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第3章 飛躍する物語の章

第30話 シルザールの街を一旦逃げ出した

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「では逃げるとしようか」

 特に急ぐ訳でも無く馬車を走らせる。まだ俺が逃げ出したことを把握してはいない。逃げる時間は余裕だ。

「それはいいのですが、師匠。俺は何故捕まったのか、毒殺されそうになったのか、『赤い太陽の雫』はどうなったのか、判らないことだらけなんですが、ここはひとつ説明してくれませんか」

 場合によっては黒幕が師匠なんてこともあり得る。そうなったらなったで仕方ない。師匠なら俺を殺すなんて簡単だから今更逃げてもしょうがないのだ。

「そうだな。もうちょっと街から離れたら少し休むとしようか」

 一休みするときに話す、ということか。逃げているのに休んでいて大丈夫なのか?

「判りましたけど、今何処に向かっているんですか?」

 街道を走らせるように言われて進んではいるが、何処に向かっているのか全く判らない。ただルスカナに戻る道ではないことは確かだ。感覚で言うと北に向かっているように思える。ルスカナは東なので方向が違う。

 しばらく馬車を走らせていると森が見えてきた。

「あの森に入れ」

 まる一日全く話さなかったヴァルドアが久しぶりに口を開いて指示した。街道から少し離れたところに大きな森がある。森に入る道は見えるので中を馬車で通れそうだ。

「判りました。あの森の中で一休みということですね」

 俺は素直に指示に従う。一日中馬車を走らせていたので相当疲れていて思考が鈍っている。もうどうにでもしてくれ、という気分だ。

 森の中に入ると道は曲がりくねって入るがちゃんと続いている。ただ、昼間でも暗いので慎重に馬車を走らせなければならなかった。眠気がピークに達している俺には辛い。しかしここで馬車を木々にぶつけて壊してしまったら大変だ。

 しばらく森の中を進んでいくと少し広い場所に出た。ここは日差しがある。

「ここで停まれ」

 指示とおり馬車を停めると師匠は直ぐに馬車を降りた。

「ここで少し待っておれ」

 そう言い残すと師匠は森の奥へと飛んで行ってしまった。そうだ、飛翔魔法は覚えないとな。自分で飛べるとかなり有利に事を運べるようになると思う。

 手持無沙汰で待っていると少しして師匠が戻って来た。誰かを連れている。十代半ばにしか見えない女性というか少女だった。隠し子が何かだろうか。

「待たせたの。紹介しよう、彼女はルナジェール・ミスティア、儂の幼馴染じゃ」

「はじめまして、師匠の弟子で沢渡幸太郎といいます。よろしくお願いします、というか幼馴染なのですか?」

 何をよろしくお願いするのか、よく判らないが、俺は一応挨拶した。幼馴染という事はやはり彼女も五百歳なのか?

「そんな訳ないでしょう。ヴァルドアに騙されていますね」

 やっぱり人は五百年も生きない。いや五百年のことを言っているのか、幼馴染のことを言っているのか。というか、彼女も他人の心を読むのか。

「悪いですね、息をするように相手の心を読んでしまうので」

「師匠、なんとか言ってくださいよ」

「ルナよ、儂とこやつとの間で心は読まないと約束してあるのじゃ。お前も読まないようにしてやってくれんか」

「仕方ないですね、ヴァルドアがそう言うのであれば。ところで、本気でこの人を?」

「そうだ。とりあえず今シルザールで起こっている一件を片付けたらと思っておる。その時は世話になるから、よろしく頼む」

「それはいいですが。まあ潮時ということですかね。判りました、その時は世話を焼かせてもらいます、任せておいてください」

 話の筋が読めないが、もしかしたら俺の修行の時に、この少女の世話になる、というようなことか。それとシルザールの一件を片付けてからだと?

「助かる。よし、ではシルザールに戻るとしようか」

「えっ、戻るんですか?」

「当り前じゃろ。窃盗の犯人扱いされて黙って引っ込んでおられようか。ちゃんと真犯人を捕まえて謝罪できない身体にしてやらないとな」

 なんだか恐ろしい言葉を聞いた気がするが、気の所為にしておこう。

 それから一晩はルナジェールの家(と言っても大きな木の中を刳り貫いて作ったもの)に泊めてもらった。大きな木ではあるが、中に入ると木の幹よりも遥かに大きな部屋がいくつもあった。何かの魔法だと思うが、理屈は判らない。
 
 翌日、朝から馬車をシルザールへと向かわせる。ヴァルドアが何を考えているのか判らない。結局疑問には何も答えてくれなかった。

「師匠、本当に戻って大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃ。一度逃げ出した儂らがまさか舞い戻っているとは誰も思わんじゃろ」

「そんな簡単なもんですかね」

「儂が付いておれば、そう簡単には捕まらん。まあ任せておけ」

 師匠の隠蔽魔法は一流だ。俺も道中隠蔽魔法のコツを教えてもらったので、そこそこ使えるようになっている。

 シルザールへと街道を走っていると、相当な速さでシルザールから来た馬車とすれ違った。もしかしたら俺たちを追って来た馬車かも知れない。一日遅れで捜索の馬車が各方面に出たのだろう。これで確定的なお尋ね者になった。

 まさか俺たちが戻ってきているとは思っていないので、馬車はそのまますれ違って行ってしまった。

「師匠、本当に大丈夫でしょうか?」

「うむ。多分な」

 何か心許ない。街の外で馬車を乗り捨てて隠蔽魔法を使いながら俺たちはまたシルザールに戻って来た。

「それでどうするんですか?」

「とりあえずは儂の知り合いのところに行こうかの」

「でも師匠の知り合いという事は捜索の手が回っている確率が高いんじゃないですか?」

 ヴァルドアの交友関係は掴まれている可能性が高い。であれば、見張られているかも知れない。

「だが他に拠点にできそうなところもないのでな」

 それはそうなのかも知れない。真犯人を見付けるにしても拠点は必要だし人脈はもっと必要だ。守護隊から逃げながらの捜索は困難を極めるだろう。

「このまま行くぞ」

 俺たちは隠蔽魔法を掛けたまま、ヴァルドアの知人の家へと向かった。

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