[Original]~Love and Hope~

桧山トキ

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16章 Heal and save them, so slowly

16章―4

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 雪遊びが終わった後、銀色のキャンピングカーは更に一段と、賑わいを見せていた。
 チェスカとナトはフィードが完治するまで滞在するため、モレノはナトに(定員オーバーにも関わらず)男子部屋に泊まるよう勧めた。しかし、彼は何故か困ったように俯くのみ。チェスカから聞いて非常に驚いたのだが、ナトは少年ではなく、男装した少女だったのだ。
 その事実にナタルは大層喜び、『チェスカも一緒に女子部屋に泊まればいいのよ!』と提案した。彼は遠慮がちに断ろうとしたが、『娘』を想い、結局この車内で生活することになった。

 大所帯となった[家族]はその後、穏やかで充実した毎日を送っていた。フィードに対する扱いはもはや[家族]同然であり、彼もまた、徐々に心を開き始める。チェスカと共に仕事の打ち合わせはしていたものの、モレノや双子にせがまれて遊ぶ回数も増えていた。
 怪我の状態も良好であり、フィードはリハビリとして、ラウロと共に散策に出かけることが日課となった。警戒したナタルが同行することもあったが、ラウロが連れ去られることはなく、二人きりになることを黙認していた。

 そして一週間が経過し、フィードの怪我が完治した。彼はすぐさま『約束通り外泊してもよろしいですね?』とナタルに迫る。中々了承しない彼女はチェスカに宥められ、渋々外出を認めた。
 ラウロとフィードは[家族]に見送られ、キャンプ地を後にする。その時に垣間見たラウロの顔は、照れながらも幸せそうに見えた。半年以上の間を経て、二人はようやく『愛』を交わすことが出来たのである。

「皆さん、短い間でしたがお世話になりました」

 ラウロ達が帰宅した翌日、フィードはカルク島へ戻ることになった。チェスカとナトは[家族]に深々と礼をする。メイラは「いいのよ」と彼らに笑いかけた。

「こっちこそ、あたし達が不在の時にいろいろしてくれて助かったわ!」
「あぁ。今後も是非、立ち寄ってくれて構わないぞ!」

 ぬはははは、と高笑いするノレインに、ナタルは苦笑する。

「もう、パパったら。フィードはもう怪我人じゃないのよ? これからは今までみたいに、しっかり警戒しなきゃ」

 重症時は反撃に遭う危険性はなかったが、本来のフィードはナタルと互角の戦闘力なのだ。「せっかく仲良くなったのに」と、アースは哀しい気持ちになる。しかし、フィードはフッと口元を緩ませた。

「ご安心くださいお嬢様。もう、ラウロを連れ戻すことは致しません」

 この場の全員が驚愕する。フィードはゴツン、ゴツン、と冬靴の音を鳴らしながら、ラウロの目の前に寄る。

「俺は、お前の全てが欲しかった。鎖で繋ぎ止めたら得られる、そう思っていたが、『笑顔』だけは手に入らなかった。……だが、お前達[家族]と過ごすうちに気づいた。心が通じ合えば、自然と笑顔になれるのだ、と」

 無表情で冷徹だった彼は、ほんの僅かだが、微笑んでいるように見えた。ラウロだけでなく自分達[家族]も、知らず知らずのうちに『蛇』の心を癒していたのだ。

「お前には暗い『檻』よりも、色彩に溢れた外の世界の方が似合う。だからこれからは、会いたくなったら、いつでも会いに来る」

 フィードはラウロの頬にそっと触れ、優しく口づける。カルク島の水路で見た光景と重なって見えたが、恐怖心は全くない。見ている者も温かな気持ちに包まれるような、喜ばしい瞬間だった。
 ラウロは体が硬直したまま、真っ赤になって震えている。モレノと双子は一斉に囃し立て、夫婦やミック、そしてナトは、直視していいのかといった様子で目線を泳がせる。ナタルでさえ呆れた様子で笑っており、チェスカは今にも泣き出しそうな笑顔で、二人を見つめていた。

