先生

幸介~アルファポリス版~

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晴人さんあのね


私はあの日の貴方に


心を救われたんだよ。




「こんな所でどうしたの」


「うるせーよじじぃ」


それが私と彼の出逢い。



夜中の0時。


繁華街の片隅で


缶チューハイを片手に


膝を抱えた女子中学生。



彼はどう思ったろう。



じじい、そう言われて


苦笑した彼の困ったような顔が


何故か鮮明に頭の中に残ってる。






「ねえ、晴人さん」


「うん?」


「私をはじめて見た時…」


「うん」


「どうして声をかけたの?」




私が中学二年の頃


彼は三十路過ぎの高校教師だった。



「どうしてって、寂しそうだったから」



彼はネクタイを締め直す手を


休めて私を見つめ、笑う。



「それは教師としての血?」


「……個人的興味、かな」


「個人的、興味?」


「どう見ても中学生だし、そんな子があんな遅くにどうしたんだろう、お酒まで持ってって」


「それ、個人的興味っていう?なんか…微妙」


彼は笑ったまま


私の頭を撫でてこう言った。



「見つけたのが俺でよかったじゃない、悪い男だったら、お持ち帰りされてた」


「晴人さんだって私をお持ち帰りしたじゃない」


「人聞きの悪いこというね、公園で話を聞いただけじゃないか」


「あの時、私、ドキドキしてたよ。夜中に大人の男の人と何があるんだろうって。でも……なーんにもしないんだもん」


「あの当時、君、中学生だろ、そんな不良なこと思ってたの?」



驚いてまん丸目を私に向ける彼に


私は舌を出して笑った。




あの日は


私の父と母が別居を始めた日だった。


円満なものではなかった。


父の暴力に耐えかねた母が


男を作って出ていったのだ。



私は父の元にひとり取り残された。



母に対する父の暴力を見ていたから



次は、私?そう思うと戦いて



耐えきれずに着の身着のまま



家を飛び出した。



行く宛てはなし


かといって飢えた男を


相手にするテクニックも勇気もない。



目を光らせる補導員を避け


小さな路地裏で見上げた細長い夜空が


とても窮屈でたまらなく寂しかった。



そして私は


うまれてはじめてのお酒を


生まれて初めて万引きした。



でも、口をつける勇気がなくて


プルタブも開けられない。



ざらついた罪悪感だけが


そこにはある。




そんな私の話を


彼はじっくり時間をかけて聞いて



話し終えたのはもう辺りが



うっすら明るくなり始めた頃。



紫色の空。


白霞がかかる朝だった。




彼は私がお酒を盗んだ店に


一緒に謝りに行ってくれて


家まで送り届けてくれた。



家に入るのが恐くて


震える私の手を



「ちょっとおいで」


彼はそう言って引っ張り


住宅街の塀と塀の間に入り込んだ。



狭い空間。


大の男と、胸の膨らんだ中学生。


自ずと距離は近づいた。



「ちょっとだけ…おまじない」



彼は私を抱き締めた。



いやらしい感じじゃなく


大きな毛布が


子猫を包み込むような


優しい包容だ。



「八重ちゃんが辛くありませんように」


何度も呟く


「八重ちゃんがひどい事されませんように」


彼の優しさが心に染み渡った。



思わず涙が溢れ出た私に


「八重ちゃんの未来は明るいよ」


とどめの一撃。



私は完全に恋に落ちた。





それからずっと彼と私は


何とも言えないなんだかとても


微妙な間柄だった。



中高の頃はもっぱら


LINEや通話をして過ごしたけれど


大学へ入ると二週に一度は


どこかしらに出かけたり


互いの家を訪れるようになった。



こんな事を繰り返しているのだから


大学の友人たちには


八重には一回り以上も


年の離れた彼氏がいる


こんな風に思われていた。



当の彼と私には


恋人らしい触れ合いは


ひとつもなかったのだけれど。




その関係が終わりを告げたのは


大学卒業の日…




お祝いをしよう、と


誘い出してくれた先の


小洒落たバーで


「そろそろはっきりさせようか」


そう息を吐いたあとで彼は言った。



「出会ったあの日、どんなに辛くても、缶チューハイの封を開けなかった八重ちゃんの心が好きになった。付き合ってくれないか?」


あの日の缶チューハイが


告白のセリフに出てくるとは


思わなかったけれど、


あれ以来8年間ひたすら


待ち望んだ告白。



「幸せにしてくれる?」



「んー、もう幸せだろ?」



そんなこと言いながら笑う彼に


「うん……ありがとう晴人さん…」


私は泣いて彼を困らせた。





それから二年


微妙な関係だった頃にはなかった、


確固たる嫉妬や喧嘩も増えた。



恋人になって痛感した。



42歳にもなって彼は


びっくりするほどモテるのだ。


ヤキモチを妬くのは


いつも私の方だった。




だけど彼はその度に


真摯に私に向き合ってくれるし


何の不安も残らない。





確実に前に向かって


2人1緒に歩いてきた。




だから、


こんなにも幸せな今がある。



「八重」


ちゃん付けでなくなった、


私の呼び方がくすぐったい。



「晴人さん」


「八重は、さん付けやめられないね」


「だって歳上だし」


「おじさん扱いやめてくれる?」


彼は目じりに皺をためて笑う。


歳上とは思えない程可愛らしく感じる。



「八重、愛してるよ」


彼が私の手の甲にキスを落とす。



「……恥ずかしいよ」


「いいじゃない、今日くらい」


「…うん」



その時、コンコン


扉を叩く音がした。



「八嶋様、式のお時間です。あちらへ」



そう、今日は私たちの


ゴールインの日。


父とは縁を切った。


母は何処で何をしているかすら


わからない。



だけど私には…




「はい、今行きます。行こう、八重」


彼が私に手のひらを差し出す。


暖かな温もりが私を丸ごと包んだ。





私には、彼がいる。






ゴールインと言っても



ハッピーエンドになんかしない。



この幸せは終わらせない。



ずっと紡いでいくんだ、彼と一緒に



終わらない幸せを、そう、これから。




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