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第一話
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「あなたを愛しています、メロディア」
と、その人は、わたしの皓くほっそりした指を手に取ってそこに口づけた。
「この世のだれよりも何よりも尊い方。あなたの存在がわたしにとっての光です。あなたがいなければ、世界は闇に閉ざされているようなもの。毎朝、起きたときにあなたのことを想うことがわたしの幸せ、そして、あなたと逢えずに終わる一日こそわたしの苦しみなのです。どうか、わたしを受け入れてください。わたしをあなたなしでこの先も生きていくという地獄に突き落とさないでください。お願いします、メロディア」
わたしは茫然とその情熱的な告白に聞き惚れた。
他の人が口にしていたら恥ずかしくてたまらなくなるような美辞麗句に聴こえるところだが、かれの口から洩れると珠玉のセリフと思われた。
わたしも一応は年頃の女の子の端くれだ。思わず、陶然と頬を赤らめてしまう。
いかんいかん。このままじゃあっさり口説き落とされてしまう。もうだれとも恋愛したりするつもりはないのに。
わたしはいま、この人、深い海を映し出すような神秘的な碧い眸とさらさらと柔らかに風になびく黄金色の髪を持つ、薔薇王朝の美貌の王子ドリューヴさまに正面から口説かれている。
並大抵の男が口にしたら冗談としか思えない言葉も、かれほどの美形が云うと恐ろしいほどの攻撃力を発揮する。もう少しで簡単に心臓を射抜かれて「はい」とうなずいてしまうところだった。
わたしはその展開を避けるため、強烈な吸引力があるかれのひとみからどうにか視線を逸らした。美形は眩しくて目に悪い。
「その、せっかくですが、ドリューヴさま。わたしは身分低き下級貴族の身の上。しかもどこにでもいるような凡庸な女でございます。あなたさまほどの方のお言葉はもったいなく思います。どうか、わたしのことは忘れて、他の女性と幸せなご家庭を作ってください」
わたしがそう口にすると、王子は目に見えて悄然とうなだれた。
至上の造形美の人だけに、そのようにしょんぼりされると、異様に罪悪感をそそられる。何かとほうもなく悪いことを云ってしまったのではないかと思えてくる。
思わず前言撤回したくなってしまうが、ここは我慢だ。かれにとっても、わたしのような下賤な俗物と結ばれないほうが良いはずだ。
いまは一時の気の迷いでわたしが好きだと思っていても、人の気持ちは移ろい変わるもの。いつかはまたべつのだれかに想いを寄せることだろう。
しかし、ドリューヴは哀しそうに目を伏せたまま、わたしの指を離そうとはしなかった。
「そうですか。メロディア、あなたはわたしを選ぶつもりはないというのですね。わたしのようなつまらない男は眼中にない、このように云い寄られることも迷惑だ、と」
「そ、そんなこと云っていません!」
「しかし、わたしの告白を拒絶するとはそういうことでしょう。あなたがそう思われるのも無理はありません。たしかにわたしは退屈な男です。しかし、ことあなたを想うことにかけては、だれにも負けない自信があります。メロディア。わたしの太陽。わたしはあきらめませんよ。必ず、何としてもあなたの心を射止めてみせます」
かれはもう一度わたしの指先に口づけ、そしてきびすを返した。そのまま、それ以上は無言でこの部屋から立ち去ってしまう。
わたしはあたかも倒れ込むようにして自分の椅子に座った。ほんとうに危ないところだった。もう少しで口説き落とされていた。
かれのほとんど病的にいちずな恋心にさらされると、わたしの心に築いた障壁もまるで無力だ。
ほんとうに、なぜ、わたしなんかがそんなに好きなのだろうね。宮廷には美姫麗人がいくらでも群れをなしているだろうに。
たしかに、わたしとドリューヴは幼なじみだ。わたしは先ほど述べたように卑しい下級貴族の出身に過ぎないが、わが母がかれの教師を務めていたため、幼少期、しばしば遊ぶ機会があったのだ。
その頃はあいてが王子さまだということも無視して、傍若無人に振る舞っていたような記憶がある。恐ろしい。子供の無邪気さってほんとうに恐ろしい。
そして、どうやらドリューヴはその頃にわたしのことを好きになってしまったらしい。つまりはもう十年以上もひたすらいちずにわたしを想ってくれていたわけだ。
虚仮の一念と云っては何だが、信じられないようなひたむきさである。何かカンチガイをしているとしか思えない。
わたしがかれのその想いを知ったのは、つい先日のことに過ぎない。それまでの間、わたしはべつの男性とつきあったりもしていた。あげくの果てには、婚約したりすらしていた。
いまとなっては若気の至りと云うしかないが、その頃はその男が誠実な人物に見えていたのだ。真実は不実を絵に描いて真っ黒に塗りたくったような男だったわけだけれど。
あの男のことはもう思い出したくもない。あの男を好きだった自分の気持ちも、永遠に封印したまま生きていきたい。
わたしがもう恋愛しないと誓ったのも、すべてはあの男が原因だ。つまり、あの男に云い寄られるまえにドリューヴから告白されていたなら、そのままかれと結ばれていた可能性もある。
