金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第二部 悪魔の呱々】

椎名 将也

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第三章 伏魔殿

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「やだぁあ! 兄さんっ! 助けてぇえ!」
 理不尽な己の運命にあがくように、シャロンは両腕を背中で縛られた裸体で寝台の上をのたうち回った。だが、自分の三倍はありそうな太った男が相手では、自由に動くことも出来なかった。シャロンの抵抗さえも楽しむように、男が告げた。

「騒いでも誰も来ぬと言っただろう。それにしても、さすがに十六じゃ。柔らかいのに張りがある」
 にやけた顔でそう告げると、男は再びシャロンの豊かな胸を両手で鷲づかみ、こねるように揉み上げた。そして、人差し指と親指で硬く屹立した薄紅色の乳首をコリコリと扱き上げると、舌で旨そうに舐め回した。

「ひぃい! やだぁ! やめてぇ! いやぁあ!」
 薄茶色の髪を振り乱しながら首を激しく振ると、シャロンは大粒の涙を流して絶叫した。だが、その悲鳴さえも男にとっては、自分の征服欲を満たす極上の歌声に他ならなかった。
「助けてぇえ! 兄さんっ! いやぁあ!」
 シャロンの絶叫が部屋中に響き渡った瞬間、それに呼応するかのように入口の扉が蹴破られた。同時に一つの人影が疾風のごとく駆け込んできて、シャロンに覆い被さる裸の男の脇腹を一切の手加減なく蹴り上げた。

「ぐぅふぉっ!」
 体中の空気を吐き出すような声を上げ、太った男が寝台から転げ落ちた。それに見向きもせずに、駆け込んできた男がシャロンに向かって叫んだ。
「シャロン! 大丈夫か!」
「兄さん? 兄さぁん!」
 自分が一糸纏わぬ裸身であることも忘れ、寝台を駆け下りるとシャロンはランディの胸に飛び込んだ。ランディはシャロンの後ろに回って両手の縄を解くと、素早く自分の上着を脱いで彼女の両肩にかけながら訊いた。

「まだやられてねえよな?」
 その露骨な言葉に顔を赤く染めると、両手で上着の前を重ねて胸を隠しながらシャロンは小さく頷いた。

「貴様、この儂を蹴るとは無礼な! ジャスティ! ルイーズ! 曲者じゃ、早く捕らえい!」
 男の言葉を無視して左腰の剣を抜刀すると、ランディは怒りに満ちた眼で男に剣先を突きつけた。
「お前がここの親玉か? 俺の妹を強姦しようなんて、ふてえ野郎だ!」
 自分がティアを強姦しようとしたことなど綺麗さっぱり忘れて、ランディが全裸の男に怒鳴った。その殺気に怯えながらも、男が声を張り上げた。

「ジャスティ! ルイーズ! 早く来ぬか! こやつを捕らえろ!」
「それはお前の自慢の剣士と魔道士のことか?」
 射殺すような視線で男を見下ろすと、剣先を突きつけながらランディが訊ねた。
「そうじゃ。ジャスティは剣士クラスS、ルイーズは魔道士クラスAだ。貴様など、あっという間に殺してやるぞ」
 自信に満ちて言い放った男の言葉を、ランディは笑いを浮かべて否定した。

「それは無理だな。俺の仲間が、今頃二人を叩きのめしている頃だ。その証拠に、貴様がいくら呼んでも、返事もないだろう?」
 そう告げると、ランディは剣の腹で力任せに男の側頭部を殴りつけた。剣士クラスBの実力を持つランディの一撃を受け、男は昏倒して意識を失った。

「裸の男を縛っても、面白くもねえんだが……」
 心の底から嫌そうな表情を浮かべると、ランディはシャロンの腕を縛っていた縄を拾い上げて男の手足を縛り上げた。
「兄さん、あたしの他にも何人か捕まってる女の子がいるの」
 涙に濡れた碧眼で、ランディを見上げながらシャロンが告げた。
「心配するな。俺の仲間が救いに行ってる。もう大丈夫だ。遅くなってすまなかったな」
「ううん……。兄さんが絶対に助けに来てくれると信じてた」
 シャロンの言葉に優しく頷くと、ランディは彼女の背中に両腕を廻して力強く抱きしめた。

