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2.次世代の魔術師たち
3-1.精錬の魔法使い
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日向 悟
30歳 雑誌ライター
ハーフアップにした明るい色の茶髪、キラキラの好奇心旺盛な瞳。
良く動いて、誰にでも話しかける、元気で可愛い子犬系男子。
誰かが困っているときは迷わず手を差し伸べる。
その時の男らしい表情のギャップに、心を掴まれる女子も多いとか。
* * * * *
「う~ん、いやー、流石は来音ちゃん…ガードが堅いわー」
はーっとため息をついて、鼻の頭をカシカシと掻く。
カメラを首にぶら下げて、シートを倒す。
「仕事終わりにご飯食べに行きましょうって流れになりましたー、大人も混じってご飯をしますー」
手に抱えた荷物を一個、また一個と置くような身振りをつけてまでボヤく。
「そのまま一人でタクシーで帰宅しましたーって、なんでー?!」
がばぁっ!っと起き上がって、おーい!と上田家の玄関方面に突っ込みを入れる。
「タクシー乗ったら、どっかで可愛い子と落ち合ってラブラブタイムやろ!?普通!追っかけ甲斐のない……」
あーあ、と、またシートに倒れこんで頭の後ろに両手を置いた。
「学校行ってもなぁ――。敷地内には入れんし、放課後狙ってもぼっちで下校やし。リスクヘッジなんか、本気ぼっちなんか、よくわからんなあ」
本気ぼっちなんだとしたら、オジさんちょっと悲しくなっちゃうなぁ。
と、頭の下で組んでいた腕をほどいて、のっそりと起き上がる。
「シンデレラボーイじゃないんですか?来音ちゃんは…」
高校に入って、ファストファッションのショップ店員のバイトを始め、
そこでファッション誌のスナップに取り上げられて、
あれよあれよと1年で”読者モデル”の肩書から”モデル”へとステップアップしていった。
「モテモテでウハウハでイケイケ!みたいな子だったらなぁ・・・ネタの宝庫なんだけどねぇ」
特にスキャンダルがあるわけでもなく、私生活は質素。
夜にどこかに出かけたと思ったらランニング。
「もうちょっと色恋に染まってもいいと思うんですよ、ね、そう思わない?」
聞こえるはずもない相手に語り掛けてみる。
「ああ、むなしい…」シンとした車内の空気に耐えかねた。
「あー、今日は動かないっぽいし、帰るかー。提出記事どうすっかなぁー…」
また、鼻先を掻いてからエンジンをかけて、人通りまばらな夜の住宅街を帰って行く。
(明日は土曜日だし、あともう一日だけ粘ってみるか…)
その様子を確認し、こっそりと開いた上田家の扉。
「ばいばーい」と、手を振るその姿に、日向は気づくこともなく――。
翌日、7時頃には再び上田家の見える木陰に路駐。
コンビニで適当に買った菓子パンをかじりながら動きを待つ。
学校は休み、仕事もオフの予定になっているはず。
「まあ、可能性は薄いけどね~」
ハンドルにもたれかかって、ため息交じりに呟く。
ダメ元だけど、当たればデカい。
「これで空振りやと、今月の生活費がヤバいわぁ」
誰かにネタを譲ってもらうか…と、スマホの連絡先を見ながらアタリをつけていると、車体がかすかに揺れて…
――ガチャン!
