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序章
第4話 まさかの大逆転?
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* * *
その夜、師匠は帰ってくることはありませんでした。
戸締りして先に休んでいて良いと言ってくれたけどそんなこと出来る訳もなく、私はお店の奥にある調薬室で師匠の帰りを待ち続けました。
「……帰ってこない」
気付けば夜が明け、窓から朝日が差し込むようになっても師匠が帰ってくることはなく、仕事以外で朝まで帰ってこないのは初めてのことです。水路に落ちた? 馬車に轢かれた? それとも……
「捨てられた、のかな」
考えたくないけど、頭の中をそんなことが過ぎります。
師匠と出会ったのは10年前。病死した両親を葬った帰りでした。孤児となってしまった私を引き取り、王都へ連れて帰ってくれた師匠はいろんなことを教えてくれました。薬師になる夢を作ってくれたのも師匠。それなのに私は師匠を裏切ってしまいました。
「やっぱり、ここには居られないよ」
私が独り立ち出来るまで責任持つって師匠は言ってくれました。でも私にはそんな権利はもうありません。どうせ孤児になるはずだったんです。それが少し遅れただけ。そうだ。城の北側の通りには娼館が立ち並ぶ一角があったはず。師匠には近づいてはいけないと言われてたけど、私は16歳で成人してる。そこなら孤児の私でもなんとかなります。
「そうだよ。本当はこんなところに居ちゃいけないんだ」
師匠に出会ったことで夢を見てしまったけど、これは本当の私じゃない。
私は意を決し、立ち上がると荷物を纏めるために自室がある2階へ向かおうとしました。その時です。
「こんな時間に患者さん⁉」
施錠していなかったお店の玄関ドアが開く音に慌てる私。師匠が居ないと診察も調薬も出来ません。
「と、とにかく容態は確認しないとっ」
お店を出るのは後回しです。師匠が戻って来るまでは私が対応しなきゃ!
「すみません! 薬師はいま外出中なんですっ。ご用件は……って師匠!」
「ただいま。遅くなってしまったね」
「遅いですよ! 遅すぎですっ。いったいなにをしてたんですか!」
「ちょっと牢屋に入ってたんだ。心配かけたね」
「まったくですよ。牢屋? 師匠! なにやったんですか⁉」
「大したことじゃないよ」
「大したことじゃなくないですよ! ほんと、心配したんですよ。私……私、やっぱり捨てられたのかなって」
まただ。また涙が溢れてくる。私ってこんなに涙脆かったっけ。次から次に涙が頬を流れます。
「また一人になるんじゃないかって、怖かったんですよ」
「ソフィー?」
「ほんと、怖かったんですよ。だから、だからっ」
「ごめんよ。少し配慮が足りなかったね。大丈夫。ソフィーを見捨てたりしないよ。安心しなさい」
「……うん」
師匠の胸に顔を埋め頷く私。さっきのは訂正。16歳だけど、まだまだ私は子供みたいです。
「昨日はちょっと飲み過ぎてね。見回り兵のお世話になってしまったんだ」
「飲み過ぎたって。お酒、飲んだんですか?」
「僕も悔しくてね。自棄酒だよ。でもお陰で良い話を聞いたよ」
「良い話? なんですか」
「ソフィー!」
「は、はいっ⁉」
「キミは間違ってなかったよ!」
「間違ってなかった……って、なにがですか?」
「キミが受けた試験にはミスがあったんだ。キミは正しかったんだよ!」
「あ、あの。話が見えないんですけど」
お酒が残っているのか興奮冷め止まぬ感じの師匠に押され気味の私。普段は物腰柔らかな師匠がここまで興奮するというのは、それだけで只ならぬなにかがあったんだと感じ取れます。
「とりあえず落ち着いてください。私のなにが正しかったんですか」
「ソフィー、実技試験の課題は風邪薬だったんだよね?」
「は、はい。でも――」
「材料がなに一つ用意されていなかった」
「そうです。だから調薬できないと試験を棄権しました」
「それで正解だったんだよ」
「え?」
「キミへの課題薬は風邪薬じゃなかったんだ」
「え?」
「キミに本来作るべき課題薬は『傷薬』だったんだよ」
傷薬? 確かにあの場にあった材料で確実に作れたのは傷薬だったけど、それって問題が間違っていたって事だよね。
「薬師試験の実技課題は受験者ごとに違うんだ。風邪薬はキミの後に受験する人へ用意された課題だったんだ」
「それって、試験官のミス……って事ですか」
「そういうことだ。後からミスに気付いたが試験を主宰する薬師協会はそれを無かったことにしたんだ」
「それ本当ですか! それじゃ私は……」
「安心しなさい。キミへの救済措置は既に決まっているよ。合格だ」
「ごうかく?」
「筆記試験の点数と材料から課題薬が作れないと判断した判断能力。合格とするには十分な結果だよ。おめでとう」
「ほんとう、なんですよね? 嘘じゃないですよねっ」
実感がわかない。実技試験を棄権したのに? 公正な試験を受けれなかった救済措置だったとしても、こんなにあっさり合格させて良いの?
