ドルススタッドの鐘を鳴らして 騎士×特殊能力×陰謀/ルート分岐型小説

ぜじあお

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6章 平穏な安寧を

騎士団の増員、傭兵の流出、そして不気味なほど売れ続ける武器。 すべては「その日」へのカウントダウン。

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 部屋に静かな空気が流れる。
 中庭にある訓練場から、男たちのまばらな声が遠くに響いていた。
「最近、治療魔法の出番ばかりだ。人員は増えたが練度が低い」
 手元のカップを見つめながら、トニーがぽつりとこぼす。
「戦いは命の奪い合いだ。それを自覚してない奴が多すぎる」
 コーヒーを飲み込み、机に置く。その声には抑揚はない。淡々と事実を述べるだけだった。
 ジブは身を乗り出し、トニーの言葉に賛同する。
「兵団もそうだけど、野盗もびっくりするほど弱いしな。戦いの基本的な動きが出来てない。組織的に動いたり、連携を取ったりもしない。練度が低いから負傷者も多い。多分だけど、心得がある奴は……」
「他国に流れたんでしょうね」
 書類の束を拾い上げてエイラスが遮る。ジブはうざったそうにエイラスを見ているが、意見は一致しているようで、口を挟むことはなかった。
 エイラスは更に懐から一枚の書類を出した。
「これは傭兵の除籍記録です。これと直近で増えた兵団・騎士団の人員と比べても、除籍数の方がはるかに多いです」
 長い指先で、数値の箇所をとんとんと叩く。
 カタファは紅いバンダナの裾を触った。彼の瞳は困ったような顔でエイラスの横顔を見ていた。
「……エイラス、こんな内部資料なんてどうやって手に入れた? 騎士団と傭兵は管理部署が違うし、一介の騎士が取れるような資料じゃないだろ」
 ふっとエイラスが微笑む。顔に流れている髪を耳に掻く仕草は、なんとも言えない色香がある。
「いいですか? 俺は国の全権を握っている男と”仲良く”してるんですよ? ……まあ、こういう旨味がないと色々やってられませんよ」
 独特の圧と艶めかしい溜め息――諸々を察したカタファはエイラスを労いつつも意見をまとめ出す。
「国はレベルを下げてでも兵士を増やしてる。傭兵が兵士に転籍してるのかと思ったけど、除籍数を見てると必ずしもそうとは言えない。……断言はしたくないけど、国境沿いの傭兵や精度の高い奴は多分、金で買われて他国に流れてるな」
 カタファは流れる灰色の髪を手で軽く払った。
「……実家も含めて、商人界隈の話。今は武器や防具が飛ぶように売れてる。さすがに証拠となる書類を実家から持ってくることはできなかったけど」
 カタファの発言を最後に、会議室に静寂が戻る。

 不穏な空気が大陸中に流れている。どこの国も”予備”として軍備を整えているのではない。近くに起こりうる”その日”を想定している。
 ーー皆、”あること”を考えている。だが、それを告げるのは勇気が要る。
 日常が壊れる瞬間を口にするのは誰にとっても恐ろしいからだ。
 
「戦争が始まる。近いうちに」
 それを告げるのはガヨだった。
 声色には怖れはなく、凛とした声には覚悟が滲んでいる。

 しんと静まり返る会議室。それぞれが視線を落とし、口を閉ざす。 
 すぅ、と。エンバーが息を吸った。
「……なら、会合は何故行われた? 神秘を……兵器を見せつけて他国を牽制するためじゃないのか? 強力な兵器を見せびらかすのは平和外交の一つでもある。戦争を始めるならやる必要がない」
 自らを兵器扱いにして話すエンバーはどこか達観している。ガヨはエンバーを一瞥して冷静に返した。
「逆だ。戦争が起こる寸前だからこそ国は最も有力で強大な兵器を見せつけ、他の勢力は婚姻で武器を欲しがった。……だがこれは最重要ではない。武力は機械や魔法具で代替が効きやすいが、治癒のできる人間は……」
 視線がトニーに集まる。トニーは刺さる視線で居心地悪いのか、眉を顰めてすぐに反論をした。
「確かに治療が専門の人間は少ない。だが一人で治せる人数は限られるし、俺の神秘は反動もある」
 これを聞いていたガヨだが、机の上で手を組んだまま喋らない。じっとトニーを見つめたままだ。皆、ガヨの言葉を緊張して待っている。
「トニー。はっきり聞く。お前はどこまで癒せる?」
「どこまでって……俺だって分からない。試したこともないしな」
「……ミガル司祭は瀕死だった。だがお前は奴を後遺症もなく、傷跡もなく回復させた。それはもう治癒とは言えない。『再生』だ」
 困惑したトニーの表情は、一転、冷ややかになる。
「何が言いたい?」
「トニー。お前は、死者を……」
 その時、大きな音を立てて扉が開いた。
 叩きつけられて跳ね返る扉を、ぬっと伸びた太い腕が押さえる。その袖章は四本。それは騎士団の最高階級を意味する。それを掲げられるのは——団長であるルガーただ一人だ。