「ほわぁ!?」
後部座席の扉が開いて、誰かが乗り込んでくる。
「えっ?ええ゛っ!?」
「もー、不用心だなぁ。ロックかけとかないと乗り込まれるよ~ぉ?」
と、言いながら、すっかり後部座席に落ち着いて、
ちゃっかりシートベルトまで締める「カチャ」という音が聞こえた。
バックミラーに映り込んだ人物の、イタズラっぽいドヤ顔に驚いて、高速で振り向く。
「――ぅっああ~!!首の筋いわしたっ」
首の激痛に顔をゆがめて、反射的に首を抑える。
「いっ痛ぁ…え、なんで?来音くん??」
なんで?そういうキャラじゃなくない?と、意表を突かれて、それ以上の言葉が出ない。
「そう、来音です、ハジメマシテ。でも、この一週間ずっと見張ってたでしょ?ストーカーおじさん」
「だれがオジ…いや、オジサンだわなー、高校生から見たら」
面と向かって言われるとツライのよ~と鼻の頭を掻く。
しかも、気づかれてたし…凹むわー。
「どんまい!で、お名刺ちょうだい、もちろん事務所にも話すからね!」
「えー、カンベンしてくれない?」
「してあげない、マジ迷惑してるんだからね!」
えー。と、言いながらしぶしぶ名刺を渡す。
「ありがとー」といって受け取ると、来音は名刺の名前を確認している様子だった。
「ふーん、はいはい。――じゃあ、日向さんか、さとるっち、どっちがいい?」
「はい?」
「だからぁ、どっちで呼ばれたい?」
「え?じゃあ、さとるっちでお願い」
「なんでそっち?呼ばないよ?」
はぁ?と、冷めた目線を向けられて、その理不尽に震える。
「え?え?なんで、今、来音くんが二択にしたんじゃ……え?」
「日向さんね」
「さと…」
「日向さん!」
「ハイ…」
うん、よろしい。と、満足そうにふんぞり返る。
(かぁぁ~!手足が長いと、その横暴スタイルでもキマりますね!よろしいことで!!)
そんな風に見ていると、来音はブルゾンのポケットから二枚の紙切れを取り出した。
「じゃあ、いこうか!メルシーランド!」
ルンルンで手渡してくれたそれは、若者に人気の遊園地の一日フリーパス。
「え?なんで?」
「なんで?なんでだと思ってんの?」
ひと回り以上も年の離れた少年の迫力にビビッて「あ、すいません」と反射で返してしまう。
(眼光つよ~ぉ)
「あのぅ、なぜ僕とランドの方に行くのでしょうか?」
「オレに迷惑かけたでしょう?迷惑料代わりに付き合ってよ」
「でも、これ2週間くらい前に事前予約して郵送で届くやつでしょ?誰かと行く予定だったんじゃないの?」
「そういう目端は利くんだねー」
すごい、すごーいと褒められたけど、なんだかちっとも嬉しくない。
「まあ、本当は一緒に行くつもりの相手が居たんだけどね、ドタキャンなんだ…」
一瞬だけ浮かべた切ない表情。
その色気がある顔を残したかったけど、シャッターを切れない今が悔やまれた。
「だから今日ヒマなの!ねーえぇ、ぼっちランド切ないのっ!車ないとお土産もって電車乗るの大変なのっ!一緒に行って!!」
助手席に腕を回して、むーっとヘッドレストでほっぺたを押しつぶしながらのおねだり。
(こういう表情もできるのねー!)なんてキュンとしながらも感心してしまう。
「じゃないと、ここで騒ぐから!オレ、未成年だからね、騒がれてもいいの?!助けて―って」
「やめてー!冗談でもこのご時世、僕、社会的に終わるからぁ」
にひーっと大きな笑顔を浮かべて、来音はもう一度命令を下す。
「じゃあ、行こっ♪メルシーランド」
「はいはい…わかりました、さとるっちは来音サマには敵いません。お供させていただきます」
「やったー!ありがとう日向さん」
「さとるっちって呼んでーっ!僕ら今からランド友達じゃん?」
「いや、従者でしょ」
「…友」
「召使」
「友だ」
「パシリ」
「いや、どんどん格下げされてるって!」
「ふふん!さとるっち面白い」
「…あ、呼んでくれた♡」
「その言い方キモい」
「うわ、アメとムチめちゃ上手じゃん、来音ちゃんがこんな子やって知らんかったー!」
行き先をナビに打ち込んで、ハンドルを握る。
後部座席には飛ぶ鳥を落とす勢いの、超有望人気若手モデル。
仲良くなれば、何かネタを零してくれる可能性だってあるはず!
