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エンジェリオン討伐隊の面々

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翌日目を覚ました私にマリアが言った。

「これからは私の指揮の下に入って動いてもらう事になったよ。夕べ、とおさんがそう決めたらしいの」

「えっ?私が戦うんですか?」

唐突な言葉に困惑する私であったが、マリアはそんな私を宥めるかのように優しい声で言い続けた。

「そう、あなたが寝ている間に行った極秘の審査で、あなたはエンジェリオンに対抗する力を秘めていることが分かったの。国の方ととおさんが相談して、この際だから戦ってもらおうってことになって」

彼女の話によれば、私は数ヶ月の訓練の後に彼女の指揮に入ってエンジェリオンなる怪物と戦う羽目になったのだという。
場所はこの孤児院であるとされ、ここで剣の扱い方や魔法の扱い方、それに座学などを通じてエンジェリオンと戦う手段を身に付けていくのだという。
マリアの話によれば、この孤児院は孤児院としての役目ばかりではなく、幼年兵の訓練所としての一面も用意されているようで、鍛錬に必要な乗馬場や鍛錬場などの施設や木製の鎧や剣などの装備は一通り国から支給されて揃っているらしい。
訓練は明日からとされ、今日は訓練所に集まった討伐隊の面々の紹介とこの世界の常識を座学で仕込まれることになっていた。
一人はポイゾ・プラントという名前であった。
どこかニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべた少し感じの悪い少年である。
彼は私を一瞥すると、一度フンと鼻を鳴らした後で、先ほどのいやらしい表情を引っ込め、代わりに愛想の良い笑顔を浮かべて言った。

「キミがとおさんが新たに連れてきた子だって?ぼくはポイゾ・プラント。ポイゾって呼んでくれ」

差し出された手を素直に握ると、彼はその手を強く振り回していく。

「素直だなぁ。キミは……どこぞのロン毛野郎と違ってキミは好きになれそうだよ」

ポイゾは自身の隣に立っていた無愛想な表情を浮かべた男に対してこれみよがしに握手を見せつけた。
私が困惑した笑みを浮かべると、その長い髪をした少年が私とポイゾとの間に割って入り、その手を無理やり解かせた。

「何をしているのかな?キミは?」

「いつまでも女の手ばっかり握ってんじゃねーよ。この変態ヤローが」

「……キミは言葉に気をつけた方がいいんじゃあないかな?」

「ふん、なぁ、あんた……ハルって言ったな?異世界から来たっていうのは本当かよ?」

私はその言葉に対して小さく首を縦に動かす。
少年はそれを見ると、親指でポイゾを突き刺しながら言った。

「こいつは悪質な奴だ。こいつの言葉は信じない方がいい」

「キミには言われたくないな。いつも運だけでエンジェリオンを殺すようなキミにはだけは」

ポイゾはその少年を乱暴に突き飛ばすと、腰に下げている巨大な剣を突き付けながら言った。

「なんならここでオレが落ちこぼれじゃあないってことをハルさんの前で見せてやろうか?」

少年は何も言わなかった。代わりにポイゾの膝を黙って蹴り付け、彼が怯んだ隙に彼の身体に飛びかかり、地面の下に押し倒すと、そのまま馬乗りになり、拳を振り上げた。
明らかに尋常ではない様子にブレードが慌てて止めに入った。

「やめなよ……今日はせっかく新入りを紹介しているっていうのにこんなんじゃあ申し訳が立たないよ」

「甘いなぁ、ブレードさんは……」

「そうですよ。新人の前なので彼女に教えてあげないといけないでしょう?オレとこいつとの力関係ってやつを」

二人の少年はそのまま相手を睨み殺さんばかりの険しい目でお互いを牽制し合っていた。
ブレードも困惑しており、どうすればいいのかわからない状況にあった。
その時だ。運動場からマリアともう一人、セミロングの黒い髪に地味な白色のシャツにズボンを履いた小さな女の子が入ってきた。
両手には茶色のクマの形を模った縫いぐるみが握られている。
彼女のお気に入りなのだろうか。そんな事を考えていると、その女の子は丁寧に頭を下げた。
私が頭を下げ返すと、彼女が近くに落ちていた木の枝を拾って、何やら絵を描いている事に気が付いた。
困惑している私をみかねたのか、マリアが笑顔を浮かべながら言った。

「あっ、この子はね。生まれつき口が不自由なの。だから上手く喋れなくていつも絵を描いたり、身動きで私たちに自分の伝えたいことを説明してるんだよ」

「絵ですか?」

「うん。絵。そうだよね?ティー?」

どうやらこの少女の名前はティーというらしい。
ティーはマリアの問い掛けに頷くと、改めて頭を下げた。
ファミリーネームは『ロンガー』というらしい。
ティー・ロンガー。もし目の前の幼女とこの世界に来る前に別の世界で会っていたら私はコーヒーに入れる砂糖スティックの製造会社か何かかと勘違いしていたかもしれない。
私は思わず苦笑してしまった。その際にティーが首を傾げたので、慌てて誤魔化した。

「これで全員なんですか?」

「おっと、忘れてたな。あともう一人いるよ」

ブレードは一旦、私たちの前から離れたかと思うと、次にチャラ男と言わんばかりの少年を連れて戻ってきた。

「紹介するよ。彼の名前はストライク。ストライク・オットシャックだ」

「よぉ、よろしく」

彼は手を挙げて言った。気さくな態度で親しげに話す彼に対して少しばかり親近感が湧いた。
チャラチャラとした姿で、いかにも風来坊という風貌の少年であったが、私は気にならなかった。
前の世界で出会っていたのならば両親に隠れて遊んでいたかもしれない。
そんな印象を受けた。
ストライクは私を一通り見ていくと、顔を離すと、ブレードに向かって言った。

「へぇ~この子が異界から現れた女の子ってやつ?」

「そうだけど……キミ、まさかこの子にも手を出すつもりじゃあないだろうね?」

ブレードが呆れたような声で言った。目の前の少年は恐らく片っ端から声を出しているのだろう。
そんな印象を受ける。だが、不思議なことに私は肩を落としたりということはしなかった。
むしろ、そうしたことがわかって安心した気分になった。
私はストライクに向かって手を伸ばし、ここ一番の笑顔を向けて言った。

「よろしく、オットシャックさん!」

それを聞いたストライクは一瞬は困惑した様子を浮かべていたが、すぐに気持ちの良い笑顔を浮かべて私の挨拶に言葉を返した。
それは短くても小刻みのよいものだった。
その後はブレードの呼びかけでこの場にいる全員で昼食を摂ることになった。
昼食のメニューは固形パンに茶色の肉食性のスープが一杯、それに白い形をしたサラダというメニューであった。
どうやら前の世界で食べたマッシュポテトと同じようなものであるらしい。
私は一口スプーンで掬って食べてみる。
食べてみると、それは前世のマッシュポテトの味がした。

その後は座学だ。施設の中の学校スペースを使用しての勉強である。
午後の時間を潰しての学習から得た結果はこの国の文明や文化は前の世界におけるヨーロッパの中世レベルであることが判明した。
今日の授業で習った過酷な身分差別や武器や防具が重い甲冑や剣を使っていることからそれは間違いない。
今日は私はこの見知らぬ世界でただ一人、生きなければならないということであった。
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