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三神官編

陰謀渦巻く王宮で

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その日、結局二人は帰ってこなかった。その場に居合わせた誰もが重い気分を抱えていた。私もスープを口にしようとしたが、スプーンが妙に重い。
口元に持っていこうというのにスープ皿の底に沈んだままである。パンを食べようとしても手がパンの上に張り付いて動こうとしない。なんとか食べようとしたが、手が動かないのだ。

ここでようやく理解した。国王の存在は私にとっても大きいものであったのだ。
その事を理解した瞬間に私の両目から涙を流していく。透明の液体がこぼれ落ちていく。
そんな私を気遣ってか、マリアが私の背中を優しく摩っていく。
マリアの優しさが胸に沁みた。そのまま済ませる事を済ませてから私は部屋のベッドで眠ることになった。

だが、なかなか寝付けない。当たり前だろう。今日、起きた出来事はそれだけ大きかったのだ。その余韻を引きずっているうちは眠ることができない。
私がベッドの上でゴロゴロと動いていると、頭の中にあることが思い浮かぶ。

それはどうして、昨晩に国王暗殺の場面を夢で見なかったというのことである。
今までの私ならばこうした大事な局面であるのならば夢を見ていたに違いない。
私たちに無関係であるのならばともかく、国王は私たちにとっても大きな存在であるはずだ。

その暗殺者の夢を見かかったということは何か意味があるのだろうか。
例えばこの国王の暗殺が人と天使との戦争に大きな転換点となり、その重要性のために国王の暗殺の場面が見られないということなのだろうか。

だが、考えていても結論は出なかった。私が色々と考えていると意識を失ってしまったらしく、またしても私は幽体となって知らない場所に立っていた。
いや、知らない場所とは記したものの、目の前に他ならぬ国王の死体が安置されていることからそこが死体安置所であることがわかった。
周りには王女や有力貴族の他にノーブとブレードの姿が見えた。

「昨夜、何があった?私の兄に何があったのかを聞きたい」

「陛下は賊に狙われました。賊は捕らえております。成人男性です」

「我が国の国王を狙った動機というのは?」

「……動機は国策への反発です。軍の者が海軍や討伐隊ばかりに力を入れ、陸軍を蔑ろにする陛下を疎ましく感じ、一部の若い将校たちが陛下を殺害したのです」

話を聞くに国王が暗殺という憂き目にあった理由は軍隊の派閥争いが由来であるらしい。
デストリアという巨大財閥の陰謀でもなければ、天使たちによるテロでもない。純粋な政治闘争による死だったのだ。

悲痛の表情で死亡した国王を見つめるノーブ。しばらくの間は信じられないと言わんばかりに立ち尽くしていたのだが、両目から溢れんばかりの涙を零していく。
普段のノーブからは信じられない程の涙が両目から溢れていく。その背中を優しく摩るブレード。
二人にとっても国王の存在は大きいものであったのだろう。

しばらくの間、ノーブは大きな涙を零しながら国王の遺体の前に泣き縋っていた。
一通り泣き終えたところで不愉快な表情で二人を見下ろす王女が声を掛けた。

「もう茶番はいいでしょ?真犯人はあなたたちでしょ?」

「はっ?」

「惚けないでよ。あんたたちが適当な殺し屋か何かに金を与えて、パパを殺したんでしょ?そうすれば自分たちが王族に戻れるとでも思ったんでしょ?」

その言葉を聞いてノーブは拳を震わせていた。私ならば殴り付けているような光景であった。それでもノーブは王女を殴るのを我慢していた。
もし、仮に王女を殴ったとしたら大問題になるからというのが本音だからであろうが、我慢ができたのだろう。

ブレードも父親と同様の反応を見せていた。唇を噛み締め、憎悪に満ち溢れたような瞳で王女を睨みつつも何も言わずに耐えていた。
王女はそれをいいことに得意げな顔で二人に対する罵倒を強めていく。

「何を黙ってんのよ!人殺し!惚けていてもその汚らしい出自は誤魔化せないわ!なんとか言ってごらんなさいよ!」

二人は王女を黙って睨んでいたが、最後の最後で理性が勝利を収めたのだろう。
王女を殴る代わりに周りに残された人々に告げた。

「悪いが、わしらは先に失礼させてもらうよ。部屋にいるからまた何かあったら呼んでくれ」

「いこう。父さん」

連れ添ってその場を立ち去ろうとする二人の背後から王女は罵倒を続けた。

「もう呼ぶことなんてないからッ!自惚れないことねッ!平民ッ!あんたらはとっととボロ屋に帰って身の丈にあった暮らしでもしていなさいよ!」

静かに去っていく二人の姿は本当に立派であった。何も言わずに堪えて王女の罵声をやり過ごす姿は本当に大人であった。
用意された部屋の中に入ると、二人は疲れたように椅子とベッドの上に腰を掛ける。
しばらくの間、親子で沈黙が続いたが、ブレードが声を出したことでようやく重い沈黙が取り払われた。

「ねぇ、父さん……次の国王なんだけれど、本当にあの人が女王になってもいいのかな?」

「……王家は直系を重視しているからな。当然だろう」

「……ぼくは納得がいかないねッ!今までぼくらを散々、苦しめてきた末に父さんやぼくにあの態度……堪忍袋の尾も切れたよッ!」

「ブレードッ!やめないかッ!」

ノーブが立ち上がってブレードの頬を叩く。叩かれてもブレードは納得がいかないという目でノーブを見つめていた。
しばらく親子の間で無言の睨み合いを続けていたが、やがてノーブが口を閉ざし、ブレードに続きを喋ることを許した。

「……ねぇ、父さん。ぼくが国王になっちゃダメかな?」

「……何を馬鹿なことを……」

「だってそうじゃあないか!父さんは確かに王族としての地位を返上したけれど、剥奪されたわけじゃあない、当然、復帰は許されるはずだよ!!その父さんを支えながら将来はぼくが国王になるというのも可能なはずだよッ!」

「馬鹿なことを言うな。私は臣下としてこの国を治めていこうと決めて……」

「あれが!?あんな奴に国を治める資格があるとでも!?ぼくは納得がいかない……ともかく、ぼくは他の人たちに訴え掛けてーー」

ブレードがそのまま熱弁を振い続けようとした時だった。扉を叩く音が聞こえたので、ブレードが扉を開けに向かう。
すると、そこには有力貴族の一人が姿を現した。

「こんばんは。私の名前はマルコ・スタークスと申します。以後、お見知り置きを」

「スタークス?あのスタークス公爵家の御当主様がどうして?」

「えぇ、陛下の御前であのバカ王女に辱められるお二方を不憫に思いましてね。実は我々、貴族の間でもあのバカ王女を嫌っている人間は多く……あなた方に王位を継いでもらいたいという意見が多いのですよ」

「それは光栄なご意見です。閣下……しかし、私は王族としての身分は剥奪されており、ブレードはこれまでの生涯を平民たちの中で過ごしてきております。今更復帰などーー」

「そうでしょうか?ご子息は復帰に前向きなようでしたが」

先程の会話が聞こえていたのだ。二人の顔が硬直していく。
顔を青ざめる二人にマルコは下衆びた笑顔を浮かべながら言った。

「まぁ、私も入って話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

二人は青ざめた顔を浮かべながらマルコを招き入れた。
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