハッキングは可能だということなので監視カメラや携帯端末を使っての電波などについては心配する必要がないという話であった。更には宴会が行われる男子生徒の自宅の鍵が電子キーだということも調べ上げており、こちらの方も操作が可能だということらしい。

問題は現地での科学捜査に関しての話であるが、それでもできる限りの対策をギークは考えていた。後は実際に害虫たちを始末するために使う得物の類である。

「おれは家から持ってきた剣、ギークはピアノ線を使うんだっけ?」

「うん。けど、カーラだけまだ何も決まってないな」

そう言われるとカーラは困った顔を浮かべていた。なにせ二人の祖先が害虫駆除人であるのに対して自分の先祖は単なる針子に過ぎなかったと聞く。

カーラが頭を悩ませていると、『針子』という言葉にピンときた。『針子』というのならば針を扱えばいいのでないのだろうか。
カーラが針のことを口に出すと、二人は満足そうな表情を浮かべた。

「そうだよ、針だッ!針であいつらを始末するんだッ!」

「なるほど、針ならば急所を一突きにすれば大勢を始末できる。悪くはない考えだよ」

「あ、ありがとうございます。針ですわね。ちょうどコスプレ衣装制作用のものを持っていますので、それを使わせていただきますわ」

こうしたやり取りからカーラの得物は針とすることが決まった。作戦の決行は三日後。この時彼らの意図しないところでそれぞれの先祖が得物として使っていた武器を用いることが決まったのであった。

彼らの中にもう迷いというものはなかった。残りはあとの時間を得物の使い方や下見に使うだけだった。
そして来るべき裁きの時はいよいよ迫ってきたのである。
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