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大魔術師編

大魔術師の陰謀

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私がタンプルに違和感のようなものを感じ始めたのはあの大魔術師との邂逅から三日が経ってからのことであった。

三日間、彼は鍛錬をしていてもどこか上の空であったのだ。普段の彼であったのならば容易に避けられるであろう木製の剣に当たってしまったのである。

そればかりではない。魔法の実施でも時折、失敗を繰り返していた。
かと思えば、食事の時もスプーンを落としたり、パンを溢したりと普段の彼ならば見かけないような失態を見かけた。

「いい加減、きみの汚い食べ方にうんざりしてきたんだけど、直すのならば早く直してくれないかなぁ。全く不愉快だ」
「うるせぇな!お前には関係ないだろうが、オレがどんな方法で飯を食おうとも……お前に迷惑でもかけたのか?」

「かけてるね。キミの汚い食べ方は見ていて不愉快だ」

「やるか、手袋放り投げたのはお前だぞ」

タンプルとポイゾの二名が席の上から立ち上がり、お互いに殴り掛かろうとした時だ。

「待てよ、待てよ、こんなところで暴れられても飯が不味くなるだけだっつーの」

珍しいことにオットシャックが間に入った。オットシャックは軽い口調で二人を窘め、二人に代案を示したのである。

「そんなに暴れたかったらよぉ、外でやれよ。まぁ、とおさんが激昂してもオレは知らないけど」

オットシャックの言葉は正論であった。二人は拳を引っ込め、大人しく自分の席に戻っていく。
席に戻ったタンプルはどことなく不満そうな顔を浮かべていた。
夕食を終え、自室へと向かおうとした時だ。私の部屋の前でポイゾが薄笑いを浮かべながら立っていた。

「なぁ、タンプルのやつの正体を知りたくないか?」

「タンプルの正体?」

予想外の言葉に思わず両眉を上げる。それを見たポイゾはいつものあのニヤニヤとした笑みを浮かべながら話を続けていく。

「あぁ、タンプルは実は流れ者だったんだよ。ある討伐の最中にオレたちの部隊と共闘したのがきっかけでオレたちの仲間になったんだ」

「……私だって似たようなものだと思うけど、それが何か問題でもあるの?」

「いいや、彼とキミとは決定的に違う。キミは一応は身元がはっきりしているだろ?なにせ空から落ちてきたのをブレードやマリアたちが見ているし、ぼくだって見てたからね。あいつよりは信頼できる。例え薄汚い天使だったとしてもね」

「それはどうも」

私は半ば激昂したかのような態度で礼の言葉を述べたが、彼は先程までの陰湿な笑顔を引っ込め、代わりに憎悪に満ち溢れたような表情を浮かべて、
私の調子など構うことなく自身の話を続けていく。

「けど、あいつは違う。あいつはどこからともなく急に現れて、急にぼくたちの味方になったんだッ!」

「今までそんな話は聞いたことがなかったし、それに意外だったよ。タンプルよりキミの方がここで長く過ごしていたなんてね」

「ここからはぼくの仮説なんだがね」

ポイゾはいやらしい笑みを浮かべながら、彼の語る仮説とやらを大袈裟に私に聞かせていく。
彼の話によればタンプルは天使たちから送り込まれたビレニア同様の間者であり、ミーティア王国の討伐隊の中へと送り込んだという話である。

「馬鹿馬鹿しい。タンプルが間者って証拠はどこにあるの?あんたが彼を気に入らないって理由以外で」

「勘だよ。ぼくの勘があいつが間者だと告げているんだ」

大昔の日本の刑事ドラマの刑事のような事を彼は平然と言い放った。
一昔前の刑事ドラマでは証拠よりも刑事の勘というものが優先されるのだ。
そんな一昔前のヒーローで、現在の同種のドラマでは悪役として扱われる刑事のような言葉を平然と吐き捨てるポイゾを私は呆れたような視線で見つめていた。

鉛のような大きな溜息を吐いた後で、呆れたような態度で「あんたバカ?」とだけ吐き捨てて、彼を押し退けて自室へと入る。

タンプルの態度は不自然だが、スパイに仕立て上げていいわけがないのだ。
もし、前の世界でポイゾに勧めるのならばどのような映画や小説が彼には向いているのだろうか。
そんな事を考えながら眠りに付いた。

夢の中で、私は大魔術師の姿を見た。大魔術師はいつの間にかこの孤児院の中に現れて、誰かの部屋の中で誰かのために用意された椅子の上に座って、どこからか出したお茶を飲んで待っていた。
その姿を透明人間の状態になって見つめる私。いつもと同じく幽霊のような状況での相手の監視である。

大人しく机で待っている大魔術師であったが、やがてその扉が開き、部屋の主が姿を見せた。
部屋の主はあろう事か、タンプルであった。
タンプルは一瞬、大魔術師の姿を見て両眉を顰めたものの、特に何も言わずにベッドの上に腰を下ろす。

「タンプル、あれから三日が経ったが、お前はまだ準備ができんのか?」

「できないな。それもずっとだ。上の奴らに伝えておけ!オレはもうお前らの手駒じゃあねぇってなッ!」

「……お前、絆されたな。ノーブとの親子ごっこに」

大魔術師の冷ややかな視線にタンプルは反射的に目を逸らす。
それを見た大魔術師は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。

「……お前が我々に唯一対抗できる魔法とやらを持った人物を監視するために派遣されてもう幾つになる?」

「んなもん知るか。とにかく、オレはもう戻らないって奴らに伝えておけ」

タンプルは乱暴に吐き捨てたが、大魔術師は気にする様子も見せずに淡々とした経過した正確な日数を告げていったのである。
それを聞いて絶句するタンプル。そんな彼の前にお茶を置いてそれを勧める。

「美味い茶だ。お前も飲みなさい」

「飲めるかよ。ざけんな」

タンプルが嫌悪に満ちた表情で答える。
「飲め、落ち着くぞ」

大魔術師の声は穏やかであったが、あからさまな命令口調と威圧に耐えきれなくなったのか、タンプルがお茶に口を付けた。

「……で、あんたが来たのはオレのケツを叩いて、オレに仲間殺しをさせるためか?」

「仲間殺しだと聞き分けの悪い……本来の任務をお前に思い知らせるためにやって来ただけさ」

「断っただろうが」

「ならば、お前には後悔してもらうことになるな。次の出撃がお前とお前の仲間たちとの最期だ」

大魔術師はその言葉を聞いて肩を竦ませるタンプルを放置して、その場から去っていく。彼の姿は初めから存在していなかったかのように彼の部屋の中から消失してしまったのである。
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