「ところで…来音ちゃんを袖にした子って、どんな子なの?」
「はい?」
「本当は誰と行く予定だったのかなー?って思って」
「え?言うと思う?」
「思いません、ごめんなさい」
(ムチ多めだな~)
…トホホと肩を落としつつ、それでもあきらめないぞ!と気合を入れなおす。
「まあ、それは言えないんだけど、ひとまずオレのオフショは撮れるじゃん?記事が出きたら事務所にちゃんと送ってよね?」
「オフショ撮らしてくれるの!?」
「ちゃんと撮ってよ?さとるっち、腕はあるんでしょ?」
おそらく、自分の力こぶをポンポン叩いているであろう音が来音の方から聞こえる。
「おまかせください!それはホントに自信あるから!」
「まあ、素材オレだからね、悪くなりようがナイもんね」
「おっしゃる通り!」
「そこは何言ってんのーって言ってくれないと、オレ、イタイ子じゃん」
「いやいや、事実ですから、ね?」
「調子狂うー」
そんなこんな、軽快なトークで車内は満たされてて、
すっかり僕は忘れていたんだ…
そう、若い元気な男の子とテーマパークに行くとなると…
「いぎゃああああっ!うおお~っ、内臓出るっっ、うう゛」
「きゃははは!サイコー!!さとるっち、顔、顔!ウケるー!!」
ゴオォォォー!
という爆音とともに、高速でアップダウンを繰り返す。
上が下で下が上みたいなぐるぐるに突入して、頂上から急速落下した後、ようやく戻ってこれた。
「――はぁっ…逝ったかと思った」
「ジェットコースター、マジたのしい!次、次行こう!」
あれ!と示されたのは、一気に高く上がってストーンと落ちるヤツ。
「あっ…アカンやつ――」
「はい、行くよー!」
ズルズル引きずられながら、(そうよなー)と思う。
そりゃあ、若い男の子がこういう所に来たら、そりゃあ絶叫系乗るわな。
それからもう1本、水がバッシャーンってなるヤツも乗って、すっかりグロッキーになってしまった。
「えー、意外。苦手にみえないのに」
「ハイ」と渡されたアイスコーヒーに口をつけ、少しだけ胸ヤケ気味だったモヤモヤが晴れる。
「大丈夫そ?」
「んーどうかなぁ」
と言いながら、隣に腰掛けた来音を見る。
キレイに通った鼻筋、まだ成長しきってない線の細さが残るのに、節々に男らしい骨格を感じる。
(まー、本当に逸材だこと)
自然とカメラに手が伸びて、シャッターを切る。
「あ、撮るんだオフショ。撮らないのかと思った」
「おうよ、撮りますとも!ここまで来て何の手土産もなしじゃ帰れませんって」
「すごいね、みるみる元気じゃん」
「まかしときっ!」
ようやく調子を取り戻して、ベンチから立ち上がると、
来音は心底嬉しそうな顔で、腕を引っ張ってくる。
「よかった!じゃあ、次行こ―!!」
そういって引きずられたのは”化け猫憑きの嘆きの館”と書かれた薄暗い建物。
「え?え?お化け屋敷!?来音さんっ、ここは、ここだけは勘弁してぇぇえ~」
必至の訴えも空しく、体格の差で引きずられて中へと進む。
小さいころからビビりで、自室でさえ夜の暗がりは耐えられない。
だから、人生で一度もお化け屋敷になんて足を踏み入れたことはなかった。
絶対、心臓がもたないって知ってたから。
数秒後――
「ぎゃあーーー!いやぁぁあ!」
喉が裂けるほどの叫び声が、館中に響いた。
最後の方は耐えられず、来音を置いて、ダッシュで出て来てしまった。
「あははっ!もー、傑作!!ほら、ちゃんと立って」
地面に倒れ伏して息を整えていたら、余裕で出口をくぐってきた来音がグイッと引っ張り起してくれた。
