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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

デッドエンド・バビロニアーその22

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大樹寺はこの事態を乗り切るための作戦を考案していく。幸いにして、両名は自分に対して刀を突き付けてはいるものの、そこからはまだ動いていない。つまり、状況次第では、まだ人質を取って挽回する機会はあるというわけだ。
そして、仮に最悪の事態に陥ったとしても……。
大樹寺は二人に気が付かれぬ様に、こっそりと懐の中に忍ばせた仮死薬を触る。
この薬をあおれば、自分はロシアに……。
そう考えれば、大きく出れるだろう。最後に、彼女は異空間の武器庫に中にまだ拳銃が残っている事を確認する。
そして、最後の拳銃にして、先程よりも強力で弾数の多い自動拳銃を取り出す。
女性にも扱いやすい小口径なので、外す心配は少ないだろう。
大樹寺は口元を微かに歪めて、相手を垣間見る。
孝太郎とマリヤの両名は今か、今か、と大樹寺を待ち構えている。
ならば、今すぐにでも動いてやろう。
大樹寺は背後に多くの人形を作り出し、小さな刀を持たせたものや初めから爆発という目的を持ったものを飛ばしていく。
孝太郎は初めから、爆破目的の人形を見定めると、マリヤを背後に隠し、拳銃を取り出すと、人形を宙の上で爆発させていく。
弾丸が人形に命中するのと同時に、大きな爆発音が周囲に轟いていく。
それまで、古来からのギャング映画の様に激しい撃ち合いを続けていた信者や警官たちは、その音を聞いて思わず肝を冷やす。
そして、両陣営ともに銃や魔法の撃ち合いをやめ、教祖とロシアの司教、刑事の撃ち合いを我を忘れて眺めていく。
孝太郎とマリヤはそんな人々の思いなど知らず、今度は針のような小さなサイズの剣を持った人形が迫って来るのと同時に、自身の刀を振って、それに対抗していく。
複数の刃と両名の持つ武器の交わる金属音が響いていく。
孝太郎はようやく思いで人形を一刀両断にしたものの、爆風によって地面の上に吹き飛ばされてしまう。
刀の打ち合いの末に、どの人形にも爆発の機能があった事を忘れていた。
孝太郎はなんとか、起き上がろうとするものの、今度も再び大樹寺によって顔を踏まれてしまう。
どうやら、セーラー服を着た教祖は密かに近付いて来ていたらしい。
彼女は実に楽しそうな顔で孝太郎を踏む。
「そぉれ~、そぉれ~、フフフ、もしかして孝太郎さん、あなた、興奮してるの?」
「ぐっ、貴様ァァァァ~!」
孝太郎は足蹴にされたままでも、憎まれ口を叩く。けれども、それは何の意味もないらしい。むしろ、それによって足蹴にする甲斐があるとばかりに、彼女は楽しそうに顔を踏んでいく。
このままずっと、足を踏んでしまおうかと思ったが、そうもいかないらしい。
大樹寺は咄嗟にその危機を感じ、慌てて背後へと飛ぶ。
空を切る音が大樹寺の両耳に響く。
彼女は口元に微かな微笑みを浮かべながら、マリヤに向かって笑いかける。
無論、ただで笑みを向けるわけではない。大樹寺はマリヤの腹に向かって拳銃を突き付けて、
「さてと、どうかな……あなたはわたしを前世と同じ死に方をするって言っていたけど、そうはならなかったみたいだね。このままお腹に風穴を吹かされたくないよねぇ?」
と、腹に小口径の自動拳銃の銃口を突き付けていく。マリヤは自分の腹の上に銃口を突き付けられている事に不快感を示し、密かに眉を顰める。
だが、彼女にはバレていたらしく、またもや微笑みを向けて、
「抵抗したって無駄だよ。ロシアの司教、マリヤ・カレニーナはわたしの手によって直に人形に捧げられるの……幸せな事なんだよ。教祖わたし自身の手で捧げられるなんて」
「……生憎と、わたしは信者ではありませんから、あなたに殺されても何にも感じませんよ」
「フフ、強がっちゃって」
大樹寺は口元にいやらしい笑みを浮かべると、密かにマリヤの口の近くに口付けを与える。
そして、そのまま顔の頬を舐めていく。
「や、やめなさい!」
マリヤは強い声で抗議の言葉を飛ばしたが、大樹寺は止める気配は見せない。
このまま、自分を辱めようとでもいうのだろうか。
マリヤの頬から冷や汗が垂れる。その一筋の汗さえ、彼女の柔らかくて温かく、可愛らしい舌が汗を拭うのと、孝太郎が彼女の背後に拳銃を突き付けるのは殆ど同じだった。
「やはり、貴様は教祖というには俗世間に見舞われ過ぎているな。お前と昌原の何が違うんだ?」
「それはどうだろうねぇ。でもね、わたしとしては、わたしと昌原とを同一視するのはちょっと酷いかなぁ」
大樹寺はそういうと、人形を作り出し、マリヤに人形をくっ付けると、そのまま背後に回り込み、孝太郎の頭に銃口を突き付ける。
「形勢逆転だね?ここからどうしたい?」
「おれの命と引き換えにしてでも、貴様を撃ち殺す」
孝太郎は躊躇う事なく言った。燃え上がる様な意思を秘めた瞳を大樹寺に向けて彼女を背後へと下がらせていく。
予想以上の剣幕に怯えた大樹寺を見て、マリヤも一か八か、自分の腹に纏わりついていた人形を離して、地面の上で爆発させる。
多少、コンクリートの地面が抉れたものの、他に損傷はない。
大樹寺は挟み撃ちこそ免れたものの、士気は向こうが上だという事を認識し、思わず両足を震わせてしまう。
「う、嘘だ……わたしがこんな……」
「予言しているよ。大樹寺、お前に必ず前世以上の悲惨な死を与えてやると」
大樹寺は自動拳銃を放つものの、何故か、孝太郎には当たらない。
弾が次々と飛び交ってもなお、孝太郎は眉一つ変える事なく、大樹寺の元へと向かう。
「さてと、どうする?教祖様」
孝太郎は拳銃を突き付けながら問い掛ける。
「どうもこうも、今のあなたから与えられるのは二者択一の選択肢だけだよね?」
大樹寺が唇を震わせながら問い掛ける。
「あぁ、その通りだ。逮捕か、死ぬか、どちらかを選ばせてやるよ」
「お生憎様、わたしはどちらも選びたくはない」
大樹寺はそう言うと、背後にアナベル人形を並べて、尚も抵抗の意思を見せる。
そして、人差し指を掲げると、多くの少女を模した人形は孝太郎の元へと向かっていく。
孝太郎は焦る様子を見せる事なく、大きく息を吸って、刀を一旦、しまうと入れ違う形で拳銃を取り出し、人形を一体、一体、着実に撃ち抜いていく。
人形の爆破音や爆風が轟き、辺り一帯にそれらの音が響いていく。
後、一歩、ほんの少しで大樹寺は捕まえられるか、もしくはこの世から永遠におさらばしてしまうだろう。
孝太郎は銃口を構えながら、そう考えていた。
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