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第1章過去と前世と贖罪と

77・説明会

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「…ということがあったんです」

その日、目が覚めてからすぐにエドナとガイに昨日起きたことを話した。

「私はずっと地獄神は罪人に罰を与える恐ろしい神様だと思ってたけど、
意外にも慈愛のある神様なのかもしれないわね」
「本当だな…」

エドナの言葉にガイが同意する。

「それですごくすっきりしました。
地獄神がお母さんに会わせてくれたおかげで、
色々なことの踏ん切りがついた気がします」
「そう…それは私もそうかもしれないわね。
私もレイラを倒したことで、
自分の中で色々なことの区切りがついた気がするわ…。
私は今まで自分のことが特別不幸だと思ってきたけど、
これも全部自分が選んで来た事なんだと自覚出来たら、
今までのことに納得出来たわ」
「そうですか…それで二人に言いたいことがあるんです。
私、やっぱりこの町を出ません」
「え? どうして?
逃げないとまずいんじゃないの」
「…そうなんですけど、
ちょっと特別な事情があって、変わるかもしれないんです」

そういうと私は二人にその事実を伝えた。

「これは…魔族に感謝した方が良いのかしら…」

エドナは複雑そうな顔でそう言った。

「というか私より、エドナさんの方が凄い注目集めてましたからね」

だって、エドナが魔族を倒した所は多くの人に目撃された。
元々美人だし、
魔族にひるむことなく立ち向かう姿は多くの人の心を勇気付けたらしく、
中にはハートを射止められた人も居た。
エドナの病室にはそれはそれはたくさんの人がお見舞いに来たし、
ラブレターだって山ほど来た。それが余りにも多いので、
治療に専念出来ないと、お医者さんがブチ切れちゃったので、
伯爵夫人が特別に離れた別館にエドナの病室を移動させたぐらいだ。

今私はその病室にいるわけだ。ちなみにエドナはベッドで療養している。

「それに片目だけ金色になっちゃってますから、
いやでも目立ってますよ」
「それなんだけどね。未だに慣れないわ…。
地獄神はこれについて何か言っていたの?」
「何か加護の加護を受けている状態って言ってましたけど、
詳しい事はよく分かりません」
「しかし人間じゃなくなったって感覚は未だに無いけど、
それはどうなのかしら」
「それなんですけど、
どうも生き返ったら、魔力だけで動くことになるから、
普通の食事とかではそれは補えないみたいです。
私が定期的に魔力供給しないとダメです」
「魔力供給って他人の魔力を移してもらうの?
それってどうやるの?」
「それは…」

そう言った瞬間、私は地獄神の言葉を思い出して顔が赤くなった。

「ま、まぁそんなことはともかく。
今夜、魔族討伐を記念してお祝い会があるじゃないですか。
その時に余興として記者会見を開こうと思っているんです」
「記者会見?」
「記者会見っていうのは、
私の世界で何かあった時に開く、説明会みたいなものです。
いちいち一人一人に説明するのも面倒じゃないですか。
だからたくさんの人を呼んで、一度に説明するんです」
「まぁその方が手間ではないけど…」
「だからそこにエドナさんも出席してもらおうと思っているんですよ。
それでこれがこの脚本です」

そう言うと私は脚本を渡した。

「説明会に脚本なんて使うの?」
「実際に私の世界の記者会見でもよくあることでしたよ。
透明なカンペを使って、その文章を喋るんです。
文章自体も弁護士とか専門家とか、
別の人間に作ってもらうこともあります」
「あなたの世界って…ずいぶんとあくどいことを平気でやるのね」

あくどいって確かにあくどいけど、
実際演説とかで使われる文章は別の人が考えてることが多い。
その良い言葉を政治家はただ喋ってるだけなのである。
実際透明なカンペというのは、本当に記者会見ではよく使われている。
テレビからだと透明に見えるが、席からみると文章が流れてくるのだ。
精巧なものだと、指摘されない限り存在に気がつかない。

ちなみにこの脚本を書いたのは伯爵婦人だ。

「そんな感じでご協力お願いします」

そう言うと私はニッコリと笑った。

「はぁ…あなたって時々とてつもなく腹黒くなるわね」
「まぁ色々ことがありましたからね」

散々皇帝には酷い目に遭わされたので、そりゃ腹黒くもなるわ。

その時ふとベッドに立てかけたられてある大剣が目に入った。

「これ触ってもいいですか?」
「いいわよ」

その大剣はかなりごっつくて、重たそうな武器だった。
鞘と柄の部分に金色の装飾がされていて、
なんかすごい値打ちがありそうだった。

「これって凄いですね」
「そうね…まさか今になってこれが私の手元に返ってくるとは思わなかったわ」
「え? これって元々エドナさんのものなんですか?」
「そうよ。前に言った武道会で、私は優勝出来なかったじゃない。
そしたらさすがに可哀想だと思ったのか、
国王陛下が国一番の刀匠に作らせて、私にこれをくれたのよ」

確かに14回も勝ったのに1回で負けただけで、
負けたことになったら、可哀想だと思っても仕方ないかもしれない。
ていうかこんなもの渡すぐらいなら、エドナを優勝させてやれば良かったのに…。

「でも右腕が動かなくなって剣が握れなくなった時、
もう見るのも嫌だったから、売って手放してしまったの…。
それが今になって返ってくるなんてね…」

多分これを届けたのは地獄神かもしれない。
でもどういう経緯で手に入れたのかは本当に謎だが……。

「だからあなたには本当に感謝しているの。
また戦えるようになるとは思わなかったから、ありがとう」

その言葉に私は笑顔になった。

「うん、こちらこそありがとうです」





そしてその時がやってきた。
領主邸の大食堂と呼ばれる所にみんな集まっていた。
集まっているのは、冒険者や、町の人達。
その中には伯爵夫妻も、ギルドマスターも居る。

「えっと、本日はお集まり頂き、ありがとうございます」

私は緊張しながらそう言った。そんな私の傍らにはエドナが立っていた。
包帯は巻いてあるけど、彼女はすでに歩けるまでに回復したらしい。
その金色になった右目が珍しいのか、人々がじろじろと見ている。

「それでは説明会を開きます。
今回は私とエドナの身に起こった事を話してみようと思います。
みなさんもそれは気になっていることでしょうから」

すでに私の最強魔力は人々に見られてしまった。
あの場にいた魔法使いならすぐに異常に気がついただろう。
そしてエドナの右目が突然金色になってしまったことも、明らかに異常だ。
右目だけ聖眼持ち、しかも後天的な場合は色が違うのが、
当たり前な聖眼なのに、色は先天的なものと同じ物。
せめてこれだけでも説明しておかないと、後々困ったことになってしまう。
本当はあの時に幻惑魔法使ってれば良かったのだろうが、
あの時はその考えに至らなかった。それについては後悔しても仕方がないし、
そのために今回この説明会を伯爵夫人に用意してもらった。

「それではまず皆さんの抱いている疑問、
それはこの点になると思いますけど、
わかりやすく、板に書いておきました」

私は黒板ほどのサイズのある板を指差す。
そこには、そもそもセツナは何者?
どうしてあれだけの魔法が使えたの?
何でエドナの右目が聖眼に?
魔族とどんな関係があるの?
とか質問が書かれていた。

「おおまかな疑問はこれだと思います。
とりあえず一つ一つ説明していきます。
まず魔族との関係ですか、これは何の関係もありません」
「だが、何か話していたのは事実では?」

その時、伯爵夫人が口を開いた。
これはあらかじめ予定していたことだ。
質問に答えても、人々の心の中に疑問が残ることがあるかもしれない。
その疑問を伯爵夫人が代弁するという形で喋っているのだ。
しかし質問することはこちらの打ち合わせ通りだ。

「あの魔族は…多くの人が見て分かると思う通り、
人間の姿をしていて、
人の言葉を喋りました。意思の疎通も出来るようでしたので、
戦っている最中にエドナさんは魔族の動揺を誘うため、
たくさんの言葉を投げかけました。
まぁどんな言葉だったのかと言うと、
完全な暴言だったんで、教えられませんけど」
「それを証明する方法は?」