「あ、ああ…ごめん、腰抜けた」
「しっかりしてー、オジサン抱きしめても嬉しくないんだけど」
そういいながらも近くのベンチまで運んでくれる。
「ねえ、既視感ー」
「あー、情けなっ。ごめんな―、楽しくないでしょ?」
ジェットコースターに乗ってはベンチで休憩
お化け屋敷で腰抜かしては休憩
「いや、さっきまで大爆笑してたんで、そこは大丈夫。あと、女の子と来た時のいいシミュレーションにもなった…の、かな?」
「やっぱり女の子と来る予定だったんだ?」
「流石のプロ意識だね」
ゾンビみたいなのに、そこはしっかり聞いてくるんだ…と、呆れているのが分かる。
「――ねえ、雑誌ライターって、別にゴシップ紙向けの記事だけ書かなくてもいいんでしょ?なんか、さとるっち、こういうのは向いてないよ、たぶん。ターゲットには気づかれるし、振り回されてるしさ…」
「ストレートに言ってくれますね、若人は。さとるっちだって、いろいろ、いろ~いろあって、この仕事してんのよ。そんな簡単に、はい、じゃあ真面目な記事書きます!とはならないワケさ」
「んー、そうなんだ、そうなのかなぁ…」
「そうなんです、来音ちゃんももっといろいろ経験したらわかるはずよ。適正とかしがらみとか、働き方とか…いろいろ絡み合って今があるんです」
マジメな話は苦手だわーと、ベンチに深く腰掛けてあくびを一つする僕
ふーんって言いながら、ちょっと真剣な顔で来音は何度か頷いた。
「そっか、そういえば初対面だったよね、なんか忘れてて言いすぎちゃった…ごめん」
「いいってことよ。大人にぶつかってみるのも青春デショ」
「台詞くさっ、でも、ありがとう。今日ね、オレ、ちょっと自棄になってて、苦手って言ってたのに、いっぱい振り回しちゃった」
「来音ちゃん…元気出た?」
「ん、出た」
「じゃあ、気にしなくてOK!」
えへへ、と照れたように地面に目線を落として
「ありがとうね」と、来音は小さく告げた。
「おうっ」と、返してその話は終わりだ。
「さって!じゃあ、後はオジサンの仕事させてな?ひとまず、あのカフェで可愛く笑ってみようか!」
それからの仕事は実にスムーズに進んだ。
その時の記事が、めちゃくちゃ好評だったのは言うまでもない。
30歳 雑誌ライター
ハーフアップにした明るい色の茶髪、キラキラの好奇心旺盛な瞳。
良く動いて、誰にでも話しかける、元気で可愛い子犬系男子。
誰かが困っているときは迷わず手を差し伸べる。
その時の男らしい表情のギャップに、心を掴まれる女子も多いとか。
* * * * *
「う~ん、いやー、流石は来音ちゃん…ガードが堅いわー」
はーっとため息をついて、鼻の頭をカシカシと掻く。
カメラを首にぶら下げて、シートを倒す。
「仕事終わりにご飯食べに行きましょうって流れになりましたー、大人も混じってご飯をしますー」
手に抱えた荷物を一個、また一個と置くような身振りをつけてまでボヤく。
「そのまま一人でタクシーで帰宅しましたーって、なんでー?!」
がばぁっ!っと起き上がって、おーい!と上田家の玄関方面に突っ込みを入れる。
「タクシー乗ったら、どっかで可愛い子と落ち合ってラブラブタイムやろ!?普通!追っかけ甲斐のない……」
あーあ、と、またシートに倒れこんで頭の後ろに両手を置いた。
「学校行ってもなぁ――。敷地内には入れんし、放課後狙ってもぼっちで下校やし。リスクヘッジなんか、本気ぼっちなんか、よくわからんなあ」
本気ぼっちなんだとしたら、オジさんちょっと悲しくなっちゃうなぁ。
と、頭の下で組んでいた腕をほどいて、のっそりと起き上がる。
「シンデレラボーイじゃないんですか?来音ちゃんは…」
高校に入って、ファストファッションのショップ店員のバイトを始め、
そこでファッション誌のスナップに取り上げられて、
あれよあれよと1年で”読者モデル”の肩書から”モデル”へとステップアップしていった。
「モテモテでウハウハでイケイケ!みたいな子だったらなぁ・・・ネタの宝庫なんだけどねぇ」
特にスキャンダルがあるわけでもなく、私生活は質素。
夜にどこかに出かけたと思ったらランニング。
「もうちょっと色恋に染まってもいいと思うんですよ、ね、そう思わない?」
聞こえるはずもない相手に語り掛けてみる。
「ああ、むなしい…」シンとした車内の空気に耐えかねた。
「あー、今日は動かないっぽいし、帰るかー。提出記事どうすっかなぁー…」
また、鼻先を掻いてからエンジンをかけて、人通りまばらな夜の住宅街を帰って行く。
(明日は土曜日だし、あともう一日だけ粘ってみるか…)
その様子を確認し、こっそりと開いた上田家の扉。
「ばいばーい」と、手を振るその姿に、日向は気づくこともなく――。
翌日、7時頃には再び上田家の見える木陰に路駐。
コンビニで適当に買った菓子パンをかじりながら動きを待つ。
学校は休み、仕事もオフの予定になっているはず。
「まあ、可能性は薄いけどね~」
ハンドルにもたれかかって、ため息交じりに呟く。
ダメ元だけど、当たればデカい。
「これで空振りやと、今月の生活費がヤバいわぁ」
誰かにネタを譲ってもらうか…と、スマホの連絡先を見ながらアタリをつけていると、車体がかすかに揺れて…
――ガチャン!
「ほわぁ!?」
後部座席の扉が開いて、誰かが乗り込んでくる。
「えっ?ええ゛っ!?」
「もー、不用心だなぁ。ロックかけとかないと乗り込まれるよ~ぉ?」
と、言いながら、すっかり後部座席に落ち着いて、
ちゃっかりシートベルトまで締める「カチャ」という音が聞こえた。
バックミラーに映り込んだ人物の、イタズラっぽいドヤ顔に驚いて、高速で振り向く。
「――ぅっああ~!!首の筋いわしたっ」
首の激痛に顔をゆがめて、反射的に首を抑える。
「いっ痛ぁ…え、なんで?来音くん??」
なんで?そういうキャラじゃなくない?と、意表を突かれて、それ以上の言葉が出ない。
「そう、来音です、ハジメマシテ。でも、この一週間ずっと見張ってたでしょ?ストーカーおじさん」
「だれがオジ…いや、オジサンだわなー、高校生から見たら」
面と向かって言われるとツライのよ~と鼻の頭を掻く。
しかも、気づかれてたし…凹むわー。
「どんまい!で、お名刺ちょうだい、もちろん事務所にも話すからね!」
「えー、カンベンしてくれない?」
「してあげない、マジ迷惑してるんだからね!」
えー。と、言いながらしぶしぶ名刺を渡す。
「ありがとー」といって受け取ると、来音は名刺の名前を確認している様子だった。
「ふーん、はいはい。――じゃあ、日向さんか、さとるっち、どっちがいい?」
「はい?」
「だからぁ、どっちで呼ばれたい?」
「え?じゃあ、さとるっちでお願い」
「なんでそっち?呼ばないよ?」
はぁ?と、冷めた目線を向けられて、その理不尽に震える。
「え?え?なんで、今、来音くんが二択にしたんじゃ……え?」
「日向さんね」
「さと…」
「日向さん!」
「ハイ…」
うん、よろしい。と、満足そうにふんぞり返る。
(かぁぁ~!手足が長いと、その横暴スタイルでもキマりますね!よろしいことで!!)
