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第1回 ランチタイム・オン・エア
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第1回 ランチタイム・オン・エア
毎週土曜日、午前十一時。一週間の中で一番わくわくする仕事が、『FMしまだな』でのラジオ生番組だ。
俺は生方舞也。ちょっと前までは声優の端くれだったが、今は北東北の地方都市、島棚市で暮らしている。
というのも、恋人の帰郷に便乗したのが理由だ。やっと軌道に乗ってきたのにもう辞めちまうのか、って事務所の社長に怒鳴られたけど、俺は別に『声優』になりたかった訳じゃない。
俺がやりたかったのは、『声』を通じて誰かと関わること。だから、今の方がよっぽど楽しいんだ。
「おはようございまーす」
「おー、おはよー。今日もよろしく頼むど」
本番当日の打ち合わせは午前八時。夜型の俺にとってプレッシャーだけど、まだ一度も遅刻してない。挨拶のついでにスタッフと雑談するのが、ここ最近の日課だ。
FMしまだなは、小さなコミュニティラジオ局。いろんな職種の人達が集まって、島棚市を盛り上げるために立ち上げたらしい。俺がここで番組を始めたのも、スタッフの知り合いって人に誘われたのがきっかけだ。
「おーいマイヤ、そろそろ打ち合わせすっどー」
プロデューサー兼ディレクターの重田さんに肩を叩かれる。俺はスタッフと一緒に、事務室に向かった。
――
「島棚市の皆さん、こんにちはー。『DJマイヤの雑談室』、室長の生方舞也です。今週もお昼までの一時間、よろしくお願いしまーす」
打ち合わせから三時間後、放送がスタートした。オープニングトークを済ませ、音楽を流している間に進行表に目を通す。ノートパソコンでSNSを開き、番組名のタグを入力すると『こんにちは!』といった呟きがずらりと並んでいた。
俺の役割はラジオパーソナリティ、いわゆる番組の司会だ。音楽を交えつつ、投稿されたメッセージを通してリスナーと『雑談』する、というのが番組のコンセプト。始まってからまだ一年にも満たないけど嬉しいことに、毎週たくさんの人達がメッセージを送ってくれる。ラジオを通してお喋りしてるみたいで、めっちゃくちゃ楽しいんだよな。
「さぁて、ここでリスナーの皆さんからのメッセージを紹介しましょー。ラジオネーム『黒い白玉』さんからのお便りです」
大喜利や悩み相談といったレギュラーコーナーに島棚市のイベント情報など、内容はかなり幅広い。番組は問題なく進み、そろそろ終盤だ。パソコンの画面に目を移し、届いたメールの中から一通ピックアップする。
「『マイヤさん、こんにちは。僕は今、白峰高原のキャンプ場で聞いています』。あー、今日すっげーいい天気だもんね。キャンプとか羨ましいなー」
白峰高原は、島棚市東部の山エリアにある。昔は何にもなかったらしいけど、近頃のキャンプブームのおかげで、今では人気の観光スポットだ。キャンプかー、俺やったことないんだよなぁ。じゃなくて、続き続き。
「『テントの組み立てで疲れたので、早弁しちゃいました。番組開始は十一時ですが、マイヤさんも早弁派ですか?』あははは、早弁か。俺はどちらかっていうと遅弁派かなー。せっかくの愛妻弁当だからしっかり味わいた……」
ちょっと待て。キャンプに気を取られててぼんやりしてたけど俺、今さらっと口滑らせた気がする。
ラジオブースの外を見るとスタッフ全員ポカンと口を開けてるし、画面を見ると番組タグの呟きは『愛妻弁当?』の文字で埋め尽くされている。まずい、このままではトレンドに載ってしまう。