伯爵夫人は静かにそう言った。

「近くに居た私が証言します。
私と彼女は出会って日も浅いことですし、
私が嘘つく理由はありません」

まあ実際すごく仲が良いとは言え、
冒険者同士との関わりは普通は薄いものだ。
実際には、エドナに何かあったら私は全力でかばうけど、
この説明で、この場にいた冒険者は納得したはず。

「その通りよ。とにかくあの時は魔族の隙を突く必要があったから、
隙を作るために魔族の動揺を誘う言葉を投げかけたわ。
この××野郎とか、×××とか、適当なことを思いつく限り叫んだわ」

おおい! どこでそんな下品な言葉を覚えたんだよ!!
エドナの言葉に人々が引いてるのがわかった。
伯爵夫人なんてドン引きしている。

「そ、そういうことか、
ならどうしてエドナの右目が聖眼に?
そもそもそこの女は右手が動かないみたいだが、
今は問題なく動いている。
これはどういうことなんだ?」

たぶんそれが皆がいちばん気になっていることだろうな。
私は打ち合わせ通り、質問に答えた。

「それについてはぶっちゃけよくわかりません」

人々からブーイングがわいた。
エドナはため息を吐くと口を開いた。

「いや本当に私にも分からないのよ。
こうなる前に魔族に攻撃されて深手を負ってしまって、
もうだめかと思ったけど、
セツナと一緒に近くの神殿に逃げ込んだら、
いきなり神々の像が光り輝いて、
気がついたら、こんな感じになっていたのよ。
右手も動けるようになっているし、
怪我も治ってしまったし、体調だって万全だし、
正直に言って私の方が教えてもらいたいくらいだわ」

エドナは若干棒読みだが、脚本どおりのセリフをしゃべった。
ちなみに幻惑魔法かけているので、
机の上にこの本があること自体、私達以外みんな気がついていない。

「だが、そんなことが本当にあるのか?」

その時、黙って聞いていたギルドマスターがそう言った。

「聖眼は神から愛された者にしか現れないもの。
だが後天的の場合は色は紫色になるはずだ。
だがエドナは色が金色、そして片目だけなんだ?」

ちなみにギルドマスターも、
今回の説明会で質問役として協力してくれることになった。
だが事前に私達が何を喋るのかは、聞かされていない。

「その理由はよくわかりません。
どうして色が金色なのかも…どうして右目なのかもね。
ですが、可能性としてはあり得ることです。
聖眼は神に特別に愛された者にしか現れないものです。
私自身が愛されているから、特別にエドナに聖眼を与えたのかもしれません」

そう言うと私は自分の体にかけられてある幻惑魔法を解いた。
人々が息を飲むのが分かった。
私の黒色だった瞳は、明るい金色に姿を変えた。

「これが私の本当の姿です。
聖眼持ちだと知られれば、面倒なことになるので、
今まで魔法で隠していました」
「なるほどな。お前自身も神に愛されているということか」

伯爵夫人は納得したようにうなずいた。

「私は聖眼持ちであるので、生まれつき膨大な魔力を持っています。
無詠唱で魔法も使えます。
あの時、強力な補助魔法が使えたのはこれによるものです。
空間術も魔法による力です」

まぁ実際はスキルによる力なんだけど、ここはそう説明しておくことにした。

「なるほどそういうことか…あの時強力な補助魔法が使えたのは」

伯爵夫人はまぁ分かっているのだけど、納得したように頷いた。

「ですが私自身は…これを喜ばしいと思ったことはありません。
聖眼持ちは神に愛されていると言いますけど、
私自身は聖眼によって人生が狂ってしまいました」

そうして私は語り始めた。
私自身の過去を――といっても多少変えてるんだけど…。



それは簡単に説明すると、こんな内容だった。

その少女はとある小さな山奥の村で生まれた。
ほとんど存在すらも知られていないような場所。
情報すらも入らず、聖眼の存在すらも知らない程、
世間から隔離されていた村だった。
彼女はそこで母親と共に幸せに過ごしていた。

