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かつて神のしもべだったボク。上

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 高校生にはならない。何故かは聞かないでほしい。アイツはバカだから行ってないんだってよ、なんて一蹴してくれて構わないから。

 けれど、ボクは高校生にはならなかった。いや、なりたくなかった。でもそれはキミの為に——

「明日で卒業式かあ……、短かったようで、無駄に長い三年間だったなあ」

「そうだね。花梨かりんちゃんは中学生活の殆どが病院のこのベッドの上だったもんね」

「本当だよ。でも、アリアちゃんが居てくれるから学校は行かなくても済んだかな、いやでもやっぱりもう少し行きたかったなあ……とは思うよ」

「そう?あんな上の人間の話ばっかり聞いてその指示に従ってしか生活できない環境じゃ成長するものも成長しないと思うから嫌なんだけどなあ」

 そうだね、と笑ってくれた花梨ちゃんには、少し重い病気が彼女を学校へ行くのを止めて蝕んでいた。

 その原因は、周りからすればほんの些細な出来事に見えるかもしれない。現に、私は当時それを人間の戯れあい如きとしか思っていなかった。ああ、花梨ちゃんもこういう人達と遊ぶ事が良いんだ。なんて、彼女と仲良くしては、他のグループの子達と遊んでいたりして、それくらいの関係なのだとずっと思っていた。

 それなのに、彼女は休みの日には私の家にずっと泊まりに来ていた。かれこれ、小学生の頃からの付き合いだから、九年もの付き合いになるのだろうか。

 この日は病院一階にあるコンビニで、温かいコーンスープを買って二人で飲みながら談話していた。

「そういえばさ、覚えてる?」

「おぼえてなーいっ」

「まだ喋ってないって」

「えへへ、ごめんごめん」

「えーっと……あ、そうだ。次の日学校に行きたくないって花梨ちゃんが夜中泣き出してさ、その時にウチのママさまが『落ち着いて花梨ちゃん~』って逆にあの人が焦りながらコーンスープ持ってきて私達の前で盛大にこぼした事あったじゃん?」

「あー!あったねえ、アリアちゃんうなじを火傷したんだっけ?熱そうだったなー」

「ねえ、本気で思ってるー?」

「半分思って半分他人事かなっ。懐かしいなあ、でも私もそれは覚えてるんだけど、その次の週にアリアちゃんが私の家に泊まりに来た時あったじゃない?その次の日だよ?休みの日だったから良かったけど、アリアちゃんおねしょしちゃったんだったよねえ」

「ちょっと何よそれえ!私そんな事してないもんっ」

「したよー?」

「しーてーなーいっ」

「しーまーしーたっ」

「じゃあそういう事でいいですっ……いや、よくなーい!」

 とまあ、こんな感じで毎度毎度過去の回想だとか、最近の流行などごく普通の女子中学生の他愛もない会話をして、痛快無比の如く何気なく戯れる私達だったけれど、その花梨ちゃんが病魔に襲われてしまった。人間の残酷さを知るきっかけにもなった一つの事故……いや、これは事件だ。

