幸介による短編集

幸介~アルファポリス版~

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託された手紙

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あなたは手紙を受け取りました。






小鳥が落としていった手紙が






手のひらの上に





舞い落ちてきたというのです。









そこにはこう書いてありました。






「私は、死にたいのです」





「死ぬ許可を下さい」






あなたは、そのおかしな手紙を読んで





ふいに笑いました。





笑顔というよりは





自嘲に近い引きつった笑みでした。






そして冷酷にこう言ったのです。







「よし、この子を探してみよう」





「死ぬ許可を出してやろう」







突き動かされるように





旅の準備をしはじめたあなたは





まず手始めにいかだを作りました。





ロープもないような小さな島でしたので





強い葉を刈ってきては





編み込んでロープを作りました。





木を組み上げるのも一苦労です。





だって、いかだなんて





作ろうと思ったことすら





なかったのですから。





しかたなくあなたは





島の大人を頼りました。






「いかだを作るにはどうしたらいい?」




「いかだなんて作ってどうするんだ」




「死にたい子をね探しに旅に出るのさ」




「お前が旅に出たら寂しくなるなあ」





寂しくなる





その言葉に、あなたの心は





雨降りの湖のように波打ちました。







次にあなたは





島中探し歩いて食材をかき集め





保存食を作ろうとしました。





でも、塩っ辛いだけの漬物は





ちっともおいしくありません。





海の水を食べているようでした。






仕方なくあなたは




島のおばあたちを頼りました。





「漬物にはねぇ、ひとつまみのお砂糖がミソなんだ」




「漬物に砂糖なんて聞いた事がないよ」




「誰だって疲れたら甘いものが恋しくなるだろう?野菜だってそうさ、塩っ辛いだけじゃあ鼻を曲げちまうよ」





甘いものが恋しくなる。




その言葉にあなたの心は




風になびく草のように揺さぶられました。






海の上で鮫に襲われた時に





抵抗できるようにと




見様見真似で銛を作りましたが





うまく拵えることが出来ません。





仕方なくあなたは





島の漁師を頼ることにしました。





「ねえ、どうしたらうまく銛を作れるの」





「刃先とラインの紐を固く結ぶことだ。人間だってそうだろう、絆が繋がりゃあ人はうまく生きていける」







固く結ぶ事…絆、生きる




あなたの目は何故かとても熱くなって


うさぎのように赤くなりました。












太陽がジリジリと照りつけます。





あなたは生まれて初めて





真夏の太陽がこんなにも





暑い事を知りました。





汗をかき、水を飲み





それでも暑くて





たまらず海に飛び込みました。





どぷんと頭まで海水に浸かると





目が少し痛みましたが




海の水はぬるま湯のように




温かく心地よくて




とても懐かしい気がしました。







いよいよ旅に出る準備が整いました。





あなたはせめて最後にと、





さよならを告げるため





幼なじみを呼び出しました。





「ー!」




名を呼ぶと幼なじみは優しく微笑んで




あなたに手を振り駆け寄ってきました。






「今日はどうしたの?」




嬉しそうに息を弾ませて幼なじみは




あなたを覗きこみます。






ほんの少しだけ




あなたの良心は痛みました。






「旅に出るんだ」




「え?…どこへ?」




「ことりから手紙をもらってね」




「どんな手紙?」




「死にたい、許可を下さいって」




「…行ってどうするつもり?止めるよね?」




「……許可、出してあげたいんだ」




「どうして」





幼なじみは愕然とした表情で




あなたを見つめます。





あなたはゆっくりと話し始めました。






「その人はきっと苦しいんだ」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





そう、きっと毎日が苦痛だ。




毎日、生きる意味がわからなくて




引きこもってネットだけが友達で




リアルよりネッ友の方が安らいで




依存して心配されることで




生きる価値を見出して…




だけどきっとそんなの




気がつけばすごく空しくて




誰にも理解されない気がして




消えたくて消えたくて




でも存在を消すなんて出来なくて




死ぬなんて恐くて




だからといって生きることも恐くて




生きる気力もなくて…





・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「毎日が…っ地獄、なんだよ…」





そう語りながらあなたの目からは




大粒の涙がぽろぽろと零れ始めました。





幼なじみはあなたの背中を撫でながら





手に握られた誰かからの「手紙」を





カサっと取り上げ、便箋を開きました。







そこに文字はありませんでした。





白紙の便箋でした。





死にたい…





その想いの主はあなたです。





死ぬ許可を下さい





その苦しみの主はあなたでした。






あなたはずっと寂しかったのです。





世界中にたったひとりぼっちの気がして。





あなたはずっと悲しかったのです。





自分だけが何の才能もなく生まれた気がして。






あなたはずっと欲しかったのです。





温もりと、優しさが、欲しかったのです。







「死ぬ気だったの…?」




幼なじみはあなたに聴きました。





あなたは恐くて震えました。





言ってしまえば幼なじみまで





あなたを嫌いになってしまう気がして。





だけど幼なじみの手のひらは




変わらずにあなたの背を




優しく撫でていました。




あなたはほんのわずかに安堵して




こくりと頷きました。





そう、あなたがいかだを作ったのは



誰かに死の救いを与えるためではなく



自分自身を、許すためでした。





もう、楽になっていいよと




沖に出て身を投げる為でした。





涙で幼馴染みの顔が歪んでいます。




幼馴染みは言いました。




「漬け物を…作ったのは死ぬつもりで沖に出ても、生きたくなった時に食べられるようにでしょう?」




「違う…」 



あなたは思います。



死ぬ勇気もない人間と思わないで。




幼馴染みはまた言いました。




「銛を作ったのは死ぬつもりで沖に出ても生きたいと思った時に身を守れるようにでしょう?」



「違うっ」



あなたは思います。



私は死にたかったのだ、と。





幼馴染みは



あなたの頬をぱちんと両手で挟み




あなたに囁きました。





「…生きたいって思えるじゃない」 



あなたの目から溢れる涙は



今までに流したどんな涙より



温かく感じました。




「生きてていいんだよ」



幼馴染みはしゃくりあげながら



泣いてあなたに次々と訴えかけました。



「あなたには私がいるよ」



「あなたには私を元気にする才能があるじゃない」



「私が温もりをあげる…ねえ温かいでしょう?」



その言葉は


あなたの心にすっと溶けていきます。



今まで思い悩んできた「存在意義」の在処は


こんなにそばにあったのかと


愕然とするほどでした。




幼馴染は呆けた顔のあなたを



キッと睨みあげると厳しい口調で言いました。






「許可なんてあげない。あなたは私と一緒に生きるのよ。死ぬなんて許さない」





その言葉を信じること




それは長いこと人を




信じられなかったあなたにとって




とても難しいことなのかもしれません。




それでもあなたの心が



今、喜びに跳ねているのなら



「信じてみよう」



そんな想いに駆られるはずです。








あなたは大きく息をついて



「ありがとう」の代わりに



幼なじみにこう言いました。










「ねえ、いかだを壊すの手伝ってくれる?」









もう、死ぬ為の道具は…いりません。







幼なじみは涙を拭いながら




あなたの額におでこをぶつけて




「もちろん…!」




と、優しく笑いました。
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