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トマホーク・ターヴェラント編

双子座の惨劇ーその⑨

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電車内は静寂によって支配されていた。まるで、魔王の支配する暗黒の城のように静まり返っている。
音を立てる行為自体がタブーとされる中で、携帯端末のバイブ音が鳴り響く。
乗客全員がお互いの顔を見合わせていたが、どうやらバイブ音の音の正体はこの列車を占領しているテロリストのものだったらしい。
彼女はアサルトライフルを左手に持ち替え、右手の携帯端末で相手と会話を進めていく。
「もしもし、綾斗!お願いお姉ちゃんを助けてくれないかな」
携帯端末から聞こえる音がここまで響いてくるのは、園田綾奈がそう操作したからだろう。恐らく、ワザと会話を聞かせて抵抗する相手孝太郎を黙らせるのもあるだろう。
端末の向こうの相手もそう感じ取ったのだろう。明快な声で、
『うん!分かったよ!ぼくが今からそっちに向かうね!姉さんは運転席の人たちを見張ってて!』
「分かったわ、愛してる」
綾奈はピンク色の形の良い下唇を舐めながら言った。
電話が済むと、彼女は孝太郎の方に向き直り、アサルトライフルの銃口を向けた。
「お客様……大変恐縮ではございますが、少しの間、この場で待機をお願いできないでしょうか?あなた様がこちらに来られては上手く引き継ぎが完了できませんので」
まるで、業務を引き継ぐかのような気軽な口調で目の前の女は言ったが、孝太郎としては当然許容できるものでは無い。
孝太郎が彼女に向かって、持っていたピストルの銃口を向けた時だ、突然、孝太郎の持っていたピストルを鋭利な手裏剣のような刃物が切り刻む。
頑丈な筈のピストルは強張ったお菓子のように脆く崩れてしまう。
孝太郎が冷や汗をかきながら、その様子を眺めていると、車掌の服を着た女は満面の笑みで孝太郎の方に向き直り、
「お客様……もしかして、あたしの使用した魔法がわかりかねませんの?ならば、ご解説致しましょう」
女はブーメランのように自身に向かって返ってきた手裏剣の刃物を受け取り、刃物の切れない部分を手で触りながら言った。
「私の魔法の名前は生物殺しクリーチャー・ブレイカーと申します。どのような動物や物でもお客様の銃のように細切れに出来るスピードを武器をこの手から放つ際に付属させる事ができるから、この名前が付けられましたわ」
「成る程、それでいて手を使わずに、武器を意のままに操れる……確かに無敵とも言える魔法かもしれんな」
「あら、そこまで見抜いていてくれたんですの?お客様にはお褒めの言葉を差し上げなくてはなりませんね」
女は再び笑うと、再び例の刃物を取り出して、孝太郎に向かって放り投げた。
孝太郎は慌てて、破壊の右手を使って刃物の前の空間に向かって振るい、刃物にかかった魔法を弱めようと試みた。
吉と出るか凶と出るか。孝太郎は多くの冷や汗を流しながらも刃物に向かって破壊の右手を振り続けた。
そして、刃物は孝太郎の魔法によって孝太郎に当たる筈の部分の刃を破壊されてしまい、地面に転がり落ちる。
孝太郎は即座に地面に転がり落ちた刃物を確認する。
孝太郎は刃物の確認を終えた際に、思わず絶句してしまう。
その刃物にはトマホーク・コープの象徴シンボルである大きなトマホークミサイルが描かれていたのだから。
孝太郎は例の連続殺人事件とトマホーク・コープに関わりがあった事を知り、この場を絶対に生き残ると心に決めた。




「すっかり参っちゃったわ、まさかあんな強力な魔法師がいるとは思っても見なかったもの、しかも、あなたに怯えていたお巡りさんだったなんて」
園田綾奈は溜息混じりに呟く。
「しょうがないよ。姉さん……誰がどんな魔法を使えるかなんて、誰にも分からないんだから……姉さんも災難だったね」
綾斗は疲れた表情の姉の額に優しく口付けをする。
綾斗が口を離れさせようとすると、綾奈が綾斗の右手を握って止めさせる。
彼女は自分自身をもっと抱きしめて欲しいのだ。
綾斗はそれに答えたい気持ちを抑えて、彼女の唇に自身の唇を重ね合わせるだけで済ませ、姉にアサルトライフルを渡すように指示を出し、アサルトライフルを熊を狩に行く猟師のように肩に下げてから運転室を跡にした。





「あんたねぇ!そんな事を話している場合なの!?あ・た・し・はなの!あいつらはテロリスト!それなのに、何であたしが弾劾されてんだよ!おかしいだろ!」
加藤は周りの乗客に聞こえるように叫んだが、乗客たちは何も言わない。
加藤は目を真っ赤にして叫ぶ。
「ふざけんなよ!あたしも竹田もあいつらを使って遊んでただけじゃん!それをネットのサイトに載せただけッ!何が悪いんだよ!悪いのは告白を断った園田の奴だッ!」
加藤は憎悪の炎を目に灯しながら孝太郎に向かって人差し指を突き付けているが、孝太郎は感情論で相手をなじり続けている加藤に対して、証拠を突きつけて論理的に反証していく孝太郎。
周りがどちらを評価しているのかは明白だろう。
「みんな聞いてよ!あたしは被害者なんだよ!あいつらはテロリスト!あたしは何も悪くない!ねえ?ねえ?そう思うでしょ?」
加藤は周りに涙目を浮かべて訴えかけながらも、内心では舌を打っていた。
彼女自身バスケ部の出身であり、気の強い面があった。そして、尚且つ好きな人には尽くせるタイプの女であった。
そのために、愛する竹田泰徳のためには何でもしていたのだ。
だが、彼女の悪魔的な部分は一度憎いと思った相手を徹底的に追い詰める部分だろう。
彼女は女子バスケットボール部のリーダーでもあった。それ故に女子バスケットボール部のみならず他の体育系の部活も全て彼女の思うがままに動いた。
いくつもの陰湿な手を使い自身のライバルを追い散らしてきたのを彼女は鮮明に覚えている。
彼女主導のいじめによって何人もの女子生徒が退学に追い込まれただろうか。
また、退学を選ばずに不登校になった生徒の家には放火を行なった。そして、恋人の竹田泰徳に頼み保険が降りないようにしたのだった。
彼女は犯罪といじめられっ子の家族が苦しむ度に部活内での自慢話をした物だ。
そんな彼女が今は自分の手駒の筈の警察に弾劾されていた。これまでの罪を全て洗い出されて、多くの人の前で突き付けられている。
何故だ。加藤は理不尽に思った。自分自身は可愛い顔で周りの男子は虐めている人間を殺すように指示を出しても、周りはチヤホヤしてくれた。
自身の一途な性格を可愛いと言ってくれた。自身の顔が可愛いと言ってくれる。
そうではなかったのか。世の中の男はみんなそうだと思っていた。
目の前の男を除いては……。
茶色のポニーテールの女は美しく塗ったマニキュアの爪を拳に食い込ませながら、目の前の男を睨み付けた。
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