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チョコレートパニック
1-1 リュセル若返る!?
しおりを挟むサンジェイラ国でのルルドの葉騒動。
自国アシェイラでの怪盗イチゴミルク事件。
アシェイラ国内僻地の村、スペル村での吸血鬼退治。
という、怒涛の日々を経て、スペル村での浄化任務を終了させてアシェイラ王都に戻ったリュセルは、それまでの騒がしくも忙しい日々が嘘のような、穏やかな日々を過ごしていた。
つくづくリュセルは思った。平和が一番だと、こんな日々が続けばいいと。しかし、彼に課せられた宿命は、そんなに甘くはなかったのだ。
それは、穏やかな夜の日の事だった。
「小腹が空いたな」
夕食を済ませ、湯浴みをし、軽く読書をした後に就寝しようとしていたリュセルは、ティルによって夜着に着替えさせられると、そう呟いた。
「何か軽いものでもお持ちしましょうか?」
主の呟きを聞き逃さなかった優秀な小姓であるティルは、夜着に着替えた後も、寝室に入る事なく、居室のソファに腰を下したリュセルに問いかける。
そう問いかけながらもティルは、自分の主が目の前にいるという事実を嬉しく思った。リュセルが任務でいない時も、きちんと小姓の仕事はこなしていたが、やはり、主人たる彼がいるのといないのとでは、仕事に対する気合いの入り方が違ってくる。
「あ~、いい。クマ吉、ちょっと来てくれ」
リュセルはティルの気持ちなどまったく気付かぬまま、脱いだ宮廷衣を片づけていたテディベアを呼んだ。薄茶色の毛並みをしたもこもこのくまは、よたよたと一生懸命に、彼なりに急ぎながら駆け寄って来る。
「お世話モードより、収納モードに変換。昼間預けた、あれを出してくれ」
…………あれ?
ティルが首を傾げる目の前で、収納モードになったクマ吉が口から物を出していた。綺麗な銀紙に包まれた、一口サイズのチョコレートが三個。
「昼間行った、カイルーズの部屋からくすねてきたんだ」
クマ吉の出したチョコレートの銀紙を剥くと、リュセルは三個いっぺんに口に放り込んだ。
「くすねてきたって……、いいんですか? 勝手に」
常識的なティルの言葉に、リュセルはチョコレートのついた指先を舐めながら小さく笑った。
「ふふっ、別にいいだろう? チョコレートの一つや二つや三つ」
指先を舐める仕草すら様になっているリュセルに、ティルが頬をピンク色に染め上げながら見惚れていると、次の瞬間、彼の主人は顔をしかめた。
「何だ? 変な味のするチョコレートだな」
「ともかく、甘いものを食べられたのですから、歯磨きをしてからお休み下さいね。レオンハルト殿下に叱られますよ」
意識を戻す為、コホンと軽く咳きをしながらそう言ったティルに目を向け、リュセルは嫌そうな顔をして見せた。
「俺はあいつの子供か?」
ぶつぶつ文句を言いながらも、リュセルは厳格な長兄が怖いので、ティルの忠告に従って念入りに歯磨きを済ませた。そして、その後、就寝の為に寝室に入り、レオン人形片手に横になった。
レオンハルトはアシェイラに帰国してからというもの、何か調べ物をしているらしく、城の蔵書室にこもっている事が多かった。後は、ジュリナに用があるようで、ディエラ国に頻繁に行っているらしい。
何度か兄について共にディエラ訪問したが、レオンハルトはジュリナと難しい顔をしながら部屋に閉じこもってしまい、リュセルは暇になった者同士という事で、ティアラと城の中を散歩したり、部屋で談笑したりと恋人同士のような時間を過ごしていた。
二人は一体、何を調べているのか。
レオンハルトもジュリナも、決して教えてくれないのだ。ティアラにも聞いたが、彼女も何も知らされていないらしく、寂しそうに笑っていた。
「まだよくわかっていない事柄なのだよ。詳しくわかったら、その時、お前達にも説明しよう。すまないが、それまで少し待っていて欲しい」
直接聞いてみた時にそう言われて、それ以上問い返す事も出来なかった。
そんな事を考えながら、リュセルは戻ってこないレオンハルトを待っていたのだが、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。
明け方。
リュセルは、ひどく喉が渇いて目を覚ました。
目の前に厚い胸板があり、嗅ぎ慣れた香りが鼻孔をくすぐる。
ベッドの上に広がり、自分の体にもかかっている長い胡桃色の髪。抜けるように白い肌。麗しの美姫のような、繊細な美貌。
力強く暖かな腕に包まれていたリュセルは、兄はいつの間に戻って来たのだろうか。とぼんやりと考えていた。
「うう、水」
?
何だか、声が変だ。
寝起きの所為だろうかとあまり深く考えずに、リュセルは自分を抱きしめながら眠っているレオンハルトの腕をくぐり抜けて、寝台から降りようとした。
「……?」
何だか、寝台の上から床の上の距離が、いつもよりあるような気がする。
(何だ?)
何か、違和感を感じる。
そう思いながらも、無造作に床の上に足を下ろそうとした……が。
「ん?」
足が床に届かなかった。
「…………ん~~~~~~!?」
よくよく見ると、足が短い。異様な程に。
「ん~~~~~~~~~~~~っ!?」
足だけではない。手も短い。……というか、小さい。
(いっいっ、一体、何が起こっているんだ!?)