(他の女たちを助けに行ったダグラスと、格下相手のアルフィは問題ないな。後はティアが同じ剣士クラスSに勝てるかどうかだ)
 だが、木龍四体を一撃で倒したティアの実力を思い出すと、ランディは首を振ってその心配を振り払った。そして、安心した表情でシャロンを見つめると、笑顔を浮かべながら言った。
「さて、『希望亭』に帰るぞ、シャロン」
「はい、兄さん」
 満面の笑顔で返事をすると、シャロンはランディの左腕に両腕を絡ませた。
(あたしの運命の人は、きっと兄さんだわ)
 シャロンが幸せそうな笑みを浮かべながら、ランディの左肩に頭を預けた。


「何なの、この女は?」
 ランディがシャロンを救出したのと同じ頃、屋敷の中庭でルイーズは濃茶色の瞳を驚愕のあまり大きく見開いた。魔道士クラスAの実力を持つ自分の魔法が、ことごとく防がれているのだ。それも、得意の火属性炎系の中位魔法全てが通じないのだった。
 相手の魔道士は魔道杖さえ構えずに、ルイーズのファイアアロー(火矢魔法)、ファイアバースト(火炎放射魔法)を無詠唱の氷壁で防いだのだ。それだけではなく、目の前の魔道士が張る氷壁は、恐ろしく厚かった。

 炎系魔法が得意とは言え、魔道士クラスAのルイーズは氷壁魔法アイスウォールも当然ながら使うことはできた。だが、目の前の魔道士の氷壁は、ルイーズの氷壁の優に三倍の厚さがあった。その上、ファイアアローやファイアバーストが直撃しても、表面を溶かすことさえできないのだ。
「これならどうよ!」
 ルイーズは魔道杖を高く掲げて詠唱を始めた。

「天を支配する火炎の王子よ! 汝に命ずる! 我が名は『炎姫』! 天門を開き、すべてを破壊せよ! インフェルノ!」
 ルイーズ最大の炎系上位魔法インフェルノが氷壁目がけて放たれた。超熱の業火が螺旋を描きながら凄まじい速度で氷壁に激突した。大気を震撼させる轟音が響き渡り、地震のごとく大地が鳴動した。

「やった……?」
 舞い上がった大量の白煙を風が吹き払うと、傷どころか溶けてさえもいない氷壁が再び姿を現した。
「そんな……」
 自身の全魔力を練り上げた最強魔法を完全に防がれて、ルイーズは呆然と立ち尽くした。

「これで終わりかしら? 次はあたしの番ね」
 漆黒の髪を背中まで伸ばした美しい魔女が、黒曜石のように輝く瞳でルイーズを見つめながら告げた。

「黄泉を支配する氷雪の女王よ! 汝に命ずる! 我が名は<氷麗姫>! 黄泉の門を開き、すべてを破壊せよ! アプソリュートゼロ!」
 思わず聞き惚れてしまうほどの涼やかな美声が響き、ルイーズの周囲に無数の氷の結晶が顕れて月の光を反射しながら輝いた。次の瞬間、ルイーズの視界は暗黒に包まれた。その意識は喪失し、鼓動は極限まで動きをひそめ、全身は凍りついた。

「絶対氷結魔法アプソリュートゼロを、蘇生できるように手加減して撃つのは大変なのよね」
 そう呟くと、アルフィは小さくため息をついた。その瞬間、凄まじい閃光が夜空を照らし上げた。同時に、轟音と鳴動とが周囲を席巻した。黒曜石の瞳に厳しい光を映しながら、アルフィは正門に続く庭園の方を振り向いた。

「ティア、負けるんじゃないわよ」
 その声に応えるかのように、大地が震撼し轟音が鳴り響いた。それは紛れもなく剣士クラスS同士の戦闘の激しさを物語るものだった。
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