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2章 無垢な黒
移動は誰と【カタファ】
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「魔法職同士、荷台に乗ってゆっくりしようぜ」
カタファは荷台からトニーに向かって手を差し出した。
物が多く詰め込まれた荷台は狭く、対面であればかろうじて二人が座れる程度の空間しかなかったが、向かいに座ったカタファは気にしていないようだった。防護布の切れ目から光が薄く差し込み、床を照らす。
「歩かなくていいから人気の場所なんだ」
そう話しかけたカタファは慈しむような視線をトニーに向けた。
「昨日は眠れたか?」
カタファの質問にトニーは一言、あまり、と返した。トニーの瞳の下には薄くクマが出来ている。カタファはそうかと短く返事をした。トニーは小さく膝を抱え、幌の骨組みに頭を預けた。ゆっくりと瞬きを繰り返している。
カタファは巻いていたバンダナを取って膝に置き、防護布の切れ目から見える風景をぼんやり眺めた。バネの聞かない荷馬車の乗り心地は良くないが、静かにしていればトニーが眠れるかもしれないと思って黙ることにした。
どれくらい経っただろうか。うつらうつらしていたカタファを起こしたのは大きな振動だった。幌馬車が足場の悪い場所を無理やり通ったようで、カタファは前のめりに傾いた体を慌てて支える。
「あぶねっ……!」
カタファが思わず口をこぼすと、視界の外でごつっとと鈍い音が聞こえた。これもまた大きな音で、荷馬車部分の木の立ち上がりしたたかに何かを打ちつけられたようだった。顔を上げると、トニーが後頭部を押さえていた。
「大丈夫か?」
よろけつつトニーの目の前に体を滑らせた。トニーは頭を押さえたまま悶えていたので、カタファは立膝を後頭部を見た。するとごく一部、古い血が固まって髪にこびりついているのに気付いた。
「トニー、血が」
「……さっきぶつけた」
「違う。時間が経って固まってる」
カタファは患部に手をかざし、その手に魔力を込めた。かさぶたになった傷が薄くなっていく。
「どうしてすぐ言わなかった? 気付かない怪我じゃないたろ?」
「……」
治療魔法を施されたトニーは黙ったままだった。その様子を見てカタファは大きく息を吐いてからトニーの肩に両手を置いた。
「ルガー団長だろ」
小声で問いかけるカタファに、トニーは頷くしかできなかった。
「集会所でルガー団長に残れって言われてただろ。気になってたんだ」
カタファは床に落ちたバンダナを拾い上げつつ、元の位置に座りなおす。
「あの人さ。俺は、正直おかしいと思う。本人には覆せない、どうしようもない事柄に対して異様に執着してる」
声を落としたカタファの傍に今度はトニーが近づいた。上官の悪口を言うには距離がありすぎた。カタファは近づいてきたトニーに場所を分け与えながら話を続ける。
「前提としてだけど、騎士団は平民は数少ない。ましてやヒューラの国以外の出身だとなおさら。まあ、俺がその数少ない平民かつ移民なんだけど。それを馬鹿にしてくる奴もいるんだよ。金で騎士団になっただとか、移民が国民の職を奪うなとかな。私怨の籠もった目を何度も向けられた」
バツが悪そうな顔でカタファが頭を掻いた。
「それをさ、ルガー団長はすげえ叱るんだよ。最初は嬉しかった。でもなんか違うんだよな。あれはたぶん俺の為に叱ってるわけじゃない。努力で覆せない事柄を責める奴らに対して怒りをぶつけてる」
愁色の影がその顔に落ちる。
「どうしてそう思う」
カタファが顔を上げた。目に飛び込んだトニーの表情はいつもと変わらない。その瞳には憐みはなく、素直な疑問だけが浮かんでいる。カタファは自身の紫の瞳を指差した。
「目だよ。目。あれは憎悪の感情だ」
「……憎悪」
ぽつりと小さくトニーが繰り返す。カタファは続けた。
「トニーも気を付けた方が良い。お前は努力じゃ覆せない絶対的な力を持ってる。だろ?」
カタファの言葉にトニーは頷いた。しばしの間ガタガタという車輪の音だけが二人の間に流れていた。
目的地のセレンの湖までは歩き続ければ二日で着く距離だった。途中、馬に休憩を取らせるために、大きな川の流れるほとりで短い自由時間が設けられた。
カタファとトニーは荷台を背にしてたむろいていた。
