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第一章 魔の顕現

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「あたし、エルフなんです。それがばれないように、クラスBに留まっているんです」
 金色の瞳で真っ直ぐにティアを見つめながら、アンジェが小声で告げた。

「エルフ……!」
 ユピテル皇国建国神話に登場する妖精族の名を聞いて、ティアは驚きのあまり言葉を失った。千四百年前の建国時代に実在したと言われているエルフは、今では想像上の種族として人々に認識されていた。

「あたし、何歳くらいに見えますか?」
「何歳って……私より年下に見えるわ。十六か十七歳くらい?」
「実は、ティアよりもだいぶ年上なんです。今年で、百六十五歳です」

「百六十五……」
 言葉を失ったティアに、アンジェが笑いながら告げた。
「はい。エルフの平均寿命は七百年から九百年と言われています。百六十五歳なんて、人族でいえば、十六歳くらいです」
「アンジェの言うことだから信じるけど、エルフって耳が尖っているんだと思ってたわ」
 イシュタル・パレスにある建国神話の絵画に描かれていたエルフを思い出しながら、ティアが言った。
「エルフの耳は、二百歳を超えた頃から尖り始めるんです。耳が尖っていないうちは、半人前扱いなんですよ」
 アンジェが楽しそうに笑いながら告げた。

「百六十五歳で半人前って……、何か凄い種族なのね、エルフって」
 長命族と言われるエルフの常識に圧倒され、ティアがため息をついた。
「人族からすると、そう見えるかも知れませんね。エルフは全体的に人族よりも魔力量が多いんです。だから、あたしの魔力量が多いのも種族の違いによるものです」
「そうなんだ。あ、そう言えば、アンジェって私よりずっと年上なのだから、敬語を使わないといけないかしら?」
 思い出したように慌ててティアがアンジェに訊ねた。

「気にしないでください。そのままで構いませんよ。それと、あたしが敬語なのはそう育てられたからで、これが地みたいなものですから……」
 笑いながら手を振って、アンジェが言った。その仕草は見た目通り、十代の女の子のようだった。

「分かったわ。じゃあ、普通に話させてもらうわね。アンジェが秘密を打ち明けてくれたのだから、私の秘密も正直に話すわ」
「ティアの秘密?」
 興味深そうに金色の瞳を輝かせながら、アンジェが訊ねた。
「そう。私の本名のこと。これも絶対に内緒にしてもらえる?」
「はい。もちろんです」
「ティアって言うのは、親しい人が呼ぶ愛称なの。私の本当の名前は、ディアナ=フォン=イシュタル。ユピテル皇国皇帝アレックス=フォン=イシュタルの第一皇女よ」

「ユピテル皇国の第一皇女……!」
 想像を遥かに超える告白に、アンジェは金色の瞳を大きく見開いて呆然とした。ユピテル皇国の皇女殿下が冒険者をやっているなどとは、思いもしなかったのだ。
「冒険者になった理由は今度話すわ。今は皇家とは関係ないから、本名では呼ばないでね」
「は、はい……。さすがに、驚きました。絶対に言いません」

「うん。私の本名を知っているのは、皇族を除けば三人だけ。<漆黒の翼>のアルフィとダグラス、そしてアンジェよ。<漆黒の翼>にはあと一人、ランディっていう盗賊クラスAがいるけど、彼も私の本名は知らないわ」
「そんな大事な秘密を教えてくれて、ありがとうございます」
「アンジェの秘密ほどじゃないわ。お互いに内緒にしましょう」
 ティアとアンジェは顔を見合わせると、笑顔で頷きあった。

 そろそろ休憩も終わる頃だったため、ティアとアンジェは荷馬車へと戻った。アンジェが嬉しそうにティアに腕を絡ませている姿を見て、アルフィがムッとした表情を浮かべながら告げた。
「ティア、ずいぶんとアンジェリーナと仲良くなったみたいね。どういうことか、説明しなさい」

 笑顔で告げるアルフィの黒瞳がまったく笑っていないことに気づき、ティアは慌ててアンジェから腕を離した。
「アルフィ、詳しいことは夜に話すけど、アンジェを<漆黒の翼>に移籍させようと思うの」
 <夜想曲>のメンバーに聞こえないように、ティアが小声でアルフィに告げた。

「アンジェリーナを移籍? どういうこと?」
「アンジェの実力は、クラスBじゃないわ。アルティメットヒールも使えるから、クラスA以上の力があるのよ」
「アルティメットヒールを!」
 アルフィが驚いてアンジェリーナの顔を見つめた。
「はい。一日に三回くらいしか使えませんが……」
 思いの外に厳しい視線を受けて、アンジェがビクつきながら答えた。

「一日に三回も? 術士クラスSでさえ、一日一回が限度よ。クラスAだと、一回使ったら魔力切れになる人がほとんどよ」
 アンジェの告白に、アルフィは驚愕した。上級回復魔法アルティメットヒールは、四肢の欠損さえも復元する代わりに、大量の魔力が必要と言われていた。クラスA以上の能力がないと使えないとされていたが、現実的にはクラスAではアルティメットヒールを使うと魔力切れを起こして、ほとんどの者が動けなくなった。

「分かったわ。それが本当なら、<漆黒の翼>はアンジェリーナを歓迎するわ。詳しい話は、夜に聞かせてもらうわね」
 キーランが出発の合図を告げたため、そう言い残してアルフィは先頭の荷馬車に向かって歩き出した。その後ろ姿を見送ると、ティアがアンジェに向かって言った。
「よかったね、アンジェ。私たちも荷馬車に戻ろう」
「はい。ありがとうございます、ティア」
 アンジェは再びティアに腕を絡ませると、一緒に荷馬車に向かって歩き出した。
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