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優しい敵

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隣国との国境近く、つまり森の最深部と言えるところまで進んだ一行は、一軒の小屋を発見した。
「どうしてこんな所に?」
「そもそもどうやって建てたんだ?」
騎士たちは口々に疑問を呟く。
森の奥に進むたび、魔物の数も多くなり強さも増していった。
普通の森であれば一日で進める距離に三日をかけて来たのである。
「木こりの休憩所なんてものじゃ無いだろうな」
騎士団でさえ下手をすれば命を落としかねない場所だ、ただの木こりが来るはずもない。
中を調べていた兵士が報告を上げる。
「中は空です。生活の様子はなく、本や研究道具の類が見られます」
「こちらは小屋裏を調べたのですが、何やら魔法陣のようなものがあります」
「どうやら、西の森の異変の原因はここにありそうだね」
アクシアはアトルの方を見て言葉を発した。
「アトル殿、魔法陣の調査をお願いしたい。この小屋で何が行われていたのか、知る必要がある」
「勿論です、殿下」
短く答えて、アトルは小屋裏へと消えていった。

暫くして戻ってきたアトルの周りに、王子とその側近三名とユリアが集まった。
「これは、この小屋を見た上での仮説ですが」
アトルが語り始め、皆静かにそれに耳を傾けた。
「まず魔法陣から説明すると、三つの魔法を発動するように術式が刻まれていました」
枝を手にして、地面に三重の丸を描くと、外の円を枝で示してアトルは続けた。
「まず、外殻に施されている術式は結界です。発動中は物質も魔術もその外には出ていけないようになっています」
術者より、よっぽど強い魔力を持つ者なら別ですが…と補足して、アトルは次に内側の縁を示す。
「内に施されている術は、闇魔術で生命力を吸い上げる術式でした」
宰相の息子のエラードが反応を示す。
「私も闇属性だが、そんな事ができるなんて知らないぞ!」
「詳しくは申せませんが、闇属性の魔力で他の属性の魔力を染めてしまうのです。闇魔法にはこんな使い方があるのかと正直驚きました、これは禁術として指定すべきでしょうね」
「そうだな、帰還を果たした後、その辺りは魔塔と王国議会で話をしよう」
アクシアは頷き、続きを促した。
「それから、この魔法陣の肝はこの中層の術式です。これは、瘴気を発生させる術式です」
興奮気味に、アトルは捲し立てるように語った。
「この魔法陣に誘われた魔物は、結界に囚われ、生命力を吸い上げられます。そうして渇望した魔核は、結界内に満ちた瘴気を吸い上げるのです」
アトルは更に、手にした資料を掲げながら続ける。
「生命の危機に瀕した魔核は、より多くのエネルギーを吸い上げるという研究資料が小屋の中の資料にありました。そして、瘴気を溜めた魔核は浄化を求めて自然と聖属性の魔力を求めるという資料もです」
小屋の中で行われていたのは、魔核に如何に瘴気を含ませるかという研究だったと推察される器具が揃っているのだそうだ。
「それにしても、凄まじい能力の魔術師ですよ!あれだけの術式をあんな小さな魔法陣に仕上げる技術も、禁術級の魔法を作り出す能力も、魔核を研究し続ける忍耐も、何を取っても一級品だ!」
興奮冷めやらぬままのアトルを横目に、アクシアは話を進める。
「あとは、それが誰なのかだ。こんな所に小屋を建てる事ができ、尚且つ闇魔術を使う者を突き止めよう。そうすれば、何故こんなことをしたのかも判明するだろう」
これだけの闇魔法を使える天才、何なら小屋ごと森の最深部に"転移"できる人物なんて、ユリアには一人しか心当たりがない。
(タイラン、やっぱり貴方なの?)
そう思いたくなくて、何度もその疑問を打ち消す。
回帰者で、友人で、龍の浄化の時は頼りにもした。
それなのに、信じ切る事ができない。
(貴方が敵なら何故、ハインベル子爵の事を教えてくれたの?)

未だに返事をかけないままのタイランからの手紙は、未だにテントの中にある。
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