トスンッ
尻餅をつきながらも床に落ちた、ではなく、下りたリュセルは、急いで現在の自分の姿を見ようと、姿見のあるクローゼットの方へと行こうとする。
その瞬間、自分が裸である事に気づく。どうやら寝台を下りる際、脱げてしまったらしい。
(いやいやいやいや、普通、夜着がすっぽりと脱げるなんて、ありえないし!)
リュセルは内心、自分につっこみを入れながら、その紅葉のような小さな手、小さな足を見下ろす。そして、恐る恐る顔をぺたぺたと触ってみる。滑らかな曲線を描く丸い頬、小さな鼻、小さな口……何だろう、これは。
嫌な予感がしながら、寝室の奥にある窓に、クマ吉並の遅さでよたよたと近寄ると、カーテンを開けてみた。
「……………………夢か?」
窓に映り込んだ自分の姿を見て、リュセルはポツリとそう呟いた。
リュセルの目の前の窓に映ったのは、子供。
クリクリとした大きな瞳。
可愛らしい小さな鼻小さな唇。
ふわふわと柔らかそうな髪。
それはまだ、幼児と呼んでもいいような年齢の、超絶に愛らしい子供の姿だった。
「ぎ……、ぎゃああああああああああああっ!」
それが、現在の自分の姿だという事実を認めると同時に、リュセルは城中に響き渡るような大きな悲鳴を上げていた。
その悲鳴も、いつものものよりも断然トーンが高い、子供の声だ。
(!?)
瞬間、連日夜遅くまでの調べ物の所為で、今まですっかり熟睡状態だったレオンハルトの意識が覚醒する。
「リュセル!?」
腕の中、抜けがらのように残った弟の夜着にぎょっとすると、寝台から滑り降りる。そこで見たものは……。
「……………………」
レオンハルトは無言になった。
窓に映った自分を、化け物を見たような形相で凝視するのは、一人の子供。
肩上に散った少し癖のある銀糸の髪。白磁の肌。薄い銀色の瞳。見た目的特徴を探さなくても、それがリュセルである事は、その気配からわかる。
しかし……
問題は、その姿だ。
愛らしい。その表現がこれ程似合う子供は、そうはいまい。一見、四~五歳位だろうか? その身を常に守ってやらねばならぬ程、その姿は可愛らしかった。見る者すべての者が、この子供を欲しいと思うだろう。
それ程に、愛らしい子供。
レオンハルトは、子供の……、リュセルの傍に膝をつくと、持ってきた彼の夜着を裸の体にかけてやった。
「れ、れおん」
動揺に揺れるつぶらな瞳を見つめながら、レオンハルトはその柔らかな頬に触れる。
「何か、心当たりはないのかい?」
自分の半身が幼児になってしまったというのに、どこまでも冷静な男だった。
その日の朝、ティルはレオンハルトから不可思議な命令を受けた。
「こんなもの、どうするんだろう?」
後宮奥の、密かにあかずの部屋と呼ばれている、王族の方々の縁の品々が仕舞われた部屋から、レオンハルトが子供の頃に着ていた衣服を持ち出してきたのだ。可愛らしいサイズのそれらは、明らかに幼児サイズである。
「失礼致します」
いつものようにレオンハルトの自室の扉をノックすると、返事を待って入室する。
「持ってきたか?」
すぐに寝室から出てきたレオンハルトが、開口一番にそう言った。
「あ、はい」
ティルが差し出した衣服の中から一つを無造作に受け取ると、レオンハルトは再び寝室に戻って行った。
「何だろう?」
意味が分からないが、とりあえず、いつものように朝食の準備にかかる事にする。一度部屋を出て、アシェイラ城専属の料理人達が作った王族達の朝食の中から、リュセルとレオンハルトの分をワゴンに乗せる。
匂いからして食欲を誘う、豪華な朝食を運んで部屋に戻ったティルが目にしたのは、いつものように無表情のままソファに座る、一片の隙もないレオンハルトと、レオンハルトの前に立つ、見知らぬ子供の姿だった。
(うわ~~~~、すっごい可愛い子!)
今までこんなに可愛らしい子供をティルは見た事がない。キラキラと朝日を浴びて光る銀糸の髪と同色の大きな瞳が、本当に綺麗だ。まるでリュセルのような色である。子供が着ている衣服が、先程レオンハルトに命じられて持ってきた、彼が子供の頃着ていた服だと、ティルはようやく気づく。
「そちらのお子は、どなたですか? 王子殿下方のご親類とか?」
にっこりと微笑みながらそう尋ねるティルに目を向け、その子供は言った。
「ティル、しんじられないだろうが聞いてくれ。おれは、リュセルだ」
…………は?
ものすごく可愛い声。多少舌足らずなのが、これまた可愛い……が、言っている事が少しおかしい。
目が点状態になったティルに、銀髪の子供、リュセルは今度は大声で言った。
「おれだ、ティル! りりしくもたくましく、美しくもエレガントな、お前のしゅじんだっ」
ものすっごい、自画自賛。しかし、それに突っ込む余裕もない程、ティルは衝撃を受けていた。
「リュ、リュ、リュセル殿下あああああ~~~~!?」
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