6 / 26
ユリエの憂鬱
2-2 ウキウキな父と冷めた息子
しおりを挟む*****
アシェイラとサンジェイラの未来を担う者の一人、アシェイラの王位継承者であるカイルーズは、今日も今日とて、自分の執務室にて日々の激務をこなしていた。
兄、レオンハルトの後を継いで国王補佐になってからというもの、山のようにある仕事に忙殺されるあまり、趣味の毒草いじりも満喫出来ないし、大好きなオカルト小説だって読めてない。オカルトグッズだって、せっかく抜け道があるのに街に買いに行けていないのだ。
元々我慢強い方ではなく、兄のように超人でもないカイルーズのストレスは、限界に達しかけていた。
イライライライライライラ
トントントントンッ
カイエから渡された王都の街の警備に関する報告書に目を通しながらも、機嫌の悪いカイルーズは執務机を中指で軽く叩いている。
「殿下、少し休憩に致しましょう」
仕事のし過ぎで機嫌が悪くなっている主の様子を察し、有能なる側近であるカイエはそう声をかける。そういえば、今日は朝から一度も休憩をとっていなかった。
「大丈夫だよ」
意地になっているのか、不機嫌そうな声でそう言い返すカイルーズをじっと見つめ、カイエは更に告げた。
「いえ、そのように心身ともに疲れている状態で執務を続けましても、効率が悪いですから」
はっきりとしたその言葉を聞いて、むっとしたように顔を上げた主に対し、カイエはにっこりと微笑み返す。
「……分かったよ」
イライラしているのは自分でも分かっていた為、カイルーズは不承不承カイエの言葉に従って、執務机の中央を占めていた書類の山を脇に除けた。
「ふぅ」
黒い皮椅子に深く沈みこんでため息をついた時、部屋の扉が開いた。
「カ~イル。……うふっ」
少しだけ扉を開いて、その隙間から顔だけを覗かせているジェイドにカイルーズはうつろな目を向けた。不必要な程パチパチと瞬きを繰り返すその黒い瞳は期待に満ちている。
「父上、何してるんですか?」
まるで友達の家に遊びに来た子供状態になっている父王に、とりあえず声をかけてみた。
ジェイドはそれを入室許可だと理解し、もじもじしながら入室してくる。
「きちゃった」(ハート)
………………うざい。
イライラしている時に見たくないものベスト3に入るであろう父王の出現。カイルーズは自分の不機嫌さを隠す事なく顔に丸出しにした。
「ねえねえねえ、カイル。予定では、ツバキ姫一行は今日出発だねぇ」
またその話か。
カイルーズは更に不機嫌になる。
最近父王は、自分の婚約者(候補)にまったく興味のない息子を乗り気にさせようと、ツバキ姫の話ばかりするようになっていた。
「順調に行けば、金の月の中旬の中頃には王都に辿り着くね。うふふ、どう? 嬉しい?」
「別に」
ニマニマと(気持ちの悪い)笑みを浮かべながら、額をつんつんとつっついてきたジェイドに、カイルーズはそっけない返事を放つ。
ガ~~~~~ンッという効果音を響かせて、ここ数日、このやりとりの後に毎度やっていたようにジェイドは大げさにその場に崩れ落ちた。
そんな父王の姿を視界から強制的に外し、カイルーズはうんざりしながらカイエが淹れてくれたお茶を飲む。
「カイル…………、お前はなんで、そんなにあっさりしてるんだい? ツバキ姫に興味ないの?」
マーメイド座りをした父王は、うるうると涙をにじませてそう言い募った。
「ない」
チーーーーーーンッ
ジェイドはカイルーズの即答にがっくりとうなだれると、はっとしたように立ち上がった。
「カイルっ!」
執務机に体を乗り出してきたジェイドに答えるのも億劫になり、カイルーズは視線だけ向ける。
「お前、男が好きとか、そういうんじゃないだろうね?」
カラーンッ
それを聞いた瞬間、カイエはジェイドの為に淹れていた緑茶の入れ物を床に落としてしまったのだった。
なんでそうなるの?
カイルーズは生温い笑みを浮かべながら、真剣な表情を浮かべた父王を見返す。
「駄目だよ、お前は後継ぎなんだから! 駄目駄目駄目、どうしてもというのなら愛人にしなさい」
カイルーズの笑み(生温い)をどう勘違いしたのか、ジェイドはブルブルと激しく首を横に振りまくる。
まったく兄と弟が女神の息子だからって、自分に期待し過ぎだと、その様子を見ていたカイルーズは思う。
「まあ、レオンとリュー君があんな感じだから、興味を持つのは仕方ないケド」
勝手に話を進めているジェイドの言葉を適当に流していたカイルーズは、不意に父が洩らしたその言葉に目を見開いた。
(父上はどこまで知っているんだろう)
いくら肉親とはいえ、神子である女神の子供達は謎に包まれている部分が多い。宝主と宝鍵の関係についてもそうだ。なんとなく察してはいるが、レオンハルトとリュセルは、かなり深い関係にあるようだった。事実、襟の高い服などで隠しているようだったが、たまにリュセルの首筋に欝血の後や歯型の痕が垣間見える事がある。
兄、レオンハルトは、末の弟への愛情と執着を隠そうともしない。気づかないはずがないだろう。三人兄弟で他に兄弟もいない為、疎外感を感じる事があるが、カイルーズが二人に感じるのはそれだけだ。個々に言うなら、レオンハルトには劣等感をリュセルには親近感を感じるが。
(親としては、やっぱり複雑なのかな?)
息子同士が愛し合っているってのはね。
カイルーズが納得しかけた時、ジェイドは言った。
「あの二人はもう、誰も間に入る事ができない位、固い絆で結ばれちゃってるからさ~、別にいいんだけど……。パパとしては寂しいケド。…………寂しいケドね!」
「二人の関係よりも、自分が寂しいのが嫌な訳っ!?」
「そうだよ~! パパを構ってくれないと泣いちゃうぞ」
てへっ
ウィンクをした父王をうつろな目で見つめたまま、カイルーズは自分の父親のキャラが既に掴めなくなっていた。
そんな彼の救いの主が部屋の扉をノックしたのは、そんな時だった。
「失礼する」
短い声と共に扉を開けたのは、件の末弟、リュセルである。
本日も、世の女性達を虜にし、惑わせるような、奇跡的な程に男らしく整った美貌は健在だ。しかし、父親であるジェイドにとって、息子の美貌など関係ない。彼は出くわすとは思っていなかった場所で出会った、愛する息子に驚くと同時に、喜びに頬を紅潮させる。
「リュセル~、よく来たね!」
しかし、次の瞬間。
「失礼しました」
両手を広げて走り寄って来た父王を認めると、弟は一気に扉を元の状態に戻した。
ガツンッ
閉められた扉に、当然のごとくジェイドは顔面衝突をしたのだ。人事だから何とも思わないが、かなり痛そうな音である。
その場に反動で倒れたジェイドを見た(そんなに勢いをつけていたのか)カイエは悲鳴を上げ、カイルーズは冷たいつっこみをかけた。
「へ、へへへ陛下! 大丈夫ですかっ!?」
「ちょっと~、そんな所で倒れないでよ」
面倒くさそうに言いながらも、椅子から立ち上がったカイルーズの機嫌は向上しつつあった。ストレス解消にうってつけの人材が、向こうからやって来てくれたのだ。
ルンルン気分で執務室の扉を開くと、そこには憮然とした表情の弟が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる