僕のイシはどこにある?!

阿都

文字の大きさ
上 下
8 / 11
第一章 白道

天使が通る、大行進! その1

しおりを挟む
 まったく、今日ほど時計の針の進み具合を気にし続けた日もないと思う。
 また機械が止まっているんじゃないかと疑わしく思った事も。

 骨の髄まで思い知ったのは、いかにPS倶楽部のメンバーが全校的に人気があるかという、僕的には底なしに気が重くなる事実だった。

 休み時間になる度に、クラスメイトは言うに及ばず、同級生、先輩方こぞって1年C組にお越しになり、それはそれはご丁寧に質問攻めにして下さった。
 特に同じ中学出身者は遠慮がなく、トイレにまでついてくる始末だ。
 もちろん昼休みもほぼ監禁拘束状態。お弁当を作ってくれた母には申し訳ないけれど、今日のおかずが何なのか、僕はまだ知らない。

 もう1つ分かったのは、PS倶楽部は入部希望者がすごく多いという事。
 しかも昨年設立したときからだという話だ。

 糸川高校は部活動のかけ持ちが認められているだけに、体育会系、文科系、帰宅部問わず主に男子の入部申請が殺到して、面接までしなければいけない程だった。
 なのになぜかことごとく落とされたので、周りでは噂話が絶えなかったみたいだ。

 だから今年度が始まった時点で、新入生をどう受け入れるのか、密かに注目されていたらしい。
 で、僕が入部したという情報が、我が親愛なる悪友の手で校内にばらまかれたので、一気に好奇心と嫉妬心が入り乱れて爆発した模様。

 いや、もう本当に勘弁してほしい。
 『お前ごときが入れて、なんで俺が入れないんだ!』って言われても、僕の方こそ部長を問い質したいぐらいだ。

 倶楽部存続に2名必要って言っていたけど、僕を入れなくたって余裕じゃないか。
 どうして仮入部させられたんだろう。

「カズマ、俺に黙っていたのは許してやる。だから俺も入れてくれるように頼んでくれ」
「一応言うだけ言ってみる。でも僕も仮入部の状態だから、何の権限も無いんだ。期待するなよ」

 地学準備室に向かう間、つきまとってくる達也に、もう何回言ったか数えるのもおっくうになった台詞を繰り返す。

 クラブ存続のために期間限定で入部しています、なんて言って生徒会の耳にでも入ったら、朱沼部長たちに迷惑がかかる。
 だから、どんな質問を受けようが仮入部の点だけをひたすらに強調して伝えてきた。
 この際、相手が納得しようがしまいが気にしない。
 実際、理由なんて知らないし、僕に説明できるのはこの一点だけなんだから。

 なんとか悪友を引きはがし、遠巻きにこちらを窺う数多の視線を無視しながら部室にたどり着いた僕の前には、なんだかもめている二人組人組がいた。

「申し訳ないけれど、選考理由に関してはお教えできません。部員全員の意見一致による決定とだけ申し上げておきます」
「雲雀さん、それじゃ全校生徒は納得しないって。俺も糸川高校新聞部のエース記者として引っ込む訳にはいかないね」
「ふーん、あんたがエース記者とは寡聞にして知らないね。なんか面白い記事書いた事あったっけ?」
「あ、ひでぇ言い方! ついでに口調も戻っちゃって。さっきまでの慇懃無礼な雲雀さんはどこへ行った!」
「やっぱ記者に向いてないわ。慇懃無礼の意味、辞書引いておきなよ」
「いや、意味は知ってる」
「……前言撤回。記者向いてないどころか、やめた方がいい」

 押し問答というか、意味が分かりにくい漫才というか。
 朱沼部長と青枠名札の男子生徒のやり取りは、見ていてちょっと面白かった。話題が僕の事でなければ。

 舌戦は終わったのか、いきなり火が消えたように黙り込む二人。
 女はにらみ、男はとぼけつつ視線をそらさない。
 こういう瞬間を「天使が通る」って表現するのかな。ちょっと違う気がする。

 妙に感心してしまった僕がそばにいる事にやっと気がついたのか。自称エース記者は眼力戦闘を止めて、親しみあふれた口調で話しかけてきた。

「おー、昼休みは質問攻めにして悪かったね、黄塚君」
「池宮先輩、でしたよね。お疲れ様です」
「いやいや、ホント疲れるよ。君のおかげであちこち取材しまくってる最中さ。新聞部としては嬉しい悲鳴だね。君はホントの悲鳴をあげてるようだけど」

 大げさに肩をすくめてみせる池宮紀彦先輩は背が高く細身だけど、ひ弱な感じがしないのはいい感じに日に焼けているせいかもしれない。
 聞き方によってはかなり嫌みな表現なのに、なんだか言い方が明るくて憎めないのは、昼休みの突撃インタビューで経験済み。

 僕が曖昧に笑ってごまかしていると、朱沼部長がおとぎ話に出てくる腹を空かせたオオカミのような表情で横やりを入れた。

「疲れてるなら、帰って寝ちゃったら? あたしたちはこれから部活なんだよ」
「はいはい。雲雀さんの口の堅さは長い付き合いで知ってるからね。今日は素直にひきますよ」
「二度とくんな、へたれ記者」
「それも言われ続けてもう2年ってね」

 どうやらかなりメンタルが強い先輩らしい。
 朱沼部長にこんな感じで言われ続けたら、僕だったら1週間だって耐えられません。

「じゃ、またな、黄塚君。今度いろいろ話そうね」
「はい、どうもです。ですけど、僕が知ってる事はもう全部言いましたからね」
「やれやれ、部員は部長に右ならえか。ま、それはそれで記事になるかな」

 またも肩をすくめた池宮先輩は、口笛でも吹いているかのようにリズミカルな歩調で去っていった。
 疲れるとか言いながら、本当は思いっきり楽しんでいるんだろうなと思うと、朱沼先輩の指摘とは別の意味ではすごく記者に向いているんじゃないだろうか。

「やーっと解放されたよ。全くしつこいんだよね、池宮は」

 朱沼先輩が大きく伸びをしながら、首をまわしている。
 ここはお疲れ様でしたと言うべきか、ちょっと迷うところだ。
 戸惑う僕に対して、部長は自然に笑顔を向けると、眼で入室するように促した。

しおりを挟む

処理中です...