「こっ、ここで一曲お聴きください! 由川空で『愛と希望』」
外に向かって必死にジェスチャーすると、スタッフは慌てて音楽を再生した。
ほっとしたのも束の間、目を輝かせた重田さんが「お前、結婚してだんだか⁉」とラジオブースに乗り込んできた。画面をちらっと見ても、SNS上は『マイヤ、既婚者だったの?』『ご祝儀贈らなきゃ!』といった呟きで盛り上がっている。
やっちまった。
俺は今、この場にいない恋人に電話して「ごめん‼」と叫びたい気分だった。だが流れている曲はもうすぐ終わる。覚悟を決めて席につき、目の前のマイクを握り締めた。
「えー……、先程は失礼しました。この際言っちゃうけど俺、恋人がいます」
――
悪夢の生放送が終わり、俺は事務室の隅っこで『愛妻弁当』を食べていた。「結婚はしてないから!」とは言ったものの、スマホの通知はさっきから鳴りっぱなしだ。タイムラインを見るのが怖い。
恋人と交際していることは、誰にも言ったことはない。首都圏で暮らす親にも、声優事務所の社長にも、もちろん島棚市の人達にも。重田さん達には「別に隠さなくても良ぐねぇか?」とは言われたけど、できれば言いたくなかった。
何故なら、恋人は自分と同じ『男』だから。
物心ついた頃から、俺はゲイだった。初恋は小学五年生の時だったかな。同じクラスの男友達に恋をして、何も言えずに終わった。中学、高校と進んでも、好きになるのは男だけ。俺には兄貴が一人いるけど、つい最近女の人と結婚したらしい。親にもメールで『お前もいい女性見つけるんだぞ』って言われたっけ。
だから、俺には好きな男性と結ばれるなんて無理だ、って思ってた。
でも、あいつと出逢ってから、俺の人生は変わった。
専門学校を卒業して事務所に入ったけど、アニメで一回主役を張って以来なかなか仕事がなくて、バイトを掛け持ちしてた頃。帰り道、柄の悪い男に絡まれていたあいつを見た瞬間、俺は恋に落ちた。
ちょっと頼りないような、不思議な雰囲気を持った奴だった。なんとか助け出したけど妙に懐かれて、いつの間にか連絡先の交換も済ませて。それから数日経って『お礼をしたいから』と家に呼び出されて、何故か、その日から付き合うことになった。
正直、俺は混乱した。誰にも言わずに隠しておくつもりだったのに、いとも簡単に心の奥まで入り込まれて、気付いたら自分の秘密を晒してしまった。でも、あいつも俺と似たような存在だった。
『僕はバイなんです』
好きな食べ物は天ぷらそばです、みたいな自然なノリで言われて、俺は頭を殴られたような衝撃を味わった。好きなものは、『好き』って言っていいんだ。そんな当たり前のことが分かってようやく目が覚めて、俺達は本格的に交際を始めたんだ。
「マイヤぁ、メールすんげぇことになってだよ! お前も見だが?」
うぎゃぁっ‼
心臓止まるかと思った、重田さんの声でかいんだよなぁ。まぁ、番組のメールは俺のスマホでも確認できるけど。
「いえ、怖くて、見れません」
「心配すんなって。皆祝福してだっけよ」
ノートパソコンをぐいぐいと押し付けられる。うぅ、止めてくれ。『結婚おめでとう!』とかいう大量の電報メールしか来てないじゃないか。
「いやー……放送の後、いつも美味そうな飯食ってんのは見でだんだども、まっさか愛妻弁当だどは思わねがったなぁ」
重田さんはにやにやと笑いながら、空になった弁当箱を眺めている。めちゃくちゃ恥ずかしい。新婚夫婦の昼時もこんな感じなのかな。俺達の場合同棲して六年は経ってるけど。
「だから、結婚してないですって」
「分がった分がった。んで、リスナーからも『弁当の中身が気になる!』ってメールが多数寄せられでよ。せっかくだから、来週から新コーナーやらねが?」
へっ?