だがある日、村に一人の人間が迷い込ん出来た。
彼は深手を負った冒険者だった。
そして少女の聖眼と持っている常識外れの魔力を見て驚いた。
村人に介抱され、怪我が治った冒険者は、
少女の存在を他の人間に喋ってしまった。
それがとある貴族の男の耳に伝わり、
村は瞬く間に貴族の男が所有していた軍隊によって取り囲まれた。
そして貴族は村を滅ぼして、少女を手に入れた。

そして少女の魔力を封印すると閉じ込めて、
そこで反抗しないように徹底的に拷問し、調教し、洗脳した。
それによって少女は男には逆らえなくなった。
そして言われるままに、その能力を男のために使った。
そんな日々を何年も過ごしたある日だった。

閉じ込められていた屋敷にある人物がやってきた。
その人物は少女の幼なじみの少年だった。
村が滅ぼされる前に近くの森で遊んでいた彼は生き残ってしまったのだ。
そしてどこからか少女の噂を聞くと、会いにやってきたのだ。
少年は少女の置かれている境遇を知ると、一緒に逃げようと言った。
少女もそれに同意し、
少年と一緒に逃げようとしたが、すぐに捕まってしまった。
そして目の前で少年を殺されてしまった――。

それがきっかけで少女の魔力が暴走し、
気がつけば少女は見たことのない森の中にただ一人で立っていた。

「で、どういうわけか記憶を無くしてしまったんです」

そう私は説明した。

「つまり…魔力が暴走したということは、
転移魔法を使ってしまったということか…」

伯爵夫人はそう言う。

「そうなのかもしれませんけど…自分でもよく分かりません。
どうして遙か離れたこの国に来てしまったのかも…私にはよく分かりません」

辺りはシーンと静まり返っていた。その沈黙が妙に居心地が悪い。
私はずっと自分の足元を見て話していたため、
彼らがどんな表情しているのか知らない。
でももし嘘だとバレてしまったら…そう思うと怖かった。
でもこれは多少変えてはいるけれども、本当にあったことだ。
だから、思わず熱がこもって喋ってしまったし、説得力はあったはず…。

「そんな悲しいことがあったのか…」
「え?」

顔を上げると、ギルドマスターの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
それは周囲にいる人々も同じ、みんな涙ぐんでいた。

「え、え?」
「その貴族は何を考えてそんなことしたんだ…。
こんな可愛い子を苦しめるなんて…」
「全くだ。俺がその場に居たらぶちのめしてやるのに…!」

そう冒険者の人達が口々にそう言った。

ちょっと、ちょと皆さん…単純すぎません?
そりゃ確かにちょっと話を盛りすぎたかもしれないけど、
なんでそんなに泣いてるの?

「うぅ…」

隣からすすり泣く声がして、見たら、エドナも泣いていた。
というかめちゃくちゃ号泣してる。
涙が止まらないのか、目を服の袖で何度も擦っている。

おい…、あんた私の事情全部知ってるじゃん!
なんで、そんなに泣いているんだよ!

「ま、まぁそういうわけで…私はもう権力者に従うのはうんざりなんです。
だから、冒険者として食べていこうと思ったんです」
「そうか…なら出来る限り私も力を尽くそう」

そう伯爵夫人は言うと、持っていたハンカチで涙を拭った。

あんたまでなんで泣いてるんだよ!
というかこのストーリー考えたの伯爵夫人じゃないか!!