そんな風に見ていると、来音はブルゾンのポケットから二枚の紙切れを取り出した。
「じゃあ、いこうか!メルシーランド!」
ルンルンで手渡してくれたそれは、若者に人気の遊園地の一日フリーパス。
「え?なんで?」
「なんで?なんでだと思ってんの?」
ひと回り以上も年の離れた少年の迫力にビビッて「あ、すいません」と反射で返してしまう。
(眼光つよ~ぉ)
「あのぅ、なぜ僕とランドの方に行くのでしょうか?」
「オレに迷惑かけたでしょう?迷惑料代わりに付き合ってよ」
「でも、これ2週間くらい前に事前予約して郵送で届くやつでしょ?誰かと行く予定だったんじゃないの?」
「そういう目端は利くんだねー」
すごい、すごーいと褒められたけど、なんだかちっとも嬉しくない。
「まあ、本当は一緒に行くつもりの相手が居たんだけどね、ドタキャンなんだ…」
一瞬だけ浮かべた切ない表情。
その色気がある顔を残したかったけど、シャッターを切れない今が悔やまれた。
「だから今日ヒマなの!ねーえぇ、ぼっちランド切ないのっ!車ないとお土産もって電車乗るの大変なのっ!一緒に行って!!」
助手席に腕を回して、むーっとヘッドレストでほっぺたを押しつぶしながらのおねだり。
(こういう表情もできるのねー!)なんてキュンとしながらも感心してしまう。
「じゃないと、ここで騒ぐから!オレ、未成年だからね、騒がれてもいいの?!助けて―って」
「やめてー!冗談でもこのご時世、僕、社会的に終わるからぁ」
にひーっと大きな笑顔を浮かべて、来音はもう一度命令を下す。
「じゃあ、行こっ♪メルシーランド」
「はいはい…わかりました、さとるっちは来音サマには敵いません。お供させていただきます」
「やったー!ありがとう日向さん」
「さとるっちって呼んでーっ!僕ら今からランド友達じゃん?」
「いや、従者でしょ」
「…友」
「召使」
「友だ」
「パシリ」
「いや、どんどん格下げされてるって!」
「ふふん!さとるっち面白い」
「…あ、呼んでくれた♡」
「その言い方キモい」
「うわ、アメとムチめちゃ上手じゃん、来音ちゃんがこんな子やって知らんかったー!」
行き先をナビに打ち込んで、ハンドルを握る。
後部座席には飛ぶ鳥を落とす勢いの、超有望人気若手モデル。
仲良くなれば、何かネタを零してくれる可能性だってあるはず!
「ところで…来音ちゃんを袖にした子って、どんな子なの?」
「はい?」
「本当は誰と行く予定だったのかなー?って思って」
「え?言うと思う?」
「思いません、ごめんなさい」
(ムチ多めだな~)
…トホホと肩を落としつつ、それでもあきらめないぞ!と気合を入れなおす。
「まあ、それは言えないんだけど、ひとまずオレのオフショは撮れるじゃん?記事が出きたら事務所にちゃんと送ってよね?」
「オフショ撮らしてくれるの!?」
「ちゃんと撮ってよ?さとるっち、腕はあるんでしょ?」
おそらく、自分の力こぶをポンポン叩いているであろう音が来音の方から聞こえる。
「おまかせください!それはホントに自信あるから!」
「まあ、素材オレだからね、悪くなりようがナイもんね」
「おっしゃる通り!」
「そこは何言ってんのーって言ってくれないと、オレ、イタイ子じゃん」
「いやいや、事実ですから、ね?」
「調子狂うー」
そんなこんな、軽快なトークで車内は満たされてて、
すっかり僕は忘れていたんだ…
そう、若い元気な男の子とテーマパークに行くとなると…
「いぎゃああああっ!うおお~っ、内臓出るっっ、うう゛」
「きゃははは!サイコー!!さとるっち、顔、顔!ウケるー!!」
ゴオォォォー!