「実感がわかないって感じだね」
「当たり前ですっ。ほ、本当に合格なんですか」
「後から薬師協会に人が謝罪と免状を持ってうちに来るよ」
ニコッと優しい笑顔を私に向ける師匠。その表情でいま起きていることが現実なんだと、本当に薬師になれるんだと感じることが出来ました。
「し、師匠! 私、やりました! やりましたよっ」
「こ、こら。急に抱き着かない」
「なれましたっ。薬師になれました!」
「うん。本当によく頑張ったね」
「もしかして、昨日出て行ったのって――」
「協会のミスを知ったのは偶然だよ。親父さんから『試験でミスがあった』って聞かなければ夜中に協会へ殴り込みなんかしないよ」
「そうだったんですか――って、牢屋に入ったのって?」
「たぶんそれが原因だね。いやぁ、一晩で済んだのが奇跡だよ。ん? ソフィーどうしたんだい?」
「な、なにやってるんですか! 協会に殴り込みなんて。バカですか⁉ 私の為にそんな……」
「キミだからだよ。キミが僕の弟子だからさ。弟子の為なら師匠は多少の無茶はするよ」
「だとしても無茶しすぎです。ほんとっ、ほんと……」
「ソフィー?」
「師匠の弟子で良かったですっ」
その夜、師匠は帰ってくることはありませんでした。
戸締りして先に休んでいて良いと言ってくれたけどそんなこと出来る訳もなく、私はお店の奥にある調薬室で師匠の帰りを待ち続けました。
「……帰ってこない」
気付けば夜が明け、窓から朝日が差し込むようになっても師匠が帰ってくることはなく、仕事以外で朝まで帰ってこないのは初めてのことです。水路に落ちた? 馬車に轢かれた? それとも……
「捨てられた、のかな」
考えたくないけど、頭の中をそんなことが過ぎります。
師匠と出会ったのは10年前。病死した両親を葬った帰りでした。孤児となってしまった私を引き取り、王都へ連れて帰ってくれた師匠はいろんなことを教えてくれました。薬師になる夢を作ってくれたのも師匠。それなのに私は師匠を裏切ってしまいました。
「やっぱり、ここには居られないよ」
私が独り立ち出来るまで責任持つって師匠は言ってくれました。でも私にはそんな権利はもうありません。どうせ孤児になるはずだったんです。それが少し遅れただけ。そうだ。城の北側の通りには娼館が立ち並ぶ一角があったはず。師匠には近づいてはいけないと言われてたけど、私は16歳で成人してる。そこなら孤児の私でもなんとかなります。
「そうだよ。本当はこんなところに居ちゃいけないんだ」
師匠に出会ったことで夢を見てしまったけど、これは本当の私じゃない。
私は意を決し、立ち上がると荷物を纏めるために自室がある2階へ向かおうとしました。その時です。
「こんな時間に患者さん⁉」
施錠していなかったお店の玄関ドアが開く音に慌てる私。師匠が居ないと診察も調薬も出来ません。
「と、とにかく容態は確認しないとっ」
お店を出るのは後回しです。師匠が戻って来るまでは私が対応しなきゃ!