あ…でもこの人の性格からして…嘘泣きっぽいな。
そういう技術ぐらい持っててもおかしくなさそうだ。

「幸いにして魔族を倒したのはエドナの功績によるものだ。
政府にはエドナが魔族を倒したと報告しておこう。
ということで問題はないな?」

伯爵夫人はそう言うと、騎士団を見た。
実を言うと、未だにこの町には騎士団は残っていた。
雪で交通網が塞がれているため、まだここに残っているのだ。
彼らは居心地が悪そうに座っていたが、頷いた。

「実際に俺達は無力でした。
この町を守ったのはあなたたちの力によるものと説明しておきましょう」
「ということだ。お前自身のことは何も報告しないよ。
ここに居る皆もくれぐれもそういうことで頼む」
「ですがその説明で上の人が納得するでしょうか?」

だがそれでも、私はどこか不安な気持ちが出てきた。
いずれ権力者に私のことが知られてしまうんじゃないのかと、
そんな気がしてしまうのだ。

「納得するだろう。魔族を倒したのが武道会の覇者のエドナだと言えばな」

その言葉に周囲がざわつくのを感じた。

「まさか、あの伝説の…」
「騎士をことごとく打ち負かしたという、あの…」

あれ、ひょっとしてこの町でもエドナは有名だったのかな。

「やっぱりあなたは……竜殺しのエドナだったんですね」

騎士の1人が尊敬するような眼差しでエドナを見た。

は…? 竜殺し? なにそのかっこいいネーミング。

「確か、村を襲っていたヒドラを1人で倒したんですよね」

ちょっと待て、魔物図鑑で見たことあるけど…、
ヒドラって確か危険指定Aランクの魔物じゃなかったか。
小さな湖程度だったら、毒沼に変えることが出来るぐらいに、
ヤバイ毒を持っているという…あの。

「さらにオークの群れ500匹をたった1人で撃退したんですよね」

オークって確か豚の魔物だけど…、
群れで行動するから危険指定されている魔物だよな。
しかも知能を持っているため、簡単な武器や弓矢なら扱える上に、
高い身体能力を持っているため、
1匹でも普通の冒険者なら相手をするので精一杯なのを…500匹?

「武道会では、100年に1人の逸材と称される希代の天才剣士である、
朱雀騎士団の副団長を追い詰め、何度も勝利したとか」

え…? それって前に14回エドナに負けた例の副団長だよな。
ただの貴族のボンクラと思っていたけど、そんなすごい人だったの?

「さらには人々を苦しめていたアークデーモンにたった1人で立ち向かい、
相打ちとなり、姿を消したというも言われる伝説の剣士……。
それがあなたなんですね」

アークデーモン?
それって確かSランク冒険者でも討伐が難しいって言う魔物じゃないか。
確か現れただけで、
町の2つや3つは崩壊してもおかしくないと言う絶大な力を持つ魔物だ。
ていうか相打ち?
対峙して生きてるだけでもすごいのに相打ちってすごいじゃないか…。

「あの、一度でいいので手合わせしてください!」

「出来ればサインも…」

騎士達は尊敬の眼差しをエドナに向けていた。だが当のエドナはと言うと……。

「えっぐ…ひっく…」

さっきからずっと大号泣し続けていた。
だから何でそんなに泣いてるのさ……。

「ま、まぁそういうわけなんでこれで説明会を終わります」

そうして説明会は終わった。



「う…うぅ」
「いつまで泣いてるんですか」

説明会が終わって、その後宴会で出された料理を食べている間も、
エドナはずっと泣き続けていた。
話しかけてくる人は多かったが、
これでは会話にならないので諦めてもらうことにした。

「そんなに悲しがらなくていいですよ。
今の私は幸せですし」
「違う…そうじゃなくてね…」

エドナは私が渡した布で鼻をかむ。
この世界にはティッシュはないので、
安い布を買って、それを四角く切った物を大量に作っておいたのだ。
洗濯すればまた使えるし、
エコロジーではあるが、今回ばかりは捨てようかと思っている。

「私ね…説明会の前に…伯爵夫人から…、
涙が出る香辛料を渡されてたんだけど…。
それを間違えて…吸い込み過ぎちゃって…涙が止まらないだけなの…」

そう小さく私に耳打ちをすると、エドナはバクバクと料理を食べる。
なんか前以上に大食いになってる気がする…。
魔力だけで生きていけるので、食事は取らなくても別にいいはずなのに…。
この仕組みって本当に謎だわ。

