幸介による短編恋愛小説集

幸介~アルファポリス版~

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あなた目線恋愛小説

天使の子

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あなたは天使でした。



ひとびとのところへ

幸せを運ぶのがあなたの仕事です。



あなたはひとびとに幸せを運ぶ時

とても暖かい気持ちになるのですが


なぜでしょう……その瞬間

虚しさが込み上げるのです。




だけどその気持ちにあなたは

気付かない振りをしていました。






あるとき、とても貧乏な格好をした、

人間の少年に出会いました。




その少年にあなたは

一瞬で恋に落ちたのです。



見てくれはとても貧乏そうだし

体にはあざだらけでとても汚れていたけれど


瞳はとても美しい少年で

あなたはその目を見ているだけで

心の隙間がゆっくりと埋まっていくように

満たされるのでした。




あなたは彼を見つめ続けました。




彼はちいさな箱の中で暮らしていました。

その箱は家族という箱でした。



けれどもその箱はなんだかとても歪で

彼は幸せそうには見えませんでした。



時折彼が口にする、「やめて」という声を

父親は力でねじ伏せました。



時折彼が願う「愛して」という声を

母親は冷たさで死せました。



あなたはなんとか

彼に幸せになって欲しいと思い

生きた幸せを色々と考えました。




誰かの優しさを与えました。

彼は笑顔になりました。


でも石のようになった心は

ちっとも動かなかったので

幸せは長くは続きませんでした。



父親と母親の行為をやめさせようと

まずは彼らに天使の息を吹きかけ

幸せになってもらいました。


すると、彼らはますます

少年には見向きをしなくなりました。




そんなある日のことでした。




死神が彼の事を

見つめている事に気がついたのです。



あなたは、死神に近づき尋ねました。



「ねえ、あの子を連れていくの?」

「ああそうさ」

「…やめて、お願い」

「すまねえがそれは出来ない。魔界で決まったことさ」

「彼はこの世の幸せを知らないの」

「あいつは前世の業で幸せになれないだけだ、まだ償いきれていないから、魔界へ連れていくのさ、来世もきっと幸せなんてひとつもないさ」

「そんな…前世なんて、今の彼には何の記憶もないのに」



魔界とは、地獄の事でした。


どうして何もしていない彼が

地獄へいかなくてはならないのでしょう。




「お願い死神さん、彼を助けて」



あなたは死神の闇のマントを

つまみながら懇願しました。



何度断られても食い下がるあなたに

ついに死神は言いました。



「あーもう面倒くさい天使だな。俺の仕事は変わらない。時間になったらあいつの魂と体を切り離して魔界に持っていくだけさ」


「そんな…」


「でも、その前にあいつがどっか行ってしまうのは俺にはどうしようもねえことだ」


その言葉を聞いたあなたは、気付いたのです。

それは死神の遠回しな優しさでした。



「死神さん…ありがとう」

しっしっ、と死神は手を振りました。




あなたは少年の元へ降り立ちました。



彼は汚れた座敷に横になっていました。

唇は渇き、身体中で呼吸をしています。



もはや、最後のときまで

そう時間は残されてはいないのでしょう。




あなたは

彼に優しく声をかけました。



「辛かったね」

「………だれ」

「私は天使だよ」

「………迎えに来たの?」

「このままここに居たい?」




「………ううん、もういい」




もういい、


その言葉が零れ落ちるまで

少年は一体どれ程の苦しみを

背負ってきたのでしょう。




涙が溢れそうになるのをぐっと堪えて…

少年の頬にキスを落としたあなたは

その耳もとにささやきました。



「私が天国に連れて行ってあげる」



少年にはもう

うなずく力もありませんでした。



あなたは意を決すると

ためらいもなくあなたの背中にはえている、

翼の片方をもぎとってしまったのでした。



とてつもない痛みが

体を駆け抜けましたが


そんなことはもう

気にはなりませんでした。



もぎとった翼を少年へ近付けると

その魂は身体から剥がれ落ちます。



そして翼は彼の魂の背中へ

潜り込むようにくっついたのでした。



「……僕……どうしちゃったの」

「まだ、体……痛い?」

「あ………痛くない、や」

「よかった」



肉体から抜け出た魂の体には

あざもなければ、傷も、

涙のあとすらありませんでした。



あなたは心底ほっとして

少年に手を伸ばします。



「さあ、一緒に行こう」

「うん」




少年は差し伸べられた手をとると


1、2、3


家のベランダから

あなたと共に飛び立ちました。





片割れをなくしたあなたの翼は

バランスを無くして

上手く飛ぶことが出来ません。



しかし、少年と手を取り合うことで

彼に分け与えた翼に助けられました。




少年とあなたは風を切って

高く舞い上がりました。



高く、高く、高く


もっともっと高く…



そしてついに

天国へと舞い降りました。




やがて、あなたと少年は

神様に呼び出されます。



お叱りを受けるのだろうと

あなたは覚悟していました。



何故なら天使にとって

翼をなくし飛べなくなるということは

神様から与えられる天使の仕事を

放棄するということなのですから。



でもあなたには

ちっとも後悔なんてありませんでした。




御前に膝をつくと神様は

まずあなたへと告げました。




「魔界の仕事を取り上げたのか」

「はい、その通りです」

「どうして業のある者に翼を分けてやったのだ」


「それは、彼が私に温かい気持ちをくれたからです。彼をどうしても救いたかったのです」


「それは天使の仕事を失うことになってもか」


「はい、後悔はありません」


「ほう」


神様は視線を少年に移してこう問いました。


「下界での暮らしはどうであったか」

「…辛くて、苦しくて、悲しかった」



でも、と少年は付け加えました。



「片方の翼をもらった時、…今まで欲しくてももらえなかったものに、満たされた気がします」


少年は僅かに笑んで

確かにそう言ったのでした。


神様は「ほう」そう唸って

再びあなたに視線を流し微笑みます。



「どうやらお前は最後の仕事で、至極の幸せをこの少年に与えたらしい。褒美を与えたい。しかし、お前はもう天使には戻れない、ならば新たな道をやろう」


「新しい…道」


あなたは少年の手のひらを

きゅっと握りしめました。












地球に新しい命が産まれました。


二つ、産まれました。



「おめでとうございます」


「おめでとうございます」



全く違う土地で



二つの命が産まれました。



二つに分かたれた一対の翼を探すこと。


それが二人の新しい道でした。


険しく苦しい道になるかもしれません。



それでも、あきらめずひたむきに


歩み続けたふたりが出会い


手を取り合うことが出来れば
 

永遠の幸せが約束されています。




その物語のスタートは、


とある日の

赤ん坊の泣き声がこだまする

幸せな昼下がりのことでした。

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