「すみません! 薬師はいま外出中なんですっ。ご用件は……って師匠!」
「ただいま。遅くなってしまったね」
「遅いですよ! 遅すぎですっ。いったいなにをしてたんですか!」
「ちょっと牢屋に入ってたんだ。心配かけたね」
「まったくですよ。牢屋? 師匠! なにやったんですか⁉」
「大したことじゃないよ」
「大したことじゃなくないですよ! ほんと、心配したんですよ。私……私、やっぱり捨てられたのかなって」
まただ。また涙が溢れてくる。私ってこんなに涙脆かったっけ。次から次に涙が頬を流れます。
「また一人になるんじゃないかって、怖かったんですよ」
「ソフィー?」
「ほんと、怖かったんですよ。だから、だからっ」
「ごめんよ。少し配慮が足りなかったね。大丈夫。ソフィーを見捨てたりしないよ。安心しなさい」
「……うん」
師匠の胸に顔を埋め頷く私。さっきのは訂正。16歳だけど、まだまだ私は子供みたいです。
「昨日はちょっと飲み過ぎてね。見回り兵のお世話になってしまったんだ」
「飲み過ぎたって。お酒、飲んだんですか?」
「僕も悔しくてね。自棄酒だよ。でもお陰で良い話を聞いたよ」
「良い話? なんですか」
「ソフィー!」
「は、はいっ⁉」
「キミは間違ってなかったよ!」
「間違ってなかった……って、なにがですか?」
「キミが受けた試験にはミスがあったんだ。キミは正しかったんだよ!」
「あ、あの。話が見えないんですけど」
お酒が残っているのか興奮冷め止まぬ感じの師匠に押され気味の私。普段は物腰柔らかな師匠がここまで興奮するというのは、それだけで只ならぬなにかがあったんだと感じ取れます。
「とりあえず落ち着いてください。私のなにが正しかったんですか」
「ソフィー、実技試験の課題は風邪薬だったんだよね?」
「は、はい。でも――」
「材料がなに一つ用意されていなかった」
「そうです。だから調薬できないと試験を棄権しました」
「それで正解だったんだよ」
「え?」
「キミへの課題薬は風邪薬じゃなかったんだ」
「え?」
「キミに本来作るべき課題薬は『傷薬』だったんだよ」
傷薬? 確かにあの場にあった材料で確実に作れたのは傷薬だったけど、それって問題が間違っていたって事だよね。
「薬師試験の実技課題は受験者ごとに違うんだ。風邪薬はキミの後に受験する人へ用意された課題だったんだ」
「それって、試験官のミス……って事ですか」
「そういうことだ。後からミスに気付いたが試験を主宰する薬師協会はそれを無かったことにしたんだ」
「それ本当ですか! それじゃ私は……」
「安心しなさい。キミへの救済措置は既に決まっているよ。合格だ」
「ごうかく?」
「筆記試験の点数と材料から課題薬が作れないと判断した判断能力。合格とするには十分な結果だよ。おめでとう」
「ほんとう、なんですよね? 嘘じゃないですよねっ」
実感がわかない。実技試験を棄権したのに? 公正な試験を受けれなかった救済措置だったとしても、こんなにあっさり合格させて良いの?
「実感がわかないって感じだね」
「当たり前ですっ。ほ、本当に合格なんですか」
「後から薬師協会に人が謝罪と免状を持ってうちに来るよ」
ニコッと優しい笑顔を私に向ける師匠。その表情でいま起きていることが現実なんだと、本当に薬師になれるんだと感じることが出来ました。
「し、師匠! 私、やりました! やりましたよっ」
「こ、こら。急に抱き着かない」
「なれましたっ。薬師になれました!」
「うん。本当によく頑張ったね」
「もしかして、昨日出て行ったのって――」
「協会のミスを知ったのは偶然だよ。親父さんから『試験でミスがあった』って聞かなければ夜中に協会へ殴り込みなんかしないよ」
「そうだったんですか――って、牢屋に入ったのって?」
「たぶんそれが原因だね。いやぁ、一晩で済んだのが奇跡だよ。ん? ソフィーどうしたんだい?」
「な、なにやってるんですか! 協会に殴り込みなんて。バカですか⁉ 私の為にそんな……」
「キミだからだよ。キミが僕の弟子だからさ。弟子の為なら師匠は多少の無茶はするよ」
「だとしても無茶しすぎです。ほんとっ、ほんと……」
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「師匠の弟子で良かったですっ」
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