「おい、これ食べてみろよ。うまいぜ」

その時、隣にいた冒険者がそう言ってくれた。
その手には皿に取り分けられた肉料理がある。

「あ、はい」

私はそれを受け取った。なんだかさっきから妙にみんな優しくしてくれる。
前は女だからってことで、セクハラやらあったけど、
今はなんだか暖かく見守ってくれているような気がするのだ。

その時、ふと席で座って料理を食べていた伯爵夫人と目が合った。
すると彼女はニヤリと笑った。やっぱりあの涙は嘘泣きだったに違いない。
私はその計算高さに苦笑した。

「しかしこんなに上手くいくなんて…」

伯爵夫人の計画通りとは言え
まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。
伯爵夫人の計画はこうだった。
私の能力はもう聖眼ということに説明しておいて、
さらにそこに悲しいストーリーをプラスする。
まぁストーリーって言っても事実をちょっと変えただけだが、
嘘というのは真実を混ぜておいた方が分かりにくいらしい。
そして町の人々の同情を誘い、何かあった時に守ってもらうという作戦だった。

いずれこの話は多くの人が知るところになるだろう。
大きな力を持った人間というのは妬みと嫉妬というものを受けやすいのだが、
悲しい過去を持っていれば、
表立って私を中傷する人間は出づらくなるだろうとのことだった。
人間というのは苦労話に弱い。
何の苦労も知らずに成功した人間は許せないが、
苦労して苦労して努力している人間には優しくしたくなるものだ。
まぁ私の能力はほとんど努力せずに得たものだが、
その代償として失ったもののことを考えると、
そう簡単に羨ましいとかも思えないかもしれない。

それに幸いにしてと言うべきか、魔族に対して私が使った大規模な魔法の数々、
あれほとんど…町の人に見られてないんだよね。
聞いた時はそんな馬鹿なと思ったが、
どうも魔族が出した猛吹雪のせいで、ほとんど視界が効かなくて、
冒険者のほとんどは、私が上空でドンパチやってるのに、
音は聞こえるけど何をやっているのかは殆ど分からなかったらしい。
というよりむしろエドナの方が目立ってたから、
私の印象が薄くなってしまったというのもある。

「そういえばエドナさんってすごい人だったんですね」

ある意味一番驚いたのはエドナの武勇伝かもしれない。
武道会で優勝したのは知っていたが、
まさかそれ以外にもすごい功績を残していたなんて…。

「すごくないって…話が尾ひれがついて広がっているだけよ」

そう言うとエドナは布で鼻をかんだ。

「でもヒドラやオークやアークデーモンを倒したんですよね?」
「確かに倒した事は事実だけど……正面切って挑んではいないわよ……。
ほとんど罠を使って倒したし、それに私1人の力で倒したわけじゃない。
それにたくさんの偶然が積み重なって上手くいったことも確かにあるのよ。
もう一度戦ったらきっと負けるでしょうね…」
「じゃあドラゴンを倒したって言うのは…」
「あれはドラゴンと遭遇した話が、
いつの間にか倒した話とすり替わってしまったんでしょうね」

そう言うとエドナはため息を吐いた。
なるほどSNSの無いこの世界にもデマ情報が拡散される事はあるみたいだ。

でも…確かドラゴンって地上最強とも言われる生き物だから、
それと遭遇して、生き残ったってだけでもすごいと思うけど……。

「そういえば私が止めを刺してよかったの?」

そう聞かれ、一瞬何のことか分からなかったが、すぐにレイラの事だと分かった。

「良いに決まってるじゃないですか、
私は別に名声とかには興味ありませんから」

端から見たら、私が追い詰めた魔族をエドナが最後に倒したことで、
エドナが手柄を横取りしたと思われるかもしれない。
でもそれに関しては私は別にどうとも思っていない。
むしろ最後はエドナに譲れてよかったと思っている。
レイラもきっと私よりも、エドナの手で倒された方が幸せだったろう。

「はぁ……あなたって本当に変わっている」

そうは言うけどエドナの方が変わっている気がするけどな。
これだけの功績をしているのに、
別に大したことがないって思ってる辺り変わっている。
それを考えると、
案外私達は似たもの同士なのかもしれないなと、私は思った。
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