 ルガーは、もったいぶるようにゆっくりと部屋に入った。ブーツの靴音が硬い石材の床に響き、ゴツリ、ゴツリと重い音が響いた。
「仲良し分隊。……ここにいたか」
 全員が一斉に立ち上がり、ルガーに敬礼する。途端に息の詰まるような緊張感が部屋を包んだ。
「新しい任務を伝えにきた」
 カタファが引いた椅子にルガーはどかりと座り込む。顎をしゃくってルガーは一同をまじまじと見た。
「おい、犬」
 ルガーの手招きに合わせてジブが前に出る。
「はい。何でしょう」
 ジブはルガーの鋭い威圧も侮辱も意に介さずといった感じで飄々としている。

 ”犬”という呼び名。これは入団当初から続く慣習だった。だが、この明らかな蔑称をジブは気にしていなかった。それは必然的に”飼い主”と対を成す言葉だからだ。
「飼い主に渡せ」
 ルガーが机に折りたたまれた紙を投げた。ジブは一礼して恭しく手に取り、トニーに手渡す。受け取ったトニーに対し、ルガーは顎をしゃくり、読み上げるように促した。
「……アルテールへの地方、ドルススタッド名誉修道院への同行任務」
 抑揚のないトニーの声は無機質で、諦観が表れている。

「失礼ですが」
 エンバーがルガーの前に立つ。その姿はまるで巨大な盾のようだった。
「ドルススタッド名誉修道院には何をしに? あそこは聖域に指定されています。非戦闘員のみが保守・管理している場所で、戦闘員が足を踏み入れることは許されていないと聞きます」
 自身よりも体格も身長も大きいエンバーに見降ろされていても、ルガーは全く動じない。椅子から立ち上がることもせず、ただただにやりと笑うだけだった。
「ははぁ。エンバー。お前は神秘と一緒に知性も貰ったのか? 前は脳のないただの信奉者だったのに、良かったなぁ」
 何が面白いのか喉を小さく鳴らし、ルガーはまた口を開いた。
「まぁ、安心しろ。名誉修道院に行くのはトニーと俺だけだ。それに……安心しろ。これは国王ヒューレス様から直々の名誉ある任務だ」
 トニーは黙ったままだが、その無言はルガーの機嫌を良くした。さらに口角を大きく広げ、目を細める。
「伝統と歴史のある首脳の会合……大陸会議にお前を連れていく」
 それだけ言うとルガーはさっさと立ち上がり、座った椅子も直さないまま部屋を出ていった。絨毯の敷かれた廊下をのしのしと歩く足音が完全に消えるまで彼らは喋らずにいた。

 やっとその足音が聞こえなくなった頃、カタファはそそくさと扉を閉めた。
「ったく。ドア開けてペラペラ喋るんだもんな」
 カタファの心配はもっともだった。
 神秘保持者はその希少性から存在や神秘の内容は原則として秘匿されている。各国、神秘を持つと自称する高位貴族はいるが、実際に保持しているかは不開示だ。それなのに神秘が何だと言うのだから、カタファの肝は冷えっぱなしだった。
 しかし、当の本人ーーエンバーとトニーは全く気にする様子がないので、カタファはやっと胸を撫で下ろした。
 何かフォローとしないと。カタファは口を開きかけたが、トニーが先に「あ」と声を漏らした。彼は背後にある時計を見上げ、焦ったような顔をしている。そのまますっくと立ち上がり、スタスタと扉の方へと歩いていく。まさに部屋を出ようという時、ガヨが慌てて声をかけた。
「どこに行く」
 大股で駆け寄り、ドアの前に立ちはだかった。
「部屋に帰る。今晩は医務室で宿直だから仮眠を取りたい」
 トニーは平然と言ってのけ、ガヨの横を通り抜けて会議室を出ていってしまった。

 本来なら話題の中心となるトニーだが、彼の心は揺れ動いてはいないようだった。おそらく今のトニーの心には早く寝たいという願望しかない。

「……」
 会議室にいる男たちは、一様に黙り込んだ。
 何も考えていないのか、考えたくないのかーー、彼らの感情は置いてけぼりにされた。
 誰も何も言えず、ぽかんと閉じた扉を見つめることしかできなかった。
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