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首都内乱編

亡霊による亡霊のための幻想ーその⑥

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松中聡が自分を拘束している自分を睨んでいると、物陰に隠れていたと思われる老人が姿を現す。聡は助けが来たものだと確信し、助けを叫ぶ。
「おい、加原!私だッ!今、親父とお袋を追い詰めた警察官に拘束されているッ!早くオレをここから解放しろッ!」
加原と呼ばれた男は直ぐに松中聡に手錠をかけ、組み伏せている男に向かって銃を放つ。彼の手に躊躇いはない。孝太郎は咄嗟に『鋼鉄の将軍ジェネラル・オブ・スティール』を使用し、彼の体に銃弾が当たる事を塞ぐ。
孝太郎は松中聡との戦闘の最中にリボルバーを落としたらしく、あちこちに手を入れていたが、見つからないまま時間だけが過ぎていく。その様子を好機と見た聡は孝太郎の頭を強く叩き、孝太郎が怯んだ隙に孝太郎の腹を強く叩き、その場から逃れていく。
聡は加原と呼ばれた男に付いて行き、警察署の玄関の奥を伝って行き、そこから二階へと登る階段を進んで行く。
孝太郎は予想外の事態に地団駄を踏む。
「ちくしょう!オレが油断しなけりゃあ、こんな事には……」
肩を落とす孝太郎のがっしりとした肩に聡子が手を置き、何とも言えない表情を少しだけ浮かべてから、優しげな微笑を見せ、
「気にすんなって、結果はともかく、あの野郎は署の奥に逃げ込んだのは間違い無いよ。今から、伊勢皇国に向かおうにも、伊勢に向かったら、浩輔と鉢合わせしちまうだろ?浩輔が予定通りに向かっていたら、聡の奴はあの雷使いと戦わなけりゃあいけない、だとすると、あたしらを片付ける方が先の筈だろ?」
「要するに、逃げる心配は無いから、この署の二階に行って、松中聡と彼の選挙参謀……加原博俊だっけ?あの二人を捕縛して、汚名返上しろって言いたいよのね?」
絵里子の冷静な声に聡子は満面の笑顔で肯定した。
「その通りッ!あの二人の吠え面を見れるんだったら、あたしも全力で努力するからよぉ~」
聡子は手にスコーピオンを取り出し、安全装置を鳴らしながら言う。
「やれやれね。本当だったら、あたしが孝ちゃんを激励しなくちゃあいけないのに、あなたに取られたんじゃ、お手上げね、三年の間に大きくなったのは胸だけじゃなくて、高潔さと度胸もかしら?」
「胸」と言う単語を聞き、聡子は勢いよく身を乗り出して叫ぶ。
「ちょっと待ってよ!三年前は確かにあたしはあんまりその……無かったような気がするけど……それでも、蒸し返す必要はないじゃん!」
顔を赤くして叫ぶ聡子の様子に孝太郎はクックッと笑う。それから、顔を引き締め、二階へと向かって行く。
この静寂に支配された渋谷署にかつて無い程の大犯罪を引き起こそうとしている男はいるのだ。孝太郎は自分の頬を強く叩き、もう一度気を引き締め直して行く。





