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8月
医者になりたい
しおりを挟む生きてる意味がないと罵られたことはあるだろうか。冷たいひんやりとしたリネンのシーツが肌にやけに気持ちがよくて、私はその感触を胸元に寄せながら、朝の光を浴びていた。
家とは違う、消毒液の匂いが充満したその場所には一人の男が寝転んでいる。男は白い白衣を着ていたが、今はボタンが外れその下のシャツもめくれたあられもない姿をしている。細枝のような体躯ながら健康面には気を配っているのか、二の腕や腹筋にはたくましい盛り上がりがある。その男はついさっきまでメスを片手に私に向かって「死んでしまえ」と告げたのだった。
私はそこが病院であることを理解していた。白いシーツに無機質な反響音を返す天井は清潔を主張するように白、白、白のオンパレード。病室とはそういうものだといわれればまぁそういうものか、と納得するが少なくとも精神的な刺激が不足しがちな入院生活において、もう少し模様や柄があった方が精神衛生上にはいいんじゃないかと思わざる得ない。ここにいたら否が応でも、自分が病人である、という認識になるし、医師が立っていたら、彼らは災害から負傷者を救う英雄のごとき存在として、善人の皮を被ることだってできる。私はそれが許せなかった。
たった今、私は医師である男に魂を汚された。真っ白いシーツについた血が今も生々しくシーツの白い陣地を襲っている。それを見て私は男が息をしていないことを思い出した。それもそうだ。彼が持っていたメスはなんの悪戯か、彼が転んだのと同時に地面で跳ね返り、見事垂直に立って見せたあげく、こっちへ来い、と男の喉元を重力で誘ったのだから。銀の刃物は人間の皮膚などプリンのように裁断し、元々そこに人などいなかったかのようにきれいに貫通したあげく、赤い噴水を演出して見せていた。
朝の空気は美味しかった。復讐なんて考えたこともないから、こんなにも胸がスッキリすることに驚いていた。私はきっとこれからたくさんの善人の皮を被った白衣たちと戦うのだろう。それは確かに行われ、神聖なるメスと銃弾(私)によって争われた戦いはやがて終焉を迎え、私は彼らに勝利した。
彼らの着ていた真っ白な白衣は真っ赤に染まり、私はそれに袖を通した。幸い怪我は少なく、まだまだ銃弾のストックは海に投げ捨てたいほど余っていた。
私は医者になった。少なくとも、彼らよりは人を理解できるだろう。真っ赤な衣が私に小さな勇気を与え、私は銃弾を手に取る。じゃきん、と動く弾倉が、過去の記憶と重なって、私を振るい立たせるのだった。
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