気まぐれ

荒俣凡三郎

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夏の土管

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ある少女と土管が積まれた寂れた工事現場で出会った。
少女は黒くまっすぐな髪を耳の横で二つに結び、白のフリルがついた可愛らしいワンピースを着ていた。

僕は今年で中学2年、少女はそれよりも少し幼く見えた。少女をこれまで見かけたことはなく、初めての出会いは土管にのぼり下りられなくなった少女を助けることにより果たされた。

「ありがとう」と少女は言った。

少女は木の枝のようにか細く華奢な体をしていて、手を離せばそのまま風に吹かれて飛んでいってしまいそうだ。

しっかりつなぎ止めておかねば。僕の心の中の母性かなにかがそう囁く。すると少女も僕を受け入れたか、綻んだ目を向けた。

「私とあなたはずっと友達、約束だよ」

少女はそういった。僕は学校でも家でもない、自分の日常と一切繋がりのない場所で、知り合いができたことに軽い高揚を覚えた。だから少女の言葉に素直に頷いた。

「うん、ずっと友達だよ」

そう言ってその日は別れた。


次の日、僕は学校の友人と連れだって街を歩いた。
足は軽く、心は健やかだ。出会った少女の存在がそうさせてるのか、自然と笑みが浮かぶ。

その様子を少女が見ていた。僕の脳裏に視界の端で呆然と立ち尽くす白いワンピースの少女がうっすらと映っていたようにも思う。

ただそれが本当に少女だったら気づきそうなものだが、頭の中ではその出来事は雲がかかった月のように曖昧な物へと移ろいでゆくのだった。


翌日、チャイムの音で玄関を開けると、少女が立っていた。夏休みのため家には誰もおらず僕だけが家にいた。
突如現れた少女に、僕が嬉しさ半分、突然の来訪に驚いていると(だって少女は僕の家を知らないはずだから)そっと手を引かれ、自宅横の細い裏庭へと連れて行かれた。彼女の表情は曇っている。


「昨日の人はだれ」
「え?」

少女はそう言うと、持ってきていたらしい麻袋を僕の頭から被せた。

「と、友達だよ!」
「私は?」
「と、友達だよッ!?」

突然だから頭が混乱した。何が起きてるのか理解ができない。どけて欲しい、と声を張り上げて叫んだが次の瞬間、その喉に、鈍い衝撃が突き抜けていった。

「嘘つき♪嘘つき♪」

痛み?と思った途端、酸素が枯渇するのを感じた。

ぶち、ぶちぶち。ブチぶちブチ。

大丈夫だ。喉はまだ大丈夫だ。問題は足に変わった。足の感覚がない。地面が消えた。僕は今、空を飛んでいる?

「嘘をやめて。嘘をやめて。」
「ぅそじゃなぃ・・・・・・」

壊れた人形とはきっとこんな気持ちなのだろう。本来の持ち主によって壊され、苦しいと告げても、気持ちは届かない。絶望が痛みとなって胸を浸食する。僕は幸せの対義語となる。

「私はあなたのなに?」
「・・・ぉ・・・・・・」

幸せになれないから、声がでないのではない。それには機能と技能が必要だ。前者が失われている。

「おててをつなご」

諦めには強さが必要であることを知る。僕のレベルでは無理だった。

「び・・・・・・ぐァ_」

別れを告げる時がきた。唐突だ。予兆がない、ルール違反だ。人生のルールが遵守されていないーー

「友達♪友達♪」

これは乗り越えられない。生きていることは尊い。
生き残り方がわからない。
昔、自死をしたクラスメイトがいた。
彼も同じ気持ちだっただろうか。

カナカナカナ、とひぐらしが鳴く。
僕の足下はあっけなく消え去った。


翌日。
少女は警察の取調室に少女はいる光景をぼんやりと見ていた。

なぜ殺したのか、そんな意味の言葉を警察官が少女へ問いかけた。
少女はじっと警察官を見つめ、ぽつりと告げた。

「楽しいからだよ」

景色はそこまでだった。
気がつくと、僕は工事現場の前に立っていた。
中をのぞくと少女が土管の上で空を見上げていた。

僕はそれをただ見つめていた。
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