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ユリエの憂鬱
2-2 ウキウキな父と冷めた息子
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アシェイラとサンジェイラの未来を担う者の一人、アシェイラの王位継承者であるカイルーズは、今日も今日とて、自分の執務室にて日々の激務をこなしていた。
兄、レオンハルトの後を継いで国王補佐になってからというもの、山のようにある仕事に忙殺されるあまり、趣味の毒草いじりも満喫出来ないし、大好きなオカルト小説だって読めてない。オカルトグッズだって、せっかく抜け道があるのに街に買いに行けていないのだ。
元々我慢強い方ではなく、兄のように超人でもないカイルーズのストレスは、限界に達しかけていた。
イライライライライライラ
トントントントンッ
カイエから渡された王都の街の警備に関する報告書に目を通しながらも、機嫌の悪いカイルーズは執務机を中指で軽く叩いている。
「殿下、少し休憩に致しましょう」
仕事のし過ぎで機嫌が悪くなっている主の様子を察し、有能なる側近であるカイエはそう声をかける。そういえば、今日は朝から一度も休憩をとっていなかった。
「大丈夫だよ」
意地になっているのか、不機嫌そうな声でそう言い返すカイルーズをじっと見つめ、カイエは更に告げた。
「いえ、そのように心身ともに疲れている状態で執務を続けましても、効率が悪いですから」
はっきりとしたその言葉を聞いて、むっとしたように顔を上げた主に対し、カイエはにっこりと微笑み返す。
「……分かったよ」
イライラしているのは自分でも分かっていた為、カイルーズは不承不承カイエの言葉に従って、執務机の中央を占めていた書類の山を脇に除けた。
「ふぅ」
黒い皮椅子に深く沈みこんでため息をついた時、部屋の扉が開いた。
「カ~イル。……うふっ」
少しだけ扉を開いて、その隙間から顔だけを覗かせているジェイドにカイルーズはうつろな目を向けた。不必要な程パチパチと瞬きを繰り返すその黒い瞳は期待に満ちている。
「父上、何してるんですか?」
まるで友達の家に遊びに来た子供状態になっている父王に、とりあえず声をかけてみた。
ジェイドはそれを入室許可だと理解し、もじもじしながら入室してくる。
「きちゃった」(ハート)
………………うざい。
イライラしている時に見たくないものベスト3に入るであろう父王の出現。カイルーズは自分の不機嫌さを隠す事なく顔に丸出しにした。
「ねえねえねえ、カイル。予定では、ツバキ姫一行は今日出発だねぇ」
またその話か。
カイルーズは更に不機嫌になる。
最近父王は、自分の婚約者(候補)にまったく興味のない息子を乗り気にさせようと、ツバキ姫の話ばかりするようになっていた。
「順調に行けば、金の月の中旬の中頃には王都に辿り着くね。うふふ、どう? 嬉しい?」
「別に」
ニマニマと(気持ちの悪い)笑みを浮かべながら、額をつんつんとつっついてきたジェイドに、カイルーズはそっけない返事を放つ。
ガ~~~~~ンッという効果音を響かせて、ここ数日、このやりとりの後に毎度やっていたようにジェイドは大げさにその場に崩れ落ちた。
そんな父王の姿を視界から強制的に外し、カイルーズはうんざりしながらカイエが淹れてくれたお茶を飲む。
「カイル…………、お前はなんで、そんなにあっさりしてるんだい? ツバキ姫に興味ないの?」
マーメイド座りをした父王は、うるうると涙をにじませてそう言い募った。
「ない」
チーーーーーーンッ
ジェイドはカイルーズの即答にがっくりとうなだれると、はっとしたように立ち上がった。
「カイルっ!」
執務机に体を乗り出してきたジェイドに答えるのも億劫になり、カイルーズは視線だけ向ける。
「お前、男が好きとか、そういうんじゃないだろうね?」
カラーンッ
それを聞いた瞬間、カイエはジェイドの為に淹れていた緑茶の入れ物を床に落としてしまったのだった。
なんでそうなるの?
カイルーズは生温い笑みを浮かべながら、真剣な表情を浮かべた父王を見返す。
「駄目だよ、お前は後継ぎなんだから! 駄目駄目駄目、どうしてもというのなら愛人にしなさい」
カイルーズの笑み(生温い)をどう勘違いしたのか、ジェイドはブルブルと激しく首を横に振りまくる。
まったく兄と弟が女神の息子だからって、自分に期待し過ぎだと、その様子を見ていたカイルーズは思う。
「まあ、レオンとリュー君があんな感じだから、興味を持つのは仕方ないケド」
勝手に話を進めているジェイドの言葉を適当に流していたカイルーズは、不意に父が洩らしたその言葉に目を見開いた。
(父上はどこまで知っているんだろう)
いくら肉親とはいえ、神子である女神の子供達は謎に包まれている部分が多い。宝主と宝鍵の関係についてもそうだ。なんとなく察してはいるが、レオンハルトとリュセルは、かなり深い関係にあるようだった。事実、襟の高い服などで隠しているようだったが、たまにリュセルの首筋に欝血の後や歯型の痕が垣間見える事がある。
兄、レオンハルトは、末の弟への愛情と執着を隠そうともしない。気づかないはずがないだろう。三人兄弟で他に兄弟もいない為、疎外感を感じる事があるが、カイルーズが二人に感じるのはそれだけだ。個々に言うなら、レオンハルトには劣等感をリュセルには親近感を感じるが。
(親としては、やっぱり複雑なのかな?)
息子同士が愛し合っているってのはね。
カイルーズが納得しかけた時、ジェイドは言った。
「あの二人はもう、誰も間に入る事ができない位、固い絆で結ばれちゃってるからさ~、別にいいんだけど……。パパとしては寂しいケド。…………寂しいケドね!」
「二人の関係よりも、自分が寂しいのが嫌な訳っ!?」
「そうだよ~! パパを構ってくれないと泣いちゃうぞ」
てへっ
ウィンクをした父王をうつろな目で見つめたまま、カイルーズは自分の父親のキャラが既に掴めなくなっていた。
そんな彼の救いの主が部屋の扉をノックしたのは、そんな時だった。
「失礼する」
短い声と共に扉を開けたのは、件の末弟、リュセルである。
本日も、世の女性達を虜にし、惑わせるような、奇跡的な程に男らしく整った美貌は健在だ。しかし、父親であるジェイドにとって、息子の美貌など関係ない。彼は出くわすとは思っていなかった場所で出会った、愛する息子に驚くと同時に、喜びに頬を紅潮させる。
「リュセル~、よく来たね!」
しかし、次の瞬間。
「失礼しました」
両手を広げて走り寄って来た父王を認めると、弟は一気に扉を元の状態に戻した。
ガツンッ
閉められた扉に、当然のごとくジェイドは顔面衝突をしたのだ。人事だから何とも思わないが、かなり痛そうな音である。
その場に反動で倒れたジェイドを見た(そんなに勢いをつけていたのか)カイエは悲鳴を上げ、カイルーズは冷たいつっこみをかけた。
「へ、へへへ陛下! 大丈夫ですかっ!?」
「ちょっと~、そんな所で倒れないでよ」
面倒くさそうに言いながらも、椅子から立ち上がったカイルーズの機嫌は向上しつつあった。ストレス解消にうってつけの人材が、向こうからやって来てくれたのだ。
ルンルン気分で執務室の扉を開くと、そこには憮然とした表情の弟が立っていた。
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