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第六部『鬼麿神聖剣』

天魔衆との対決ーその⑧

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善弥は龍一郎がこちらに向かって来るのと同時に弓を引き、矢を放っていく。
ただし、一本だけではない。三本同時に発射というこれ以上無い程の攻撃であった。
攻撃が繰り出されるのと同時に、龍一郎は自らの妖魔術で上空から降りかかって来る矢に対し反撃を試む。
龍一郎の意図した通りに、善弥の矢は自身の魔法によって絡めとられたが、だが、相変わらず矢は空中で一定の速度を保って回転していた。恐らく、矢の先端にくっ付いている豪風の力によってそうなっているのだろう。
龍一郎が目を見開いて、あまりの出来事に驚いていると、善弥はクックッと笑い出し、
「驚いているようだな?顔で分かるぜ、あんたもお察しの通り、あの矢には印術、中の段を掛けているんだよ。中の印術を纏わせる事によって、矢の先端に付いている風で威力を保ったまま相手へと向かっていく……面白いとは思わないか?」
美少年はそう言って舌舐めずりをした。そんな美少年の鼻っ柱を折るべく、龍一郎は今度は実力行使を試みてみた。
龍一郎は自身の魔法によって、強制的に矢の先端を折る事によって、これ以上の矢としての活動を停止させたのであった。
これには流石の善弥も感嘆の声を上げざるを得ない。
「成る程……矢を追ってそれ以上の回転を不可能としたか……」
善弥はそれからもう一度矢を空中に放とうとしたが、その前に龍一郎が現れ、彼の両腕に向かって勢いよく刀を振り下ろす。
善弥は一先ずは弓で刀を防ぐと、怒りのために我を忘れている同い年の少年の腹を思いっきり蹴り付ける。
少年は悶絶し、後方へと飛んでいく。少年は血反吐を吐きながら、ミケランジェロによって掘られたダビデ像のように美しい顔と体型の少年を睨む。
女性の服を着させる事が出来たのならば、女性の服が似合う程の美少年はその美しい顔に似合わない鋭い眼光で倒れた少年を睨み返す。
二人の間に見えない火花が生じ、互いに睨み合う状態が続いてから、もう一度戦闘開始のゴングを鳴らす。鳴らしたのは龍一郎の方ではなく、意外にも善弥の方であった。
善弥は矢を三本取り出し、弓と弦の間に置き、激しく引っ張ってから、地面へと向かって放り投げていく。
龍一郎は自分に向かって回転を付けて、落ちてくる矢を自身の右手から出した糸によって止め、糸で矢を止めたまま善弥の元に突っ込む。
自身の妖魔術『万糸まんし』の力であるのならば、あの忌々しい矢を暫くは止めておけるだろう。
羽倉教の面々は鬼麿や他の甲賀党の仲間達が睨みを利かせている。可能性があるとするのならば、時雨誠一郎なる男のみであるが、これも問題は無いだろう。
彼は現在は孝太郎との睨み合いに全てを注ぎ込んでいる。
それならば問題は無いだろう。龍一郎は仲間を売った仇敵へと向かって刀を掲げていく。
彼の目に迷いは無い。龍一郎は大きな掛け声を上げて、上空から飛び上がって彼の命を狙う。
善弥は下を打ち、もう一度弓と矢で撃退しようと試み、慌てて三本の矢を設置し、龍一郎を狙うが、もう遅かった。
善弥の両手の手首が真っ白な糸により絡め取られ、彼にとって現在の状況は弓矢が引けず、またクナイさえも振れないという絶望的な状況を象徴するものであった。
龍一郎は身動きの取れない善弥に対して、躊躇いなく、その刀を彼の首元に振り下ろす。
同時に世にも稀なる美少年の首が胴から飛んでいく。
地面に着地するのと同時に、龍一郎は善弥を見下ろす。
彼はかつての友を殺めた事に少しばかり後悔の念を抱いていたのかもしれない。
憐憫のためか、彼は少しだけ目を細めて、彼の死体を見下ろす。
同時に彼の頭の中に二人で過ごした日の事が思い返されていく。
龍一郎、善弥、弥太郎、この三人は甲賀の里での中のとても仲の良い忍び仲間として知られていた。
だが、途中から龍一郎、弥太郎の二人と善弥との間に修練の問題のために亀裂が生じ、二人とは友人としての付き合いはあるが、修練は別という仲にまで陥ってしまっていた。
それでも、二人は善弥の裏切りを悟るまで、彼の事を大切な友人だと思っていたのだ。
だからこそ、彼を討つ時の彼の心境は察するのにも余りあるだろう。
彼が両手を合わせて、骸となった善弥を拝もうと地面に両足を付いた時だ。
彼は背後から気配を察し、慌てて転がり、攻撃を回避する。
見れば、先程まで自分が座っていた場所に鋭利な刀の先が突き付けられている。
龍一郎が自分と一緒に転がった忍刀を取り、自分に向かって刀を突き刺そうとした相手を睨む。
男は忍びというよりは「侍」と言った風貌の男であった。
龍一郎はその姿を見て、彼が孝太郎と対峙していた筈の時雨誠一郎だと悟る。
誠一郎は妖しく光る刀を振るい、彼の命を狙う。
龍一郎は妖しく振られた刀を自らの刀を盾にして防ぐ。
誠一郎は怒りに囚われているらしい。彼は眉間に大きく皺を寄せて、龍一郎を睨み殺さんとばかりに目を見開いている。
龍一郎はこの場合は身動きができないと言った方が良いだろうか。蛇に睨まれたカエルの話を彼は思い出す。
彼にとっては誠一郎こそがその蛇に相当する人物であった。
恐ろしさのために彼が両手の腕に震えを起こしていると、金属音が大きくかち合う音が聞こえた。
彼が恐る恐る目を開くと、そこには歯を食いしばって現れた孝太郎が激しく刀を誠一郎に振っていた。
孝太郎の刀が左右から激しく振られ、彼を防戦一方に追い込んでいる。
恐らく、怒りのために我を忘れた誠一郎を追い掛け、奇襲を掛けたのだろう。
龍一郎は安堵の色を見せて、その場から離れる事を決めた。
勿論、孝太郎と誠一郎との戦いを見届けるためだ。
だが、いざという時に助太刀をするために、二人の視界に入らない事で待機しておく事にした。
孝太郎は奇襲を仕掛け、ようやく時雨誠一郎を倒せるかと考えたが、その考えは甘かったらしい。
誠一郎は現に、孝太郎の攻撃を防いでいる事に対し、余裕の表情を見せている。
これが剣豪という人物の正体なのだろうか。
孝太郎が考えていると、誠一郎は大きく弧を描き、回った勢いで刀を振り上げて、彼を後方へと弾き飛ばす。
孝太郎は尻餅を付き、何とか彼を倒そうと考えた。
彼の主観にしか過ぎないのだが、誠一郎はこれまでの忍びとは比較にならない程の強さを誇っているような気がした。
孝太郎は口に付いた埃を手で拭きながら、目の前の敵を攻略する方法を考える。
だが、そんな彼の努力を嘲笑うかのように誠一郎は不敵な笑いを浮かべていた。
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