とぼけた声しか出せない俺を置いてけぼりにしたまま、重田さんは走り書きの企画書を差し出した。
「名付けて『DJマイヤの愛妻弁当』、昼飯の中身をお前自身で実況すんだ。こりゃあ名物コーナーになるど!」
毎週土曜日、午前十一時。一週間の中で一番わくわくする仕事が、『FMしまだな』でのラジオ生番組だ。
俺は生方舞也。ちょっと前までは声優の端くれだったが、今は北東北の地方都市、島棚市で暮らしている。
というのも、恋人の帰郷に便乗したのが理由だ。やっと軌道に乗ってきたのにもう辞めちまうのか、って事務所の社長に怒鳴られたけど、俺は別に『声優』になりたかった訳じゃない。
俺がやりたかったのは、『声』を通じて誰かと関わること。だから、今の方がよっぽど楽しいんだ。
「おはようございまーす」
「おー、おはよー。今日もよろしく頼むど」
本番当日の打ち合わせは午前八時。夜型の俺にとってプレッシャーだけど、まだ一度も遅刻してない。挨拶のついでにスタッフと雑談するのが、ここ最近の日課だ。
FMしまだなは、小さなコミュニティラジオ局。いろんな職種の人達が集まって、島棚市を盛り上げるために立ち上げたらしい。俺がここで番組を始めたのも、スタッフの知り合いって人に誘われたのがきっかけだ。
「おーいマイヤ、そろそろ打ち合わせすっどー」
プロデューサー兼ディレクターの重田さんに肩を叩かれる。俺はスタッフと一緒に、事務室に向かった。
――
「島棚市の皆さん、こんにちはー。『DJマイヤの雑談室』、室長の生方舞也です。今週もお昼までの一時間、よろしくお願いしまーす」
打ち合わせから三時間後、放送がスタートした。オープニングトークを済ませ、音楽を流している間に進行表に目を通す。ノートパソコンでSNSを開き、番組名のタグを入力すると『こんにちは!』といった呟きがずらりと並んでいた。
俺の役割はラジオパーソナリティ、いわゆる番組の司会だ。音楽を交えつつ、投稿されたメッセージを通してリスナーと『雑談』する、というのが番組のコンセプト。始まってからまだ一年にも満たないけど嬉しいことに、毎週たくさんの人達がメッセージを送ってくれる。ラジオを通してお喋りしてるみたいで、めっちゃくちゃ楽しいんだよな。
「さぁて、ここでリスナーの皆さんからのメッセージを紹介しましょー。ラジオネーム『黒い白玉』さんからのお便りです」
大喜利や悩み相談といったレギュラーコーナーに島棚市のイベント情報など、内容はかなり幅広い。番組は問題なく進み、そろそろ終盤だ。パソコンの画面に目を移し、届いたメールの中から一通ピックアップする。
「『マイヤさん、こんにちは。僕は今、白峰高原のキャンプ場で聞いています』。あー、今日すっげーいい天気だもんね。キャンプとか羨ましいなー」
白峰高原は、島棚市東部の山エリアにある。昔は何にもなかったらしいけど、近頃のキャンプブームのおかげで、今では人気の観光スポットだ。キャンプかー、俺やったことないんだよなぁ。じゃなくて、続き続き。
「『テントの組み立てで疲れたので、早弁しちゃいました。番組開始は十一時ですが、マイヤさんも早弁派ですか?』あははは、早弁か。俺はどちらかっていうと遅弁派かなー。せっかくの愛妻弁当だからしっかり味わいた……」
ちょっと待て。キャンプに気を取られててぼんやりしてたけど俺、今さらっと口滑らせた気がする。
ラジオブースの外を見るとスタッフ全員ポカンと口を開けてるし、画面を見ると番組タグの呟きは『愛妻弁当?』の文字で埋め尽くされている。まずい、このままではトレンドに載ってしまう。
「こっ、ここで一曲お聴きください! 由川空で『愛と希望』」
外に向かって必死にジェスチャーすると、スタッフは慌てて音楽を再生した。