ドリューヴ王子、怨むならあのろくでなしを怨んでね。
と、その人は、わたしの皓くほっそりした指を手に取ってそこに口づけた。
「この世のだれよりも何よりも尊い方。あなたの存在がわたしにとっての光です。あなたがいなければ、世界は闇に閉ざされているようなもの。毎朝、起きたときにあなたのことを想うことがわたしの幸せ、そして、あなたと逢えずに終わる一日こそわたしの苦しみなのです。どうか、わたしを受け入れてください。わたしをあなたなしでこの先も生きていくという地獄に突き落とさないでください。お願いします、メロディア」
わたしは茫然とその情熱的な告白に聞き惚れた。
他の人が口にしていたら恥ずかしくてたまらなくなるような美辞麗句に聴こえるところだが、かれの口から洩れると珠玉のセリフと思われた。
わたしも一応は年頃の女の子の端くれだ。思わず、陶然と頬を赤らめてしまう。
いかんいかん。このままじゃあっさり口説き落とされてしまう。もうだれとも恋愛したりするつもりはないのに。
わたしはいま、この人、深い海を映し出すような神秘的な碧い眸とさらさらと柔らかに風になびく黄金色の髪を持つ、薔薇王朝の美貌の王子ドリューヴさまに正面から口説かれている。
並大抵の男が口にしたら冗談としか思えない言葉も、かれほどの美形が云うと恐ろしいほどの攻撃力を発揮する。もう少しで簡単に心臓を射抜かれて「はい」とうなずいてしまうところだった。
わたしはその展開を避けるため、強烈な吸引力があるかれのひとみからどうにか視線を逸らした。美形は眩しくて目に悪い。
「その、せっかくですが、ドリューヴさま。わたしは身分低き下級貴族の身の上。しかもどこにでもいるような凡庸な女でございます。あなたさまほどの方のお言葉はもったいなく思います。どうか、わたしのことは忘れて、他の女性と幸せなご家庭を作ってください」
わたしがそう口にすると、王子は目に見えて悄然とうなだれた。
至上の造形美の人だけに、そのようにしょんぼりされると、異様に罪悪感をそそられる。何かとほうもなく悪いことを云ってしまったのではないかと思えてくる。
思わず前言撤回したくなってしまうが、ここは我慢だ。かれにとっても、わたしのような下賤な俗物と結ばれないほうが良いはずだ。
いまは一時の気の迷いでわたしが好きだと思っていても、人の気持ちは移ろい変わるもの。いつかはまたべつのだれかに想いを寄せることだろう。
しかし、ドリューヴは哀しそうに目を伏せたまま、わたしの指を離そうとはしなかった。
「そうですか。メロディア、あなたはわたしを選ぶつもりはないというのですね。わたしのようなつまらない男は眼中にない、このように云い寄られることも迷惑だ、と」
「そ、そんなこと云っていません!」
「しかし、わたしの告白を拒絶するとはそういうことでしょう。あなたがそう思われるのも無理はありません。たしかにわたしは退屈な男です。しかし、ことあなたを想うことにかけては、だれにも負けない自信があります。メロディア。わたしの太陽。わたしはあきらめませんよ。必ず、何としてもあなたの心を射止めてみせます」
かれはもう一度わたしの指先に口づけ、そしてきびすを返した。そのまま、それ以上は無言でこの部屋から立ち去ってしまう。
わたしはあたかも倒れ込むようにして自分の椅子に座った。ほんとうに危ないところだった。もう少しで口説き落とされていた。
かれのほとんど病的にいちずな恋心にさらされると、わたしの心に築いた障壁もまるで無力だ。
ほんとうに、なぜ、わたしなんかがそんなに好きなのだろうね。宮廷には美姫麗人がいくらでも群れをなしているだろうに。
たしかに、わたしとドリューヴは幼なじみだ。わたしは先ほど述べたように卑しい下級貴族の出身に過ぎないが、わが母がかれの教師を務めていたため、幼少期、しばしば遊ぶ機会があったのだ。
その頃はあいてが王子さまだということも無視して、傍若無人に振る舞っていたような記憶がある。恐ろしい。子供の無邪気さってほんとうに恐ろしい。
そして、どうやらドリューヴはその頃にわたしのことを好きになってしまったらしい。つまりはもう十年以上もひたすらいちずにわたしを想ってくれていたわけだ。
虚仮の一念と云っては何だが、信じられないようなひたむきさである。何かカンチガイをしているとしか思えない。
わたしがかれのその想いを知ったのは、つい先日のことに過ぎない。それまでの間、わたしはべつの男性とつきあったりもしていた。あげくの果てには、婚約したりすらしていた。
いまとなっては若気の至りと云うしかないが、その頃はその男が誠実な人物に見えていたのだ。真実は不実を絵に描いて真っ黒に塗りたくったような男だったわけだけれど。
あの男のことはもう思い出したくもない。あの男を好きだった自分の気持ちも、永遠に封印したまま生きていきたい。
わたしがもう恋愛しないと誓ったのも、すべてはあの男が原因だ。つまり、あの男に云い寄られるまえにドリューヴから告白されていたなら、そのままかれと結ばれていた可能性もある。
ドリューヴ王子、怨むならあのろくでなしを怨んでね。
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