という爆音とともに、高速でアップダウンを繰り返す。
上が下で下が上みたいなぐるぐるに突入して、頂上から急速落下した後、ようやく戻ってこれた。
「――はぁっ…逝ったかと思った」
「ジェットコースター、マジたのしい!次、次行こう!」
あれ!と示されたのは、一気に高く上がってストーンと落ちるヤツ。
「あっ…アカンやつ――」
「はい、行くよー!」
ズルズル引きずられながら、(そうよなー)と思う。
そりゃあ、若い男の子がこういう所に来たら、そりゃあ絶叫系乗るわな。
それからもう1本、水がバッシャーンってなるヤツも乗って、すっかりグロッキーになってしまった。
「えー、意外。苦手にみえないのに」
「ハイ」と渡されたアイスコーヒーに口をつけ、少しだけ胸ヤケ気味だったモヤモヤが晴れる。
「大丈夫そ?」
「んーどうかなぁ」
と言いながら、隣に腰掛けた来音を見る。
キレイに通った鼻筋、まだ成長しきってない線の細さが残るのに、節々に男らしい骨格を感じる。
(まー、本当に逸材だこと)
自然とカメラに手が伸びて、シャッターを切る。
「あ、撮るんだオフショ。撮らないのかと思った」
「おうよ、撮りますとも!ここまで来て何の手土産もなしじゃ帰れませんって」
「すごいね、みるみる元気じゃん」
「まかしときっ!」
ようやく調子を取り戻して、ベンチから立ち上がると、
来音は心底嬉しそうな顔で、腕を引っ張ってくる。
「よかった!じゃあ、次行こ―!!」
そういって引きずられたのは”化け猫憑きの嘆きの館”と書かれた薄暗い建物。
「え?え?お化け屋敷!?来音さんっ、ここは、ここだけは勘弁してぇぇえ~」
必至の訴えも空しく、体格の差で引きずられて中へと進む。
小さいころからビビりで、自室でさえ夜の暗がりは耐えられない。
だから、人生で一度もお化け屋敷になんて足を踏み入れたことはなかった。
絶対、心臓がもたないって知ってたから。
数秒後――
「ぎゃあーーー!いやぁぁあ!」
喉が裂けるほどの叫び声が、館中に響いた。
最後の方は耐えられず、来音を置いて、ダッシュで出て来てしまった。
「あははっ!もー、傑作!!ほら、ちゃんと立って」
地面に倒れ伏して息を整えていたら、余裕で出口をくぐってきた来音がグイッと引っ張り起してくれた。
「あ、ああ…ごめん、腰抜けた」
「しっかりしてー、オジサン抱きしめても嬉しくないんだけど」
そういいながらも近くのベンチまで運んでくれる。
「ねえ、既視感ー」
「あー、情けなっ。ごめんな―、楽しくないでしょ?」
ジェットコースターに乗ってはベンチで休憩
お化け屋敷で腰抜かしては休憩
「いや、さっきまで大爆笑してたんで、そこは大丈夫。あと、女の子と来た時のいいシミュレーションにもなった…の、かな?」
「やっぱり女の子と来る予定だったんだ?」
「流石のプロ意識だね」
ゾンビみたいなのに、そこはしっかり聞いてくるんだ…と、呆れているのが分かる。
「――ねえ、雑誌ライターって、別にゴシップ紙向けの記事だけ書かなくてもいいんでしょ?なんか、さとるっち、こういうのは向いてないよ、たぶん。ターゲットには気づかれるし、振り回されてるしさ…」
「ストレートに言ってくれますね、若人は。さとるっちだって、いろいろ、いろ~いろあって、この仕事してんのよ。そんな簡単に、はい、じゃあ真面目な記事書きます!とはならないワケさ」
「んー、そうなんだ、そうなのかなぁ…」
「そうなんです、来音ちゃんももっといろいろ経験したらわかるはずよ。適正とかしがらみとか、働き方とか…いろいろ絡み合って今があるんです」
マジメな話は苦手だわーと、ベンチに深く腰掛けてあくびを一つする僕
ふーんって言いながら、ちょっと真剣な顔で来音は何度か頷いた。
「そっか、そういえば初対面だったよね、なんか忘れてて言いすぎちゃった…ごめん」
「いいってことよ。大人にぶつかってみるのも青春デショ」
「台詞くさっ、でも、ありがとう。今日ね、オレ、ちょっと自棄になってて、苦手って言ってたのに、いっぱい振り回しちゃった」
「来音ちゃん…元気出た?」
「ん、出た」
「じゃあ、気にしなくてOK!」
えへへ、と照れたように地面に目線を落として
「ありがとうね」と、来音は小さく告げた。
「おうっ」と、返してその話は終わりだ。
「さって!じゃあ、後はオジサンの仕事させてな?ひとまず、あのカフェで可愛く笑ってみようか!」
それからの仕事は実にスムーズに進んだ。
その時の記事が、めちゃくちゃ好評だったのは言うまでもない。
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