感情のない君と愛を知らない僕

詩乃

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彼女との出会い

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 「ありがとう。」
 そう言って笑った彼女の顔は、何かを無理矢理に押し込めたような感じがして、
 「無理してないですか。」
 と、言葉が口から自然と出てきた。
 その言葉から彼女と僕の関係は始まった。

 秋、というには暑すぎる9月末。僕はすっかり着なれた制服を着て図書室に向かっていた。図書室は僕がいる校舎とは繋がっていないため、一度階段を下りなければならない。ただ、僕の入っている島崎#しまさき#高校は私立のため、本の種類が異様なほど揃っている。その図書室が入っている校舎は文系クラスの文系棟とは繋がっている。僕たち理系クラスの理系棟はなぜか繋がっていない。理系だって本は借りるんだと、声を大にして言いたい。まあ僕も行っているのはテスト前だけなのだが。そして僕は図書室で借りた本を図書室の下、自習室で勉強しているので図書室に行っていないと言われたらそうだとも言える。ただ今日は図書室内にある自習スペースで勉強しようと思う。そのスペースは学年毎に使えるところが決まっており、机の上にある札とネクタイの色が同じところしか使えない。僕たち1年はネクタイの色が蒼。だから蒼のところしか使えないわけだ。そしてその広さは学年が上がる毎に広くなっていく。今のところは6人がけの机一つ分だ。実際1年はあまり使っていないので僕が独り占めすることになるだろう、と思いながら「読書の秋」というポスターが貼ってある扉を勢いよく開ける。ポスターのはためきがおさまると、自習スペースが見えた。その場所には僕の思考とは裏腹に、一人の女の子がいた。ネクタイは蒼。黙々と本を読み進めている。僕は本棚から本を数冊取り出して、彼女の邪魔をしないように勉強を始める。互いに互いを気にせず、自分のしたいことをする。僕は集中して問題を解き進めていると、
 (キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン 完全下校まであと10分です 校内の生徒は直ちに下校の準備をしてください。)
 もうそんな時間か。ずいぶん長く勉強したな。そう思い、片付けようと立ち上がると、彼女も本を片付けに立ち上がった。僕は参考書をもとあった場所に戻し、机に戻ると一冊の本が置いてあった。それは貸出用のバーコードがなく、彼女が座っていた座席のところに置いてあったため、置き忘れたのだろうと思った。扉の方をふと見ると彼女が出ていくところだった。
 「待ってください。この本。」
 彼女を追いかけて本を渡す。すると彼女ははにかみながら
 「ありがとう。」
 と言った。そして冒頭に戻る。無理して笑ったような顔を見て、僕が自然と
 「無理してないですか。」
 と聞くと、彼女は唐突に無表情になり、
 「なんで」
 と微かに呟いた。僕が「え?」と聞き返すと、
 「何でばれたの。私に感情が無いこと。」
 僕は無理している感じだと思っただけなのだが、なにか誤解が生まれているようだ。僕がその事を伝えると、
 「そうだったの… まぁいいわ。言ってしまったものは仕方がない。そんな知ってしまった貴方にお願いがあるの。手伝ってくれないかしら。私に感情が芽生えるように。」
 僕は突拍子もないことに巻き込まれてしまったようだ。僕はそのお願いを受け入れることを伝えると同時に、1つ質問をした。
 「君の名前は何て言うの?」
 少しの空白。その後に、
 「私は加藤 咲#かとうさき#。貴方は?」
 「僕は山手 貴明#やまてたかあき#よろしく。」
 その後、僕達は2つ約束を決めた。1つは、この事を誰にも言わないこと。1つは、平日の放課後、図書室で会うこと。この日から僕達は毎日図書室で待ち合わせをする仲となった。
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