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第五部『征服王浪漫譚』

洞窟の中の妖魔ーその②

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孝太郎は刀を構えて、目の前の相手と対峙していく。前の男は孝太郎の差し出した刀に怯える事もなく、次々と刀の剣先で彼の顔を狙っていく。
孝太郎はその先を頭を動かす事によって回避し、男に向かってカウンター攻撃を喰らわせた。
孝太郎の放った刀が男の顔に向かっていく。男は先程の孝太郎と同様に顔を背け、孝太郎の刀を防ぐ。
孝太郎はもう一度上段から刀を振って、彼の面を狙う。
だが、男は口元を大きく歪ませて、勝利に酔いしれたような笑顔を浮かべる。
孝太郎はそれを見るなり、慌てて体を背けたが、その前に、男の印術が作動し、土の拳と腕が作り上げられ、孝太郎の顎の下を狙う。
顎を大きく殴られた孝太郎は殴られた衝撃によって地面に落とされてしまい、地面に体がぶつかった衝撃によって全身が崩れるような衝撃を御身に帯びる。
孝太郎は衝撃を受けて倒れたものの、何とか側に落ちている刀を探そうとしていた。だが、側に転がった刀を右手で取ろうとした瞬間に、先程の男の足によって孝太郎の行動は阻止されてしまう。
赤い肌の美男子の手の甲に入っていた草履が食い込み、青年が苦痛に悶えるたびに、男は何とも言えない高揚感を感じた。
彼は勝利を確信した時の全身から溢れた勝利を掴もうとする感覚が気に入っていた。
彼はこのまま永遠に踏みながら、悦に浸り続けようとしたが、それは青年の主人が許さなかったらしい。
青年の主人はたった一人の下男であり、友達でもある青年を救うために、彼の背中を目指して大きな声で叫んで、斬りかかっていく。
仮に、鬼麿がこの時に大きな声を出さずに襲撃を仕掛けていたとするのならば、男は即座に負けていたであろう。
だが、現実として鬼麿は大きな声を喉の奥から振り絞りながら向かって来ていたのだ。
それが命運を分けた。男は印術、中の段を使用し、風の印で少年の体を洞窟内の狭い通路の中に叩き付ける。
男は孝太郎の手の甲に擦り付けていた足を引き離し、鬼麿の倒れている方向に向かおうとしたが、彼の体は道端の地蔵のように固く動かない。
彼が小首を傾げ、背後を振り返ると、そこには足首を握った青年の姿があった。
彼は眉間に皺を寄せながら、不機嫌を感じさせられるような低い声で言った。
「貴様、何を考えている?早く、その汚らわしい手を離さぬか」
「離すわけねーだろ、お前に鬼麿を殺される訳にはいかないからな、オレは、な、こう考えているんだ……例え、ここでオレが死んだとしても、鬼麿がお前の頭領の首を取ってくれると……鬼麿ならば、あのの首も直ぐにーー」
孝太郎の言葉はそこで遮られてしまう。
何故ならば、孝太郎の左肩に男が刀を振り下ろしたからだ。
だが、刀は彼が怒りのままに振った事が災いしたのだろうか、孝太郎ではなく、孝太郎の下に広がっている洞窟独特の固い岩盤へと命中してしまう。
鼻の穴を膨らませながら、刀を抜く男の姿を孝太郎は細い目で貫くように見つめる。
そして、もう一度孝太郎に向かって刀を振り下ろそうとした時に、孝太郎は目の前と男が目の前に現れるのと同様に、武器保存ウェポン・セーブから自動拳銃を抜き、彼に向かってその銃口を突き付けた。
そして、彼の目の前で引き金を引こうとした時に、彼は左足を蹴って、その勢いで姿を消す。
孝太郎は男が消え去るのと同時に自動拳銃を異空間の武器庫へと戻し、落ちていた自分の刀を拾うのと同時に、男との戦いに集中していく。
孝太郎の全身に冷や汗が流れていく事に気が付く。
目の前の男はあまりにも恐ろしく乱暴な存在である。
孝太郎はこれまでの魔法師との戦いから、男の魔法の手口を掴んでいく。
孝太郎は予測した。男の魔法は尖った物の中になら、何処にでも飛ぶ事ができ、そして、その中から自由自在に刃物を投げたり、動かしたりする事ができる刃物に特化した魔法なのだと。
孝太郎は刀の魔法の事を推測し終えるのと同時に、対処策を考えていく。
孝太郎は鬼麿を手招きし、近くにまで呼び寄せ、彼に自分の作戦を話していく。
下男の作戦を聞くうちに、鬼麿は口元を大きく歪めて、いたずらっ子のような無邪気な笑顔を浮かべていた。
その笑顔が気に入らなかったらしい。男が鍾乳石から抜け出て、攻撃に移ろうとした時だ。鬼麿は握っていた刀を天に向かって振り上げるのと同時に、彼は大きな声で叫ぶ。神聖術と。
天照大神の子孫の叫びを合図に、漆黒の闇に覆われていた筈の闇が切り払われ、次の瞬間に夏の日の太陽のように眩しい光が洞窟の中を包み込む。
すると、彼は両眼を両手で覆い、地面の上で転がっていく。
孝太郎は地面で転がる男に向かって刀を突き付けながら言った。
「これで形勢逆転と言った所かな?言っておくが、お前に黙秘権は無いぞ、お前達の頭領や党主の事について、ありとあらゆる事を喋ってもらうぞ」
孝太郎の言葉に彼を唇を噛み締めていたが、ふと、彼の両足が無防備である事に気が付く。
男は刀を持つのと同時に、孝太郎に向かって刀を振り払い、孝太郎の両足を切断せんばかりの勢いで刀を振るっていくが、孝太郎は鬼麿の指摘で気が付き、間一髪の所で難を逃れた。
だが、隙が出来た事も彼にとっては事実である。丁髷の男は刀を振り、二人の包囲網を抜け出す。
孝太郎は刀を振って、男を追い掛けていくものの、男は孝太郎が来るのを風の印術によって防ぐ。
そして、孝太郎が来るのと同時に、彼は風を纏った刀を孝太郎と鬼麿の二人に向け、牽制をアピールしていく。
「オレの元に来るなよ。オレには印術を纏わせた刀を持っている……お前達の攻撃には動じる事はないッ!」
「そうか、確かに、お前のその印術を纏わせた刀は厄介だな、おれでは対処は難しいかもしれない」
「ふん、そうだろう。分かったら、さっさと……」
「だが、おれはダメでも、おれの主人はお前に勝つ事はできるかもしれん」
孝太郎の言葉が発せられるのと同時に、鬼麿は光を纏わせた刀を振りかざし、男に向かって斬りかかっていく。
鬼麿の両手に握っていた刀が容赦無く男の体を真っ二つにしていく。
男はここに、天照大神によって授けられた神の力の前になす術もなく敗北したのだった。
男は体が消え去る中で、走馬灯のようなものを確認していく。
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