松中聡は警察署長の遺体の残る部屋の中で、一人洋酒を飲んでいた。
この洋酒は署長室のガラスの引き戸付きの戸棚の中にあったものであり、署長の私物と思われた。聡は瓶の飲み口を掴み、自分の口の中にブランデーを流し込む。聡は乱暴にブランデーの瓶を放り投げ、溢れたブランデーの汁を自分の袖で拭う。
荒れている聡の姿が心配になったのだろう。加原は荒れている聡の肩に手を置いたが、聡は乱暴に加原の手を払い除ける。それから、目を開いて加原を睨む。
あまりの険しい視線に怯んだ加原に聡は人差し指を突き付け、
「何を見ているんだ?全部あんたのせいだろうが……あんたにやらせたのが全ての間違いだ。第一、貴様は親父が死ぬ時に四国の道場に居た筈だろう?それなのに、何故、中村を殺しに行かなかった?」
聡の視線に加原は堪らずに目を逸らす。その様子を見た聡がたじろぐ老臣の胸ぐらを掴む。胸ぐらを掴みながら、聡は自分の商売道具である美しい顔を老臣の顔にくっ付け、
「言え!貴様に拒否権はないぞ?貴様の魔法ならば、親父に加勢できただろ?お袋の時もそうだッ!貴様は何をしていた?」
「……。私はずっと松中家に仕えてきました。今のあなたにも付き従っております。それでよろしいのではないでしょうか?」
聡はその言葉に興を削がれたのだろう。彼は署長室の隣に存在する紳士用のトイレへと急ぐ。
加原は聡が外を出た事を確認し、武器保存ウェポン・セーブからボーガンを取り出し、何も備え付けられていないボーガンに矢を備え付けた。
加原はボーガンを携え、聡の元に向かう。
加原がトイレの前に到着すると、手を洗う音が聞こえた。どうやら、松中聡は手を洗っている最中らしい。加原は署長室の隣のトイレに踏み込む。
美しい顔の次代の教祖は加原の姿と手に持っていたボーガンの姿を見て、ハッと息を飲む。口元を右手で覆い隠している事から、この事態は彼にとって予想外であったに違いない。構う事なく、加原は聡の足元にボーガンの矢を放つ。左脚にボーガンの矢が刺さってしまった事に、彼は動揺と痛みの意味を込めた悲鳴を叫ぶ。
ボーガンを携えて、自分を鬼の形相で睨む加原に聡は口をパクパクと動かしながら、
「お、落ち着け!今ならまだ間に合う……そのボーガンを地面に捨てろ!これは教祖の命令だぞ!」
「……。何が教祖の命令ですか……。三年前もそう言って、あなたの父上は私の孫娘を辱めて殺したッ!」
ボーガンを構えた加原は聡に向かって叫ぶ。予想外の事実を告げられた聡は言葉を失ってしまう。そして、手洗い場にしゃがみ込み、手を擦り合わせて命乞いを始めた。
「た、頼む!金ならやるぞ!この事件が終結した後には、お前を究明国の宰相にしたやってもいい……悪くない話だろ?お前の孫娘もきっと喜ぶに違いない!その筈だろ?」
「ふざけるなッ!お前の親父に孫娘を奪われた際の私の怒りがお前に分かるものかッ!本来ならば、このボーガンで死ぬのはお前の親父の筈だったッ!教団が追い詰められた時に撃ち抜いてやろうとなッ!だが、石川葵に先を越されてしまったよ……」
そう言って加原は聡の右足を撃ち抜く。鋭い矢が両脚に当たったために、脚の傷は聡の口から激痛を吐き出させた。聡は脚を押さえながら、命乞いを繰り返す。
「す、すまない……親父の事は謝る!だから、オレを助けてくれ!そうだッ!オレはこの後の国政選挙から身を引く。今後は教祖の地位を他の兄弟に譲る?それでどうだ?なんなら、お前を教祖に推薦してもいい!だから、そのボーガンを地面に下ろせ、な?」
「……。何を言われても、私の孫娘は戻らない。だから、昌原が一番可愛がっていたお前を代わりに殺すのだッ!死ねェ!松中聡ッ!」
その言葉と共に第三の矢が放たれ、松中聡の心臓を襲う。松中聡は「信じられない」と言わんばかりに目を見開き、ドロドロと流れる血を押さえながら、口から出た血を吐き出しながら呟く。
「こ、この罰当たりが……」
胸を抑えて倒れ込む。松中聡は誰もいないトイレの床の上で永遠に眠り続ける事になったのだ。
加原は松中聡の死体を一瞥してから、トイレを後にし、署長室へと戻っていく。
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