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第四部Ⅱ 『入江の中の海賊』

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「お前はッ!シリウス・A・ペンドラゴンッ!」
孝太郎は自らの背後に現れたユニオン帝国竜騎兵隊の隊長を見て振り返る。
他に仲間が待機していない事を考えると、彼一人で来たのだろうか。
孝太郎が歯を軋ませながら、そんな事を考えていると、シリウスは氷よりも冷ややかな声で、
「成る程、フランシスコも殺されたか……役に立たない連中だ。全くこんな役立たず共を隊に引き入れた覚えはないが、まぁ、しょうがない」
「しょうがない……しょうがないだと?」
孝太郎はフランシスコ戦の疲れも癒えぬまま、彼の前に立ち上がり、弾を補充した六連発式のリボルバーの銃口を向ける。
だが、シリウスはリボルバーの銃口を見ても眉一つ動かさない。
それから、彼は懐から一片の聖杯の欠片を出して、
「これが貴様らの求める欠片だな?悪いが、先に聖杯は頂いた。二人と部隊では大きな差がある。貴様らとは兵力が違う」
シリウスは聖杯の欠片を出しながら告げた。それから、彼は口元の右端を大きく吊り上げて、
「どうする?オレの手からこの聖杯を奪ってみるか?」
孝太郎は銃口を構えてシリウスを狙うが、その前に彼の両足から血が飛んでいく。孝太郎は大きな悲鳴を上げて地面に倒れていく。
「その両足では無理だな、それに貴様は少しでも想像したか?……と」
シリウスは鷹のように鋭い両目を向けていた。その両目には神話に登場する悪魔のような恐ろしい光が宿っていた。
シリウスは踵を返して孝太郎の元を去ろうとしたが、その前に聡子が軽機関銃の銃口を突き付けながら叫ぶ。
「おい待てよ!あたしを無視して行く気なのかッ!行っておくけど、あたしのスコーピオンは……」
「お前も対処済みだ」
シリウスがそう言うと、聡子の右足に大きな激痛が走っていく。
聡子は悲鳴を上げて右足を両手で両足の出血を押さえて地面に転がる。
「お前は既に五秒後に銃の効果が現れるように細工しておいた。おれを追い掛けるなんて言う事はやめておいた方が良いぞ」
「ふ、ざっけんなよ……テメェ」
シリウスは聡子を冷徹な視線で見下ろしながら、聖杯の欠片をもう一度懐の中にしまって元の場所に戻っていく。
孝太郎は背中を向けて余裕の態度を見せるシリウスに向かって怒鳴る。
「待てよ!お前が何をしようとも、お前がたとえ時代を乗り越えようとも、おれの手で必ずお前の手に手錠を掛けようとするのを忘れるなよ!」
孝太郎の言葉を聞き、最後にもう一度シリウスは背後を振り返る。
「せいぜい覚えておくとしよう。最もお前にオレの魔法征服王の計測ザ・ルーラーを攻略できたらの話になるがな」
自分の元を去っていくシリウスを眺めながら、孝太郎は自分の足の怪我を治すために必要な時間を知り、地面を思いっきり叩き付けた。




シリウスは隊の車の前に姿を戻ると、ワゴン車の前に降りるように指示を出す。
シリウスの指示に従い、彼の前に並んだ隊員たちをシリウスは眺めていく。
シリウスは早朝の小田原城近くの誰も居ない駐車場の前で彼らに向かって演説を繰り出す。
「今宵、祖国から駆け付けたフランシスコ・デ・ゴヤが二人の日本の刑事の前に敗北した。私は問いたい、どうして我が隊の中にそのような弱い者がいるのか?」
全員は無言。だが、妹のシャーロットともう一人、頭部の禿げが目立つ壮年の軍服の上から白衣を着た男だけが余裕そうな笑顔を見せていた。
シリウスもそれを顧みたのか、彼らの心情を察しての演説を続けていく。
「極一部の人間を除き、隊の中の兵士は弱卒が多過ぎるような気がしてな、丁度我々の戦力として二人の人間を迎え入れるにあたり、二人の人間をあの世へと放逐する事にする」
シリウスの言葉に並んでいた男女の隊員たちの肩が一斉に震え出す。
シリウスはその様子がカエルの合唱でも眺めているかのように些か気持ち良かった。
シリウスは最も怯えていた妹の隣に立っていた男性に向かって自分の顔を目と鼻の先にまで近付けながら問い掛ける。
「なぁ、オスカー。教えてくれ、何が怖い?私が怖いか?それとも、時間を制すると言う私の魔法が怖いか?」
オスカー・エリオットはそのどちらも怖かった。だが、思考を読まれる訳にはいくまいと必死に首を横に振っていく。
「違います!違います!私はあなた様を心の底から尊敬しております!そう例え皇帝陛下よりもッ!」
オスカーは立派に反論を述べたが、ここで彼の敗因を記しておくとすれば皇帝に対して「陛下」と言う敬称を扱った事だろうか。
自分が倒そうとする皇帝に対し、敬意を使った言葉遣いをしたのが、彼の命運を分けた。
彼は訳の分からないまま額から血を流して地面に倒れた。
シリウスは二人の男女の隊員にオスカーを遠くに運ぶように指示を出す。
二人の男女は足を竦ませながらかつての仲間の死体を運んでいく。
次にシリウスは車の端で震えていた銀髪の髪の若い女性の隊員に向かって尋ねた。
「お前はどうだ?お前は私のために働いたか?私のために何かしたのか?この任務に当たるまでお前はどのような働きをした?貴様は一年前に新人として私の部隊に入っていたが、貴様の戦場での働きは酷いものだ。私はスポーツ年鑑の選手の名前をハッキリと覚えているように、お前の醜態も全て頭の中にハッキリと記憶しているぞ」
「お兄様やわたし達に任せておけば良いと思っていたのでしょう?いけない子だわ」
いつの間に目の前に現れたのだろう。シャーロットが車の前で震える銀髪の若い女性に向かって微笑む。
シリウスは妹とは異なり、彼女を親の仇でも睨むかのような険しい視線で睨みながら、
「敵前逃亡を図ろうとしているな?お前は自分の身さえ良ければそれで良いと思っているな?」
「お、思っていません!それに、この一年の間にわたしはユニオン帝国竜騎兵隊の隊員としてあなた様に尽くしてきましたッ!お願いです!わたしを殺さないでください!故郷にはわたしの帰りを待つ幼い妹がーー」
「黙れッ!私の言う事を否定するなッ!貴様がよく敵地で逃亡しているのは明白な事実だッ!それをよくも堂々と否定できたな……遠慮はするなッ!やれッ!シャーロットッ!」
シャーロットは右手に新型の剣、エクスカリバーを握りながら銀髪の少女の元へと走っていく。
銀髪の髪の若い女性は涙を浮かべながら逃亡しようとしたが、彼女の体は何処へと逃げるよりも前に、シャーロットの握るエクスカリバーによって体を貫かれてしまう。
シャーロットはその死体を見て、サディスティクな笑顔を見せた。
まるで、ご馳走を食べた後のように。
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