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第四部Ⅱ 『入江の中の海賊』

ヘラクレスとアトラースの協奏曲

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ソフィアは二人を見つめるなり、武器保存ウェポン・セーブから一本のナイフを取り出す。
ソフィアは手でナイフを弄りながら、目の前の二人を見つめる。
彼女はそれから見せ付けるように手に持っていたナイフを舐め回す。
「どうよ?ここでわたしの魔法の威力を二人に見せるって言うのは?」
「面白い案だがな、ソフィア……我らがご主人様マイ・マイスターは一刻も早くドブネズミ共を始末しろとの仰せだ。キャンドール・コーブ計画を邪魔させないためにな……」
エリヤは着ていた軍服の袖をめくり、両腕を二人に向ける。
エリヤは大きな声で叫ぶと、彼の両腕が更に剛腕になっていくのを孝太郎は目撃した。彼の腕の中の筋肉はお伽話に登場する怪物のように盛り上がっていく。
両腕の筋肉を吐出させ、孝太郎に向かっていく。
孝太郎は武器保存ウェポン・セーブから拳銃を取り出し、彼の肩に向けて銃を放っていく。
だが、孝太郎の拳銃は彼の肩にめり込んだものの彼は倒れようとはしない。
それどころかエリヤ・エドワーズは真っ直ぐに孝太郎の元に向かい、孝太郎の腹に強烈な一撃を喰らわせた。
孝太郎は血反吐を吐いて地面に倒れ込む。
聡子は孝太郎が倒れたの見て彼の元へと駆け寄ろうとしたが、逆にソフィアの元に強い力で引っ張られ、彼女の前に到着するなり、逆に物凄く強力な力によって地面に倒された。
聡子は頭上のソフィアを険しい目付きで睨んだが、ソフィアは聡子の狂犬のような睨みにも動じる事なく、更にけたたましい笑い声を上げていく。
「無駄無駄無駄だよ。あたしの魔法の特性は引力と重力を意のままに操る事が出来る事なの、だから、あんたじゃあどうあがいても勝てっこないよ。あの男がエリヤに殺されるまで大人しく見物してな」
ソフィアはもう一度大きな声で笑う。聡子は険しい目で彼女を睨んだが、彼女の目に迷いはない。
聡子はその場所から動こうと懸命に体をバタつかせたが、体は鉛が詰まっているかのように重く、体が自分の指示通りに機能しない。
ソフィアは聡子がもがく様を見て、まだ足りないのかと彼女の元にかかる重力を更に重くしていく。
聡子は体の上に鉛が乗っているかのような重りに耐えきれずに血反吐を吐く。
ソフィアはそんな聡子を見ながら、けたたましく笑う。
彼女の笑顔は嫌らし過ぎると言っても良いだろう。残酷な笑顔が聡子の体を見つめている。
聡子は彼女の意のままに動こうとしている自分の姿が腹正しくて仕方がない。




孝太郎は目の前の男の対処に苦戦していた。彼の攻撃は実に奇想天外にして強力な物だ。体が鎧よりも硬くなったかと思うと、次はゴム毬やらトランポリンのように柔らかくなっていく。
つまり、エリヤ・エドワーズと言う男の次の動作が読めないのだ。
エリヤはそんな孝太郎の焦りを知ってから知らずか口元の右端を吊り上げて得意気に自分の魔法の特性を話していく。
「驚いたか?これがオレの魔法だよ。自分の体をゴムのように伸ばしたり、鎧のように硬くしたりする事の出来る強力な魔法なんだよ。魔法の名前は我らがご主人様マイ・マイスターから授けていただいた名前でな、気に入っておる。聞きたいか?」
お前など大した事ないとでも言わんばかりの馬鹿にした口調に孝太郎は眉間に皺を寄せたが、自分の不快感を押し殺し、彼を険しい視線で睨む。
エリヤはそんな孝太郎の視線など気にする事なく、相変わらずのニヤニヤとした笑顔で話を続けていく。
「『剛強と柔軟の王ヘラクレス』と呼称しておる。良い名前だろ?」
胸を張ってエリヤに対して、孝太郎は危機的に陥っている状態であるのにも関わらず、反対に彼に向かって笑ってみせる。
そして、得意そうな笑顔を見せながら、
「成る程、ご主人様から自分の遊び道具に名前を入れてもらって、それを使っているって事か、シリウスの犬と言うのはつくづく哀れだな」
エリヤの眉間に数本の青筋が立っていくのを孝太郎は目撃した。エリヤは声を荒げて、
「ふざけるなよ!国家の犬がッ!お前なんぞにあのお方の何が分かるッ!」
エリヤはそう言って孝太郎に向かって突進していく。
孝太郎はエリヤの攻撃を紙一重の所で交わす。彼はエリヤの目と鼻の先で左に自分の体を飛ばし、エリヤの衝突を回避した。
孝太郎はそれから、自分に向かって猪のようにもう一度突進を繰り返そうとするエリヤに向かって自分の右手を向ける。
エリヤは孝太郎が自分に向けてしている意味を悟った。彼は自分など右手で十分だと主張しているのだ。
エリヤは地面のアスファルトを蹴って、孝太郎の元に向かっていく。
エリヤは孝太郎の顎骨を砕くべく、彼の頬に向かって大きな一撃を放とうとしたが、孝太郎はエリヤの一撃を自らの右手の掌を広げて頬に彼の右手が当たろうとするのを防ごうと試みた。
エリヤは自分の右手が目の前の無防備な刑事に向かって当たろうとした瞬間に勝利を確信し、風をも切る勢いで左ストレートを放つ。
孝太郎の右手とエリヤのストレートがぶつかったその瞬間に、彼の右手に大きな衝撃が走った。
彼の小手とも言えるような固さを秘めた右手が通常の手になり、彼の掌に左手を掴まれてしまう。
孝太郎は彼の左手を受け取るのと同時に、彼自身の左手でエリヤの右頬を思いっきり殴り付けた。
エリヤは後方に倒れ、自分の魔法が通じていない事に気が付く。
そして、自分の頬に拳のダメージが残っている事に対し、彼は「信じられない!」と叫ぶ。
彼が殴られた頬を抑えていると、目の前に孝太郎が歩いて来た。
「殴られるのは初めてだって言いたそうな顔だな?安心しろ、お前はこの後にももっといっぱい殴られるからな……」
孝太郎は関節を鳴らしながら、エリヤの元に迫っていく。
エリヤが思わず生唾を飲み込もうとした時だ。途端に彼の体が地面に沈んでしまう。
エリヤが正面に目を遣ると、そこには右手を孝太郎に向かって突き出していたソフィアの姿が見えていた。
ソフィアは歯を剥き出しにして相棒に向かって叫ぶ。
「早くやっちゃいなさい!この状態なら、あの刑事も手出しが出来ないはずよ!」
ソフィアの言う通りにエリヤがもう一度『剛強と柔軟の王ヘラクレス』を使用して地面に倒れている彼の頭を砕こうとしようとするのと、孝太郎が自分自身に向かって右手を向けるのは殆ど同時であった。
エリヤは恐怖のために、孝太郎の気が狂ったのかと解釈したが、地面を転がり、自分の小手を交わした事でその解釈がようやく間違いであったと気付く。
エリヤが呆然としていると、
「知りたいか?オレは自分自身の体にかかっていた重力の魔法を自らの魔法でして突破したんだ」
孝太郎は鋭い視線でエリヤを睨みながら言った。
エリヤはこの後には柔軟の魔法を使用して孝太郎に立ち向かっていく事を考えた。
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