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三神官編

ハルよ、城へ!

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「どうして、あなたが我々を……」

息が途切れかけた兵士の言葉に婦人はクスクスと笑いながら答えた。

「決まってるでしょ?この子は私の獲物なのよ」

「そ、そんな……」

兵士は無念と言わんばかりの表情を浮かべて倒れ込む。
そのまま彼女は弓矢を携えながら私の元へと向かっていく。
縄で縛られている私は対処できないだろう。いや、雄叫びを上げれば翼と鎧を作り出して対応することができる。
いっそ、このまま翼を使って王宮へ行って、女王の首を跳ねればすべてが丸く収まるだろう。いいや、だめだ。

そんなことをすれば私が女王の首を跳ねた瞬間に檻の中にあるノーブが殺されるだろう。それにブレードも梟の怪物を仕留め、私を負かしたあのちぢれ毛の男に殺されてしまう可能性がある。そうなれば意味がない。
クーデターは失敗に終わってしまうのだ。いや、女王にバレてしまった段階でクーデターは失敗だろう。

つくづく余計なことをしてしまったものだ。私が苦笑していると、私の目の前にあの婦人が現れた。
婦人はいやらしい顔を浮かべながら弓矢をつがえている。これでもう終わりかと諦めたような笑いが溢れた時だ。

婦人は慌てて背後を振り向く。背後には狼の怪物ーータンプルの姿が見えた。
タンプルは婦人に食らいつき、婦人に攻撃を与えて行く。
婦人はタンプルの攻撃の前に転倒し、うつ伏せになって倒れてしまう。
タンプルは婦人が倒れた隙を利用して、私を縛っていた縄を彼の爪を使って切り裂いた。

「ありがとう。タンプル」

私が笑い掛けながら礼を述べるとタンプルは大きな声で私に向かって叫ぶ。

「いいから行けよッ!あいつらが死んじまう前にッ!」

「わかったッ!」

私は翼を広げて城に向かう。城には20世紀の勧善懲悪ものの番組に登場する悪役のように武装した兵隊が私を待ち構えていた。
だが、持っている武器は全て一般のものである。勝てるはずがない。
私は翼を使って城の近くに留まりながら弓矢を構えて兵士たちに向かって叫ぶ。

「退いてッ!」

「黙れッ!女王陛下に逆らう愚かな者めッ!我らの手で始末してやるわッ!」

「…‥そう。それは残念」

私は弓矢を構えて城の一部を電気の矢の力を使って破壊してみせた。
パラパラと破片とかして消えていく城の城壁を見て、ほとんどの兵士を恐怖が支配した。

「もう一度だけ言うよ。『退いて』」

その言葉を聞いて兵隊たちが慌てて引き下がっていく。
私は城の廊下に着地し、近くにいる兵士の一人に弓矢を引き絞りながら問い掛ける。

「みんなはどこ?」

「みんなとは?」

「討伐隊のこと……どこにいるのかを教えてッ!」

「……謁見の間だ」

私はその言葉を聞いて謁見の間へ急ぐ。
謁見の間にはティーを含む討伐隊の仲間たちが拘束されていた。
仲間たちは兵士たちによって剣を突き付けられて人質にされていた。

どうやら女王は私がここに来ることも既に見越していたらしい。

恐らくあの農家の男も仕込みなのかもしれない。今頃は謝礼の金を使って酒場か何かで豪遊している頃だろう。

問題はそこではない。その男を使っての女王の計画である。恐らくは農夫の一件は私を誘い出すための罠であったが、女王にそのことを伝えた婦人が直々に動いたために少しばかり予定が狂ってしまい、こうして私を玉座に誘き出すために仲間たちを人質にする必要があったのだろう。

いずれにせよ、今回のクーデターは失敗に終わってしまったということである。
玉座には私が退位させる予定であった女王が謁見の間に現れた玉座に座って私を見下ろしていた。

「よく来たわね。この裏切り者が……」

「裏切り者?悪いけど、あんたに仕えた覚えはないよ」

「ふざけないでッ!この国に生きる者はみんな私の家来なのよ!……まぁいいわ。二度とそんな生意気なことが言えないようにしてやるから」

女王は玉座の上から立ち上がると、懐から指を鳴らし、背後に控えていたちぢれ毛をした童顔の男を呼び寄せる。

「女王直々の命令よ。この女を弱らせて這いつくばらせてやりなさい。それから、この女の目の前であいつらを処刑してやるの」

「かしこまりました」

男は鞘から剣を引き抜いて、私を殺そうと向かってくる。男の目は血走っており、そこには容赦の色も慈悲の色も見受けられない。

だが、そうした男であるからこそ私は容赦なく戦えるのかもしれない。
私は両手で腰に下げていた短剣を抜くと、童顔の男と対峙していく。
童顔の男に向かって私は剣を構えながらノーブのことを問い掛けた。
すると、童顔の男はあろう事か、大きな声を上げて笑い始めた。

「ハハハッ、あの男とブレードくんはまだ地下牢の方で生かしているから安心していいよ。だって、きみを心いくまで弱らせた後に這いつくばらせて全員が処刑されているところを目の前で見せたいからね」

「……本当にいい趣味してるよね。ちなみにあなたや女王の語る趣味ってどっちが発案したの?女王?それともあなた?」

「どちらかといえばぼくの趣味かな?好きなんだぁ、女王陛下に逆らった惨めな奴らが命乞いをしながら死んでいくさまを見るのが……」

男は今にも剣を舐めんばかりのねっとりとした口調で言った。
こうした相手であるのならば天使ではないのにこの短剣の錆にしたとしても不足はあるまい。
お互いに大きな声を上げながらちぢれ毛の男に向かっていく。

男の扱う魔法は炎であった。地面に炎を勢いよく突き刺し、彼は炎の柱を作られ、その柱が私の元にまで迫ってきたのだ。

しかし、私はあくまでも冷静であった。
炎の柱を二本の短剣で受け止め、そのまま電気の力を短剣から放出して、炎の柱を打ち消したのであった。

「ぼくの柱を打ち消すなんて…‥流石じゃあないか」

「この程度で褒めてもらっても困るね。もっともっとすごい力を使って仕留めてやるから」

「もっとすごい力ってどんなことをするつもりなのかな?もっと具体的に教えてよぉ」

男はあからさまに挑発してみせていた。
だが、こちらからは動かない。
というのも、魔法と魔法の打ち合いが終わった後には電気の剣と魔法を纏わせた剣による打ち合いが待っており、その戦いにおいては先に動いた方が不利となるのが目に見えているからだ。

しばらくの間は睨み合っていたが、なかなか動こうとしない私に痺れを切らしたのか、先に童顔の男の方が動いた。

男との戦いで、謁見の間にて剣と剣を打ち合わせるのはこれで三度目になるだろう。
ただし、三度目の相手は人間である。天使ではない。
それなのに私は天使の力を行使している。今ならばあの怪物の気持ちがわかる。天使でありながら人間を殺そうとしていたあの天使の気持ちが……。

やはり、一度ブレードを失ったというのが私にとっては大きかったに違いない。
あの件で私の中にあった価値観そのものがひっくり返ってしまったような気がする。

私はこんな哲学じみたことを考えている一方で、冷静に相手の剣に合わせて対応している自分がいる。
どうしてかはわからないが、この時の私の心持ちは軽かった。
どんなことでもできそうな心持ちであった。
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