ほっとしたのも束の間、目を輝かせた重田さんが「お前、結婚してだんだか⁉」とラジオブースに乗り込んできた。画面をちらっと見ても、SNS上は『マイヤ、既婚者だったの?』『ご祝儀贈らなきゃ!』といった呟きで盛り上がっている。
やっちまった。
俺は今、この場にいない恋人に電話して「ごめん‼」と叫びたい気分だった。だが流れている曲はもうすぐ終わる。覚悟を決めて席につき、目の前のマイクを握り締めた。
「えー……、先程は失礼しました。この際言っちゃうけど俺、恋人がいます」
――
悪夢の生放送が終わり、俺は事務室の隅っこで『愛妻弁当』を食べていた。「結婚はしてないから!」とは言ったものの、スマホの通知はさっきから鳴りっぱなしだ。タイムラインを見るのが怖い。
恋人と交際していることは、誰にも言ったことはない。首都圏で暮らす親にも、声優事務所の社長にも、もちろん島棚市の人達にも。重田さん達には「別に隠さなくても良ぐねぇか?」とは言われたけど、できれば言いたくなかった。
何故なら、恋人は自分と同じ『男』だから。
物心ついた頃から、俺はゲイだった。初恋は小学五年生の時だったかな。同じクラスの男友達に恋をして、何も言えずに終わった。中学、高校と進んでも、好きになるのは男だけ。俺には兄貴が一人いるけど、つい最近女の人と結婚したらしい。親にもメールで『お前もいい女性見つけるんだぞ』って言われたっけ。
だから、俺には好きな男性と結ばれるなんて無理だ、って思ってた。
でも、あいつと出逢ってから、俺の人生は変わった。
専門学校を卒業して事務所に入ったけど、アニメで一回主役を張って以来なかなか仕事がなくて、バイトを掛け持ちしてた頃。帰り道、柄の悪い男に絡まれていたあいつを見た瞬間、俺は恋に落ちた。
ちょっと頼りないような、不思議な雰囲気を持った奴だった。なんとか助け出したけど妙に懐かれて、いつの間にか連絡先の交換も済ませて。それから数日経って『お礼をしたいから』と家に呼び出されて、何故か、その日から付き合うことになった。
正直、俺は混乱した。誰にも言わずに隠しておくつもりだったのに、いとも簡単に心の奥まで入り込まれて、気付いたら自分の秘密を晒してしまった。でも、あいつも俺と似たような存在だった。
『僕はバイなんです』
好きな食べ物は天ぷらそばです、みたいな自然なノリで言われて、俺は頭を殴られたような衝撃を味わった。好きなものは、『好き』って言っていいんだ。そんな当たり前のことが分かってようやく目が覚めて、俺達は本格的に交際を始めたんだ。
「マイヤぁ、メールすんげぇことになってだよ! お前も見だが?」
うぎゃぁっ‼
心臓止まるかと思った、重田さんの声でかいんだよなぁ。まぁ、番組のメールは俺のスマホでも確認できるけど。
「いえ、怖くて、見れません」
「心配すんなって。皆祝福してだっけよ」
ノートパソコンをぐいぐいと押し付けられる。うぅ、止めてくれ。『結婚おめでとう!』とかいう大量の電報メールしか来てないじゃないか。
「いやー……放送の後、いつも美味そうな飯食ってんのは見でだんだども、まっさか愛妻弁当だどは思わねがったなぁ」
重田さんはにやにやと笑いながら、空になった弁当箱を眺めている。めちゃくちゃ恥ずかしい。新婚夫婦の昼時もこんな感じなのかな。俺達の場合同棲して六年は経ってるけど。
「だから、結婚してないですって」
「分がった分がった。んで、リスナーからも『弁当の中身が気になる!』ってメールが多数寄せられでよ。せっかくだから、来週から新コーナーやらねが?」
へっ?
とぼけた声しか出せない俺を置いてけぼりにしたまま、重田さんは走り書きの企画書を差し出した。
「名付けて『DJマイヤの愛妻弁当』、昼飯の中身をお前自身で実況すんだ。こりゃあ名物コーナーになるど!」
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