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第一話

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「やっぱり、あなただったんですね」

 ヴィオネラはその、自分の目の前に佇む人物に向け、最後の確認を投げかけた。

 問い掛けではない。彼女はその人物が自分を殺そうとしたことをほぼ確信しており、そしていま、パズルの最後のピースは嵌まってしまったのだ。

 信じたくはなかった。何かの誤解だと思い込みたかった。しかし、いまとなってはそれは不可能だった。

 どんなに自分をごまかそうにも、かれが自分の血に濡れた剣を片手に、世にも酷薄な微笑を浮かべてこちらを見つめている事実は消せない。

 かれだったのだ。いままでの十二回も・・・・・・・・・

 すべてはかれの仕業。それにもかかわらず、自分は愚かにかれのことを信じ込み、そのたびに殺された・・・・・・・・・

 しかし、それもここで終わりだ。もう真実から目を背けることはしない。

 たとえ、それがどれほど自分にとって信じたくないものであるとしても。

「おや、やっぱりと来たか。残念だな。てっきり心からぼくのことを信頼してくれていると思っていたのに」

 かれはそのきわめて秀麗なおもてに歪んだ苦笑を浮かべた。

 それだけを切り取れば、まるで、あたりまえの日常の表情のようだった。

 そこには一切の動揺も後悔も見て取れない。かれにとって、この行為はまったく何でもないことなのだとあらためて良くわかった。

 そう、かれにしてみれば、単に自分の仕事を果たそうとしてちょっと失敗しただけのことなのだ。

 それも容易に挽回できる。まだそう信じていることだろう。

 じっさい、そうなのかもしれない。かれの実力は自分に比肩し、しかも組み合わせを考えれば圧倒的に有利だ。

 一対一の勝負では自分にはほとんど勝ち目がないと云って良い。

 しかも、ヴィオネラにはことがここに及んでもなお、かれが自分を殺そうとしていることを認めたくない気持ちが残っていた。

 その事実から目を背けることはしない。だが、それでも真実を直視することはあまりにも辛かった。

 なぜなら、かれは孤独だった自分を救ってくれたたったひとりの人間なのだから。

 「信頼してくれていると思っていたのに」? そうだ、本当に信頼していた。

 そのために何度もひどい目に遭い、それでも愚かに信じつづけた。

 その信頼をこれでもかと粉々に打ち砕いてくれたのは、かれ自身に他ならない。

 信じられるものなら信じたかったのだ。それなのに――

「なぜ、わたしを裏切ったのですか?」

 ヴィオネラが訊ねると、かれは不思議そうに首を傾げた。

「裏切った? ぼくがきみを? 心外だな。ぼくは裏切ってなどいないよ。いま、避けなければ、きみはぼくのことを信じたまま安らかに葬ってやれたはずなんだ。悪いのはぼくを信頼しきらなかったきみのほうなんだよ。その代償として、きみは苦しまなければならない。それとも、無駄な抵抗をあきらめて速やかに死ぬかい?」

「よくも、よくもそんなことを」

 ヴィオネラは焔の怒りを込め呟いた。もし人の感情がそのまま形となって外にあふれ出るものなら、いま、彼女はまさに紅蓮の焔に包まれていたことだろう。

「わたしはあなたを赦さない。勇者さま・・・・
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