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査問の日

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翌日というのも急な話であるが、私としては従わないわけにはいくまい。
なにせ、身柄を王家に完全に拘束されてしまっているのだから。
逆らうこともできずに、私は朝食と身支度の後で王の前に連れ出された。
いわゆる玉座の間である。歴史物の映画などで見たことがあればわかるが、王の謁見の間というのはシンプルな作りになっている。
中央に玉座が置かれ、広々としたスペースの脇に家臣たちや謁見待ちの人々が待機するのだ。
そして、玉座の前で謁見を行う人が跪きながら王と対談する。
玉座の上に座る王は唇の上、顎の下に長い白色の髭を生やした老人で、国王に相応しい厳格な雰囲気を持っていた。
私は見よう見まねで跪き、表を上げるように指示を出されてようやく顔を上げて王と対峙する。
この時にようやく気が付いたのだが、謁見の間の脇にノーブとブレードの二人が立っていることに気がつく。
双方とも緊張しているのか、表情が強張っているのが見えた。
王は側近と思われる人物から渡された紙を見て、ひとしきり頷いた後に改めて私の方に向き直った。

「さてと、キミが昨日のエンジェリオンとの戦いで奴らと似たような力を用いたというが本当かね?」

「えぇ、本当です」

この場で嘘を吐いても仕方がない。私は正直に答えた。
だが、周りの反応は違っていた。私の言葉に大勢の人間が騒ぎ始めていた。
その中の一人、国王と同様に髭を生やした老人が大きな声を上げて叫んだ。

「陛下ッ!一刻も早くこの女を殺すべきです!お話をお伺いする限り、この女があの忌まわしき天使どもの同類であることはもはや明白の事実であります!」

「……落ち着きなさい。そんなにすぐに結論を出しても決着なんか付かないよ」

「しかし、これは人類存亡の願いがーー」

「キミは一体、どのような権利で国王に向かって意見を述べているのかね?」

途端に老臣が萎縮した。両肩をこわばらせた後に必死になって頭を下げていく。
その様を私は冷ややかな態度で見つめていた。
老臣の態度がわからない。いくら相手が国王とはいえども同じ人間ではないか。
ここまで怯えるわけがわからない。
私がその旨を伝えようとした時だ。とおさんことノーブが手を上げて国王に意見を述べた。

「恐れながら申し上げます。彼女は伝承と噂される『白き翼の勇者』なのです。そのため、我々の知らない力を持っていたとしても無理はありません」

「では、尋ねるが、ノーブとやら……卿はこの小娘がエンジェリオンのスパイである可能性を否定できるのか?」

「いいえ、ございますまい」

「なれば、いかにして庇い立てを致すのかをご説明願いたい」

「孤児院を経営する身として、そこに暮らす子供を守るという理由では不足かな?」

「それが理由にならぬのは卿が重々承知のはずであろう。いかにして庇い立て致すのかという理由を伺っているのだッ!」

「……では、お答え致しましょう!彼女が我々人類反撃のための布石であるのを私が確信したためですッ!そして、それは陛下もご存知のはずでありましょう!?」

ノーブが声を荒くしながら国王に向かって問い掛けた。国王はそれに対して動じる様も見せずに黙って首を縦に動かす。
反論の意見が飛びかわないのをいいことにノーブは自身の主張を声高にして続けていく。

「だというのにたかだか従来の魔法とは異なる魔法を使用したという理由で彼女を不当に拘束し、かのような茶番を設けなさるとは正気の沙汰とは思えませぬなッ!」

「陛下を侮辱するかッ!」

ノーブの言葉が過ぎたらしい。家臣の一人が激昂し、剣を引き抜く。
あわや一触即発の状態になりかけたが、肝心の国王がその人物を睨んだことによってことは早急に収束することとなった。
家臣の一人の怒りが収まったのを確認すると、国王は意見を続けるように促す。
ノーブは一人、頷いて中断された話を再開する。

「わしは何も陛下を侮辱しているのではありませぬッ!ただ、話と違うことをなされた事実を批判させていただいてあるだけじゃ!」

「あら、約定なんてあってないようなものでしょ?それにねぇ、この子は私にもわからないような魔法を使って、天使たちを討伐したのよ。査問会を開くのは当然だと言えるのではなくて?」

そう問い掛けたのはこの査問会の発案者にして今この場においてノーブ批判の最先端ともいえる王女であった。
しかし、ノーブは怯むことなく反論の言葉を述べ続けた。

「なるほど、あなた様が今回の騒動の立役者というわけですか?ローブ王女」

「そうよ、この子、私の質問に対してなんにも答えないんだもの。何かを隠しているんなら査問会で明らかにするのが当然じゃなくて?」

「呆れたな。あなたの質問に答えなかった……それだけの理由でこんな馬鹿げた査問会を起こされたのか」

ノーブは呆れた表情を浮かべて言った。
だが、ローブ王女には正当な理由であったらしく、ノーブに嗜められてもなお、堂々とした様子で胸を張っていた。

「そうよ、王女の命令に答えなかったんだから当然でしょ?」

「皆様、お聞きの通りです!我々はローブ王女殿下のくだらない感情のために、今日この場に呼び付けられた次第にございますッ!」

「く、くだらないですって!」

ようやく王女が激昂した。しかし、ノーブは表情一つ変えることなく反論を続けていく。

「この際でありますから、私は彼女に否定的な方々にも述べておきますッ!我々は既に彼女を引き取って、彼女を我々の同志として迎え入れる約定を取り決めており、これは国王陛下も認めてくださっております!したがって、この取り決めは現段階において絶対的なものとなり、例え王女殿下の御命令といえども覆せるものではありません!」

「だが、寝首を掻かれることがあればーー」

「そのようなことはあり得ません!」

ブレードが高らかな声で反論の言葉を述べた。

「彼女がそのようなことを目論んでいたとすれば我々はとっくに絶滅し、この国は既に天使どもの手に落ちていたに違いありません!ですが、彼女はそれをせず、天使たちに対してのみその力を行使しておりました!これが彼女が敵ではないという確固たる証拠ですッ!」

ブレードの反論は見事なものであった。彼の完璧な反論に私に対して好意的でない意見を持つ人たちは反論の言葉を飛ばせずにいた。
その姿に私が改めて惚れ直したのもいうまでもあるまい。
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