 病名はなんといったか難しくてイマイチ覚えてはいなかったけれど、鬱から引き起こされるストレス性の病気。それも、重度の。

 ただ一つ、その原因の一つとしても、私はよくその光景を教室の端から見ていた。

「……あのさ」

「どうしたの、アリアちゃん?」

「本当に……ごめんね——」

 もう、この流れを何度繰り返した事だろう。

 ——私の前歴は神の僕だった。神ではない。神に仕えその重鎮となるべくあらゆる世界の岐路をより良い運命へと導く手助けをしていたしもべだ。

 とある日の事、記憶を遡る事人間歴を加えて十六と二年前。私は何の気もなしに神座を念入りに掃除していた時だった。

「アリアよ」

 そう私に声を掛けたのは、黄宮十二星座神の一人、アクエリアス様だった。

「あ、アクエリアス様!」

「余の名をある星の一国の人間が目新しい名で呼ぶそうじゃ」

「は、はあ……」

 いきなりの飛び火に、目を据わらせてしまった。慌てて我を取り戻すと、そのままアクエリアス様は私の顔色を一切伺わずに話を続けた。

「アリアはアクエリアスという名以外の呼称で喩えるとするならば、何と呼ぶ?」

「……おみずさま?」

「おを付ければなんでも敬いの意を持つとは思うでないぞこの小娘風情が!」

「ご、ごめんなさいぃ!」

「……しかし、実はそれに少しばかり近しいとこもあるのじゃ」

「と、言いますと?」

「地球という星があるじゃろ」

「あ、はいはい!存じ上げております」

 アクエリアス様は、意気揚々と腰に手を当てながら、自慢げに仕入れた話を始めた。

 あぁ、始まったようんちくタイム。

「そこに、にっぽんという国があっての、そこでの我ら星神ほしがみの呼び名で、余の名を水瓶座と呼ぶらしい」

「み、ミズガメザ?」

「ふむ、驚いたじゃろう?」

「……いえ、あまり」

「勝手な感想を抜かしよって、あのわけもわからぬ星に突き落とされたいのか!」

「んな理不尽アホなぁ!」

「なんじゃその変な発音は?」

「それこそ、最近そのにっぽんという国での言葉が、我々の間でも流行っているらしいのですよ。カンサイベンというそうです」

「なんじゃと!そんな言葉の発音をおかしくしてなにを得ようと言うのじゃ。耳がおかしくなるだけではないか」

 あぁ、完全に嫉妬したなこれ。

「それが案外聴き慣れると心地の良いもので御座います」

「なるほどの……して、アリアよ。本題はここからじゃ」

 あっとここで見事にスルーされてしまったアリア選手!このまま股を抜かれてゴールまで相手にボールを触らせたままで良いものかー!

「私の話も聞けー!」

「……いやや」

「いーやーやぁ?」

 そして、クライマックスは突然に……、

「だってその話……絶対続き面白いやん。おもろないわけないやん。余の話のクオリティ低いみたいやん。そんなん素敵やないやん?」

「水瓶座の貴女あんたが一番知っとるやんけぼけぇ!」

「まあまあ良いではないか、よく聞け」

 ボクは等身大程の長さのある持っていた箒を両手で後ろにして掴む。

「はい、なんでしょう」

「お主は、魔法のある世界と、第六感すら微動だに使用できない世界。どちらが良い?」

「魔法も第六感も似たようなものだと思いますが、それらを利用出来ない世界と言えば、ボク達の知る世界線だとたった二つしか存じ上げないですね。しかしながらアクエリアス様。ボクはその後者に大変趣きを感じております」

「ふむ、お主ならそう言うと思っておったぞ」

「……それで一体ボクに何を?」

「そろそろしもべの刻もよく過ごしたモノじゃの、お主が神界しんかいに転生してからどのくらい年月が経つ?」

「恐らく……二百八十年ほど」

「ふむ、余の億分の一くらいというわけじゃな」

「億分って……計算できかねますね……恐れ入ります」

 そして、アクエリアス様からとんでもない発言を耳にしてしまった。

「人間界に行ってみたいとは思わぬか?」

「このボクがですか!」

「少し、頼みたい事があってな……」

「はて?」

「余がお主を人間界に送った時と同時にもう一人生誕させようと思うのじゃ。その時、余の出来る限りの力で、お主と其奴を出会わせる様に運命を導いてせしめようぞ」

「……は、はあ」

 どうしよう……話の流れについていけないよ!

 とにかく一言一句逃すまいと、アクエリアス様の言葉を意味もわからぬまま聞いていた。

 結局何が言いたいのだろうか。

「出会って、どうすればよいのですか?」

「そこからは、お主次第じゃ」

「……ま、丸投げぇ!いやいや、そんな事いきなり言われても、本当にやるべき事だとかなんだかんだあるでしょうに!本当に何もないんですか?」

「まあそう急かすな、お主に本来与える試練はこれじゃ」

 すると、突然左手に持っていた大きな槍で空上に円を描いて、何かの映像のようなモノが浮かんだ。

「これは……!」

「——言っておくが、これは余が描く運命じゃ。お主が、それを望むというのであれば、その逆の運命でも構わぬ。しかしながらアリアよ、案ずるでないぞ、余が示した道の逆を進むとなれば、いとも容易くお主の精神生命をも崩壊させる起爆剤となろう」

 アクエリアス様が頭上に手を翳して映し出された光景は、あまりにも残酷だった。

 それでも、能力もへったくれも無い世界に、ボクがそこに降り立ったとして、何か新しい事だってできるわけでもない。知能はあると云えど、星神様達の創り上げた運命に意味もなく逆らう事は容易いことじゃない。だからこそ、何もない状態で、それに挑む気で居たのだ。

 ——最初はそんな風に思いながら、人間界へ降りる事をそこで決意し、一年の間人間界の環境について詳しく勉強したのちに、召喚された。アルビナ・アリア、帰国子女で父方がロシア人で母方が日本人のミックス……という設定で。ちゃんと、生まれてきたんだ。

 そして、突然の試練宣告を受けてから丸二年過ぎた頃……、

「一年の修行をして参りました。アクエリアス様」

「よく頑張ったな、それでは儀式を始めるとしよう。此処で仰向けになるのじゃ」

 神座かみざから差し出されたその手から、魔法陣が描かれる。ボクは素直に床に腰を置いて、新しい世界への旅立ちを試みる準備を整えた。

「それでは唱えるぞ」

「はい」

「覚悟はよいな?」

「……はい」

「心配せずとも、人間界へ行ったのちにまた此処へ帰る事を余が保証する。安心して行くがよい」

 こういう時のアクエリアス様の声音色はなんとも落ち着く、そして子守唄のように穏やかだ。私はその音符に沿うようにして心の中で囁きながら静かに魔法陣で眠りにつく。

 ——行ってきます。
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