「はい、水」
カタファはカップをトニーに差し出したが、肩越しに遠くを見たまま一向に受け取ろうとしない。
「カタファ。あの黒髪の大きな男、知ってるか」
トニーの視線の先を追ってカタファが振り返ると、川の下流、少し離れたところに傭兵隊が固まっていた。トニーが言っている人物をカタファはすぐに理解した。集団の中で、頭一つ分抜けた体躯の大きな男が佇んでいる。
「ああ、知ってるよ。昨日の夜に診たから」
「診た? 夜に?」
「そう。夜に飛び込みで来たらしくて。試験を受けさせるってルガー団長が言ったんだよ。盲目だって言うし、体中、生傷だらけだったからルガー団長の許可を得て診たんだ」
カタファの説明に、トニーは少し考え込んでいる様子だった。知り合いかと尋ねたが、トニーは首を左右に振った。カタファがその黒髪の大男に目を向けると、トニーはカタファに近づいて耳打ちした。
「俺が神秘の力に目覚めたのは、九ヶ月に盲目の男の目を治した時だった。……あいつはたぶんその時の男だ」
カタファは眉をひそめた。信じられないという表情だ。
「でも確かにあいつは盲目だった。他人の空似か、運悪くまた怪我でもしたんじゃないか」
カタファも小声で返したが、トニーは唇を噛んで俯くだけだった。
「気になるならあいつを治してあげてもいいとは思うけど。できれば俺の前で治してくれるか。反動があっても俺ならフォローできる」
トニーはこくりと小さく頷いた。
指笛が聞こえた。音の主はガヨだ。皆が注視する中、彼は出発することを告げた。
カタファは荷台からトニーに向かって手を差し出した。
物が多く詰め込まれた荷台は狭く、対面であればかろうじて二人が座れる程度の空間しかなかったが、向かいに座ったカタファは気にしていないようだった。防護布の切れ目から光が薄く差し込み、床を照らす。
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「昨日は眠れたか?」
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どれくらい経っただろうか。うつらうつらしていたカタファを起こしたのは大きな振動だった。幌馬車が足場の悪い場所を無理やり通ったようで、カタファは前のめりに傾いた体を慌てて支える。
「あぶねっ……!」
カタファが思わず口をこぼすと、視界の外でごつっとと鈍い音が聞こえた。これもまた大きな音で、荷馬車部分の木の立ち上がりしたたかに何かを打ちつけられたようだった。顔を上げると、トニーが後頭部を押さえていた。
「大丈夫か?」
よろけつつトニーの目の前に体を滑らせた。トニーは頭を押さえたまま悶えていたので、カタファは立膝を後頭部を見た。するとごく一部、古い血が固まって髪にこびりついているのに気付いた。
「トニー、血が」
「……さっきぶつけた」
「違う。時間が経って固まってる」
カタファは患部に手をかざし、その手に魔力を込めた。かさぶたになった傷が薄くなっていく。
「どうしてすぐ言わなかった? 気付かない怪我じゃないたろ?」
「……」
治療魔法を施されたトニーは黙ったままだった。その様子を見てカタファは大きく息を吐いてからトニーの肩に両手を置いた。
「ルガー団長だろ」
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「前提としてだけど、騎士団は平民は数少ない。ましてやヒューラの国以外の出身だとなおさら。まあ、俺がその数少ない平民かつ移民なんだけど。それを馬鹿にしてくる奴もいるんだよ。金で騎士団になっただとか、移民が国民の職を奪うなとかな。私怨の籠もった目を何度も向けられた」
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「それをさ、ルガー団長はすげえ叱るんだよ。最初は嬉しかった。でもなんか違うんだよな。あれはたぶん俺の為に叱ってるわけじゃない。努力で覆せない事柄を責める奴らに対して怒りをぶつけてる」
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「どうしてそう思う」
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