 フィードは唇を離し、何事もなかったかのように鼻を鳴らす。そして「世話になった」と言い残し、玄関を出た。チェスカとナトも一礼して彼に続く。[家族]は何も言い返すことが出来ず、ただ呆然と、三人の背を目で追っていた。

「あいつ、本当に捕まえないつもりかしら?」

 ナタルは疑問を口にする。未だに騒ぐモレノと双子の頭を一発殴り、ラウロはニヤリと笑った。

「あぁ。フィードはもう、俺を捕まえられない。離れていても、心は繋がっているからな」

 ラウロは自信に溢れた口調で言い切る。開け放たれた玄関の先を見据えたまま、彼は晴れやかな表情で笑っていた。
 モレノと双子は性懲りもなく再び囃し立て、他の[家族]ですら肘で小突く始末。ラウロは顔から湯気を出しながら、彼らを振り払っていた。

「あっ! ラウロさん、首の傷が治ってる!」

 アースは思わず叫ぶ。一瞬見えた彼のうなじには、フィードの咬み傷が残っているはずだった。
[潜在能力]に目覚めた後も治らなかった、と悔やむ様子は、昨日のことのように覚えている。しかし、痛々しい傷跡はどう見ても、跡形もなく消えているのだ。これにはラウロも驚き、急いで手を当てて確認する。

「ほ、ほんとだ。全っ然気づかなかった……」
「きっと、あいつと『心が繋がった』からよ。恋が実ってよかったわね?」

 ナタルは意地の悪い笑顔でラウロを見上げる。彼は遂にぶち切れ、その場で暴れ出した。
 人の心のない『蛇』は『愛』を知り、『希望』を見出した。ラウロとフィードはもう、欲望に苦しむことはないだろう。[家族]は彼らの心を『癒して救う』だけでなく、二人の未来も変えることが出来たのだ。


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 カルク島行きの連絡船の中、フィード達は荷物を引いて客室へ向かう。そこに、無機質な着信音が鳴り響いた。フィードは立ち止まり、懐から携帯電話を取り出した。

「ご無沙汰しております、ボス」
『此度は災難だったな。怪我の具合はどうだ?』
「おかげ様で、すっかり完治致しました」

 通話の相手はRC社長、ドルトス・リバーだ。『からす』のようにしわがれた声が、耳に突き刺さる。フィードは出張の成果を淡々と報告する。そして一通り済んだ後、ぐっと声を絞った。

「クィン島にもフィロ島にも、奥様の手がかりはありませんでした」
『そうか。ナターシャの行方は掴めたか?』
「いえ、クィン島にてお見かけしましたが、あと少しの所で取り逃してしまいました」

 その瞬間、チェスカの表情が曇る。一瞬の間の後『ご苦労だった』という声と共に、通話が途切れた。

「チーフ。お嬢様の件、ご報告されないのですか?」
「あぁ。[家族]に助けられたことを話す訳にはいかない。それにお嬢様は、本社にいた頃より生き生きとしておられた。本当に連れ戻しても良いのか。帰還後に改めて、ボスにかけ合うつもりだ」

 チェスカは息を飲み、切羽詰まったように言葉を返す。

「そ、それよりも、奥様の捜索に力を入れた方がよろしいかと思います。お嬢様にはいつでもお会い出来ますので」
「ふん、確かにそうだな。ボスへのご報告こそいつでも出来る。カルク島全土を探し回った訳ではない。手が空き次第、俺も捜索に加わろう」

 フィードは携帯電話を懐に戻し、一足先に客室へと消えた。チェスカはほっと息を吐く。その隣で、ナトが不安げに服の裾を掴んでいた。

「チェスカさん。急に取り乱して、どうしたのですか?」
「何でもありませんよ。……ナト、本当の正念場はここからかもしれません」

 首を傾げる彼女の手を引き、チェスカは客室に向かった。

 ドルトスの妻シーラが殺害された事件について、事実を知るRC社員はチェスカのみ。彼が本社に帰還した後、諜報部総出で社内調査が始まった。それにより、長らく謎だった事件の真相が、見え始めることになる。



Heal and save them, so slowly
(近づく心、繋がる心)


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